缶詰ヒーロー













       9缶詰ナリ *  【We know you】









「今日から大学か…ったくかったりいなぁ」

  空は快晴目も眩み。風は上々吹きすさぶ。眠り足りない体に春風を浴び、翔太は風となって大学へ向
 かっていた。

  愛機(自転車)がキコキコと油を欲しがっているが泣く泣くシカトする。

「すまん。今日帰ったら極上の餌を濡れ光るほど注してやるさ」

  伝説的な快挙を成し遂げた大会から既に二週間がたった。

  結局、途中で放り出してきた翔太は、大会の優勝者がなんたらとかいう者が操った【ク・フリン】とか
 いうヒーローに決定したということぐらいしか認知していない。

  当面の目的であった金銭問題が解決したおかげで、翔太のこころも幾分軽い。

  綾小路から『頂いた』お金はまず電気料金を支払うことで使われた。後は全て郵便貯金へ、キリイは贅沢
 せずになんとする、とかいっていたのだが、翔太はそれを難なく無視。

  何事も節約が一番、これで生活はしばらく困らないと踏んだ翔太の考えである。

「そういや、カトブレパスのボディは新調してやったほうがいいのか?」

  構内に着き、自転車を廃れた専用置き場に置く。皆の置き方が悪いせいで、ドミノ形式で倒れている自転
 車を飛び越えながら、翔太はタバコに火をつけて一息。

  そのまま、ぶつくさいって、思考と一緒に歩いていく。

  当面はカトブレパスの処遇。

  カトブレパスのコアは未だアパートにある。扱いは洗われていない食器の如く。放置。ボディを新調といっ
 たが、どこに行けばいいのかがわからないのが翔太としても難点だった。

  それよりも、一番の難点はカトブレパスに酷く嫌われているということだ。

  電源を入れるとまず第一声が愚痴から始まり最終的には翔太を侮辱し始める。そういう時は腹が立つの
 で五回ほどぶん殴って黙らせていた。

  翔太はなんとなく、新しいボディを与えてやれば機嫌もよくなる、と考えていた。

  ふと、思い浮かんだのは先日の大会であった金髪の女性。大学でも同期。なにより缶詰ヒーローに詳しい。
 彼女に訊けば早いかもしれない、と翔太は閃いた。

  ―――それにしても

  先ほどからしつこく突き刺さる周囲の視線を感じ取り、翔太は散らばる人々を凝っと見詰めた。

  三人組のちゃらちゃらした男たちや、固まって歩く女性。構内を清掃している割烹着を着た缶詰ヒーロー、
 主人の周りを飛び回っている妖精型缶詰ヒーローまでこちらを見てくる。

「おい、こっち見てるぜ」
「きゃ、ちょっとちょっと」
「ほう、あの者が…」

  疑問に眉根を寄せていても、答えがひょっこりと出てくるわけも無かった。

  だが、見る者の視線は嘲りや好奇の類ではなく、むしろ尊敬や敬愛の色が濃く含まれていた。それはもう、
 気持ち悪いぐらいに。

  自意識過剰などではない、確実に見られている。

  翔太は仕方なく、こちらをちらちら見ながら歩く女性に声をかけた。

「なあ、なんでみんな俺を見てんだ?」

「え? 」

  なぜか引きつったような顔をしてから、女性の目があらゆる方向に動く。

「あのそれは…口元にご飯粒でもついてるんじゃないですか? なんちゃって、アハハハハハ〜」

  女性は言葉を濁し、一歩後退。そのまま走っていなくなってしまう。どういうわけか、頬を赤く染めながら。

  呆然と立ち尽くす翔太。口元を拭ってみるが、何もなかった。

「あの女、俺を騙すとはいい度胸じゃねえか……」

  つんつん

  背を突付かれる。か細い声。

「あの…」

「ん、誰だ?」

「メルアド交換してください!!!」

  翔太が振り返ると同時、怒涛の勢いで申し込んでくる。頭も回転しないうちに、

「あ、ああ…いいけどな。どうしてみんなが……」

「じゃ、さっそく!!!」

  返答を言うか言わないかのうちに、女性は俊敏な動きで翔太の携帯をもぎ取る。そのまま俊足の速さで打
 ち込まれ、女性は頭を下げて礼をいい、仲間のいるほうへ帰っていった。

