缶詰ヒーロー







≪本日解禁される戦いの序曲 〜要項と解説〜≫

  『【グラディエイト】。世界で最も人気がある競技として取り上げられることも多くなった競技。今ではあらゆ
 る国で行なわれているのだが、ところで皆さんも気にかけたことはないだろうか?

  そう、最強は誰か―――

  万民の胸中深くで渦巻くこの疑念を晴らすため、開かれるようになった数多くの公式大会。そして今日
 開催されるのはD・C・B・A・S・SSの中、最もハイレベルなSSリーグ準決勝。

  缶詰ヒーロー所持者でも選りすぐりの選手たちにのみ与えられる『オリジナル・ヒーロー』ライセンス。

  幻とまでいわれるライセンスの持ち主だけが上がれるこのリング。

  日本オリジナルのSSリーグ。今、決勝戦最後の席を巡り合い、戦いが始まる』

  


  風に舞って飛んできたパンフレットを再び風に乗せて、翔太はマルボロを取り出した。

  待ち人来たらず。指で挟んだタバコに落ち着いたようすで火をつけると、一息で五分の一ほど燃焼さ
 せる。

「ああー、帰りてえなぁ……」

  SSリーグ準決勝、開始一時間前。

  午後二時を過ぎた今、人の列はいよいよ勢いを増し始めた。徹夜組はとっくに会場入りしているという
 のに、人の波は押してくるばかりで引く気配がない。

  あまりに大量なので、会場に全部入りきるのかと心配になりそうなほど。

  翔太は吸いかけのタバコを踏み消し、いつもより低く感じられる空を見上げてみた。
 
  多少は心も和むかと思っていたが、淡い期待は熱光線に焼ききられる。これでもかというぐらい紫外線
 を放出なさる太陽が小憎らしかった。








       24缶詰ナリ *  【Let's go to the hell place】








「別にな、私は気にしているわけじゃないんだがな?」

「うん」

「公園で遊んでいたら『そろそろ時間だよッ』といって、突然腕を掴んで走り出したこともよしとしよう」

「なるほど」

「腕を引っ張られたことでおぬしのドジっぷりに巻き込まれ、幾度も転んことすらなんとか許してやる」

「ごめんね〜」

  うんうんと頷くだけのヒミコに何をいっても無駄だと悟ったのか、キリイは首をがくりと落とした。

「だがいきなりどうして私がここに連れてこられなければいけないのだ?」

  半眼で睨みつけながらいうと、ヒミコは頬をむぅと膨らませて唸った。

「だってねー、テルっちが悪いんだよ!」

  嫌なことでも思い出したようで、ヒミコは腕を組んでふて腐れてしまう。重ね重ね、設定年齢と精神
 年齢に食い違いがあるようだ。

「せっかく私と見に行く約束してたのに、バイト先の店長命令だとかいって今日のデートキャンセルしち
ゃうんだもん。チケット余ったからしょうがないの!」

  テルっちとは誰だろうか、とキリイは思案するまでもなく知らないのだが、お構いなしに唇を尖らせる
 ヒミコの怒りは巫女装束すらも炎で染め上げていた。

「ああ! もう! 楽しみにしてたのなッ!」

  暴れまわるヒミコの両腕。

「ぐえ!」

「ぐぅ…」

  一人で憤慨しているヒミコにとって、周囲への気配りなどないも同然であり、混み合った空間でブンブン
 腕を振り回すので、近くの観客の何人かは試合開始前に意識を失っていった。

