缶詰ヒーロー










       25缶詰ナリ *  【The signs of memory】








  デモンストレーションと機体解説が終わった場内。残るは選手たちの会場入りを待つだけというせ
 いもあって場内の機体は膨らみ続けて今にも破裂しそうだ。

  そして、舞台は会場の隅っこに移る。

  席はなく、一般に言う最低ランクの立見席で背伸びをしている一体の巫女型缶詰ヒーローと、脇で腕
 を組んでいる侍型の缶詰ヒーローがいた。

「う〜ん、指定席よりも立ち見が一番よねッ! キリイもそう思うでしょ?」

  わだかまりが吹っ切れた晴れ晴れとした笑顔を浮かべて両手を広げるヒミコに、キリイは太陽すら凍
 てつくだろう視線を刺しつづけていた。

「うむ、少なくとも誰かさんが前の席に座していた男を気絶させるまでは指定席のほうが快適だったが、
いまとなっては立ち見のほうがよいぞ。うんうん」

「ぐっ、キリイ。あなたって本当に意地悪ね……」

  恨めしげにむくれるヒミコだが、非が自分にあると自覚しているせいか、それ以上反論するつもり
 はないようだった。人差し指同士をちょんちょんと突付きあう姿が物悲しい。

  キリイがいったように、二人は指定席にたどり着くことはできていた。さあくつろぎながら観戦しようか
 と腰を降ろしかけた時、突然ヒミコが悲鳴を上げた。

  なんでも、前にゴキブリがいたとかいないとかで。

  その際前の席にいた男性の頭にヒミコの渾身の一撃が振り下ろされ、哀れ男性は天に召されてし
 まった。

  急いで逃げ出した二人は相手の顔までは確認していないが、キリイが見た限りではどうやら耳に
 ウサギのピアスをし、ちまたでいうストリートファッションを見事に着こなしていたような気がした。

  瞬間、先日誕生日パーティがあった男。ユウキという人物の笑顔がキリイの思考に何故か浮かんだ
 が、邪魔だったので手で追い払う。哀しげに涙を流して消えていく幻像。

「あー! なによその顔、ええ、ええ、そりゃあ確かに私が悪かったけどねぇ……」

  幻影を振り払う仕草が不満と見られたのか、ヒミコの唇はへの字に曲がってしまっていた。

「ん、私はいまかなり不満だぞ」

「むー。わかったわよ、お詫びといってはなんだけど、私がちょっとパシってきてあげる。何か欲しいも
のはある? コーラ? サイダー? それともダイエットペプシ?」

  腰に手をあてて、圧倒的な剣幕で上半身だけせり出してくるヒミコ。だが肝心なことを忘れている
 ようだった。

「いや、私はコーラなど飲めないぞ。忘れておらんか?」

「あっ、そうだった。私たち『缶詰ヒーロー』だったもんね。いつものくせでテルっちだと思ってたよ。うっか
りうっかり」

  頭に手をあてて朗らかにお笑いになるヒミコ。指定席に座れなかったことすら本当に反省しているの
 かいないのか。

  おいおい、といつもならツッコミをいれてしまうキリイだったが、今だけは違った。酷く傷ついた時のよ
 うに顔をひそめ、右手を胸に当てていた。

  少しばかりの、痛みも堪えながら。

  己が体を見る。関節部に目立つ溝。擬似皮膚の下に伸びる配線と基盤、戦車砲の一撃にも耐えうる
 装甲。あまりに人間に近く、そしてあまりに人間ではない。

  キリイにはふとしたことで、自分が玩具なのだということを認識させられる時がある。翔太と喧嘩など
 をしている時は考えることもないのだが、ほんとうにふとした日常で考えてしまう。

  こんなことを考える自分が壊れているのか、それとも生半可だが精神構造も人に近い分、どんな缶詰
 ヒーローも悩むことなのか。キリイという人格も、プログラムでしかないのに。

