缶詰ヒーロー














       8缶詰ナリ *  【Cry】









  静寂のみが存在する現在。およそ信じることのできない事態を呑み込めたものは少ない。

  観客、解説者、なにより実況を伝えるはずの司会者ですら呻き声一つあげずに、呆然としていた。

  たっぷり三十秒が流れたところで、ようやくざわめきが起こる。ざわめきから喧騒、やがて入り乱れた
 叫びとなる。先ほどなにが起こったのかめいめい訊きあっているようだ。

  堪えきれず、翔太はマイクを引っ掴むと、息が肺に満ち満ちるまで吸い込んで、怒鳴った。

『なんだてめえら! 文句なし掛け値なしで俺たちの完全勝利だろうが! ぶつくさ話し合う前に勝利
判定だしやがれ!!!』

  おかげで会場中のスピーカーからキーンという嫌な高音が数秒に渡って鳴り響いた。突然の大怒声
 に観客たちの目は白黒とさせているが、お構いなし。

『司会者! お前だお前! どうなんだよ、俺たちの勝ちだろ!!!』

『は? えっ?』

『えっ? じゃないんだよ! 勝ちだろ。か〜ち〜!!!』

  スピーカーからは司会者と翔太の分の音声が飛び交う。

『あ、そ、そうですね…』

  狼狽しながらも、司会者は自分の役目を果たす。二、三度咳き込んで呼吸を整えると仕切り直した
 ように宣言する。

『それでは、缶詰ヒーロー専門店「ヴァルハラ」主催の『ラインの黄金杯』! 一回戦 キリイVSカトブレ
パス! 合計戦闘時間二十一分十七秒秒…勝者……石若 翔太! 所持ヒーロー名…キリイ!!!』

  大音声がうるさい会場の中、初めは小さかった会場の歓声も徐々に大きくなっていく。

  調子がいいと思うかもしれないが、【グラディエイト】では強いものこそがヒーロー。

  なにより、様々なマイナス要素や襲い掛かる圧倒的不利な状況を覆した【キリイ】はまさしくヒーローら
 しく、観客の心を掴むに事足りていた。

  結局のところ、人は心の奥底で逆転劇を見たいという願望を持っているのだ。

「かっこよかったぞー!!!」
「まさに武士道だぁ!!!」
「付き合ってくれ!!!」

  最後はなにか間違えている気がしたが、観客を味方につけたことは間違いなかった。

「やれやれ…これで一回戦だっていうんだからな」

『なに、私にかかればどんな者であろうと叩き伏せてくれよう』

「アホか、俺がいるからだろ?」

『ふん、そういうことにしてやらんでもない』

  また始まったと思われた口げんかは、いつもと違ってどこか和やかなムードすら漂っていた。

  出会ってからたった一週間。なかなかの名コンビぶりである。

〔グラディエイト公式記録〕

『操舵者』 石若 翔太

『所持ヒーロー』 キリイ 型番号 CH-T9S

『戦績』 1戦  1勝 0敗 0引き分け

『ヒーローポイント』  +1260  計1260P



         」        」        」



  控え室からは人がすっかりいなくなっている。予想もしない結果に、【グラディエイト】参加者たちは驚き
 と共に、もしかしたら強敵かもしれない【キリイ】のデータを集めるためにサポートセンターへ出払っている。

「やったね翔太くんっ!!!」

「ぬおっ!」

  控え室に戻った途端、翔太の眼前いっぱいに金色の髪。驚きと同時に身を引くが、戦闘でくたびれた
 翔太は避けきることができない。

  そのままバランスを崩して後ろに倒れる。

「まさか本当に勝っちゃうなんて信じられないよ! <リアル>が<レジェンド>に勝てるなんて『缶詰ヒー
ロー』始まって以来の快挙だよ!」

  翔太の頭を掴んで前後に揺さぶる。興奮を隠そうともしない君香はおそらく誰よりも喜んでいるのだろう。

「わかった、わかったからどけ!」

  君香の重さで呼吸もままならない翔太。どうにか君香をどかせようと軽く突き飛ばす。狙ったのは肩だっ
 たのだが、如何せん君香が暴れるせいで若干ずれた。中心部に、やや下に、

  ―――ふにっ

「きゃん!」

  艶やかな声をあげ、君香が立ち上がる。胸を、その華奢な二本の腕で隠して。

  翔太が触れたのは胸、もしくは双丘。両手でプッシュする要領で押し付けてしまっていた。

(柔らかかった…)

