缶詰ヒーロー








  音だけは豪勢に、色は空に負けて見えないが、今年のメインイベントを飾るSSリーグ決勝を祝賀
 する大砲花火は何千と打ち上げられて消えていく。

  人の流れはぽっかりと開いた闘技場の口に次々と吸い込まれる。そこに救いがあるかのように。

  だが流れに逆らって歩む一個の"タマゴ"があった。

  歩みはあくまで悲しく、まるで誰かから声をかけてもらうのを待っているようにしばしば立ち止まり
 振り返る。

  しかし当然の如く彼に声をかけるものは、いない。それもそうだった。もう気づいていないわけで
 はない。

  ―――それでも

  それでも万が一。彼は思うことをやめない。

  同日、同時刻、同テーマパークの空は雨雲が覆い始め、今にも泣き出しそうだった。








          36缶詰ナリ *  【And the ONE】








  翔太がはっきりと八坂の顔を見たのは、無理やり控え室まで連れ込まれてからだった。

「なにを呆けたまま突っ立ってるんだ。せっかくだから座れ」

  それだけで二十万はくだらない本革のソファーでくつろぎながら、白い髪を持つ青年こと八坂照雅
 は口元に笑みを浮かべていた。

「……」

  答えずに、翔太は腕を組んで豪華な内装の控え室を睨みつけていた。金はあるところにはあるの
 だいう事実に今更ながら世の無常を感じるしかない。

  隣でも同じように君香とク・フリンが呆けている。しかし彼女らは翔太とはまったく別のところに驚い
 ているようで、強い視線が八坂に注がれたまま動いていない。

「あ、あの…あなたは≪オオナムチ≫の八坂照雅さんですよね…?」

  おずおずと何故か叱られた子供のように君香が訊く。

「控え室前のネームプレートが間違っていなければそのはずだな」

  妙に恐縮する君香が可笑しいらしく、喉を震わせて苦笑する八坂はある種の威厳を持っていた。

  こんな姿はバイト先で仕事をしている翔太とて見たことがない。それほど鋭い雰囲気なのだ。

「やっぱりっ!」

  それまで確信が持てていなかった君香とク・フリンは眼をあらん限りに開き、驚愕のため息を漏ら
 した。

  視線が戸惑いから崇拝の色を帯び始める。しかしこれは彼女らに限ったことではない。

  八坂照雅といえば、今や【グラディエイト】に関わる者なら知らないことは許されないほど有名人物で
 ある。

  初めてグラディエイトでデビューしたのが十三歳の時で、以後十年間の戦績は無敗。所持する缶詰
 ヒーロー【アマテラス】は最極位の神話型ミソロジィ

  彼らの活躍は今日び海外の子供らでも知っているほどだ。
 
  【グラディエイト】で有名になるということは、世界規模で地位を確立することと同意義。それ故に
 "栄光"を求めて上を目指すモノが後を絶たない。

「今日はずいぶんな人物にばかり会う日だ……」

「まさかSSリーグを連覇中のあの八坂照雅さんに会えるなんて……一番驚いたのは翔太くんと知り
合いだったことだけど……」

  と、一人と一体は今にも小躍りしそうにはしゃいでいる。それだけ八坂が缶詰ヒーロー、ひいて
 は【グラディエイト】でどれほどの功績を挙げているのかわかる一面だった。

  が、一人例外がいることを忘れてはならない。

「ところで、いったいなんの用があって俺をここに呼んだんだよ」

  ここの館長の趣味であろう油絵の絵画に目をやり、八坂には背を向けながら翔太は尋ねた。本々
 八坂が翔太に用事があるからといって連れてこられたのに、話は一向進まない。

