缶詰ヒーロー











          60缶詰ナリ *  【Ninth noble】








  余韻が残る観客席の、通路が近く、かつ目立ちにくい場所で現在のグラディエイトNo.1と
 No.2は語らっていた。

「見ろ、俺がいった通りアイツが勝っただろう?」

「ふん。あれぐらいなら、私とシヴァでもできる。簡単に過ぎる。日本語では、日常チャメシゴト
というんだったか?」

「茶飯事だ」

「どちらにせよ、どうでもいいことだ。あの男がトーナメントを勝ち進み、それを倒せば私の悲願
は達成される」

「どうでもいい? リアルがミソロジィに勝ったという事実を、どうでもいい? 愉快だな、やっぱ
りお前は実に愉快だ。だが、少々現実を甘く見てはいないかナタラージャ?」

  健康的に浅黒い肌を微かに上気させながら、ナタラージャは隣の男に鋭く問いかける。

「……八坂。まさか私が負ける、とでも?」

「負けるかもしれない、といっているんだ。お前は俺に勝てると思っているようだから、こういっ
てもいい。ナタラージャ。まさかお前は、俺に勝てる、とでも?」

  底知れぬ暗さを双眸に潜ませながら暗喩する八坂に、ナタラージャは何もいえない。

「…………その答えは、嫌と言うほど、この五体と魂に刻まれている……」

  無意識に両腕でかき抱くナタラージャの腕は細かに震えていた。

「……が、それを越えずして何が長か。さもなければ母から授かりしこの名も恥じよう」

  決意で表情を固める彼女の体はすぐに震えなくなる。それを見て八坂は、本当に強くなって
 しまったと内心驚いていた。

  この前、彼女は五年前からなにも成長していないといいきった。だが、どうやらその考えはい
 い意味で過誤していたようだ。かつての運よく力を得て思い上がっただけの娘とは違う。二度
 とグラディエイトに参加できないよう完殺したはずなのに彼女はなんども立ち上がってきた。

「頼もしい奴だ……」

「何かいったか?」

「いや、それより他人にはバレないように気をつけろよ。ここから出られなくなるぞ」

「わかっている。自分より光り輝くモノに群がるのは、どこに行こうと変わらぬ習性だ」

  プレス向けには、彼らはこの場にはいないと報道されている。

  玉座に坐す彼らが、わざわざ一回戦如きに出向くなど覇王としてあってはならない。

  八坂とナタラージャ。二人が現地にいるとバレたら今大会は失敗になっていたかもしれない。
 観客は試合よりもこちらに注意がいったろうし、報道局は八坂達をメインにしたがる。

  だから彼らはお忍びで、缶詰ヒーローすら連れてこないで来たわけなのだが、これだけの
 試合であったなら正面から堂々と来てもよかったと八坂は思う。

「八坂、そういえばこの話は知っているか――?」

  声の調子を落とし、深刻な顔でポツリとナタラージャが呟く。

「なにをだ?」

「最近、TOY内部で慌ただしい人事異動が起きたらしい。どうやら極秘の計画に関わって
いた者たちが飛ばされたようだ」

「お前はどこでそれを?」

「記者連中と長く付き合っているとな、おべっかのつもりか知りたくもないことまで教えてく
れる。もっとも、このことを教えてくれた記者は最近見ないが――噂だ、気にすることでもな
いだろう」

  ――おそらく、その記者は……

  その先を口に出してはいえなかった。八坂はTOY本社ビルに忍び込んだ時のことを脳裏
 に思い浮かべる。よくもまぁ無事に帰れたモノだと。

  人事異動と関わっていたらしい、極秘の計画。

  『缶詰ヒーロー軍事計画』。

  物々しい名前だ。そしてどういう計画なのか、素人にもわかってしまう。あの時、『亡霊』
 が見せてくれた数少ない情報の基幹を為すであろう単語には違いない。

  嘘にせよ真にせよ、その計画は存在しないで欲しい。切に八坂は願った。

「それにしても、今どうなっているのだ? こんな予定、パンフレットにもなかったが……」

  試合終了後、しばらくしてアナウンスされた『特別イベント』とやらを指してナタラージャは整
 った容貌を曇らせた。その顔もまた美しかったのだが。

  二、三十分ほど前から始まった『特別イベント』とやらはわりと面白かった。TOYが用意した
 缶詰ヒーローがパフォーマンスをしながら踊り、舞い、剣舞の真似事をしている。

