日々、歩き   













  何かに関わる時、責任という重圧を人は背負う
     
  力なき者は押しつぶされ、臆病な者は放り出す
         
  辛ければ途中で休んでもいい、腰を下ろすのもいいだろう
          
  大切なのは、決して放り出さずに全てを背負っても、歩き続ける心











       出発点/  邂逅












  
  人生に転機というものがあるならば、未だ十歳を迎えぬ少年の転機はまさに今だった。

  なぜ自分がこんなことに関わらなければいけないのか、いきなり降りかかってきた面倒ごとに、少年
 は信じてもいない神に向かって呪詛を吐く。

  手に持っている、様々な食材が入ったビニール袋が、耳障りな音をたてて動く。少年が今晩のおかず
 を買いに、商店街に行った帰りの出来事であった。

  顔を上げる。網膜に映るのは、破壊の痕。誰もが避けて通る、荒れ果てた姿。

  怒り狂い、吹き荒ぶ風が少々鬱陶しい。手に持つ袋がざわめく。

  少年の目の前で、公園は見る影もなく変質していた。

  園内の遊具は跡形もなく消し飛んだか、奇妙な形に押し縮められて転がっている。ブランコやアスレチ
 ックは土台ごと吹き飛ばされ、鋼鉄の体を晒している。むしろ原型を留めているだけまだましと言えた。
   
  地面はもっと酷く壊れていた。ひび割れたところは冥い口をぽっかりと開け、隆起と陥没によって盛り
 上がった大地は高くそびえる摩天楼のごとく落差が激しい。

  少なくとも、少年にはそう見えた。

  日常では無く、異常。常識は無く、超常。

  こことて、どの街にもあるような、なんら変わりない公園だったはずなのだ。

  休日になれば親子が訪れ、親は子と他愛なくも幸せな時間を過ごし、落ち着いてくつろげる空間が
 広がっている。

  そうであったはずなのに・・・

  少年が振り返ると、なにごともないように振舞う平和があった。

  夏の太陽がアスファルトに熱光線を送り続け、空気が揺らぐ。陽炎が景色を不確かなものにし、そこ
 からあちら側とこちら側の世界が分かたれているかに感じる。

  日常とかけ離れた公園を一歩出ると、すぐ日常に戻ることができる。

  少年の立っている場所はそういうところだった。

  正直に言うと、少年は一刻も早く立ち去りたかった。このまま何も見なかったことにすればいい、それ
 で厄介なことには巻き込まれないのだから。

  面倒ごとが嫌いな少年にとってその選択は当然のものだったし、この場を離れる為に踵を返して、
 歩き始める。
 
  だが、と思う。

  歩みを止め、首だけを動かして振り返る。

「・・・放っておいていいのか・・・」

  ここからでははっきりと見えないが少年の視線の先に、幼い少女がいた。砂場にしゃがみ込み、うず
 くまるように膝を抱えて小さな肩を震わせている。こころなし、泣いているように見えた。 

  初めから、少年にはわかっていた。

  この惨事は、少女が起こしたものである、と。

  とてつもなく強い”チカラ”を行使した後に残る、大気の焦げる臭いと肩に圧し掛かるような圧迫感。
 僅かな放電を続ける大地と遊具の残骸。

  それらが少年の肌に不快感を与えながら纏わりつく。懐かしい大気の感触を少年の記憶は覚え
 ていた。

  すでに、少女が”チカラ”を持っているのは明らかだった。

  顔を戻して、考え込む。

  少女は自分と同じように”チカラ”を持っている。

  それに理由はわからないが、少女の様子だと”チカラ”の癇癪を起こしているらしい。さらに、あの状態
 をみると少女は自らの能力のことを知らない、もしくは認めていない。

  厄介だ。もう、帰りたい。

  しかし、そんな悠長なことを言ってもいられないのも確かであった。

  今は少年しかこの場にいないが、もうすぐ異常に気づいた野次馬が呆れるほど大挙してくるだろう。そ
 の中に"彼ら"が紛れ込んでいたら非常に不愉快なことになる。

  少女のことを知った"彼ら"は、少女を『保護』しようとするだろう。

  それだけは阻止せねばならなかった。

  少年が公園の周囲を見回す。少年の他に人影はない。感じ取れる雰囲気から、この事態に気づいて
 いるのは自分だけだと確信する。

  少年はほっと胸を撫で下ろした。

  どうやら、まだ時間はあるようだ。

  再び、自分と同じようにチカラを持っている少女のほうを向く。収まる気配はない。むしろ酷くなっている。
 その証拠に、大樹が音もたてずに根元から引き抜かれ、大地に横たわる。

  仕方がないが、助けるしかないのだろう。

  それに自分と同じ苦しみは、誰にも味わって欲しくなかったから。

  ふっと少年の顔に、年齢に似合わない、自嘲の笑みが浮かぶ。それは自分が似合わない考えを抱いて
 いることに対する呆れと、嘲りだった。

  もう、何事にも関わらないで生きていこうと決めていたのに。今、しようと考えていることはそれと真っ向
 から対立するものだ。

  何時だったか、言われたことがある。『あなたは、お人好しだ』と。

  当時は、相手の言ったことを鼻で笑ったものだが、確かにそうかもしれないと思ってしまう。

「・・・いや、大丈夫。ちょっと注意して、力の使い方を教えて。はい、さよならだ」

  少年の見た目からは想像もできないほど大人びた口調で、自分の考えを否定した。

「今日はいいことがあったからな、この幸せを人に分けてもバチはあたらないだろ」

  事実、少年の機嫌はよかった。買い物に行った帰り、すっかり常連となった駄菓子屋で、お店のオバ
 ちゃんが、少年の大好物であるバニラアイスを一個サービスしてくれたのだ。

  間違いなく、これも大きな要因だと、自分に言い聞かせる。

  手に持っていた買い物袋を路上に置く。

  やるべきことは決まった。体を公園に向きなおし、近づいてゆく。

  公園の前にたどり着いたところで、事態を甘く見ていたことを思い知らされた。公園のなかの荒れ果て
 た大地だけならどうとでもなる。

  だが、問題は少女の周りを渦巻いている風であった。

  少女を中心に台風のごとく風が舞う。それだけならまだよかったのだが、唸り声をあげながら吹く風は、
 公園内の小石や木の枝、それに壊れた遊具の破片を巻き上げ近づくものを排除する壁となっていた。

  そもそも、少女のいる場所に辿り着いたとして、彼女を止められるのだろうか。それ以前に、あの風を
 突破するいい考えも浮かばない。

  少年は考えた。考えた結果、最も危険で、最も確実な方法をとることにした。

  眼前を二本の腕で覆い、僅かな視界をつくって進む。

  飛んできた枝が少年の腕をしたたかに打ち、肌が裂け血が出る。その一つで終わらず、まるで意志をも
 っているように少年の体を目掛けて次々飛んでくる。

  少年が近づくにつれて風の勢いも増す。

  近づくものは許さない。

  暴風の中に、一瞬だが獣のような影が浮かんだ。

  それでも少年は歩いていった。

  一歩、また一歩と。
 







一歩進む   振り返る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送