  己が両手で掌握を繰り返す。そりゃあもう何度も。

「何をやっとるかおぬし…」

  背後。絶対零度の殺気。というか首筋にひやりとするモノがあたっていた。

「おさわりパブ」

  平然と言う。瞬間、それまで翔太の首があった空間を冷気が薙いだ。翔太は首を前に倒すことで回避。
 だが、髪の毛を数本持っていかれる。

「殺す気か!?」

「殺しはせん! ただ首と胴体を離しておいたほうがよさそうだ!」

「殺す気だ!」

  首の後ろを押さえながら振り返る。先ほどの戦闘で装束がズタボロのキリイは刀を抜き放ったままこち
 らを睨みつけていた。<小狐丸>の刀身が鈍く光る。それまで宙を舞っていた髪の毛が床に落ちた。

「なに痛くはせん。ただちょっと冷たいだけだ。耐えよ」

「耐えてたまるかこの産廃が」

「産廃とかいうなこの色情狂。おぬしのほうがよっぽど人類の廃棄物だぞ、このセクハラ魔王」

「セクハラ魔王とまで来たかポンコツ」

「ああいくとも、どこまでもおぬしを貶めてやろう。この重度変態外人フェチ野郎」

「ほざけ、テメエはロボコンにでもいってろ」

  どんどん酷くなる会話はもう止められそうもない。もう間もなく取っ組みあいが始まるだろう。

  一方、セクハラされたという疑惑の君香はふたりの罵りあいなど耳に入っていないご様子だった。紅潮した
 頬を両手で押さえながら恥ずかしそうにぶつぶついっている。

「や、やだ翔太くんたら…。こんな控え室でいきなりだなんて。あ、でもでもそのほうが燃えるっていうなら別
に…。でも、やっぱり恥ずかしいっていうか……。こういうことはもっとお互いの仲を深くしてから……」

  OK。アチラの世界へ旅立っておいでです。

「うるさい! お前はもう廃棄だっていってるだろ!!!」

  二人と一体がそれぞれの世界に集中している控え室に、彼らの意識を引っ張り戻すだけの怒声が撃ちだ
 された。

  声のした方向を見ると、純白のスーツに身を包む【カトブレパス】の所持者である綾小路 矜持が手に持つ
 円盤型のコンピューターに向かって怒鳴り散らしている最中だった。

