缶詰ヒーロー











       29缶詰ナリ *  【Barbaroi】








  たった今まで行われていた戦いの余韻からか、会場内には未だ狂気とも区別される熱狂が渦巻き
 一つの点で収束しつつ消えていく。
  
  白熱の舞台と何枚もの強化壁を隔てて存在する選手控え室。

  純白の肌にうっすらと滲んでいる汗をタオルで拭い、たおやかな仕草で腰掛ける姿は余りある魅力を
 内包しながら、動作一つ一つに切っ先の鋭さがある。

  しかしながら、女性特有のやわらなかボディラインが走り、古来より日本で崇められてきた大和撫子
 の雰囲気を纏っているのだ。

  もう流された汗とお湯で束ねられた幾束の黒髪が、ちょうど肩の辺りまで結い上げられ、生まれつき
 鋭い眼差しからは兼ね備えられた智勇の光が見えた。

  まだ、十九歳ほどだろうか。稀より数段上の、人をひきつけるナニかを持つ彼女。

  チーム≪オオナムチ≫所属、所持ヒーロー【スサノオ】、登録名簿 御剣 零。

  日本古来の武術か、舞踏。それに類似するなんらかの流派を学んでいることは確かであり、一般人と
 は動き自体が異なりすぎていた。要は、洗練されつくしているのだ。

  先ほどまでの【シヴァ】との戦いの名残で、皮膚全体が赤みを帯びているものの、雪の肌の上では化粧
 以上に引き立てるなにかがある。

  そして、御剣 零は体を隅々まで拭き終わると、両の膝の上に拳を作り慎重に眼を閉じていった。

  黙想。

  武道・武術における本日の練習や組み手を頭の中で反芻しながら自身の落ち度と反省点を見つけると
 いう明鏡止水の極地。

  そこに彼女は容易く到達していた。それも、とびきり最速で。

  が、御剣は眼を閉じ集中したままでありながら、しっとりと濡れた唇を開いた。

「対戦相手である【シヴァ】でしたが、貴方が仰るほどの者ではありませんでした。しかし、機体自体のスペ
ックが非常に高く、正攻法で挑んでもまず勝てないということもわかりましたよ」

  事務的でありながら、的確かつ冷静に分析の言霊を繰る御剣。聞く者などいないはずなのに、それは
 誰かに対して報告するという形だった。

  いや、その誰かはいた。御剣の後方、やや斜めにある柱の影から。

「さすが、加入してからたった二年でNO.3の地位まで上っただけはあるな」

  この男にとっては普段どおりの口調すら、氷が吹雪いているかの如く冷たい印象がある。

  身を隠していた柱から半身が出る。青年でありながらの白髪は黒く染められ、全身を包んでいるコート
 が不審者であることを熱烈にアピールしている、が、醸し出ている空気が違った。

  王者、というべきだろうか。

「シヴァが背負っていた光輪、あれと組み合わせて発動する必殺技《第三の眼》アナジーチャクラ…あれさえなければ勝
てたと確信しています」

  やはり眼は閉じたまま、声だけのやり取りが続く。青年は酷薄に唇を吊り上げると、皮肉めいて言う。

「それでこそ”剣の姫”。だが、負けは負けだ。切り札を使い損ねたのは自分のミスだろう?」

「……弁解の余地もありません…」

  閉じた眼が、悲しげに下がる。

「まあいい、あいつと戦うのはイヤだが、因縁を断ち切っておくのも『長』の責任だ……」

  背筋を正したくなる温度の声色でいうが、青年にとってはこれこそが普通。だから、本気の時は更
 に冷え込んでいくことを御剣は知っていた。

  さればこそ、平静を保っているはずの心に波紋が沸き立つ。それはまがりなりの畏怖からか、純粋
 な恐怖からか。

  手のひらに滲んできた冷や汗を隠すように、御剣は毅然と立ち上がると青年に向き直った。

「それより、どうして貴方がこんなところにいるのですか? 確かヒミ……いえ、アマテラスと共に来た
はずでは?」

「……こちらにはこちらの事情があったということだ…」

  似つかわしくないほど慌てた様子で、青年がたじろぐ。

  小首を傾げるも、青年はそれ以上何も言おうとしない。よほど強引なことでもされたのだろう。なに
 より、御剣から見ても今日の変装は気合いが入っていた。

  確かに青年が素顔で歩きでもすれば、一流アイドルですら叶わない歓声と人員が一箇所に集ま
 ってしまうのだから仕方ないといえば仕方ないのだが―――。

『ピンポンパンポ〜ン』

  ふ、と二人の注意が一点に向かう。

『緊急連絡です。本日、特別イベントとして急遽もう一戦行なわれることになりました。会場に残って
いるお客様の中で暇な方がいらっしゃれば、是非とも御覧ください。繰り返します……』

