缶詰ヒーロー











          37缶詰ナリ *  【Gay-bolg】









  SSリーグ決勝戦がこの後に控えているおかげか、突然の試合変更すら観客たちは物ともしない。
  
  むしろ、この程度のハプニングなど彼らを燃やすガソリンでしかない。熱狂は留まることなく上昇して、
 会場内の温度が四十度近くになってもまだ上昇を続けている。

  そんな彼らとは逆に、特別アリーナ席に無理やり連れて来られた翔太はしかめ面で腕を組んでいた。

「おもしろくねぇ…」

  興味がない見世物などただの拷問に近い。翔太は右手の人差し指で左肘を叩いて堪えていた。

「なんだその顔は? せっかくお前の彼女が戦うんだから、応援ぐらいしてやってもいいだろう?」

「ハッ、誰が……それに彼女じゃないしな。そこを間違えるなよ」

  言葉尻から不機嫌を悟ったらしい八坂が呆れたため息を漏らすも、それ以上の言及はしないで珍しく
 困った顔で口を噤んだ。

  二人の眼前では戦闘位置についた君香の【ク・フリン】と、対戦相手が操る神話型ミソロジィ缶詰ヒーロー
 【バロール】が開始の合図を待ちながらも牽制し合っている。

  客たちはこのやりとりすら興奮した目つきで爛々と眺めていたが、翔太にとっては別段どうでもよく、
 まあついでだから君香が勝てばいいかな、程度にしか考えられない。

  もっと有益なことを考えよう、と翔太が意識をこれからの借金返済プランに運んで、バイトの数を増
 やそうかと考えたまさにその時。

「おっ、始まったぞ」

「ああ?」

  八坂が肩を叩くので、翔太の意識は急速に現実に引き戻された。視線を闘技場に戻すと、いつの
 間にか激しいとまではいわないが、戦闘は始まっている。

  意識が光景を認めると、今更になって会場中に響き渡る爆音が耳に届いてきた。

『さぁ! この後に決勝が控えているとはいえ、忘れてはならないこの前座! 飛び入り参加の【ク・
フリン】とSリーグ昇格も間近と噂される【バロール】だッッ!』

  どっ、と会場が揺れる。

  だが孤独な別次元にいる戦闘者たちは、微塵も動揺を見せずに距離を取って先を覗っている。

  巨躯のバロールは魔法使いのような黒と僅かな金糸で紡がれたローブを羽織って、まるでどこか
 の皇帝の威厳を放っている。片目は閉じたままでク・フリンを睨み殺そうとしていた。

  殺意の視線を受け流し、朱色の布を巻きつけた棒を構えながらじりじりと足を擦らせて円運動を
 行うク・フリンは距離を縮めるでもなく、遠ざかるでもなく一定に保って機を覗う。

  ややク・フリンの動きが戦闘に関して洗練されているが、翔太には大して気にならなかった。

  だが、

「おい翔太、聞きたいことがあるんだが」

  八坂の声には興奮が少し混じり、翔太の是非を待たずにク・フリンを見て話を続ける。

「あの動き、徳野君香は武術の心得でもあるのか?」

「あいつが武術?」

  突拍子もないことについ吹き出しそうになる。まだ知り合って日が浅いとはいえ、君香が武術を
 使えるなどと聞いたことも無い。

  翔太が知らないということも有り得たが、世に言う武術と君香をつなぐ事はさすがに無理だった。

「いきなり変なこというな。あいつが武術できるなんて想像もできねぇよ」

「そうか……だとしたらアレは………いや…まさかな……」

  ぶつぶつ独り言を喋り何かを考えている。

「はぁ、俺の周りには妄想癖やら奇人やらしか集まらないのか……」

  何故か自分の周りには母親の胎内にネジを置き忘れてきた輩が多い気がして、無性に悲しくなっ
 てくる。

  横に座る問題の一人をちらっと見て、虚しさを少しでも気分を紛らわせるためには闘技場に集中する
 他なかった。

  しばらく眼を離していたせいで、バロールの周囲をク・フリンが旋回している形となっているのを知ら
 なかった。バロールは動かず、じっと隻眼で標的を追い続けている。

  獲物をゆっくりと見定める鷹に思えたが、それにしても、と翔太は思う。

  よく対戦相手は急な試合変更に納得したものだ。今日この日のためにせっかく訪れたというのに、
 肝心の相手は病院、急遽変更された相手はほとんど無名な小娘。

  これに勝利したとしてもなんの利もない。負ければ自分の名誉だけが失われる戦いなのだ。

  自分ならどうするだろうか―――。

  翔太が思考した刹那。バロールの姿が完全に消えた。

  否。消えたのではなく、肉眼で追うには難しい速度で動いただけだった。その証拠にバロールは
 ク・フリンの真横にいつの間にか立たずんでいる。

  思えば、翔太がミソロジィの性能と戦いぶりを目撃するのは今回が初めてだった。

  ミソロジィの速度は今まで戦ったことがあるどの機体よりも遥かに速い。確実に基本性能も凌駕
 しているだろう。操舵者もよほどの努力を積んでその速度へ着いていっているに違いない。