  二、三人の仲間内に見せびらかしてはしゃいでいる。

  意味がわからなかった翔太だが、女性たちの反応を見てポンと閃く。

「……俺にもとうとう『春』到来の予感?」

  思わず口元に笑みが浮かぶ、と、右肩に軽い重量感を感じて翔太はピタリと動きを止めた。

「いいね〜俺にもその春わけてくんないかな〜。二、三人ぐらいなら一度に恋する自身があるよ俺はー」

  耳元でささやかれ、悪寒が走り、翔太の体が震える。だが、翔太はこんなことをする悪友に一人だけ
 心当たりがあった。相手の額を小突きながらいう。

「そういっていつもお前はフラれるんなら世話ねえな」

  肩に顎を乗せる青年―――武田 ユウキは「アンドゥ、トロワ」といい、奇怪に踊りながら前に回り込むと、
 翔太の肩を掴み、顔を真正面から覗き込んできた。

「それは違うぞ翔太。海よりも広い心を持った俺の恋心がわからない女どもが悪いんだ」

  柔和で人なつっこい表情を持つユウキは、開き直ったようすでいう。

「恋という字で下心、か…。お前にぴったりだな」

「下心最高ぅ! 心が下、つまり体が上だ! 俺は内面より外面を見るね!」

  ユウキは短く刈り上げた髪を撫で付けながら叫んだ。呆れてものも言えない。

  背は翔太より若干低い程度だが、これでもユウキは一個年上の先輩である。ストリート系のファッションと
 右耳に連なるウサギのピアスが印象的。

  だが、気品のような物腰が見え隠れする。ユウキは日本だけでなく海外でも手広く活躍する「武田重工」
 という会社の御曹司なのだ。

  「武田重工」は日本の重工業はほとんど把握しているといってもよい。最近では缶詰ヒーロー分野にも
 手を出し、有望なコングロマリットとしても注目され始めている。

  そんな驚異的な企業の御曹司であるユウキ。何故か、何時の頃からか、翔太の『自称』無二の親友を語
 っていた。

「死ねこの腐れ外道」

「いやー休み明けそうそう熱湯を浴びせられた気分だよ。お前の毒舌が聞けてなによりだボクぁー」

  ユウキはいうと大きく両手を広げて迫ってきた。

  だが、翔太は相手の顔面を殴り倒すことでそつなくかわす。既に翔太は年上であるユウキに対して遠慮
 は皆無となっていた。年功序列など知ったもんじゃない。

  こうしている理由は……忘れた。

  ともかく、フレンドリーな関係の二人である。

「い、痛ふぃ」

「そりゃそうだ。そういうふうに殴った。痛くなきゃ俺が困る」

  はん、と鼻で嘲笑う。

  ユウキはよよよと泣き崩れながらしおらしさをアピールした。気持ち悪い、が、そう突っ込ませることが
 目的であると悟ると、翔太はノーコメントで筋を通した。

  だから、言われてしまったのかもしれない。翔太の意識を刈り取るだけの一言を。

「ツッコミもなし……なんてヒーローらしくない奴だ。【グラディエイト】で勝ってたくせに…」

「それとこれとは関係な………な…ん……だと…?」

  意識せず、翔太の口からタバコが落ちた。

「どうして…お前が知ってるんだ?」

  自分が【グラディエイト】の大会に出たのを知っているのか、という意味。

「気づいてなかったな? 周りのやつらがお前を見てんのもこの前の大会を見てたからだぞ。俺はテレビ
で見てたけどな」

「テ……レビ…」

  がくり、と膝を曲げると、そのまま両膝を地に落とし、両手を突いて俯く。

  失念していた、と思う。もともと翔太たちが【グラディエイト】の大会について知ったのもテレビだ。なら、テ
 レビであの戦いが放映されていてもおかしくは無い。

  それに大学の同期で『缶詰ヒーロー』をやってる者はたくさんいる。現に、君香だってそうだし、寛容な大
 学であるせいか構内への缶詰ヒーローの持ち込みも自由なぐらいだ。

