日々、歩き












       

     第四歩/廻れ、歯車








  太陽から、ゆったりとした日差しが降り注ぎ、まったりとした時間が流れる。
  
  近くの川が、心地よい音楽を奏で、どこまでも眠気を誘う。稔はこみ上げてきた欠伸の衝動を堪え
 ることをせず、なるようにまかせた。大きく口を開け、脳に酸素を送り込む。

  稔たちが命樹高校をでてから、既に二十分ほど経っている。深命川の土手を歩き、青春ドラマでよく
 見る光景だな、と思ったりする。なんとなく空を見るとトンビが鳴きながら横切って行った。

「なあ、稔」

  隣を歩いていた渚が、躊躇いつつ言った。

「桃花に謝らなくていいのか? かなりご立腹だぞ?」

  予想されていた問いに、稔は頭を悩ませ、

「わかっとる、わかっとるがな。許して欲しいのはやまやまだが、話すら聞いてもらえないんだぞう?」

「ああ、だよな・・・」

  桃花は数歩先を歩いている。こちらを振り返りもせず、淡々と歩く。それだけで桃花が、へそを曲げて
 いることが感じ取れる。

  何も言わない怒りほど質の悪いものはないと思う。こちらが何をすれば許してもらえるのかわからな
 いし、相当なプレッシャーも受ける。

  稔は息を吐き、

「桃花、ごまんたれぶ〜。じゃなくてごめんなさ〜い。俺が悪かった、許してくれい!」

  合わせた手のひらを高々と掲げ、謝罪の意を示す。だが桃花はちらりとも見ずに歩いていた。空から、
 ピーヒョロロー、とトンビの鳴き声が響き渡る。

「・・・ちょっと待ちんしゃい! せめて話だけでも聞いてくれい!」

  稔は言い、桃花の前に回り込む。桃花は立ち止まり、うつむいた。顔を覗き込むと、その美貌を不満
 に彩らせ、口をへの字に曲げていた。

  稔は困ったように頭を掻き、渚に目配せする。だが、渚はジェスチャーで『お手上げ』の意味を表した。

「・・・ずるいよ・・・・・」

  それまで黙っていた桃花が、ぽつりと呟く。

「へ?」

  稔が聞き返す。

「ずるい、二人とも、私を、置いて、遊んでた・・・」

「なにを言う、遊んでなんかないぞ? アレは純粋な勝負、そう、『死合い』だった。だろう、渚?」

「と、当然だろう? 桃花を仲間はずれにして遊んだりするわけないじゃないか・・・」

  そんなばかな、と渚は言うが、桃花は納得しなかった。唇をさらに鋭く尖らせ、目じりを下げ、

「でも、私を、忘れてた、でしょ・・・・・?」

  その一言が、稔と渚の胸に深く突き刺さる。
  
  ぶっちゃけ、忘れていた。頭の片隅をよぎりもしなかった。負い目は感じる。けれど、思い出したか
 ら許して欲しいっちゃ、と言うのが稔の本音だった。

「私、二人を、見失ってから、ずっと、待ってた、でも、二人、ずっと、来なくて・・・」

  最後のほうは涙ぐむ。声に若干の嗚咽が混じり始め、目元がさらに歪む。

  稔は桃花の頭を優しくなで、優しさ溢れる聖人君子のように、

 『ごめんよ、一人きりにして。でも大丈夫、これからはずっと一緒だよ』

  とは言おうとも思わなかったし、思いつきもしなかった。だから、

「ええい! これぐらいのことで泣くんじゃない! それでも武士の子か!?」

  と言った。

「うわっ! ひどいなお前は!」

  大げさに、半ば呆れたように渚。稔は鼻を高くした。

「これでも世界毒舌ランキング(自己判定)上位入賞者だからな、甘く見るなよ」

  得意げに、人差し指を左右に振る。と、桃花の顔を見ると洒落にならんくらい泣きそうだった。

  渚とコンビで即興の漫才をやったつもりだが・・・・・・作戦失敗かっ!?

「桃花、気にするな。稔は少しばかりココの様子がおかしいんだ。大目に見てやれそれに、俺も悪か
った。このとおり! な? 許してくれ」
  
  頭蓋のあたりを軽く指で叩き、渚がフォローを入れる。だが桃花の表情は変わらない。むしろ、どん
 どん悪くなりつつあった。泣きだすのも時間の問題だと思われたとき、

「くっ、しょうがない。おいちゃんの負けだよ、出血大サービス! 桃花、カードを出せ!」

  稔が雄叫び。右手を桃花に差し出す。桃花はきょとんとしていたが、脳内の伝達物質が行き渡り、
 意味を理解する。

「うん!」

  先ほどまでの沈んだ顔は消え、満面の笑みを浮かべる。首から提げていたカードの束をとり、稔
 に手渡す。

「かきかきかき・・・・・・」

  稔は、胸ポケットからペンを取り、受け取ったカードの空白欄に丸印を数個記入した。カードの束は
 六枚、そのうち三枚が既に埋まっており、今記入されたぶんを足すと四枚目の表面、ちょうど半分が
 埋まった。

「これでよし! ほら、桃花」

  書き込まれる様を、桃花はじっと凝視して、稔が書き終わったのを見届け、受け取ろうと手を伸ばし
 た。だが、伸ばした手の先に目的のものは無く、空を切った。

  見ると、

「ほ〜ら、欲しかったらとってごらん?」

  稔がカードを持っている腕を天高く上げ、取れないようしていた。ジャンプするが、それに合わせて
 稔の腕はさらに高く上げられ、取れない。

「うう〜〜〜」

「ほ〜ら、ほ〜ら。あともうちょっとでちゅよ〜」

  取れそうなところで取れない。傍目にはじゃれ合ってるというより、もはやイジメの光景に見える。

  ドフ!!