  つまらないを通り越して疲れすら覚え始めていた。

  八坂は待っていたというようにソファーから身を乗り出し、肘を右ひざの上に乗せて、顎に手を置
 いた。

  今まで多くの敵を足元に下してきたその眼光が翔太を射抜き、誰も拒否できない神妙な威厳をも
 って話を切り出す。

「翔太」

「だからなんだよ? 用件は早く、短く、適切にな」

「おそらく、早く短く適切だと思う」

「ならとっとといえよ。あと五秒な。五、四、三……」

  カウントダウンが始まったと同時、八坂は息吹を一回行い、

「翔太、お前オオナムチに入れ―――」

  それは意外なほどあっけなく、けれど反論できないだけの強い言霊だった。

  空気が流れ、瞬間。

「「ええッッ!?」」

  何故か君香とク・フリンが絶叫に近い大きな声をあげる。腰を抜かしそうな驚き振りから察する
 に、余程の大事らしかった。

  逆に翔太はといえば、今度は純金製の趣味の悪い時計を持って振り向くと、

「……いやいい。遠慮しておく」

  断った。

「「えッ、ええッ!?」」

  またもや君香とク・フリンが叫ぶ。翔太は迷惑そうに眼を細めて、視線を前に戻した。

「なんだお前ら、さっきからうるさいぞ。俺がここから何を持ち去ろうか悩んでるっていうのに…」

  そういって、翔太は先ほどの時計と絵画を見比べ、悩んでいる。

  正直、めんどくさいチームやらなんやらよりも、借金のほうが大事だった。

「まあお前ならそういうと思ったが、良ければわけを聞かせてくれ」

  失望や憤慨など微塵も見せずに、むしろ八坂は好奇心を煽られたようだった。獲物をじっくりと
 眼定める鷹のように眼が細められる。

  傍らでは断られた本人でない君香たちのほうが失望が濃いようで、しきりに首をかしげて唸っ
 ている始末である。

「俺も是非とも訊いてみたい。何故、翔太殿はオオナムチに入りたくないというのだ?」

「そうだよ、翔太くん。せっかくあのオオナムチが…しかもオオナムチの八坂照雅っていえば自分
からチームに誘うことはしないって有名なんだよッ」

  君香のいうように、チーム≪オオナムチ≫の方針は来る者は拒まず、去るものは追わず、しかし
 こちらからのアプローチは一切なしという徹底したものらしい。

  もしここに報道関係の人間が一人でもいたなら、翌日のスポーツ誌一面はこの記事で持ちきり、
 いや、全世界に激震を与えるほどの重大事となっていただろう。

  今でこそ日本最大勢力を誇るが、かつては八坂一人だけだったが、頼みのしないのに次々と
 従う者が増えたに過ぎない。

  当然、追従者の中には八坂を心から尊敬するもの、また倒す機会を覗っているものと様々だが。

「ふ〜ん、そうなのか?」

  君香の熱弁などなんのその、本人はまったく興味なさそうに物色を続ける。

  なぜなら翔太がそんなことを知っているはずもなく、【グラディエイト】に関わったこと自体を恥じて
 いるので別に塵ほどの魅力も感じないのだ。

  翔太が今の間に悟ったことといえば、八坂がただのストリーキングではなく事実上グラディエイト
 における王であったことぐらいだ。

  そしてその王は相変わらず紅蓮の瞳で見詰め抜いてくる。

「それで、どうして断ろうと思った?」

  そうはいわれても、翔太が缶詰ヒーローのチームなるものに興味がないからであって、それ以外
 特にない。

「理由、理由か……」

  しばし思案して考え込む。

「…あえていうなら。俺がそもそもグラディエイトに詳しくないっていうのと、後は興味が無いからだな」

  先ほども感じたように、そもそもキリイさえアパートに送られてこなければ缶詰ヒーローなど自分に
 はなんの接点もなかったはずだ。

  それまでニュースやら雑誌やらで缶詰ヒーローの特報こそ耳にしていたものの、買おうという気