  ―――所詮自分は玩具。ならば、≪あの時≫交わされた誓いは果たすべきなのかどうか…

「あ、あ! それじゃあ私もうちょっと見晴らしがいい場所探してくるよ。ここじゃよく見えないもんね!」

  苦渋に顔をしかめるキリイを見てか、ヒミコは慌てたように言葉を始める。

  思考は朧ながら、確かに、と頷いて現場を見回す。

  様々な人種と缶詰ヒーローが入り混じる会場はビッチリとぎゅうぎゅう詰めにされている。おかげさま
 で容易には身動きが取れなくなっていた。視界も確保できなかった。

「じゃ、いい場所見つけたら連絡するから。回線番号は開けておいてね」

  日向の笑みを浮かべて、言い切らぬ内に駆けて行くヒミコ。もっとも走ったと同時に転んでいたのは
 ご愛嬌である。

  同時に、会場にシヴァとスサノオが入場というコールが大音量で報じられる。呼応して観客も歓声を
 ピークまで持ち上げていき、これから始まる武踏へ思いを馳せている。

  ただ、キリイは言われたとおり通信回線のチャンネルを開いておいたが、心ここにあらずという風情で
 中空を見詰めていた。



           #           #            #



  見るからに不審者と眼つきの悪い男がいる場所はいわゆる立見席であった。いうまでもなく、翔太
 と八坂の二人組みなのだが、こんな辺鄙なところにいるのはわけがあった。

  せっかく熊谷から貰ったゴールドチケットだというのに、八坂が指定席へ行くことを拒んだからである。

  翔太としてもそれは当然ありがたい申し出で、君香と鉢合わせという最悪の事態を難なく回避できた
 のは僥倖だった。

  大歓声のコールと同時にシヴァとスサノオが闘技場に昇った折、黙っていた八坂が楽しげに口を開い
 た。
  
「翔太、お前はオオナムチとサンサーラというのが何なのか知っているか?」

  茹だる暑さと歓声に遮られるはずが、凛とした声のせいではっきりと伝わってくる。

「いや、全く知らん」

  自信満々で答えると、八坂はやっぱりかとあらかじめ予想していたという笑みを浮かべた。意味ありげ
 なため息を吐かれた翔太は少しばかり面白くない。

「そうだろうな。お前が知っていたら俺はひっくり返って驚いてた」

  くくく、と忍び笑い。

  格好が格好なので不審者が標的を見つけたときのソレと似ているため、子供らが号泣しながら逃げる姿
 が容易に想像できるので恐ろしい。

「んだよ、知らんもんは知らねぇんだ。文句を言われる筋合いもないだろ」

「文句なんていってない。ただ、予備知識は必要だと思ってな。特別に教えてやろう」

「は? 俺に興味なんかな…」

「そもそもだな。世の中には缶詰ヒーローを持っている奴らが集まってつくるチームがある」

「……」

  八坂はあっさり翔太を無視すると、闘技場で向かい合う二体の缶詰ヒーローを交互に指差した。

  たった今戦闘が開始され、スヴァとスサノオは間合いの外で睨みあう形を取っている。互いに相手の
 出方待ちというところだろう。

  八坂が始めに指差したのはスサノオを呼ばれる機体だった。横幅衣、貫頭衣の歴史の教科書など
 で見られる弥生人の格好を、さらに神々しくした礼装。

  腰に帯びた剣に手をかけ、じりじりと距離を詰め始めている。

「缶詰ヒーローを持ち、グラディエイトに参加する意志を持つ者たちが結成した集合体のことをいうんだ
がな。一般にチーム内で一番強い者がチームを治め、チーム最強の者を一般に『長』と呼ぶ」

「…そんなもんがあるのか?」

  まさかそんな団体があったとは、ほんのニ・三ヶ月までは缶詰ヒーローという存在は知っていた翔太
 が知っているはずがない情報だった。もとより興味もないのだが。

  だから思ったことは、世の中暇な奴が多いな、という落胆に近い呆れだった。

「缶詰ヒーローが世界中で人気を博しているのは知っているな? 人や、集団生活をする生物に
いえることだが、個々として独立する存在は互いに支えあえる協同体を求める。これは自明の理だ」

「確かにそういわれれば、な」

  一人の人間が別な人間と出会い、また別の者たちと出会う。やがて村となり、村同士の交易が発達
 する。村はそうして街となり、最終的に一つの国が出来上がる。

  この真理は缶詰ヒーローを始め、社会機構を成り立たせる重要な要素であった。

「そうして世界中に数多くのチームができたわけだが、≪オオナムチ≫は日本でも最大最強勢力として
謳われている」

  冷然とした口調ながら、八坂の声はさらに冷え込んでいた。この男、自分の興味ある物事を話す時、
 より冷静になっていく癖があった。なにが彼にそうさせるのか。

「そして、次が≪サンサーラ≫だ」

  今度は、青白い装甲板と体中に金属器が巻きつけられた機体を指差す。

  腕が四本、後ろには後輪としか見えない巨大な装置を背負っていた。闘いの最中であるにも関わら
 ず、動き一つ一つが舞踊を舞っているかの如く洗練されている。

「こっちはインドで最大といわれているチームだ。そして今闘っている【シヴァ】はサンサーラを統括する
ナタラージャという奴の機体。つまりサンサーラ最強の機体というわけだな」

