缶詰ヒーロー












       12缶詰ナリ *  【Birthday party】











「で、我らも連れてこられたというわけだ」

「なっと〜く〜いか〜ない〜〜〜」

  両サイドからブーイング。一人で来る勇気が無いなら承諾などするな、というのがキリイ。そして、タマゴと
 命名されたカトブレパスの言い分である。

  翔太は聞こえない振りをしながら武田邸に向かっていた。

  それにしても、まだつかない。ユウキから聞いた住所から既に2キロほど歩いているのだが、眼に見える
 は延々続く鋼鉄製の柵ばかり。

  道を間違えてしまったのだろうか、と翔太は住所メモを覗き込んだ、が、間違えてはいない。

「んだよこれ。意味がわからねぇ」

  日が沈み、闇が生まれ始めた住宅街は、ささやかな喧騒だけを残している。体の右側には無限に伸びて
 見える鋼鉄製の柵。左側には高級住宅が自身を悠然と輝かせながらそびえている。

  視界を前方に戻すと、向こうから猛スピードで駆けてくる車があった。

  BMW。高級車の代名詞的存在であるそのフォルムは、狙い済ましたように翔太たちの傍で足を止めた。
 パワーウィンドウが開く。左ハンドルが憎らしい。

「おっす翔太! 元気ハツラツぅ?」

  なにを期待しているのだろうか、高級車に乗っているユウキは歯を白く輝かせながら親指を突きたてた。
 翔太はBMWの紅いボディを蹴っ飛ばすと、ドア越しにユウキを縛り上げた。

「テメエ。住所間違ってんじゃねえよ」

「く、苦ちぃ…ギブ、ギブ……」

  フロントチョークスリーパー。ユウキは三秒で落ちた。

  もとはといえばユウキが変なことをいいだすからこんなややこしくなっているのだ。確かに有利なバイトは
 嬉しいが、わざわざ嫌なことをしてまで獲得するものでもない。

「おい! おぬし何処に行くつもりだ!」

「うう〜殺人〜犯〜〜〜」

  無視。翔太は踵を返すとキリイとタマゴに何もいわずに帰ろうとした、が、背中を掴まれて歩みが止まる。

「…ま、待て。帰るな…すぐここが俺んちだから……」

「はぁ?」

  息も絶え絶えに、ユウキが微笑みながら指差した方向は、延々と続く鉄格子。

  なにを馬鹿な、と翔太は嘲笑いそうになって、止まった。鉄格子よりあちらに、テレビでしか見たことがない
 大豪邸がドン、と構えていた。ただし、ここからでは豆粒ほどに小さく見える。

  見渡す限りに広漠な敷地。

「ほら、わざわざ迎えに来てやったんだからな。ここから歩いたらあと一時間はかかるぞ?」

  平然というユウキに軽い殺意を覚えた翔太は、そのままヘッドロック。

  ユウキは微笑んだまま五秒でオチた。



        」          」           」  



「帰りてぇ…」

  もう、泣きたくすらなってくる情況だった。翔太は頭を抱えてうずくまると、なるべく人目につかないよう
 に移動を始めた。無論、逃げ帰るためである。

  会場に案内された翔太は、まず絶句して固まった。

  高さ十数メートルはあるだろう天井には煌びやかなイルミネーション。素人目にもそうだと判る高価な
 アンティーク。幾つもある机の離れ小島はマホガニー製品。

  また、溢れんばかりの人、人、人……全員がドレスやアクセサリーで着飾っていため、ジーンズにシャツ
 というえらくラフな格好が逆に目立つ。

  注意深く見なくても、テレビでよく見る言い訳が得意な政治家や、最近不倫が噂される元アイドル女優
 が優雅に笑っている姿はすぐにわかった。

  また、彼らの脇には缶詰ヒーローが馬鹿げた衣装で着飾っている。ただの玩具に金をかけるやつらの気
 持ちは翔太にはわからなかったが、所詮金持ちの道楽だろう。

  なにやら武闘派のヒーローもちらほらいるが、大して気にもならない。

「うむ、なかなか立派な邸宅ではないか」

「ほんと〜おお〜き〜い〜」

  翔太とは逆に、キリイとタマゴは怖じる様子を微塵も見せない。キリイは殊更興味があるのか、茶器など
 のアンティークを遠めに眺めては頷いている。タマゴのほうはショルダーベルトのズボンを履いて、短い手足
 で喜びを表現していた。

  二体の賛美が気恥ずかしいのか、スーツを着込んだユウキは後頭部を掻きながらいった。

「これでも贅沢をしてないほうさ。俺の親父はそういう無駄なことが一切嫌いなタチなんだ」

  呟きを聞いて、翔太の動きが思わず止まった。これだけ豪華絢爛、絢爛豪華を優美かつ、繊細、かつ
 耽美に着飾っている邸宅が無駄な装飾を施してないという。

  メインステージだと思われるところには巨大なレイアウトで「御曹司 ユウキ 生誕祭」と電光掲示板が
 輝いているし、その脇にはエベレストと積み上げられた贈り物がある。