  彼らの内何人かがあの会場にいてもおかしくはない。

  つまり、自分はあんな「おもちゃ」で遊んでいるということがばれてしまったのだ。それも、かなり広範
 囲において。

  せっかく、ついてくるとうるさいキリイをアパートに置いてきたというのに、隠した意味がまるで無い。

  翔太にとって、今はもう、周囲の視線が侮蔑とか嘲りにしか感じられない。酷い辱めだった。

「どうしよう…俺……もう外を歩けない…」

「そのときは俺がお前に新しい戸籍でもプレゼントしてやるさ、っとお客さんだぞ」

  これだから金持ちは嫌いだ、と思った矢先。ユウキは背後を指差した。なにやら気まずそうな顔だが、そん
 なに厄介な人物なのだろうか。翔太は力が入らない体に鞭打って動かし、背後を確認する。

  まず、そう、まず眼に入ったのは綿飴のようにふわふわした金髪。そして、不機嫌をそのままかたどったよ
 うに配備されている表情だった。

  大学で男どもの注目を一身に浴びる、徳野・S・君香である。

「…おはよう」

「あ、ああ、おはよう」

  何故か、気まずい雰囲気。

  背後に移ったユウキが笑いを堪えている気配がした。

  ―――後で殺す

「この前の大会。どうしてあのまま帰っちゃったの?」

  機嫌の悪さを隠そうともせず、感情をぶつけてくる。どうして、と問われても、目標は達成したからとは答え
 られそうもなかった。

  本当の理由をいったら怒られると予想したからである。

  翔太が無言でいると、君香はこちらを見上げる形をとっていってきた。

「行きたいことろがあるの。付き合って」

「はい?」

  話がさっぱりつかめずに翔太は混乱する。急激な話題の方向転換だった。

  近くにいるのがユウキだけでよかったと翔太は本気で思った。変なヤツに見られていたらあらぬ噂を立てら
 れる羽目になっていただろう。

  迷惑な話だ。

「どこに行くんだよ?」

「ちょっとね、缶詰ヒーローの専門店まで…」

  君香は俯く。まるで駄々をこねる子供のような仕草で頼まれ、なぜか瞳が期待を映し出していたのは翔太
 の思い違いだろうか。

「わかった」

「ほんと!? やった!!!」

  よほど嬉しかったのだろうか、それまでのどんよりムードを吹き飛ばし、君香はいまにもはちきれそうに飛
 び跳ねていた。

  大げさだな、と翔太は思っていた。なにも自分じゃなくても、もっとカッコいいヤツや、優しいやつに頼めば
 いいのだ。断る奴はいないだろう。君香はそれだけの魅力と人気を持っている。

  もっとも、翔太は別だ。

  君香のことは綺麗だとは思う。だが、綺麗だと思うかどうかと、生理的に苦手かどうかは全くの別問題であ
 る。君香は苦手なカテゴリに位置していた。

  だが、大人年齢を過ぎている翔太は人間関係の付き合い方を熟知していた。

  用事がないときに誘われていたら断っていたかもしれないが、今はカトブレパスについて訊ねるという名分
 もある。

「で、いつ行くんだ。明日か? 明後日か?」

「今、すぐ、ナウ」

  君香は強引に翔太の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張り始めた。金髪が振り乱れていく。

「ちょっと待て! 大学はっ!?」

「いいからいいから! 早く!」

  傍目にこの光景はどのように映っていたのか、少なくともあまりいい意味で捉えてくれたものは少ない
 だろう。大学のマドンナと、最近はちょっぴりリッチな貧乏学生。

  翔太の友人であるユウキはテレビに魅入る傍観者のように一部始終を見届けていた。膝でリズムを
 とり、童謡の「赤い靴」を口ずさみながら、

「異人さんに〜連れられて〜行っちゃった〜」

  直後、はっと息を呑む。

「まさか翔太と君香嬢があんな仲にまで進展していたとは…早速みんなに教えてやらなきゃなぁ!!!」

  ここに、翔太が懸念していた変なヤツもいることだ。

  一個の缶詰から始まった苦難は雪だるま方式で大きくなりつつある。
















      SEE YOU NEXT 『New body…?』 or 『Cry





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