  恐るべき、鋼鉄の腕―――。
   
  徒労と終わろうとも、せめてもの抗議を行なったキリイはヒミコを尻目に、周囲に群れる人間と缶詰ヒー
 ローの見回した。

  彼らは一様にはしゃぎ、喜び、パンフレットとコーラを片手に和気藹々としている。

  キリイたちがいるのは十五万人収容可能な御坂市特別アリーナ会場内。今日ここで、【グラディエイト】
 における最高峰の闘いが行なわれる。

  滅多に感情が面にでないキリイだったが、事態を把握したときは侍として正直興奮した。

  より強い武士―――。

  もっとも、まともに見れるだけの余裕があればさらに楽しめたのだろうが、

「この人数の多さはなんなのだ。まるでジュウシマツの巣ではないか? うむぅ、あるはずのない鳥肌がた
ちそうだぞ……」

「ま、グラディエイトでも一番人気が高いリーグだから当然といえば当然なんだけど…」

  怒りはどこかに消え去ったのか、あっけらかんとしたヒミコはチケットを片手に歩き始めた。チケットの色
 は金色。指定席を与えられている証拠だった。

  SSリーグ。ヒミコから聞かされた情報はそれまで知る必要がないものばかりだった。

  年に一度開かれ、最強を決めるべく世界中から選手が集まってくるということ。日本でしか大会が行なわ
 れないわけはTOYが権利を独占しているから。いわば昔日本で流行った『Kー1』なるものに似ている。

  これまでなら誰でも知ることができる情報なのだが、ヒミコから聞かされた内容はもっとディープだった。

  『オリジナル・ヒーロー』なるライセンスを手に入れる方法、SSリーグ所属選手の選手一人一人の癖や
 攻撃パターンなど細かな分析。

  SSリーグのファンだからといえば話は終わるが、それにしては驚くほど精密な調査だった。

  ただ戦いを見るだけなら必要は無い情報。実際戦うとしたら別だが。

  しかし、キリイが見たところヒミコは<リアル>タイプか、歴史上の人物名に照らし合わせると<ヒーロー>タイ
 プである。SSリーグでは<レジェンド>と<ミソロジィ>が登録選手の大半を占めるといったのも彼女だった。

  だから、

「のう、どうしてお主はそれほどまでに詳しいのだ? まるで自分が見てきたような口調だが」

「ああ、それはね。私が……」

  いいかけて、ヒミコは歩みを止めた。今まさに会場の照明が落ち、司会者によりデモンストレーションが 
 始まろうとしていた。

「とりあえず席番号を確認しとかないとね、話はあとあと!」

「う、うむ…」

  率先して歩き出すヒミコに置いて行かれぬよう、キリイは歩を速める。そして、我ながらなんともいえ
 ない気分を味わっていた。

  情けないことだが、ヒミコを前にするといつも静かな水面が暖かく温度を上げられていく。ヒミコが放つ
 陽光のような性格のせいか、キリイすらクールな印象は掻き消されていた。

  ヒミコを追う姿は仲のよい姉妹のように見える。どちらが姉かと問われれば当然キリイなのだが、微笑
 ましい光景には違いなかった。

(こんな姿、あの馬鹿には見せられないのう……)



           #            #            # 



「ぶわっくしゅん! ……うわ、こんな暑いのにくしゃみかよ、誰か俺の噂でもしたか…」

  鼻をすする。

  翔太はきょろきょろと噂をした主を探してみたが、翔太は別に神様でもない。無論見つかるわけがない
 のですぐに止めた。

  ため息のひとつも吐きたくなって、肩を落とした。勿論、複雑に入り組んだこの状況に対してである。

  留守番はタマゴだけで大丈夫だろうか。とか、もし、会場で君香たちにあってしまったらどうしよう。とか、
 キリイの阿呆は勝手に外出して何処にいったんだ、とか諸々の不安要素は拭えない。

「はぁ……」

  本物のため息を吐いてしまったことで、翔太は己が惨めさを再確認する羽目になってしまった。

  どうしてこんなことになったのかと自問しても、なるようになったとしか思えない答えが返ってくるだけ
 だった。自分が可哀想過ぎて涙が零れそうになる。

  アリーナ前で待ち続ける不幸な青年の周りだけ、一般客とは変わってどす黒いオーラがむんむん漂っ
 ている。近寄りたくない、普通なら誰も近寄ろうとしなかったろう。

  つまり、翔太に近寄っていった人物がいたのだ。

「待ったか…?」

  ぼそり、と周囲に聞き取られたくないかの如く囁かれて、翔太は訝しげに視線を上げた。声に覚えがあ
 ったので誰かはわかっていたが、待たされていた分の恨みはある。

「待った。かなりな」

  相手を睨みつけていう。

「アレか? お前の足はナメクジで出来ているんじゃないのか? 集合時刻を三十分もオーバーしてるん
だぞ?」

「すまん。予想より準備に手間が掛かった」

  準備、という単語が引っかかって翔太は眉根を寄せた。

  恨み言をいうのに忙しくてよく見ていなかったが、目の前にいる若年性白髪のはずの青年の髪は黒く染
 められ、目にはサングラス、口元にはマスク、足首までのコート。怪しさ満開でいることに今更気づいた。