  これら全てがユウキひとりの為に準備されたものなのだ。

  もうどんなことがあっても驚かないと心に決めていた翔太だが、あまりのハイレベルに遂に撃沈。ほふく
 前進で戦略的撤退を敢行した。

  ゆっくりと慎重に、テーブルクロスの下をくぐって出口に向かう。途中、机の下からもう一方に移るとき、
 翔太は補足された。

「おや? 翔太くんじゃないか。なんだいその行動は? まるで兵士になる訓練をしているようだが」

  上空から落ちてくる渋めの声は、一見救いに思えたが、翔太にとって彼すらも障害でしかない。

「熊さん、どいてくれ。俺には行かなければならない約束の地があるんだ」

「ふむ、なにやら追い詰められている様子だが…向精神薬は必要かな?」

  薬ビン一杯に、といいかけて翔太は上を眺めた。缶詰ヒーロー専門店「ヴァルハラ」店長、熊谷 泰は
 触れば痛そうな髭を持ったダンディ中年だ。サングラスが照明で輝き、ガラスの奥にあるだろう眼光はよ
 めない。

  ほふく前進をしていることにはなにも突っ込まず。脈絡もなしに熊谷が尋ねてくる。

「君もこのパーティに来ていたのか。ということは、噂になっている特別ゲストとは君のことなのか?」

「なんのことだ?」

  熊谷は辺りを見回すと、しゃがんでからささやくようにいった。

「このパーティでさっきから噂されているんだが、なんでも大物がゲストとして呼ばれているらしい。
僕はてっきり、あの快挙を成し遂げた君のことだと思ったんだがね。
そのせいで急遽イベントも変更されたとか…」 

  そういったが最後、熊谷の言動を身をもって知ることとなった。それまでは思い思いに話していた人々が
 ある一点を注目し始めた。喧騒は上映前の映画館のように静まっていく。

  二階へ続いていく階段から、ゆったりと降りてくる者がいた。

「皆さん、今夜は私の息子であるユウキの誕生日パーティに来てくれてありがたく思う。楽しんでくれ」

  口ぶりからあの男がユウキの父なのだろう。黒のスーツに身を包み、蝶ネクタイで決めている。ユウキに
 よく似た顔で、優しそうな男だった。ただ、年輪が染み渡った声が力強い。

  武田重工社長―――武田 勇―――は、独自のイントネーションを含みながらそつなく挨拶を続けていく。

「今日は特別なゲストも迎えている。おそらく、ここにいる方々のほとんどが一度は会いたいと切望していたこと
だろう」

  武田 勇は振り返り、いつの間にか現われていた二人の人物を迎えた。

  一人はともかく、もう一人には見覚えがあった。翔太は、微かな頭痛で頭を抱えた。

「そう、『缶詰ヒーロー』製作の父でもあり、現在「TOY」の名誉会長でおられる徳野 秀雄氏と孫娘でいられる
徳野・S・君香嬢だ」

  わっ、と会場が沸いた。

  まるで自分のパーティであるかのように、年老いた老人、徳野 秀雄が一段ずつ降りてくる。不思議な老人
 だった。眼の動き、歩の進め方、挙動の一つ一つに魅力があり周囲を吸い寄せる。

  この男がいるだけで場の空気が変わる。そういう力を持った老人だった。

  一方。胸元の大きく開いたドレスで自らの魅力を引き出している君香がいた。徳野 秀雄があるがままで
 人の眼をひきつけるなら、こちらはまず際立った美しさで脚光を浴びる。

  ホール内、あらゆるところから感嘆のため息が漏れだした。男性も、女性も、人であらば誰でも惚れ惚れと
 するだろう。

「ほう、君香くんもなかなかやるじゃないか」

  やはり、熊谷もふむと頷いている。

  そんな中、翔太だけが違った。

  君香の姿は、美しいとは思う。首に巻かれている宝石が劣っているようにも見えるし、ストレートに直した
 金髪は眼を張るものがある。だが、

  ―――何か嫌だ

  特に理由は無かった。漠然と、なんとなく嫌だ。いうなればこれは生理的に嫌いだというものに当てはまる
 かもしれない、と翔太は思った。

  遠慮は消えても、苦手意識はどうしても消せそうにない。それが翔太のたどり着いた結論。

  頭痛はさらに鋭くなり、右手のどこも怪我していないのに、じくじくと痛みがあった。

















      SEE YOU NEXT 『Combat prelude』 or 『○ or ×?





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