  振りかぶったバロールが手のひらを手刀の形に変化させると、まるで初めからそうであったかの
 ように鋭い切っ先へと指が変化していった。

  動作で生じた熱を利用する形状記憶合金の刃。武器がないと油断した者が、いったい何人この
 手で葬られてきたのか。

  ミソロジィの強さに酔いしれた観客たちはク・フリンが貫かれる様を脳内に描いただろう。

「まずいッ!」

  自分でも気づかぬうちに声が漏れていた。バロールが狙うのは缶詰ヒーローのコアが内蔵され
 ている胸部。

  破壊されたなら人格そのものが失われる。まさにバロールが狙ったのはそこだった。

  自分の対戦相手は英雄型ヒーロー。負けることはないにしても、完膚なきまでに叩き潰せば多少は強さ
 のアピールになると読んだのだろう。

  だが、

  ―――キィィィィン!

  空気を裂いた手刀は朱色の棒切れに防がれる。しかも驚くべきは、相手を見ることなくク・フリン
 が攻撃を妨げていたことだ。

  観客からすれば最高のスパイスとなる攻防だったろうが、翔太としては意外としかいいようが
 ない。

  グラディエイトで缶詰ヒーローを操るのは操舵者、ここでは君香がこの防御を行ったことになる。

  いやそれよりも、死角からの攻撃に対して人間はそう上手く反応できるかどうか。
 
『見事バロールの穿檄を防ぎましたク・フリン! まさに見事ッ! それ意外いいようがありません!』

  司会者の声にあわせて会場は普段の大会よりもさらに沸き立つ。

  加えてク・フリンの動きはそこで止まらない。

  突き立てた棒を軸代わりに大地を蹴ると、そのまま旋回してバロールの後頭部に一撃を喰らわ
 せる。奇襲を行ったバロールが奇襲を受けて前方に吹き飛ばされて弾け飛んだ。

  しかしバロールもさすがの性能を見せた。飛ばされながら空中でボディバランスを立て直し、猫
 のように着地して追撃を許さない。

  電子眼には先ほどまでの油断と慢心が完全に消えていた。ク・フリンに対して敬意と、敵愾心
 を向けている。

「…おい……本当に武術の心得は無いんだな?」

「………多分な…」

  人知を超えた動きをされてはさすがに自信を持って断言できない。実は君香が武術を使えた
 というのか、だがその可能性のほうが遥かに低い気がする。

「だとしたら…可能性は低いがアレをしているとしか思えないな……」

「アレ? アレってなんだよ?」

  八坂は前方を凝視したまま答えを返そうとする。かくいう翔太も眼を離せていない。

「翔太、缶詰ヒーローの人格プログラムがグラディエイトを行うときにいったい何を担当しているか知っ
ているか?」

「それぐらいはさすがにな。溜まった負荷とプログラムの処理だろ」

「そうだ。普通はそうなんだが…」

  翔太は初めてグラディエイトを体験したあの大会を思い出していた。

  意識を戻した後で見たディスプレイには無数のエラーログとウィンドウが開き、それを驚異的な
 速度で処理していくキリイとその声。

  と、現実の闘技場で動きがあった。

  バロールが後方に跳んで距離を取ると、己が両手を閉じたままの眼に持っていく。それぞれの指
 を上瞼と下瞼に添えると、会場の空気が凛と変わった。

「―――アレは"Bslc-beimnechバロールの魔眼"か……」

  独白するよりも小さく八坂が声を溢す。

  瞬間、バロールは両瞼を限界まで開かせて、閉じられたままの瞳を解放した。圧倒的な力を持っ
 てク・フリンに飛来する電磁波。

  翔太の位置からなら、その紅金属の魔眼が嫌にはっきりと見えた。吸い込まれそうに綺麗で、
 だが凶曲しい。

  ガクリ、とク・フリンの足があっさり崩れ堕ちて膝を付く。その症状を翔太、実際にはキリイはか
 つて体験している。

  対象の機体に入り込み、ある一点のみの破壊を義務付けられた崩壊プログラム。

「あの眼はまさか……"アポトーシス自殺因子"なのか…?」

「ああ、そうか。そういえばお前もアレに苦しめられたんだったな」

  腕を頭の後ろで組んで八坂はいった。

「あの眼に移る0と1の羅列が、缶詰ヒーローの視覚野から認識される際に変換されて再構築。そして
発動するプログラム"アポトーシス"。戦闘の時は必ず相手の眼を見てしまうからな、厄介なモノだ」