  合間合間に新作の兵装が紹介されたりもして、少なくとも缶詰ヒーローに魅力を感じている
 者なら誰もが帰りたくない状況が創り出されている。

  無粋な。

  八坂は初めそう思った。

  翔太たちが上演した白熱の剣戯に比べれば、この程度の剣舞はお飯事だ。竜頭蛇尾とい
 うよりは蛇足。プロの興行主であるTOYがこんな凡ミスをするとは――そう思った。

  出口の通路から何人かの怒鳴り声が聞こえてくるまでは。

「ちょっと、どうして帰れないのよ。ちゃんと説明しなさいよ」

「現在、全てのゲートを臨時点検中ですので、お客様には申し訳ないのですが……」

「その理由は聞き飽きたっつてんだろ! どうして非常口からも出られないんだよッ!」

  なにかトラブルがあったのは間違いない。TOYは観客に出て欲しくない理由か、もしくは
 出られない理由があるのに隠している。

  だとしたら、何だろうか?

「八坂、私はもう飽いた。一足先に帰る」

「…………」

  考え込んでロクに挨拶もしない八坂に呆れかえりながら、不機嫌な顔をしてナタラー
 ジャは体を反転させ――ふと足を止めた。

  観客席の一つ、その真下に不自然なものが置いてあった。

  どこにでも売ってあるようなくたびれたボストンバッグ。持ち主は周りにいないのか、誰
 一人見向きもしないでイベントに魅入っている。

  落とし物だろうか――? とりあえず無難な考え。このボケボケと平和な国になれた思
 考が結論づける。

  極めて常識的見地から、ナタラージャはバッグを開けてみることにした。落とし物として
 届けるにも、中身によるだろう。たいした物がなければこれはゴミだろうし、貴重な物品
 が入っていたら直ちに申し出るべきだ。

  そして、――ナタラージャはバッグの中身を確認した。

「……――八坂ッ!」

  表情の消えたナタラージャに揺さぶられ、八坂は疑問の渦潮から生還する。

  有無を言わせずにバッグを突きつける剣幕に何事かと首を傾げながら、同じように八坂
 も中身を見た。

「本物か?」

  日常を吹き飛ばす衝撃を常人なら感じるだろうが、八坂はつまらなそうにバッグを摘み
 上げた。だがそれはあくまで外見上の姿であり、緊迫感を漂わせた態度は顕著である。

「本物だとも。かつて内戦があった地域に住んでいたからこそ云わせてもらうが、これは
本物だ。仲の良かった子がいた家にも、ちょうどこういうモノが置いてあったのを覚えている」

  シニカルに笑うナタラージャの口元から眼を逸らし、八坂は酷薄なことだが現状分析を
 開始する。

  問題として成り立つにはヒントが多すぎる。アンサーはすぐに導かれた。



         #         #         #



  パッと見、それは人間に思えた。

「おやおや、本当に来たのかい。たかが人間の少年一人のために来るとは思っていなかったん
だが……それとも、爆弾のことをご存じとか?」

  間近に迫ってもまだ、可動部分や間接部に刻まれた溝がなければ気づかないほど精巧
 に作られた玩具。

  廃墟になる一歩手前の建築群の中、至高の玩具は存在する。

「千里は、無事だろうな?」
  
  髪は鶴髪。眼鏡をかけた目は蒼黒色。肌は褐色。鬱陶しいほどの長髪は後ろで括られている。

「今は、まだ。なんといっても上で独りシーソーゲームのまっただ中です。なにぶん相手がいま
せんからね、いつバランスが傾いてもおかしくないというわけで」

  ジーパンとシャツの姿はどこかの私大生といってもよかった。笑い方も、肩を竦めるその仕種
 も、全てが腹立たしい。

「クズが……。おぬしのマスターの顔を、見てやりたいものよ」

  殺意がふんだんに含有された視線にも怖じけず、クスクスと忍び笑いを漏らす。

「マスター…………? ああ、あの下らない人間のことか……。実につまらない輩だよ、己の
命こそ至上、贅沢が血肉。血液の代わりに金が体内を流れているんじゃないかと思うほどの
豚さ」

  青年の缶詰ヒーローは長い疲労を唾棄するように肩を落とした。

「ああ、ほんとうに――くだらない」

  かと思った次の瞬間には目つきが一変していた。冷徹な印象が浮き彫りになったそれは
 殺人者の眼。命の重さを天秤にかけ、きっちり重さ分の金でやりとりする裏の住人の顔。

  シャツが弾けるように破け、背中から更に二本の腕が迫り出してきた。三本目の腕で眼鏡
 を握りつぶし、思いっきり大地を踏みつける。ビルからコンクリートの欠片がパラパラを落ち
 てきた。

  その荒々しさの抗い難きこと――

「まぁいい。こちらからの貴様らへの用件は一つ、私と……――戦え」

  ハッキングしてきた時と全く同様の威圧感で、神は言った。

  








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