 は一切起きなかった。

  翔太は正直に理由を答えた、つもりだった。

  だが、八坂は翔太を底冷えする瞳で見詰めて視線を逸らさない。

「ほんとうに、そう思っているのかお前は?」

 それはなにかを審判するような、重々しい口調だった。

  瞬間、翔太の心の奥底でなにかがごそりと動いた。それは微かな頭痛となって翔太に警告する。

  ―――ヤメロ、と。

  だが会話を止めるつもりも翔太に考えられなかった。軽い頭痛に耐えながら、逆に八坂と視線を
 交差させる。

「……どういう意味だ?」

  翔太は自分でも驚くほど声のトーンが下がっていることに気づく。低く、低く、聞くものは不機嫌と
 とる声。

「言葉通りだ」

  気にも留めずにそこで立ち上がり、八坂は翔太に対峙する。

「お前は缶詰ヒーロー、ひいてはグラディエイトに興味がないといい続けている。だがそうなのか? 
俺には少し違うように見える。これはお前をチームに入れるためでなく、俺の純粋な感想だ」

「だから、どういう意味なのかって聞いてんだろッ?」

  普段の翔太ならここで激怒でもしていたことだろう。それほど八坂の物言いはこちらの逆鱗に触れ
 るのだ。

  だが何故か。何故か怒るという選択肢が頭からすっぽり抜け落ちていた。

  後少しでなにかが、そうなにかが―――。

「気づいていないようだからいってやるが、お前は『ヴァルハラ』で働いているときよく呆けているのを
知っているか?」

「……俺が? まさか、大方借金の返済方法でも考えてたんだろ…」

  辛うじて言い返すが、言葉は頼りない。

「そうか? それにしてはやけに缶詰ヒーローを眺めて、じっと固まっていることがあるんだぞ?」

「………違う」

「ああ、そうかもな。俺だってよくはわからない。だがそうだな、俺にはお前が故意に缶詰ヒーローか
ら遠ざかろうとしているように……いや、違うか…」

  八坂は考え込んで黙ってしまう。しかし、言葉ひとつひとつが翔太に確実に響いていた。

  それは興味が無いならある事象に関わることは無いだろう。だが八坂がいったのはそうでない、
 故意に遠ざかる、つまり自分は缶詰ヒーローを毛嫌いしているということになる。

  だが翔太の記憶の中で自分が缶詰ヒーローを嫌いになる出来事はないはずだ。高校の時も、中学
 の時も缶詰ヒーローとは関係なく暮らしていた。

  そうだ、小学校の時も……

  ―――ズキンッ

  記憶を辿る糸が痛みで引き戻される。第一に視界へ入り込んできたのは心配、というよりは不安と
 悲しみに瞳を濡らす君香の顔が見えた。

  ついで様子がおかしい翔太に眉をひそめる八坂とク・フリンの顔が。

  なぜ皆そんな顔をするのか、翔太が尋ねようとしたときに控え室のドアを誰かがノックした。

  風船に穴が開いたように、緊迫した空気が霧散する。

「すいません、少しいいでしょうか?」

「開いてるぞ、どうかしたのか?」

  オートオープンのドアが横に開くと、気まずそうに眉をしかめるこの会場の責任者らしき男性がこちら
 に頭を下げた。

  何度も平伏し、許しを請おうとしている様子だけはありありと伝わってくる。

「実は今、前座の試合を行おうとしているのですが…今回のためにわざわざ来日していた外人操舵者が
急遽来れなくなったらしいのです。そのせいで進行が滞っておりまして……」

  話しを聞いて、ふむとばかりに思案する八坂。

「その相手っていうのは一体誰だったんだ? どうして来ない?」

  この問いに責任者は痛いところを突かれたようで顔がますます痛々しく歪められる。

「それが、その、相手はギリシャの方でバルバロイの幹部メンバーだったらしいのですが。先週の末に
何者かに怪我を負わされ入院したのです。そのことをこちらに教えなかったせいでこのようなことに……」