  懐かしの強盗スタイル。額にはうっすらと汗が滲んでいる。通り行く人が蔑んだ眼と冷ややかな冷笑を
 プレゼントして去っていくのはいかんせん耐えがたかった。

「…このクソ暑い中なんだその格好は? 今から銀行にでも行くか? 警察は呼んでおくぞ」

「うるさい。仕方ないだろ。こうしないと大変なことになるんだからな」

  絶対零度の態度で言い放たれる。八坂は人が悪くないが、時として表面に浮き出る氷が冷酷かつ残忍
 な印象を持たせ、常人なら口を噤んでしまうことも多々あった。

  が、キリイのせいで慣れている翔太の疑問は消失しない。

「は? 大変なこと?」

「ああ、実は俺な…」

  周囲から奇異の視線と指で刺される八坂が言葉の先をいおうとした際、アリーナのほうから大歓声が上
 がった。

  時刻は二時三十五分。ちょうど試合前のデモンストレーションが始まるところだった。

「話は後だ。早く入るぞ」

  どこか釈然としないながらも、翔太は八坂の提案に大人しく従った。話なら後でも聞けるし、大会観戦を
 しなかったことがばれて『店長命令』に逆らうのが怖かったからである。

  借金返済のため、クビの危険はなるべく避けなければならない



            #            #             #



『さぁ、いよいよ今夏最大のイベント前夜祭ともいえるSSリーグ準決勝がやってきたぞ! 果たしてこの闘い
を勝ち抜き決勝へ駒を進めるのは【シヴァ】と【スサノオ】どちらなのかッ!?』

  さすがにTOYが直接運営するだけあってか、会場の設備は地方大会などとは桁三つほど違う豪勢な
 ものばかりだった。

  最新のサラウンドスピーカーから溢れ出す意気揚々としたMCの雄叫びは防音処理を施された壁面すら
 突破して大気に溶け込んでいく。

  人々の狂気と熱気が混ぜこぜになった酸素を一息吸うたびに心は踊り、体の奥から力が湧き出る錯覚
 すら現実味を帯び始めてしまっていた。

『しかも今日は特別ゲストとしてあの熊谷 秦さんも解説者として来てくれているぞぉ! この人のことを知ら
ないフリークはいないだろう!?』

  MCにのっとって、満員御礼状態の場内から大歓声が上がる。

『さ・ら・に! 今日の対戦には≪サンサーラ≫と≪オオナムチ≫のいわば因縁ともいえる対決だッ! グラ
ディエイトの名勝負として語り伝えられるシヴァVSアマテラス戦から生まれた両チームの宿縁はいったいどこ
で断ち切られるというのか!?』

  口上が終盤へと近づくにつれ、会場内に満ちていたBGMも盛り上がりを最高潮を迎える。

  待ちきれない―――。

  誰もが己の意志を言霊に乗せようとし、失敗してただの雄叫びとなる。

『既に決勝へ駒を進めているアマテラスと戦うのはライバルである"舞神"ナタラージャ操るシヴァかッ!? 
それとも同じチームである"剣の姫"御剣 零の操るスサノオなのかッ!?』

  自慢の宝を見せ付けるかのように、MCが右手で仰ぐと会場の中心に陸の孤島が照らし出された。

  誰もがそこに入れる権利がありながら、入ったが最後、世界から隔絶される孤独な戦場。

  この世で、地獄に一番近い場所が、そこにはあった。











       SEE YOU NEXT 『The signs of memory』 or 『Get over the heart




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