  戦闘の名残か、額には汗が浮いているしスーツには皺が付いてしまっている。

  この円盤は『缶詰ヒーロー』の人格チップやCPUなどが入ってる通称『コア』。人間でいう脳に値する部位
 である。

『やだよ〜きょうじ〜。捨てないで〜次は〜もっと頑張るから〜〜』

  キリイとの戦闘でボディを失ったカトブレパス。円盤から何処かのんびりと、だが今にも泣きそうな電子音
 声が流れていた。

  聞いているこちらが思わず同情したくなるようなまでに悲哀に満ちている。まるで、親にすがりつく子供の
 ような嘆きは心を打つ。

  だが、綾小路はそんなカトブレパスの哀願を鼻で笑った。

「残念だけどね、おまえのせいで僕は『オリジナル・ヒーロー』のライセンスを逃したんだぞ? その責任をどう
やってとるつもりなんだい?」

『う〜う〜。わかんない〜〜〜』

  綾小路はほらみろ、といわんばかりに嘲った。その眼には一片の慈悲も含まれていない。

「なにしてんだよ」

  成り行きを見ていた翔太が口を挟む。すると、こちらにようやく気付いたのか、綾小路は視線をこちらに
 向けて微笑んできた。

「やあ、君たちか。さっきの試合はやられたよ。僕も修行が足りなかったってことだね」

  握手のためか、右手を差し出してくる。だが、翔太はそれをあえて無視すると、綾小路が左手に抱えて
 いるコアを覗きこむ。

  翔太の視線に気付き、綾小路は髪をかきあげてからいった。

「ああ、これかい? なに大したことじゃないさ。こいつが余りに『役に立たない』んでね。そろそろ捨てよう
と思ってたんだ」

  その言葉に、君香が反応した。

「え? でも【カトブレパス】は<レジェンド>なのに……」

「確かに、ね。でも僕にはやっぱり会わないんだよ」

  哀しそうに眼を細めてコアを見詰める。しかし翔太にはその動作が演技だということにいち早く気付い
 ていた。

『そんなこと〜いわないでよ〜。きょうじ〜』

  コアからカトブレパスの嘆願。綾小路はそっと触れるとなだめるようにしていった。瞳はどこまでも優
 しく、可愛らしい子供を見るようだった。

「ごめんよカトブレパス。本当は僕も君を手放したくないんだ。でもね……」

  言い終るかどうかという一瞬のうちに、綾小路の微笑が鬼の笑みに変貌した。

「こういうことがあれば手放さなければいけないだろう?」

  すっ、と綾小路の腕から力が抜ける。円盤型のコアは重力に逆らうことなく、垂直に落下を始めた。

『きょ…』

  自らの主への失望か、絶望か。いずれにせよ精密機器の集中したコアは綾小路の名を呼ぼうとした
 ところで硬いタイルにあたり、耳障りな破砕音をあげて砕け散った。

  信じられない、といいたそうな顔で君香が綾小路を見る。翔太は、ただ予想していた展開になったことを
 なんの感慨もなしに見詰めていた。

「おぬし、どういうつもりだ?」

  同じ『缶詰ヒーロー』であるせいかキリイが嚇怒を堪えるように、憎悪を搾り取るようにして綾小路を睨
 みつけた。

  眼下にあるのは無残に後を残すコアの破片。綾小路はキリイを嘗め回すように観察するとポンと手の
 平を打った。

「決めた。君を僕の所持ヒーローにするよ」

「なに?」

  突然のことでキリイは間の抜けた顔をした。これにはさすがに翔太も眉根を寄せた。

「勝手にいってくれるがな。そいつは一応俺のなんだが」

  翔太が反論する。キリイを見ると、嫌そうな顔だったが頷いていた。

(嫌なのはこっちだっつーの)

  ともかく、翔太は綾小路の勝手を押し返そうとした。だが、綾小路は意味ありげに唇を吊り上げると
 こう切り出した。

「いくら欲しい?」

  思わず眼が点になる翔太。綾小路は気に留めたようすもなく続ける。

「いくら欲しいんだい? 十万? 二十万? なんなら百万払ったっていいんだ。『それ』を僕に売って
くれよ」

  『それ』という単語にキリイがあからさまに反応する。確かに『缶詰ヒーロー』は物、おもちゃなのだが
 ここまではっきり言われると人格を否定された気分になるのかもしれない。

  無視してもいいのだが、刀の柄に手が伸びている。

  君香が激昂しながら口角より泡を飛ばす。

「ふざけないで! 『缶詰ヒーロー』にも人格はあるんだから! それをないがしろにするようなことをし
て…! 自分の『ヒーロー』にだって酷いことしたあなたなんかに売るわけないじゃない!」

  綾小路は君香に侮蔑ともとれる視線を送ると、やれやれと首を振った。それにしても、仕草の一つ一つ
 が妙にキザッたらしく人の反感を買う。

「どうしてさ? 『缶詰ヒーロー』はおもちゃなんだよ? それに、僕は君に売ってくれとは頼んでいない。
そこの彼に頼んでいるんだ。どうする、今なら百五十万払うよ?」

  スーツの胸ポケットから小切手を出し、綾小路が問うてくる。

「翔太くん?」

  思い悩んでいる翔太に、君香がまさか、という視線を投げかけてくる。キリイはただこちらを見ている
 だけで『おぬしの好きにしろ』といっているようだった。

  別段、綾小路の提案を断る理由が翔太にはない。

  今回の大会に参加した理由は電気料金を払うべくしてだ。それに優勝できなければ賞金は手に入
 らない。ここで綾小路がくれる確実な百五十万がとても魅力的に思えた。

  それに、キリイの存在を疎ましく思っていたのも確かだ。母からいきなり送られてきて、不躾な態度で
 接してくるキリイに腹立たしさを覚えこそすれ、明確な好意は感じない。

