缶詰ヒーロー













       7缶詰ナリ *  【Legend dawn】









  翔太の操舵する【キリイ】がカトブレパスの猛攻を回避し、三本の剣を砕く数分前、スキーズブラズニ
 ル内で『アポトーシス』に蝕まれているキリイは急激な浮上感を味わっていた。



  熱い、自分が灼かれていく。

  いや、果たして本当に熱いのか? なんだか感覚がなくなってきた。

  それに、ほら、自分が浮上していく感覚。

  これで、もう……



「とっとと起きろ! こんのアホ侍がっ!」

  0と1の羅列に変換された音声情報が、キリイの崩壊寸前だった意識に明確な感情を呼び起こす。
 激情や憤怒に分類される感情である。

『……アホだと! 抜かせこのド阿呆!」

  馬鹿にされたような気がして、キリイは声の主を馬鹿にし返した。相手は、一度ため息を付くと、
 安心したように息を吸った。

「ようやく起きたかよ」

  翔太は呆れとも、嘆息ともつかない調子で笑った。それは、キリイが先ほどの自分と同じような状
 況にあったからかもしれない。

『なに?』

  徐々に、キリイは全てを思い出す。先ほどまでの灼熱感と、カトブレパスの眼光を、自分の身に降り
 かかった災厄。

  己が内に燃えあがる赫怒の感情を堪える事ができず、キリイは絶対零度の声色に似合わない
 怒声を上げる。

『あの鈍牛! 許せん!』

  憤怒に声を荒げるキリイは、翔太の予想以上に元気だった。

  どうやら、上手くいったらしい。つまり賭けに勝ったということ。随分危ない橋を渡ったが、結果オー
 ライ、終わりよければ全てよしというやつだ。

  しばらく憤っていたキリイだが、段々といつもの冷静さを取り戻していった。ふと、疑問に思うことが
 二つばかりあったので、翔太に聞いてみる。

『待て、どうして私は助かったのだ?』

「……知りたいのか?」

  やや躊躇ったような翔太に、キリイは当然だと答えた。

  『アポトーシス』は缶詰ヒーローの人格を人格を食い尽くすまで自己増殖と連鎖反応を繰り返していく。
 普通に考えて、人格としての【キリイ】が今この場にいることはありえない

「聞いたら、お前絶対怒るぞ?」

『何をいう。私はそれほど度量は狭くないぞ』

「なら、いうけどな…」

  言いづらそうな翔太は、物憂げに語りだした。

  『アポトーシス』は暴走状態の缶詰ヒーローを止めるために開発されたものであり、目的は対象ヒーロー
 の人格プログラムの崩壊。これによって強制停止を可能とする。

  だが、『アポトーシス』は強力過ぎるため、万が一悪用された場合は世界の根本を覆す可能性がある。

  これを防ぐため、アポトーシスは二つ特性を与えられている。

  第一は、不活性プログラムであること。アポトーシスは宿主、この場合はカトブレパスからキリイに送り
 込まれることで初めて活性化、悪魔の行動を開始する。

  カトブレパスにある状態では、アポトーシスはただの01の集合体に過ぎず、これだけを取り出しても
 なんら役に立たない。第二者に感染しなければ活動しないのだ。

「アポト−シスは他者へ移ることで活動するからな、それ以外では役にたたないんだよ」

『なるほど、で?』

「焦るなよ、つまりだな」

  第二にあげられる特性が、キリイを救ったことになる。これは、アポトーシス自身による役目を終えた
 際に発動する自己破壊作用だ。

  暴走状態の缶詰ヒーローを止めたアポトーシスは第三者に、プログラム『アポトーシス』が渡ることを
 防ぐために対象の人格プログラムを破壊した後は、自分自身を崩壊させていく。

  破壊するだけして、あとは自分自身も殺す。『自殺因子』と呼ばれるプログラムの由縁である。

「アポトーシスが役目を終えたと判断する材料は対象の活動が停止すること。だからだな、一度電源を
落としたんだよ」

  普通のことを言うような口調に、キリイは度肝を抜かれた。

『な、なんだと! おぬし、私を殺す気か!?』

「ちっ、やっぱり怒るんじゃねえか」

『当たり前だろう、無謀にも程があるぞ!』

  翔太はソッポを向いてふてくされた。

『電源をいきなり切ったりしおって! 失敗していたらアポトーシスに壊される前におぬしに壊される
羽目になるではないか!』

「いーじゃねえかよ、結局は成功したんだ」

  翔太が行ったのは強制終了。パソコンや精密機械にとっては深刻なダメージを与えかねない行為
 である。

  パソコンがフリーズしたときなどにコンセントごと引っこ抜いたりすることがあるが、下手をすれば
 内臓データを全て吹っ飛ばす可能性が高いので初心者以外はまずやらない。