  一瞬、八坂の顔が強張る。やや引きつった笑みを浮かべながら下を向いてぼやく。

「……世界は狭いな…」

「は? なにか?」

「いや、なんでもない。その赤毛の男が来れないのも仕方ないといっただけだ」

「赤毛? たしかにそうらしいですが、どうしてわかったのです?」

「なんとなく、だ。なんとなくな」

  右手を軽く振って答える八坂に首をかしげる責任者だったが、そこですぐどうすべきか迷ったようで
 相変わらず眉は歪んだままだ。

「苦情がナタラージャさまからも来ていますし、このまま予定を繰り上げても構わないでしょうか?」

  その旨を伝える責任者は同意を求めたが、今度は八坂が苦々しく顔をしかめさせた。

「待て。それは困る。実は俺の缶詰ヒーローが到着していない。早くてもあと数十分はかかるはずだ
から、逆に俺がグラディエイトできない……」

「それは…逆に困りましたね」

  二秒ほど黙りこくった空気が漂い、だが八坂は名案を思いついたように手を打った。

「…そうだ、その赤毛の代わりがいればいいんだな?」

「はぁ、こちらとしましてもそうすればお客様にお金を返却せずにすみますし。ありがたいのですが」

  いまいち意図が理解できないらしく、責任者は戸惑いと疑問を隠せていない。

  八坂は面白いことを見つけた子供みたいに目を輝かせてこちらを見た。本当に楽しそうに。

  たった今までは話に取り残されていた翔太たちだったが、まさか、という懸念が浮かび上がって
 くる。

「お、おい待て八坂っ、まさかとは思うが俺は今キリイがいないからグラディエイトなんて無理だぞ?」

  先手必勝で断る。

「……チッ」

  チームに入らないことには何の感情も浮かんでいなかったのに、今回は悔しそうに顔をしかめて
 舌打ちする。翔太は内心ほっとしたが、すぐに八坂の興味は隣に移った。

「なら、そっちのお嬢さんはどうだ。TOY社長の娘……名前は徳野君香だったな。どうする? 代わり
に出てみる気はないか?」

「えっ! わ、私がっ!?」

  突如話を振られた君香は雷鳴に打たれたような反応を示す。八坂はそうだ、と頷き返して冷笑する。

「知ってるぞ。たしか、ニ三ヶ月前に『ヴァルハラ』の大会で優勝していたな。それだけの実力者なら
客だって文句はいわないはずだ」

「で、でも私なんかがっ」

  胸元で指を弄って躊躇う君香は、ちらちらと翔太を気にかけているようだ。折角のデートでこうなる
 ことは不本意なのかもしれない。

  そんな君香の背後から、

「受けようマスター」

「フリンッ…?」

  布が巻かれた棒を掴んで背から振り払いながら、ク・フリンは断言した。

  いちいち躊躇う君香とは対照的に、ク・フリンこそは滾る力を存分に振るいたくてたまらないらしい。

「これも何かの縁だろう。それに、前座とはいえあのSSリーグなら文句があるはずない」

  朱色の布がひるがえり、一瞬部屋が炎で包まれたような錯覚を受ける。

  焔が大気を焦がしていく様はク・フリンの内なる熱を象徴していた。

「パートナーは納得してくれたみたいだが、いったいどうするんだ?」

  八坂が君香に再度尋ねる。

  君香はあやふやと戸惑っていたが、一度こちらを見ると自分を励ますように頷いた。

「…わかりました。どこまでできるかわからないけど、できる限りのことはやってみます」

「決まり、だな」

  諸手を打って勇む八坂は、背後に立っていた責任者にそういって持ち場に返すと、早々と君香
 たちを会場に向かわせた。

  部屋を出る際、君香とフリンは一度こちらに振り返って各々ガッツポーズを取っていった。

  なんだかんだでグラディエイトできることが楽しいらしい。

  だが、翔太の顔は曇り行く天気のように訝しげに染まっている。

  別に君香とのデートが台無しになったから残念だとかではなく、八坂に対しての疑問が沸々と
 してなんとなくおもしろくない。

  全ては偶然であるはずなのに、ここで出会い、話し、チームに誘われ。一連の出来事が目の前
 にいる『長』の思い通りな気がしてならない。

  いや、もっと突き詰めていけば始まりからなにか仕組まれているような気がしているのだ。

  全てはただ、偶然である―――はずなのに。









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