  一通り思案すると、翔太は綾小路に向かってこういった。

「百八十万だ」

  綾小路がにやりと笑った。

「商談成立だね」

  今度こそ握手をするために、綾小路は右手を差し出してきた。翔太もその手をがっしりと掴む。

「…失望したよ、翔太くん」

  視線を落とし、肩も落とした君香は侮蔑をあらわにした。キリイは特になにもいわず、こちらに歩みよっ
 てきた。

  それにして衣服が随分と破れている。一時とはいえ、翔太とコンビを組んで戦ったのだ。その名残は
 生々しい。

「では、おぬしが今日から新しい主人となるのだな?」

「そういうことになるね。よろしく、キリイ」

  キリイは眉をピクリと動かしたが、すぐに表情を無に戻す。氷の美貌はいつもどおりの態度で新しい
 主人に臨んでいた。

「じゃ、これがお礼の小切手、百八十万だ」

  すらすらと慣れた仕草で小切手に数字を書き込み、渡してくる。一応確認する…間違いなく百八十
 万だった。

「確かに貰ったぜ」

  百八十万の価値を持つ一枚の紙切れをひらひらとなびかせ、翔太はジーンズのポケットに入れた。

  翔太はキリイのほうを向くと馬鹿にした目つきでみた。同様にして、キリイもこちらを見る。冷たい眼光
 の中にはやはり嘲りの気配が内蔵されていた。

「これでようやく俺の願いが叶うぜ」

「それはこちらのセリフだ。おぬしのような者と離れられてせいせいするわ」

  別れの時だというのにケンカのムードになりつつある。どちらが先だったか、一人と一体は深くため息
 を付いて互いを睨み合った。

「そういえば、まだお前に対して礼がまだだったな」

「ふん。私も一時とはいえおぬしを主と仰いだのだ。礼のひとつもしてやろう」

  翔太は腰を落とし、腕に力を込める。対するキリイは刀の柄に手をかけ、今にも抜き放つ準備をして
 いた。

  突然の行動に、君香はもちろん綾小路も呆然と見ているだけ。このとき、綾小路が自分の立ち位置に
 気付いていれば彼の悲劇、もしくは喜劇は防げたかもしれない。

「「受け取れ」」

  キリイの腕があまりの速度に掻き消える。刃は抜かず、鞘ごとの一閃。翔太は人間にしてはよく腰の入
 った綺麗なパンチを繰り出していた。

  攻撃の中央部にいたのは綾小路 矜持。

「へ?」

  まず、翔太の拳が彼の右頬にクリーンヒットした。綾小路は物理法則にならって吹き飛ぶ、が、彼の
 飛んだ先にはキリイの抜刀が迫っていた。

  『缶詰ヒーロー』には【ヒーロー概念】なるプログラムが搭載されており、自分の意志で人を傷つける
 ことはできない。例にならってキリイの抜刀も綾小路に当たる直前に速度が落ちていた。