「それ以外アポトーシスを騙す方法が思いつかなかったんだよ。なんなら、いい案が他にもあるって
いうのか?」

『…ない』

  本当なら感情が爆発しそうなキリイだったが、翔太の気楽な口調もあいまってか怒りは静まっていく。
 それに翔太のいっていることも正しいし、救われたことには変わりがなかった。

  そうしているうちに、キリイの中のもう一つの疑問は深い闇に沈んで行った。

「ならいうことがあるだろ。『翔太さま、助けていただいてありがとうございました』ってな」

『ムカっ。いい気になるなよ? さっき無様に気絶していたのは誰だと思っている? ん?』

  またもや始まった口喧嘩。ヒートアップしていくかと思いきや、スキーズブラズニル内の電子音が二人
 の注意を向けさせる。

≪最終ラウンド開始まで、残り120秒…≫

  最後の火蓋が切って降ろされるまでの時間は少ない。ろくな対抗策も考えずに始まってしまえば
 完敗は目に見えている。

『話は後だ。さて、どうしたものか…』

  このまま潔く棄権すれば、これ以上のダメージは受けない。だが、なんとなく釈然としないのは拭えず、
 カトブレパスに一矢報いたい気持ちもあった。

「俺に考えがある」

『は?』

「俺に考えがあるっていったんだ。黙って聞けよ」

  四の五のいっている場合ではないことをキリイも悟っていた。蜘蛛の糸にすがり付いたカンダタの
 ように、だが自信がありそうな翔太に確信する。

  ―――勝てる



            」         」         」



  そして現在。

『な、なにが起こったのでしょうか!? カトブレパスの≪三尾≫が無残にも砕かれてしまったっ!』

  どよめき。

  会場は未知の出来事に唖然とし、呆然とさせられた。目の前の光景は不可解。耳から飛び込む
 情報は不可知。なにより、<リアル>が優位に立ったことが信じられない。

  会場だけではなく、対戦相手である綾小路 矜持はもとより、控え室で見ている君香、全国NET
 で見ているテレビの前の者たちにわかるはずもない。

  闘技場では砕け散った≪三尾≫が転がり、ワイヤーだけが露出している。カトブレパスの兵器が
 これで一つ減った。

  白刃と構えたままの麗しき[侍]は微動だせず、猛獣を観察していた。



「よっしゃ。上手くいったな」

『ああ、まさかこれほどとはな…』

  感嘆に満ちた声で、ヘッドギアからキリイが嘆息する。プログラムを組んだキリイすらもその成果
 に驚いているようだった。

『しかし、どうしてこうまでうまくいったのだ?』

「簡単だろ。もともとお前の期待は接近戦用。遠くからちまちま隙を狙ってたんじゃ勝てるわけがない」

『だからといって、三尾を砕けると知っていたわけではあるまい? それに、万一砲門から射撃を食
らえば跡形もなく私のボディは砕け散っていたぞ?』

「三尾を砕けたのは僥倖だ。俺が狙ってたのは攻撃を逸らすことだけだったんだからな。それに向こう
だってアポトーシスを食らって動けるとは思っていなかったんだろ。攻撃の軌道が正直過ぎたのが良い
証拠だ。動けない相手にわざわざ地味な攻撃で止めを刺すはずもないしな」