  と、備え付けのスピーカーから突然の連絡が報ぜられる。

  思わず、御剣の眼が殊更細められた。放送の内容を吟味し、自分なりの判断をその頭脳を持って
 してロジカル化しているに違いない。

『なお、特別試合の対戦カードは【ケルベロス】VS【キリイ】となっております。奮って御覧ください…』

  放送が終り、残ったのは前代未聞という四字熟語。

  こんな事態はこれまでの缶詰ヒーローであったことがない。SSリーグの試合が終わった後、特別
 イベントとして試合が行なわれるなどまずなかったことだ。

  その理由は、SSリーグの戦闘が激しすぎて闘技場の損壊率が常に競技限界を超えるからなの
 だが、今日は珍しく壊れていない。

  主催者側になにかあったのか定かではないが、異例の出来事が起きた今、観客達がどんな反応を
 示しているかは手に取るようにわかる。おそらく、諸手をあげて喜んでいるだろう。

  それはいいとして、あってはならないはずの事態に御剣は眉根を寄せて反応した。

  眼前で、圧倒的強さを誇り【グラディエイト】を制覇し続ける青年が、嬉しそうに笑っていたのだ。
 
「そういえば、あいつの戦いを直に見るのは初めてか……」

  ぼそりといった独り言。

  そしてこの独り言にこそ、最強の者が示す最大限の好奇心が表立っていた。冷酷だとか、残忍だと
 か、程遠いところにありながらも聴くものの血液を氷点まで低下させる韻律。

  自分に向けられた刃先でないながらも、御剣が呼吸を忘れてしまったのは仕方ないのかもしれない。

「零、お前はこの戦いをどう思う? もちろん、どちらが勝つか、ということについてだ」

  突如視線を自分に向けられ、御剣の心臓は早鐘を打つ。当然、極度の緊張から来るものだ。

  脈絡のない話の切り出しにも、御剣はかろうじて反応する。

「……ケルベロスVSキリイ、についてですか?」

「そうだ」

  断定口調で言われ、ますます御剣の脳内は可動速度をあげる。

  青年が求めているのは純一な戦いの評論であって、事態の異例さに対する私的な意見とは違う。

「…ケルベロスについてですが、戦績も優秀。〈レジェンド〉タイプであることからも相当なスペックを秘
めているのは間違いありません。それに、チーム≪バルバロイ≫の幹部であることからもかなりの実力
者でしょう」

  正確無比な分析にも、青年は腕を組み眼を閉じたまま憮然と聴いている。

  一瞬躊躇いがちになっても、御剣は言葉を止めるころを許されていない。缶詰ヒーローに関する全ての
 情報を諳んじることができる才女は、寸分の狂いも無く分析を続ける。

「キリイ、ですが……正直情報が少なすぎます。確か公式な試合は一度しか出場していませんし……
あえて言うなら負けは確定していること。一度〈レジェンド〉に勝っているとはいえやはり偶然としか…」

  そこまでいって、ようやく青年が楽しそうに反応する。眼の奥に爛々と輝くモノをありったけの力で押
 さえつけようとしながら、上手くいっていない。

「お前もアレを偶然だと思うか?」

  アレ、というのはカトブレパス戦で見せたキリイの行動のことだった。幾重の斬撃、幾万の銃弾を避け
 て怪物を一刀両断する侍の姿。

  御剣から言わせて貰えば、あれは偶然の女神が微笑んだとしか思えない僥倖が積み重なって起き
 た奇蹟だった。

  だというのに、彼女の『長』はぜんぜん違うといいたげだった。

「まあ、見ていればわかる。俺がなんとしてでもチームに迎えたいと思った奴だからな……」

「―――…ご冗談を…」

  この青年は強者にしか興味を示さない。〈リアル〉タイプ、そして戦闘経験が少なすぎる者を推挙する
 など戯れにすぎないはずなのだ。

  が、

「俺は本気だ」

  最後の言葉は、チーム全体に多大な衝撃を伝えるだろう爆弾発言だった。

  『長』自らがチームに迎えたいといい、ましてその者が〈リアル〉タイプの缶詰ヒーローとその操舵者な
 のだとしたら、最強勢力を誇る御剣のチームが他の者に舐められかねない。

  それすらも省みず、この青年はいいきった。

「俺の眼が曇っているのか、それとも澄んでいるのか……結果を見ればわかるはずだ。嫌が応にもな」



           #             #             #



  チーム≪バルバロイ≫。

  缶詰ヒーローのチームとして結成されたギリシャの地を本拠地とする異国の集団。入門する条件は
 ギリシャ神話などにあやかった缶詰ヒーローを所持していることだけである。

  この辺りは基本的なチームとなんら変わりは無い。

  ただ、構成メンバーに問題のあるものが多く、西欧でも注目のチームでありながらその評価は最低。

  『長』はまともな人物だという評判だが、いまいちカリスマ性に欠け、全体を取り仕切る才能はないの
 で問題アリと判別されるものが生じやすい。

  言葉で解決するという者たちよりも、力に訴えかけて自分の意のままに事態を運ぼうとする輩が多い
 のだ。

  それゆえの『不愉快な言語話者バルバロイ』。

  自嘲的なチーム名だが、実力は間違いなく強豪ランク。

  TOY・EURO支部で例外的に開催されるSリーグ大会でも常に上位に食い込み、余りある力を顕著に
 させている。

  今後、最も有力なチームとして成長していくだろう。

                           〜缶詰ヒーロー 「公式文書」 西欧項目 バルバロイ〜












       SEE YOU NEXT 『From inferno』 or 『Battele for venus




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