  翔太は解説に頷きかけ、違和感に気づく。

  アポトーシスに対する八坂の認識はおかしいと。

「なにいってんだ? アポトーシスは対象に向けて直線的に向けられる電波に乗って感染する
ウィルスプログラムだろ?」

  強い確信をもっていう翔太だったが、八坂のほうこそ訝しげな顔をいっそう疑惑に染める。

「電波? お前こそなにをいってるんだ。TOYの正式文書ではアポトーシスは電波で飛ばされる
プログラムだなんて報告はないぞ?」

「八坂こそ、惚けてんじゃないだろうな? 知ってるだろ?」

「知らないな。大体、電磁波なら簡単なジャミングで防げてしまう。暴走する缶詰ヒーローを強制停止
させるという目的に合わない」

「……んな、まさか…」

  そこから言葉が続かず、ただ空気だけを呑み込んでしまう。

  そうだ、自分こそいったい何を勘違いしているのだ。缶詰ヒーローのことを知らなかった自分が
 アポトーシスなるプログラムについて知っているはずもない。

  あの時は雑誌か何かで得た間違った偏見と知識が、偶然いい方向に向かったに違いない。

  そういえば、そうだ。キリイがアポトーシスに感染したときも、ゴルゴンの眼を直視したから感染した
 のであって、次のアポトーシスの時は"眼"を見ていなかったから感染しなかったのだ。

  翔太は自分にそう言い聞かせるが、喉に骨が引っかかった気がしてならない。

「まぁ、そのことは今はどうでもいい。ほら、お前の彼女がピンチだぞ」

「ッ! だから彼女じゃねぇって!」

  八坂の邪稚に反論して、沈黙からいつものペースを取り戻す。頭を振り払って視線を会場に戻す
 と、勝ち誇ったバロールが巨体をゆっくり揺らしながら距離を詰めていた。

  ク・フリンは崩れたボディをそのままに機能停止している。

  ……はずだった。

『なんとッ!? 動けないはずのク・フリンが消えましたッッ!!! ……いや、いたッ!』

  バロールが手を振り上げた瞬間に、今度はク・フリンの体が掻き消えていた。

  ローブの裾が邪魔していたせいか、バロールは突然消失した対戦相手の姿を発見できていない。

  しかしこちらからははっきりと目視できる。戸惑っているバロールの遥か後方、棒を包んでいる布の
 端に手をかけているク・フリンの姿が。

「やはりそうか…」

  一人納得した様子の八坂の襟首を、納得できない翔太は思わず掴む。何故アポトーシスを喰らって
 君香たちは動けるのかさっぱりわからない。

「どういう、ことだ? あれは、そう簡単には消滅しない、プログラムだろ? それに、今の動きも、説明
しろよ」

  言葉こそ冷静だが、内心の動揺が強いせいで言葉が途切れ途切れになり、八坂の首を必要以上
 に絞めそうになる。

「まぁ落ち着け。今説明してやるから」

  やんわりと翔太の腕を払いのけ、八坂は襟元を正した。

  まさか自分の時のように電源を一度落したというのだろうか。だがあれはリスクが高すぎてこっぴど
 くキリイに怒鳴られた手段だ。

  缶詰ヒーローに嵌っている君香が、自機をいたずらに壊すような真似をするはずがない。

  八坂は視線を一度だけ翔太に向けると、すぐ会場に戻して語りだした。

「さっきもいったが、グラディエイトでは缶詰ヒーローの人格はプログラム負荷の処理を、操舵者は
戦闘を担当する。実際は戦闘を元の人格に任せたほうが効率はいいが、溜まる負荷を処理できず
に長時間は動いていられない」

