缶詰ヒーロー







「ぎゃふん!!!」

  あまりにもお約束な奇声。

  好奇心を掻きたてられ振り返ると、いわゆる巫女さん装束が眼に飛来した。それは、ゆっくり弧を描き、
 人型の飛来物であるとわかったときには既に遅く、覆いかぶさっていく。

  なんとか受け止めようとして手を捧げたが、どういうわけか、彼女は人間の重さではなかった。

  中身に詰め込まれた機械部品と、エンジン、モーターが重量百うんぬんというバーベル上げ選手も驚き
 の体重を内包させる。

  死ぬ、と一瞬頭をよぎった考えとともに、翔太の意識は紅い布に包まれていった。







       26缶詰ナリ *  【Tear in my head】






「いやー本当にごめんなさいねー。何もないところで転ぶのって私の特技なんですよー!」

  元気ハツラツ、と笑う相手を論破するだけの言葉はなく、呆れ尽くしてため息もでない。比較的静かな
 通路で、翔太はタバコを吸おうとしてポケットへ手を伸ばし、止めた。

「それ、特技じゃないな」

「あ、バレました?」

  にはは、と頭を恥ずかしそうにかく巫女は、やはり悪びれもなくいってのける。服についた汚れを払い
 落としながら、翔太は訊ねた。

「で、お前のような希少種『ドジっ娘』がなにをしているんだ?」

「む、私はたしかにドジですけど……ってああ、そうじゃなくて…」

  眉をしかめたかと思えば、次の瞬間にはおろおろと忙しなく首を動かした。なにやら探しているようだが、
 皆目検討もつかない。それよりも、なんと動きが忙しないことか。

「実はもっとよく闘技場が見える場所を探していたんですけど、この混み具合ならどこもたいしてかわりま
せんね」

  会場の熱気と反比例して落ち込む『缶詰ヒーロー』は、これまで翔太が出会った缶詰ヒーローと違う
 雰囲気を醸し出していた。心をくすぶるなにかはあるが、漠然として固定されない。

  だが、どこかで、彼女を見たような気がして。

(まさか、ありえない……)

  と、翔太は暑さのせいにして頭を振った。眉間に指を当てて抑える。あまりにこの缶詰ヒーローが人間
 らしいから、記憶の中で出会ったことのある誰かと重なってしまったのだろう、と。

  眼を開けると、飛び跳ねたり走り回ったりして空いた場所を見つけようとしている巫女。不思議と、親
 近感が湧く。本当に、彼女の仕草は人間らしかった。

  だからこそ、ほんの少しだが親切をしてやろうという気持ちは沸き起こる。

「おい、向こうにちょうどいいスペースがある。よかったら来いよ」

「え、え? 本当ですかそれ! すっごく助かります!」

  向日葵のような輝く笑顔を浮かべ、胸の前で手を組んで喜ぶ彼女に、翔太はやはりデジャ・ヴを感じ
 る。だが、錯覚は錯覚なのだと信じ込む。

  もやのかかった思考は心の奥にしまいこんで、翔太はさきほどまで八坂といた空間を探した。幸いな
 ことに、まだ誰にも取られていない。

  通路をからゲートをくぐり会場に入ると、鼓膜を打ち破る熱狂が溢れては燃え尽きていた。

  第二ラウンドへ突入した戦いはますますヒートアップを続け、会場の至る所から声援があがっては大気
 を打ち鳴らしていた。

  上空から吊られた四面構成のプラズマヴィジョンが至近距離で繰り広げられる技術の攻防をつぶさに
 映し出し、なおかつこの場所からは闘技場も全て見渡せる。

「ここなら闘技場もよく見えるだろ! ほら、あんなにくっきりだ!」

  周囲の歓声に負けないように大声でいって、顎で指す。会場で死闘を繰り広げるシヴァとスサノオの
 姿がはっきりと見えた。

  戦いは進んでいるのか、若干シヴァが圧倒しているようだ。

「ありがとうございますー! あ、そうだ! 私の友達もここによんでいいですか!!!」

「ああ! 構わん!!!」

  互いに精一杯に叫んでも、膜が張ったようにいまいち聞き取れない。それでも意味は通じたのか、
 無線で連絡をとったらしい彼女は紅袴を一寸なびかせながら宣言する。

「いま、こっちに向かうそうです!」

  この缶詰ヒーローがいう連れの人物に、翔太は少しばかり興味が湧いた。おそらく所持者なのだろ
 うが、これだけ礼儀が整った彼女の連れは、よほど人間が出来た人物だろうと勝手に想像する。

  どんな人物なのか。きっと口は悪くないだろう。それこそ春のうららかな日差しの下に生まれたよう
 な人格者に違いない―――。

  やがてくるだろう、相手に機体を馳せていたその時。思わず綻びかけた翔太の顔面の裏側、首筋に
 突き刺さるなにかを感じた。

「……蚊か?」

  なんだ、と首の裏を撫でるが、虫がいたわけでもないらしい。
 
  しかし、ちくちく、というよりはむしろズキズキと槍かなにかで刺されているようななにかがある。

「? どうしました?」

  翔太の奇抜な動作に気づいたらしい巫女は小首をちょこんと傾げて見せる。なんでもない、と首を左右
 に振って否定した翔太だが、飛んできた針は心までも貫いたように痛みを与えていた。

  虫ではない。まさか吹き矢が飛んでくる時代でもない。

  ならいったいなんだったのか、と翔太が視線を会場内に巡らせたとき、彼女と、視線が、交錯した。

「う、うそだろ…」

  翔太たちがいるところと、闘技場を挟んで真向かいに位置する指定席の一角。

  強化ガラスと豪勢な造りの部屋であるそこに、般若の如く怒りで眼を光らせる君香がいた。確認のため
 眼を凝らす。隣には何故か気を失っているユウキがいた。間違いない。

  そして君香の視線の矢は、あきらかにこちらに撃ち出されている。

(なんで、そんな距離から気づく…?)

