日々、歩き














         第二十一歩/ 無情な時間の流れ









  所々が色あせた倉庫が立ち並ぶのは、鳴神市南西部の森林地帯。
  
  正隆は痛いほどの雨の中を全力で駆け回っていた。初めのうちこそ車で移動していたものの、足で
 移動したほうがぬかるんだ森を走るには最適だった。

(ボロボロの倉庫か…)

  カッパを着て走り回る正隆は先ほどの定期連絡で知り得たことを参考にしていた。

  稔は、渚の監禁場所は今はもう使われていないところだといっていた。それはメールの添付画像から
 わかったことで、入り込む光の少なさ。そして微かに見えるダンボールの紙片などから判断したこと。

  特に、窓が板で打ち付けられているところが怪しいとのことだった。

「全く、大したヤツだ……」

  こんな状況だというのに、稔への賛辞が止まらない自分が不思議でならなかった。

  僅かなことから全貌を掴み、的確な判断を下せる者はそうそういまい。

「くく。警察にでも誘ってみるか…」

  それも悪くないと正隆は思う。

「渚が入れ込むのもわかる気がするぜ。あんなおもしろい小僧はそうそういないもんだ。普段はアホみ
たいにボケーっとしてるくせよ…」

  独り言をいいながら、正隆は何本目かの小道を抜けた。舗装された道路を行くのでは時間がかかる。
 
  距離と時間を節約するためにわざわざ森林の中を走っているのだ。

「世間はああいうやつをなんていうんだろうな。友人とはいっても赤の他人を助けるためにこうやって
尽くしてやがるやつのことをよ」

  高井家を出発する時、稔はこういっていた。

  『疲れるし、めんどくさいんだけどなー。たまに頑張るのもいいかもしんないな』

  ほとほと嫌そうな顔をしていたのだが、正隆の目はごまかせていなかった。

「そうか…ああいうやつを『お人好し』っつーのか……渚は、いいやつを友人にもったもんだ」

  いうと同時、正隆の視界が急に開けた。

  目の前にいいかんじにズタボロの倉庫があった。

  ごくりとつばを飲み、懐に忍ばせてある拳銃に手をかける。慎重に、だが手早く倉庫の扉を開け放った。

  瞬時に目を凝らし、僅かな光だけで渚を探す、が、いない。正隆は舌打ちすると心を掻き立てる焦燥
 感を押さえ込んで次の場所へ足を向けた。

「生きてろよ、渚。お前がいなくなったら、おれは、おれはぁ―――――っ!」

  正隆の独り言は、黙っていると浮かんでくる不安を打ち消そうとするためだったのかもしれない。

  現在、一時三十六分。最後の咆哮を聞いたものは無量の雫に濡れる木々だけだった。



            #        #        #



  山間部近くのオフィスビルは方向感覚をマヒさせるような配置だった。

  オフィスビル、といっても既に多くが撤退し、いまやゴーストタウンとなりつつある。最近は暴走族や
 特定チームのたまり場の役目を果たしている。

  そんな危険なビルの合間を縫って駆ける少女がいた。

  だがどこか様子がおかしい。しきりに頭を押さえて、痛みのためか顔をしかめていた。

  桃花はあるビルの壁にもたれると、手に持っていた傘を閉じて雨宿りした。時間がないのはわかっ
 ている。だが、頭痛が酷い。

「このまえ、"力"、使い、過ぎちゃったから、な…」

  珍しく稔に頼まれた事を万全にこなすため、少しばかりの無理が祟っていた。そのまま力なく崩れ、
 座り込んでしまう。

  痛みは酷いが、あの後稔から丸を五つも貰えたことはうれしかった。カードを見る。まだまだ先だが、
 確実に目標に近づいている。

  そして思い出すのは渚との『約束』。

「渚ちゃん…大丈夫、だよね…きっと、助けて…」

  友の無事を心からの望む気持ち。桃花はこの街のどこかにいるであろう渚に向かって祈ろうと眼を
 閉じた。

  その刹那。

  ―――死ねばいい

「!?」

  突然浮かんだ危険思想に、桃花は驚きとともに壁にピッタリと背を寄せた。自分がこんなことを考え
 るはずがない、と言い聞かせる。

「だって、渚ちゃんは、友達だよ…」

  だが、頭の中は止まることがない。

  ―――けど邪魔だ

「違うっ!!!」

  悲鳴とともに桃花は頭を抱えてうずくまった。

  ―――違いなどない。あいつが死ねば邪魔者はいなくなる

「違う、よ! 友達、だもん! 邪魔、なんかじゃないっ!」

  ―――邪魔だ。あいつがいるせいで稔は…

「うるさいっ!!!!!!」

  桃花は自分の思考を全力で否定するために頭を壁に打ち付けた。つ、と額が割れて血が流れる。

  雨降る静かなビルの下。

  桃花の悲痛なまでの絶叫は一瞬だけ響き渡り、すぐに雨音に呑み込まれていった。桃花は肩で
 息をしながら、苦しそうにしていた。

「黙って、て…」

  いうと、桃花は未だ痛む頭を気にもせず、傘を開いて走りだした。横顔は痛みのためか、先ほどの
 思考のためか苦渋に満ちていた。

  だが、はっきりという。
 
「無事で、いて…」

  タイムリミット。

  残り、二時間。














 


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