缶詰ヒーロー















       11缶詰ナリ *  【○ or ×?】










「悩みどころだな」

「うむ、どちらを選べばよいのやら…」

  どういうことだろうか?

  普段の彼らを知っている者たちならこの情況を見て、寒気にも似た嘔吐感を堪えられずに吐き出して
 いたかもしれない。

  一人と一体が仲良く戯れていたのだ。

  翔太とキリイは協同してある作業を行っていた。絶望の名を持つアパート『ディスペアー』。305号室。
 六畳一間の狭い部屋から悲鳴は聞こえた。

「た〜す〜け〜て〜!!! 汚さ〜れ〜る〜!!!」

  前言撤回。戯れというよりイジメである。これなら納得だ。

  絶叫の主は、柱にくくりつけられながら決死の抵抗をしていた。ただ、短すぎる手足がやや難点と
 いうか、可愛らしい。

  どこからどう見てもタマゴにしか見えない形に、短い手足。ショルダーベルトのズボンと蝶ネクタイが
 紳士らしさをかろうじて醸し出しているが、むしろ笑える。

  だが、見た目とは裏腹に【カトブレパス】もとい【ハンプティ・ダンプティ】改め、【タマゴ】、となんの捻り
 も想像力もない名前をつけられたカトブレパスは一人と一体の悪魔に必死に抗議していた。

「や〜め〜て〜!」

  だみ声の懇願。翔太は聞いていない様子でせせら笑うと、隣のキリイに語りかけた。

「どうする? マルか、バツか」

「やはりここはバツしかあるまい…」

  無情な判決。キリイが手に黒の油性ボールペンと掴んで、キャップをはずした。そっと、タマゴの顔面
 部に近付けていく。

「やめ〜て〜! や〜めて〜!」

  混乱状態に陥ったタマゴは、言葉をおかしな所で区切って哀願し始めた。いま、タマゴの権利は踏み
 にじられようとしている。

  ―――キュキュ

  ああ、汚されてゆく。

  タマゴはこの世の不条理に恨み言を胸中で唱えながらも現況打破を諦めた。

  翔太は嬉々とした表情を引っ込め、キリイからペンを受け取ると新たにマルを書き込んだ。

「む、むむう」

「どうだ、いっておくが俺は○×ゲームは強えんだよ」

  胸を張って威張る翔太は、得意げにキリイをにらみつけた。キリイは軽く受け流すとペンを奪い取り、
 再びタマゴに向き直る。

「ふん、まだ負けてはおらん。勝負はこれからだ」

「おーおー、強がるねぇ」

  タマゴのことなど完全無視。翔太たちの身勝手さを恨むことしか、タマゴにはできなかった。

  ことの発端は数分前。夜八時前だった。タマゴが部屋の隅で『の』を指で描きながら蹲っていると、突然
 翔太とキリイがケンカを始めた。

  原因は些細なことで、テレビのチャンネル権を巡ってのものだった。翔太はバラエティを、キリイは時代
 劇を見たいといい、取っ組み合いになりかけた。

  そこに、隣の部屋から壁を蹴飛ばす苦情が送られ、やむなく平和的解決策を模索した結果がこれだっ
 た。

  呆然としていたタマゴが逃げられるはずも無く、丁度いい紙代わりとして扱われている。

(うう〜悔し〜い〜よ!!!)

  もともと、好き好んで翔太たちのもとにいるわけではない。誘拐されたのだ、とタマゴは思っている。
 いつかきっと矜持が助けに来てくれるのだと信じて疑っていない。

  それまで耐えなければならなかった。

  この―――

「なにっ!?」

「ふふん、阿呆が。天狗になっておるから油断する羽目になるのだ」

  ―――悪気無くいじめてくる者たちの仕打ちから。



          」            」           」



  今。翔太は満天の星空が下を闊歩していた。ただし、肩はやる気なく落ち込んでいた。

  結局、翔太は負けに終わった。

  キリイは部屋を占拠して、『そこで切りかかれああなにをしているそうそこだやれやれ』とうるさく騒いで
 いる。タマゴは涙の流れない目尻を押さえて、しくしくとトイレに篭城してしまった。