  会場ではバロールがようやくク・フリンの存在場所に気づき、向き直って手刀を構えていた。

  一瞥して八坂は続ける。

「だがもし、その一切の処理を缶詰ヒーローの人格が担当しなくてすむのなら…およそ人間では
不可能な攻撃パターンを繰り広げることができる、というのが理論としてある」

「……待て、待てよ…それはつまり……」

「そうだ。おそらくク・フリンの戦闘で溜まった負荷を処理しているのは徳野君香、本人だ。かなり
優秀なハッカーなんだろう」

  衝撃以外の何者でもないことを平然といわれ、アゴが外れそうになる。

  缶詰ヒーローの高度なCPUですら処理しきれない負荷の蓄積を、翔太の知る妄想癖の彼女が
 処理できる技術を持った人物とは想像できない。

  まだ武術をしていてくれたほうが納得できた。

「これも仮定だが。TOY会長の孫娘にあたる徳野君香なら、アポトーシスに関する極秘情報に接する
機会もあったのかもしれない。その時アポトーシスの無力化の手段を知ることも可能だろう」

  有り得ない可能性ではない。それに、結果はここにあるのだ。

  人間が付いていける限界を超えた速度で動き、アポトーシスすら無力化してしまっている。信じ
 られない、できれば信じたくないが。

「マジかよ……」

  頭を抱えてうずくまる翔太だったが、時間は一時停止という言葉をしらない。

  距離を空けたク・フリンはシーツを引くように朱色の布を取り払い、上空に放り投げた。そこで初め
 て、今までただの棒だと思っていた"槍"が表出した。

  それはあまりに奇妙だった。槍の形をしていることはわかる。だが、見た目は大きな動物の骨、しか
 も背骨に当たる部分を象っていた。

  さらに骨と骨の継ぎ目は今にも外れそうな隙間が目立ち、肝心の穂先は竜の頭蓋骨を研ぎ澄まし
 た形状をしている。

  かろうじてそれも機械の槍だとわかることは、間接部の至る所に黒い穴がぽっかりと開いている
 ことと、頭蓋骨の双眸から見える電子の光だけだ。

「なんだ、あの槍は? っていうかあれが槍なのか?」

  奇妙すら通り越して不気味にすら感じる槍を見て、思いっきり眉根を寄せてしまう。

「徳野君香が使っている機体は【ク・フリン】だったか? ならあの槍は"Gay-bolg魔槍ゲイボルグ"だな」

  聞きなれない言葉を言ってのける八坂に、質問を返す。

「魔槍…ゲ、ゲイ…なんだって?」

「アルスター伝説でいうところのゲイボルグ。かの英雄アーサーが持っていた王者の剣"Cali-burnus鋼鉄の稲妻"、
エクスキャリバーの原型ともいわれている槍だ。見ていろ。ただの槍のはずが無い、あの兵器には何
かあるはずだ」

「………はぁ」

  よくわからない解説をどうも、と呟いて仕方なく翔太は再び前を向いた。

  ク・フリンはゲイボルグを左手で支え、右手を柄の後方に添え、やや前傾姿勢に構えている。突撃
 体勢というより投擲体勢。槍を下から放り投げるために力を込める体勢だ。

  刹那。

  暴走限界まで貯められていた熱量がそのままゲイボルグに込められて、魔槍は闘技場の床を疾走
 て殺害相手に襲い掛かる。

  大気が貫かれて、次元ごと穴を穿つかの如き点檄だ。

  しかもゲイボルグの柄はまだク・フリンの右手に残っている。接合部が伸びて相手まで届き、場合に
 よっては鞭ともなるだろう。

  ダイヤすら砕く勢いで竜の鋭角な頭蓋骨が、風と摩擦で唸り声をあげながらバロールへ喰らいつく。

  だが、あらかじめ回避体勢を取っていたバロールは辛うじて竜の噛み付きから避難に成功する。

  黒のローブを纏った巨体は大理石の床に突き刺さった穂先を見てほっとしたのか、後に続く物体に
 気付くことができなかった。

  シュン、と一本の光の線がバロールの体を貫いた。いや、一本どころではなく二本、三本と光線が
 一秒と間を置かずに増えていく。

  今は閉じた隻眼には映っだろうか。

  空中に飛び交う計三十個ほどの小さな筒。小型のレーザー砲一個一個がゲイボルグの横についた
 穴から伸び、ワイヤーで統制されてバロールへ向けられていた。

  全てのレーザーが突き刺さると、バロールの間接部から青白い電気が迸り始めた。内部の油圧管
 と神経系統を正確に射抜かれたせいで立ちつづけることは既に不可能。

  悔しそうに光を失う隻眼を向けて、ゆっくりと、古の神は両膝を屈した。

  神話さながらとはいかないが、こうしてバロールは己を倒した光の神の息子にも、また敗北を喫し
 たのである。










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