  皮肉に笑うと、キリイが愉快そうに笑った。

『ともかく、これで相手に大きな隙が出来たわけだ』

「そういうことだ。いくぞっ!」

  会話を打ち切り、未だ呆気にとられているカトブレパスへ猛進する。その距離は僅か七メートル。
 キリイのスピードを持ってすれば一秒とかからない。

  ようやく気がついたのか、眼前でカトブレパスの砲門が動き出した。高い機械音とともに『硬・鉄鋼
 弾』が撃ち出される。

『弾道計算。発射角からの軌道修正。速度割り出し完了。―――回避』

  淡々とキリイがいった。『硬・徹甲弾』は掠りもせずに脇を通り過ぎていく。

  鋼鉄のはずのカトブレパスに焦りの影が見え隠れしている。今頃、操舵者である綾小路は悲鳴で
 もあげながら必死にこちらを倒そうとしているに違いない。

  次第に『アポトーシス』を放とうと首を持ち上げ始めた。

『またかっ、どうする?』

「なにいってやがる、アポトーシスは電波なんだぞ? 乱してやれば効果はないだろうが」

  なるほど、とキリイ。

  アポトーシスが電波として放たれるなら話は早い。キリイにも簡単なジャミング機能ぐらいついて
 いる。

『ジャマー配布。指定範囲、極小…』

  キリイが言い終わると同時、カトブレパスが<ゴルゴンの眼>で睨みつけてくる。だが、既に細かな
 粒子として撒き散らされたジャマーによって電波は届かない。

  明らかに、カトブレパスに焦燥が見えた。会場からはすでに音が消えている。皆が魅入り、目を開
 いてことの始末を見届けようとしている。

「このまま決着をつけるぞ。 キリイ、刀を鞘に戻してから居合いの準備」

『うむ。―――≪小狐丸≫納刀』

  キリイの指示通り、右手に持っていた刀を鞘に戻す。しがない貧乏学生の翔太が居合いなどの専門
 技能を修得しているはずがないので全てキリイ任せである。

『―――起居』

  抜刀術の構えの中でも最も基本的な肩膝立ちに構える。【キリイ】のあらゆる部分からモーター音が
 唸りを上げ始める。

  冷却装置でも間に合わない熱量が白煙を上げていく。

  会場中が見詰める中、ヘッドギアから流れる冷たい音声だけが鮮明に聞こえた。

『―――抜合』

  キリイの所持する専用武器アーティファクトの銘は≪小狐丸≫。もちろん本物ではないが伝承に伝わる特質を受け継い
 でいる。鞘は隕鉄、刀身は直刃。ナノカーボンを使ったおそらく最硬度を持つ刃。

  エピソードは平安時代の名工である宗近が一条天皇の命により刀を打つ事になったが、めぼしい
 相槌をつとめる者が見当たらなかった。

  そこで京都伏見稲荷に祈願し、現われた稲荷明神の化身と協力して鍛えた太刀だといわれ、稲妻
 を従えたり、逆に鎮める力があると謳われている。

  現在でも能「小鍛冶」として伝えられている。

『破ッ!!!』

  裂帛の気合いとともに、刀は鞘を走る。

  鞘は加速器の役割を果たす。それは比喩ではなく実際持つ役割。

  キリイが腰に帯びている鞘の内部は何十ものローラーが付けられている。鞘の中で刀は圧縮
 され、押し出されるようにして刃を放つ。

  刃は自体の重さ、キリイの腕力、そして、専用に作られた鞘の中で極限まで速度を高められる。

  その初速はマッハ5。最高速度はマッハ9。

  ライフルの弾丸の速度はマッハ3。秒速にして1000m。約三倍であることから単純計算で秒速
 3000mということになる。

  無論、人の眼で追えようはずがない。

  ―――疾風

  一条の閃光。不可知の氷閃。白き光線。その一刀を例える言葉はいくつもあるだろう。

  唯一つ、最も近い例えとして、『雷光』。



  闘技場の床を踏み込みで陥没させ、刀を振りぬいた状態でキリイは固まっていた。横への一薙ぎ
 はカトブレパスを横断していた。

  ず、とカトブレパスの体が横に走るラインを基準として、上の部分が横に数センチずれた。

  あまりにも鮮やかな切り口。触れれば確実に手を切ってしまうだろう。

  会場からは物音ひとつ聞こえてこない。息をする音すら止まってしまい、完全な無音。カトブレパス
 の切断面からバチバチと電気が迸る。

  ずず、とさらにカトブレパスの横断が進行する。

  キリイは振り返り、刀を三回転させた。若干破れた装束と艶やかな黒髪を翻す。

  ずずず、とカトブレパスの体がスライドしていく。

  刀をすばやく振り、刃の先を鞘の鯉口に近付けて刀身を鞘に戻す。

  カチン

『―――納刀』

  キリイが冷えた声でいうと同時、カトブレパスは完全に崩れ落ちた。















      SEE YOU NEXT 『Cry』 or 『Each view





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