「くふ・・・」

  突然、鳩尾に鉄球の如き衝撃を受けて、稔は前につんのめる。口からは空気が漏れ出し、肺の
 中の空気がゼロになる。呼吸もままならない稔に、空手チャンピオンが無情にも言った。

「いいから渡してやれよ、稔。死にたいのか?」

  九割は既に死んでる、と言葉にしようとして、ならない。内臓に響く打撃に悶絶しながら、桃花に
 カードを返した。受け取ると、桃花は嬉しそうに目を細め、一度胸で抱きしめてから首にかけなおした。

「どうだ、桃花? これで許してくれるか?」

  渚の問いに、

「うん、許す!」

  百万ドルの夜景なんぞ比べる価値も無いほどの笑顔を浮かべ、ふふふと声を漏らす。それは同性
 の渚から見ても魅力的だった。稔はというと、

「くう、お、おぉぉぉお・・・」

  悶え、苦しんでいた。必死に呼吸するため、口をパクパクさせる。脳が酸素を欲しがっても体が強制
 的に拒否させられ、酸欠状態だった。

  渚はそんな阿呆を一瞥し、ため息。だがすぐに顔をもとに戻し、言った。

「なあ、とりあえず決着が着いたところでいいたいことがあるんだけど、いいか?」

「なあに、渚ちゃん?」

  桃花は、声で。声を出せない稔は、右手親指をぐっと天につき立て、肯定を示した。

「今日学校で起きた事件、あれのことで話したいことがあるんだ。だから今から俺の家に来て欲しいん
だけど。だめか?」

  桃花は別段迷う様子も無く、即座に、

「別に、いいよ」

  稔は右手はそのまま、左手親指を天に向けてつき立てて答えた。

「そうか、じゃあ行こう」

  と言って、歩き出す。

「・・・待て・・・」

  搾り出すように、稔が引き止める。渚は立ち止まり、振り返り聞いた。

「どうした?」

「条件がある」

「条件?」

「ああ、俺の体力はお前の一撃で根こそぎ持っていかれた。だからここは謝罪と治療と慰謝と尊敬
と敬いと崇拝と慈しみの意志をもってして俺にアイスを奢りなさい」

「いやだ」

  一瞬にも満たない時間で、稔の両手が、作られた形はそのままに下に向けられる。

「冗談だ、奢ってやるよ」

  口元に手をあて微笑み、渚はそのまま振り返る。桃花に呼びかけ先を歩き始めた。桃花も駆け
 寄り、渚のそばに侍った。振り返り、稔に向かって早く来てと呼びかけた。

「ハイさー、すぐ行くサー、待っててサー」

  腹を押さえながら、なんとか笑いかけ、手を振る。向こうも微笑んで、また前を向いて歩き始めた。

  稔は、並んで歩く桃花と渚のうしろ姿を見て、目を険しく細める。その目はいつものやる気の感じ
 られないものではなく、対象を分析し、ことの真意を測る目。

  これから渚の家に行き、話を聞くことになる。場所を変えるということは、軽い話題では無いのだろう。
 しかも朝の事件のことで、なんだ? 渚は何をするつもりだ? 疑問が次々と浮かんでくる。

  ・・・・・・まあいいか。

  息をゆっくりと吐く。渚がなにをするつもりなのかはさっぱりわからないが、危険なことをしようとい
 うのならば全力をもって止めればいい。

  面倒なことにならなければいい。それにアイスも奢ってもらえるのだ。

  行くだけなら得はあって損は無い。

  稔は足に力を入れ、渚たちのそばに駆け寄っていった。





            #      #      #





「はやく、はやく、はやく・・・」
  
  暗い、暗い、どこまでも光が届かぬ部屋で立ち尽くす人影がある。カーテンは締め切られ、僅かな
 光も認めぬために隙間はガムテープで塞がれている。  

  ちゃら〜ら〜らら〜♪

  闇の中に点滅を繰り返す赤い光と、荘厳なクラシックをベースにした電子メロディーが流れる。

  バッハのカンタータ第147番・コーラル・『主よ、人の望の喜びよ』

  人、は待ちかねていた様に電話に飛びつき、通話ボタンを押す。

「はい、もしもし・・・」

  怯えるように、しかし興奮に満ちた表情を浮かべ、電話の応対を開始する。

「ええ、はい、・・・大丈夫です。問題ありません」

  相手の声は聞こえない。人は丁寧に答えを紡いでいく。

「大丈夫です。大丈夫。え? 他の”能力者”、ですか?」

  言葉につまり、記憶を掘り起こす。自分はほかの能力者に出会っただろうか? と。

「・・・いえ、今のところは。はい、確認できません。学校中を調査してみましたが・・・」

  一息。

「はい、本当に感謝しています。この”力”を与えてくれたことに。・・・・・・えっ!?」

  顔が驚愕に歪み、すぐに歓喜の息を吐き出す。

「・・・いいんですか? ・・・はい、それなら好きなようにやらせてもらいます」

  そこで電話は切れ、受話器を置く。

「・・・くは♪」

  口から笑いの声が漏れる。

「やった、やった、やった、このあとは好きに・・・」

  殺すことができる。

  人影が集中するようにして目の前の電話を見る。そしてちょっと力を使う。

  すっ

  と、それ以外表現できない擬音を立てて電話が真っ二つに割れる。

  『相手』の許可も得た、力も万全。

  さあ、始めよう。










 


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