  脱力感と絶望感から冷や汗が止まらない。

「どうかしたんですか? もしも〜し?」

  なんていって眼の前で腕を振られても、気にかける余裕がないほど翔太の心臓は切迫していた。

  自分で自分を励まそうにも、それがいかに虚しい弁護であるかは翔太が一番わかっていた。いくら
 君香のことを苦手なのだとはいえ、相手は女。しかもこの場合悪いのは完璧に翔太だ。

  これが男で、しかも嫌いな奴だったなら別にどうとも思わないのだが、君香のことはなんとなく嫌い
 なのであって絶対的に嫌いなのではない。

  それほど、君香は翔太の中で曖昧なラインにたっていた。できることなら嫌いでいたくないが、何処
 か根本的な部分がおかしい。

  観客が喚くガラスの向こうで、それまで怒りを浮かべていた君香の顔が泣きそうに歪められると、
 そのまま指定席をたって走り去ってしまった。

「お、俺のせいか!?」

  愚問である。

  距離があるので君香が泣いていたかどうかまでははっきりとわからない。

  ただ、あのつぶらな瞳から零れる涙。君香の泣き顔など一度も見たことはないのに、雫が頬を伝って
 行く様子すら手に取るようにわかる。

  そう、涙が。

「ッ! 悪いが、グラディエイトのほうはその友達とやらとゆっくり見ててくれ!」

  嫌な予感。自分に災厄が降りかかるというよりは自分の内部にあるモノが変わる焦燥感は苛立ちとも
 違う。

「え? あ、ちょっと!!!」

  名前も知らない巫女さん缶詰ヒーローの叫びを後方に突き放し、翔太は全力で駆け出していた。

  翔太の姿は、通路を左に曲がったところでさっと掻き消えた。



          #           #           #



  ちょうど翔太が消えたと同時、ぽつんと残された巫女の前に、宵闇を髪に織り交ぜた侍が現われた。 

「どうした? 狐につままれたような顔をしておるぞ?」

  長い黒髪を左に流すと、キリイは眉根を寄せた。心ここにあらず状態のヒミコの頬を軽く叩く。が、これ
 といった反応はない。

「むむ…ならこれではどうだ」

  ほっぺたを掴むと、上下左右前後に揺さぶり始める。それでもしばらくは何の反応もなかった。

「……ってちょっと、キふぃイ! はにゃしなふゃいよ!!!」

  呆然としたままのヒミコの頬を掴んで引っ張って遊ぶキリイだったが、ようやく正気を取り戻したヒミコ
 の抗議を受けて手を放す。

「もう! 人の顔で遊ばないでよ。頬っぺたが伸びたらどうするの!?」

  試合を見るという当初の目的すら忘れたようにキリイを軽くにらみつけた。が、キリイはキリイでいつも
 どおりの冷笑を浮かべると鼻で笑う。

「なんだ、私が悪いというのか? 違うぞそれは。私はボケッとしている友を見て不安になったのだ。危機
管理が足りない友のために心を鬼にしてやったのだぞ?」

「なんでそう屁理屈が……はぁ、もういいや……」

  口では勝てないと悟ったヒミコが肩をこれでもかというぐらい落す。キリイはそんな様子をしてやったり顔
 で見詰める。唇を吊り上げ、拳も握り締めて勝利を味わっていた。

  と、

「む」

「おっと」

  キリイの肩に何者かがぶつかる。しかしそれは特別強い衝撃ではなく、純粋にぶつかってしまったとい
 った威力だった。ぶつかってきた人物は男で、とりわけ高級そうなスーツとサングラスが目立っていた。

「うぬ、すまんな。余所見をしていた」

「いや、僕のほうこそ………ん? 君は…」

  謝る途中でなにかに気づき、男はサングラス越しに強い眼光をぶつけてくる。キリイは疑問符をもって
 答えたが、男は自分自身で納得したようでそれ以上先を続けない。

「そうか君が…。いや、なんでもない。すまなかったね」

  サングラスを調えると、男はそれきりでまたどこかへ歩いていってしまった。

  確か一度見たことはあった、とキリイは記憶中枢を検索するが、姿がおぼろげ過ぎて識別不可。確か
 先日の誕生日パーティの際どこかで一見しただけだったということしか判別はできない。

  ―――まあ、どこかで縁があればもういちど逢うだろう。

  その縁が意外と身近にあることを知らず、キリイは比較的静かだった会場にもう一度歓声が渦を巻く
 のを聴いた。

  視線を向けると、ヴィジョンには試合時間と戦績。HP(ヒーローポイント)という謎の数字。

  そしてただ”舞神”だけが立ち竦む闘技場が輝いていた。









       SEE YOU NEXT 『Phantom pain』 or 『The signs of memory




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