  瞬間、シヴァがまるで踊るようにスサノオに近づいた。いや、踊りにしか見えなかったからこそスサ
 ノオの対応が半歩遅れていた。

  シヴァが放った何の殺意も込められていない一撃が、スサノオを強襲し何枚かの装甲を持ち去って
 いく。だが体勢をすぐさま立て直すと、再び腰元の剣に手をかけた。

  会場には司会者の絶叫やら観客の黄色い叫びが飛び交っていたが、不思議とそれらは遠いものに 
 感じられた。

  そして、翔太は会場を見回すうちに気づいた。会場内の異様さを。

  日本人はもちろん、モンゴロイド、ネグロイド、インド・アーリア・ドラヴィタ、スラヴ、アングロサクソン、
 ありとあらゆる人種がこの会場に存在していた。

  何故? という疑念が鎌首をもたげる。

「待てよ…どうしてこれだけの人種が遥々日本までやってきてるんだ? まさか定住者じゃないだろうし、
自分とこの国でもこういう大会はやってるんじゃないのかよ?」

「やっていない」

「は?」

  憮然としながら、八坂はきっぱりと断言した。落下防止用の手すりに寄りかかると、戦いからを注意
 を放さずに続ける。

「SSリーグ規模の大会は他国ではやっていない。というより、TOYがグラディエイトに関する全ての権利
を独占しているからやらせてくれない。小さな大会程度、Bリーグぐらいまでならやっているがな」

  だからこそ、インドで最強とされるSSリーグの選手【シヴァ】も日本などで大会に参加しているのだっ
 た。

「それでわざわざ他国から観戦しに来る奴がいるのか…」

  最近外国人が街に増えたと思っていた翔太だったが、こういう理由があるとは露ほども知らなかった。
 衛星中継などでは我慢できない熱狂的なフリークばかりが、ここに集っているのだ。

  視線を舞台に戻す。

  スサノオをシヴァの戦いは先ほどの一撃を除いてはあまり進展しておらず、小競り合いばかりでコレだ
 という一撃は放たれていない。

  そうこうするうちに、第一ラウンド終了を告げるゴングが鳴った。スサノオとシヴァは互いの陣地に戻り、
 戦闘中に溜まった負荷やプログラムの処理を始める。

  話半分観戦半分とはいえ、翔太にはやはり缶詰ヒーローにのめり込む人々の気持ちがわからなかっ
 た。そして、それが正確には【グラディエイト】という競技に対してだと自分で気づき始めている。

  缶詰ヒーローだけならこれといったことはないが、グラディエイトという制度そのものがおかしい気がし
 た。漠然と、だが、疑念は八坂の話でさらに固まっていく。

  自分でも変だと思いながら、踏ん切りをつけるためにシヴァのほうへ眼を向けてみた。

  インドで最強とされる機体、神話の登場神だというぐらいなら翔太でも知っている。闘技場から降りて
 冷却しながら座す中性的なその機体は、背負った後輪より僅かばかり小さい。

(あの後ろのが厄介なんだよなぁ、ほんと)

  薄ぼんやりと思い浮かんだ思考はあまりに自然と出過ぎたので、翔太は一瞬当然の如く受け止めて
 しまっていた。

(………あ? 今俺はなにを考えた?)

  何かがおかしかった。しかし先ほどのことは一瞬垣間見えた程度の思考でしかなかったから、翔太は
 深く思い出すこともできずに首を捻らせた。

  ただですら暑いのと思い出せそうで思い出せないもどかしさの板ばさみになった翔太が額に汗を光ら
 せていた時、隣の不審者、もとい八坂が驚いたように一歩引いていた。

「まずい…」

  なにがまずいのか、そう問おうとした時には八坂は通路へ向けて駆け出していた。

「すまん翔太。後は一人で見といてくれ、俺は隠れる」

「おい! 突然何をいって…!」

  韋駄天より速く逃走した八坂。

  伸ばした手は虚空で止まり、翔太はやれやれと肩を竦めた。八坂は変態だから、きっと今頃可愛い
 女性の前でコートの前を開きにいったのだろう、と勝手な考えを巡らせて。

  試合再開を告げるゴングがなり、翔太は再度闘技場へ眼を向けた。

  つまらなそうに顎を腕で支える翔太。試合など最早どうでもよく、それ故に気づくことはなかった。

  開始地点へ歩み寄っていく二体の缶詰ヒーローのうち、シヴァと呼ばれるその一体が強烈な視線
 をこちらに、正確には八坂が立っていた場所へ向けていたことに。








 


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