  だが、忘れてはならないのが綾小路の体は翔太の一撃で吹き飛んでいるということ、それはもう、
 定規で測ったように正確に、キリイの抜き放った柄に向かって。

「ふごっ!」

  彼、綾小路のあげた悲鳴は表現できない。間抜けな『ふごっ』だったが、本人に至ったダメージは
 その擬音の比ではない。

  翔太の拳とキリイの鞘に挟まれ、綾小路はそろそろと腰を落とした。要は、気絶である。

「ああ、すまん」

  翔太がいう。

「手が滑ってしまった」

  キリイがいう。

  その光景を見ていた君香の顔がぱっと明るくなる。だが、先ほどの発言のためか一転して翳りが
 出てきた。

「ごめんなさい翔太くん。失望した、なんていっちゃって…」

  しゅんとした君香を見て、翔太は別に、と答えた。腰が砕けた様子で首をうな垂れた綾小路は口から
 よだれを垂らしていた。白目、加えて泡のオマケ付き。

「あ〜あ。こりゃ酷いな。おいキリイ、テメエやりすぎだ」

「ふん。それをいうならおぬしもだろうが」

  互いに罵った口調。だが、互いの口元にはどこか通じ合った笑みが浮かんでいた。

  翔太は砕け散ったカトブレパスのコアを拾い上げると、天井の明かりに掲げてみた。外面の被膜、ガ
 ラスは割れているが、内部は無事のようだった。

「おい、生きてるか?」

『……』

  答えはないが、時折、ざざと雑音が入る。どうやら全壊ではないようだが、スピーカーの調子がおか
 しくなっているようだ。

「直せるかも、ちょっと貸して」

  君香に任せると、随分と慣れた手つきでコアを扱っていく。ものの数秒と経たないうちに終わったのか、
 コアに備え付けのスピーカーの電源をいれた。

「おい返事しろー」

  無音。

「やはり、もう壊れてしまったのではないか?」

「ううん、それはないと思う。たしかに見た目はひどいけど人格チップに傷はついてないし、でも、あんなこと
されたからどうなのかはよくわからないの」

  むう、とキリイは唸った。

「叩けば直るだろ」

  気楽にいうと、翔太はコアをぶん殴った。キリイと君香は眼を剥いたが、スピーカーからの反応が返って
 きた。

  聞き取れるのは、泣き声。

『う〜う〜』

  泣いていた。カトブレパスは悲しみに沈んだ声で泣きじゃくっていた。キリイと君香は目尻を下げて
 じっと聞いていた。

  だが、翔太には関係ない。それに、泣き声を聞いてるうちに腹も立ってきた。

「おい、うるさいから泣き止め」

  情け容赦もない。カトブレパスの泣き声は一層酷くなった。

『ほっといて〜う〜ください〜』

「ほっとけるかアホ。眼の前で泣いてるやつがいると不愉快だ。けどな、そいつを放って置くのはもっと不愉
快だ。だから泣き止め。俺のために」

『う〜〜〜〜〜』

「な・き・や・め」

  一文字ごとに区切ってコアを殴りつける。君香は口も開きっぱなしだし、キリイなんかはあからさまに
 顔をしかめたが止めるつもりはないようだ。

『う〜〜痛い〜〜』

「だいたいお前は何が哀しくて泣いてんだ?」

『僕は〜きょうじに捨てられたの〜〜。僕を〜必要としてくれるひとは〜もういないの〜う〜ひっく』

  すすり泣き始める。カトブレパスの心は綾小路に捨てられたことで深く傷ついていた。

  彼のためだけに尽くし、彼のために戦い、彼のために傷ついた。それら全てを彼に否定され、修復不
 可能なまでの痛みがカトブレパスを苛んでいた。

  君香、そして意外かもしれないがキリイにはその気持ちがよくわかっていた。

  君香は長く『缶詰ヒーロー』をやってきているので愛着があるし、キリイも『缶詰ヒーロー』である以上
 所持者から突きつけられる「廃棄」の二文字は恐怖と同時に悲しみさえ覚える。

  一人と一体はカトブレパスに深い憐れみと同情を覚えた。が、

「よし、なら俺がお前を必要としてやっから泣き止め」

「「『は?』」」

  翔太は一人で頷く。

「よし、それがいいな。金も入ったことだし、お前を養うぐらいの余裕もできた。それに俺んちにはもう厄介者
がいる。お前が増えたぐらいでどうってことはない」

『でも〜僕は〜きょうじが〜いいの〜〜〜』

  駄々をこねるカトブレパス。長い付き合いから築かれた一方的な信頼は、綾小路への執着を不動のモノ
 としていた。

  だが、傲岸不遜、遠慮皆無の翔太はコアをもう一度ぶん殴ると力強くいった。

「うるさい。珍しく俺の機嫌がいいんだ。黙って俺のありがた〜い慈悲を受け入れろ」

  事実、普段の翔太からは考えられないほどの優しさだった。なにしろいった本人が一番驚いているの
 である。

  どういうわけか、綾小路がカトブレパスのコアをわざと落としたとき、これまでにないほどの殺意が芽生
 えた。カトブレパスが可哀想だと思った。

  そのせいか、こうやって引き取るとかいいだしているのだ。どうかんがえてもおかしいと思っているのに、
 思考がカトブレパスを引き取ることを望んでいる。

『やだ〜やだ〜』

「うっさい! 黙ってろ!」

  遂にキレた翔太はコアのスピーカー電源を切った。それっきりカトブレパスの声は聞こえなくなる。

「…翔太くん、無理やり過ぎ」

「ひどいのう。まるで手口は誘拐犯ではないか」

  完璧呆れた口調で責めてくる。

「うるせえ!」 

  拗ねた子供のように叫ぶと翔太はそのままカトブレパスのコアを持って控え室を出て行った。キリイは
 やれやれと肩を竦めると、翔太のあとに続いた。

「それでは君香殿、また会おう」

「う、うん。翔太くんにもよろしくいっといてね」

  あれ? と首を傾げる君香だったが、疑問がなにかわからず手を振ってキリイを送り出した。

  だから翔太とキリイが出て行って数秒後。君香は思いっきり叫んだ。

「ちょっと! 翔太くんたち二回戦に出ないの!? せっかく【カトブレパス】に勝てたのに!!!」

  叫ぶ、が、鋼鉄のドアに仕切られているために聞こえるはずがない。

  第一、君香は知らないのだ。翔太たちがどうして【グラディエイト】の大会に出たのか。理由は、そう、
 電気料金が払えないからなのだ。

  彼らの目的は綾小路から百八十万をふんだくった時に最早達成済みである。これ以上大会に関わ
 るつもりはなかったので逃げてしまったのだ。

  おそらく翔太はこう考えているに違いない。

  『もうこれっきり。これ以降は【グラディエイト】に関わることも無いだろ』

  だが、翔太の読み違いはただ一つ。

  今回の戦いが全国NETで生中継されていたことだ。地方大会とはいえ「ヴァルハラ」での大会はいつも
 高視聴率を記録する。

  そう、<リアル>が<レジェンド>を倒したという空前絶後、いや、伝説として語り継がれても別段おかしくは
 無い戦いを見たものは無数にいる。

  彼の大学の同期生、街を歩くサラリーマン、プリクラを撮るのに忙しい女子高生。

  そしてなにより全国の猛者たちである―――。

  翔太の人生はまだまだ忙しくなりそうだった。













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