  どうしてか、タマゴにはやはり好かれていない。日に日に嫌われ度がアップしている気がしてならない
 翔太である。

  さっきも、親睦を深めるためにいっしょに『遊んだ(?)』というのに―――。

  二体ともあまり騒がしいものだから、きれかけたタバコを買うついでに外へ出ていた。

  そんな時だった、悪友から電話が掛かってきたのは。

『翔太。明日土曜で休みだろ? 暇なら俺んちのパーティに来ないか?』

「は?」

  足が止まる。翔太は電話を耳から話すと、一秒も迷うことなく紅い電源ボタンへと指を滑らせた。僅かに
 力を込めて、押そうとする。

『ああ!!! ちょっと待てチョイ待て! お前通話切ろうとしてるだろ!? 話だけでも聞け!!!』

  マイクからあらん限りの大音声。翔太は軽く舌打ちすると鼻を指で押さえながらいった。

「おかけになった電話番号は、テメエなんぞが気安くかけていいものではありません。もう一度番号を、そ
の腐りきった眼でアホみたいに確認してから、今度こそ間違わないようにしやがれ。無理だろうがな」

『あ、番号間違えちゃったか、おかしいな? ………って騙されるかよ!!!』

  一瞬騙されていたことは心の棚に上げて、ユウキは電話越しに怒鳴り散らした。

  翔太は一度ため息をつくと、ポケットから最後のタバコを取り出しながらいった。

「ユウキ。俺は忙しい、お前なんかとは天と地、月とすっぽん、一万円札と一円玉ほどの差があるんだ。
くだらない戯言に付き合ってる暇はコンマ一秒もねえよ」

  それがタバコのためだとはいわない。

『ショック!!!』

  さめざめ、とユウキのすすり泣き。そのままじゃあな、といって翔太が切ろうとすると、やはりユウキは
 懇願してきた。

『俺の誕生パーティなんだよう! 俺たちフレンドだろう? 来てくれよう! 来てくれよう! 来てくれな
いと泣いちゃうぞ! 本気だぞう!』

  しつけぇ、と翔太は辟易していた。

  ユウキ。本名 武田 ユウキである彼なわけだが、日本でも有数の財閥「武田重工」の御曹司。腐っ
 ても御曹司。

  つまり、彼の誕生パーティということは財・政・芸能界から、いわゆるビッグな者たちも多数くるに違いな
 かった。

  とてもじゃないが並大抵の勇気ではいけない。

  ここ最近の経験から、本物の金持ちについて身をもって知っている翔太は、自分のような貧乏人が
 行っても恥をかくだけだと悟りを開いていた。

  いくら倣岸不遜な翔太でも、金持ちが放つ幸せオーラだけは禁煙よりも嫌いである。

「悪いんだけどな、ユウキ。できるだけお前を傷つけないようにいうが……五回ぐらいもがき苦しんで死ね」

『うわぁ! いらない一言ありがとう〜〜! 思わず殺意が芽生えたネ!』

  電話越しにユウキの声。なにやら文句をいっているようだが、あえて聞き取らない。

  手に持っていたマルボロに火をつけて一服。至福のときだ、と翔太が考えていると、ユウキは最終
 宣告してきた。

『いいから来いって。来てくれたらいいバイト紹介するぞ?』

  瞬間、翔太は目を驚くほど開かせた。

「ほんとうかっ!?」

  火がついたばかりのタバコを地面に叩きつけて、踏み消すと翔太は携帯に飛びついた。先ほどユウキ
 がいった言葉に反応してのことである。

  ユウキが紹介するバイトは、おそらく「武田重工」関係のものであろう。つまり、日本でも有数企業
 の下請け先でバイト、万が一かの確率で直属の会社などでバイトが可能となる。

  そうなると、今現在であるコンビニバイトなど微々たるものに過ぎない。おそらく、時給がニ倍三倍と変わ
 ってくる。

「行く! 行くからちゃんと紹介しろよ!!!」

『…なんか哀しいんだけど……』

  多額の貯金があるにも関わらず、人生何が起こるかわからない、もしかしたら郵政民営化やらなんやら
 で貯金が消えてしまったら? と貧乏人根性丸出しの翔太。

  結局、金の魅力に取り付かれたが最後。突き出された条件を断るはずもなかった。















      SEE YOU NEXT 『Birthday party』 or 『Rejoicingy





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