缶詰ヒーロー











          62缶詰ナリ *  【Eleventh raven】









  四方を取り囲んだ強靱な牙。音よりも早く駆け抜けた衝撃波が体の自由を奪っている隙に
 つけ込まれた無情な連続攻撃だった。

  計四つの高速回転する刃がキリイを十万億土へ誘うべく、致命的な部分を狙い突貫してくる。

  左腕。右足。

  損壊が酷く、まともに機能しない機体のそこを庇いながら小狐丸で四つのカッターを迎撃する
 しかない。

  一、

  二、

  三、

  四、

  狂った刃の衝動が衣服を切り裂き、時折避けきれずに装甲が抉られる。

  これで、全部か――?

  嘆息する暇もなく翔太が視野を広げ、打ち落とされることで勢いを無くしたカッターが自動で
 浮かび上がりヴィシュヌの手に帰っていくのを見届ける。内部にあるエネルギーを消費し、オー
 トで使用者の手に帰る四つの専用武器『チャクラム』。

  それら全ての動きを注意深く見通していたからこそ気づけた。

  一直線に並んで帰還するチャクラムの真下を縫いながら疾駆する影。隠れて飛来するソレを
 喉元で切り伏せることに成功。

  視覚の誤認を狙った暗剣は、五つ目のチャクラムだった。それまでの四つは全て囮。大部分
 の現実に少しの虚偽を織り交ぜた必殺を躱せたことは奇蹟に近い。

  ヴィシュヌは体に埋め込まれたエネルギー集積器である七つの梵を意外そうに発光させた。

  戦闘開始と同時、十秒も経っていない攻防である。

『なるほど……暗殺術に優れた缶詰ヒーローだったか……』

  白兵戦用のキリイにとって、真っ向から対峙する分には絶好の相手である。だが、それでも
 相手はミソロジィ。油断は即、死滅に繋がる。

「ソレらを考慮した戦闘プログラムは作れるんだろうな?」

『五秒だ。それまで負けるでないぞ』

  あらゆる戦闘パターンを内蔵したキリイだからこそできる業である。一対一の通常勝負なら
 戦闘プログラムは最善の動きを補助する役割程度しか持たないが、今回の場合は裏技につい
 ても考えなければならない。

  来るのがわかっていても避けられない攻撃。人の反射を利用した不可避の戦慄。翔太では
 防げない攻撃に備え、キリイは高速で自身の体を最適化させていく。

  だが、たった五秒の間に翔太は死へ数歩近づいていた。

  ヒンドゥーの神の思考は素早かった。キリイが暗殺術に対してのプログラムを組み上げてい
 ると『推測』し、次の一手を電子の速度で計算し終えている。

  廃墟という場が仇となった。

「おいおいおいおい、そんなのありかよ……」

  四本の腕を持つ神は石ころのように転がっていた鉄骨をそれぞれ掴み上げる。凄絶な表情
 でこちらを射止めるヴィシュヌの人工筋肉が力強く凝縮された。

  ――漆黒

  一本数百キロはある鉄骨が軽々と機体の横を薙ぎ払っていく。放置された資材は四本で終
 わらない、何本も何本も転がっているのだ。

  絶え間ない鋼鉄の雨がビルや工場の跡地に続々と突き刺さり、崩壊を促している。

  翔太が乗るスキーズブラズニルにも何度かぶつかるが、極小展開された電磁シールドがもの
 の見事に防ぎきっている。

『できたぞッ!』

  とりわけ大きな岩に身を隠しつつ相手から身を隠す。同時にキリイの烈々たる闘志に満ちた
 声がスキーズブラズニル内に反響した。

「遅いッ! 後少しでこっちは串刺しになるところだったろうがッ!!!」

『なんだとッ!? 私がせっかく練り上げた至高のプログラムがどれほど有り難いものかわかっ
ているのか! それに串刺しになるのは私であってお前ではなかろうに!』

「刺される気分は同じなんだよ! だいたいそんなもん――……」

  声が途切れる。

  焦燥を呼ぶレッドアラートが鳴り響き、翔太は愚策を知った。岩陰に隠れるべきではなかっ
 たのだ。敵の攻撃への防波堤にしこそすれ、安全だからとそこにあぐらをかいては親切にも
 場所を教えたに過ぎない。

  怪音をギリギリと大気に撒き散らしながら目の前に現れた五つのチャクラム。火花を瞬かせ、
 獲物に貪りかかる。後ろは岩壁、前には刃。いくらなんでも三次元の攻撃は防げない。

  防げない――はずだった。

「ぐッ!?」

  一時的に翔太の意識がキリイから引き剥がされる。やられたのかと錯誤したがそうでは
 ない。ディスプレイに流れ続けている映像を見て、翔太は息を呑んだ。

  翔太の制御を離れたキリイの体がチャクラムを一つずつ小狐丸で、文字通り打ち砕いて
 いる。通常ではありえない機動。瞬間的に機体の制御をキリイに移すことで人間が操る時
 よりも早く動ける。

  本来ならとてつもない負荷で機体がダウンしかねない。が、先ほど造りあげたプログラム
 が成果を上げた。よって二、三秒ならキリイが【本気】で動いてもダウンはない。

  瞬時に全てのチャクラムはただの金属片と化し、崩れ落ちた。

「……使えるじゃねぇか」

『ふふん。無論だ』

  これほどの状況下であっても、キリイの声は誇らしげだった。

「成る程、幾重にも及ぶ封印をその身に授かりながらもさすがは『07』。リアル程度に力を
制限されていても、その脅威に代わりはないか。それとも、――操舵者が良いのか?」

  安心していた翔太達の虚につけ込む頭上からの存在感。見上げた時には怒濤の如く
 打ち付ける衝撃がまともに小狐丸へ伝わった。

  キリイの足が地面に数センチめり込む。衝撃を殺しきれない。

  悲鳴を上げる駆動部から幾筋もの火花が漏れだす。

  仕留められなかったと判断したヴィシュヌに続けざまの横殴りを打ち込まれ、無様に吹き
 飛ばされる。翔太達にとって、幸運にもヴィシュヌとの距離が開いたのだけが救いだ。

『馬鹿なっ……。ありえん!』

  相棒の切羽詰まった様子に、翔太は受け身をとって体勢を立て直しながら眉をしかめる。

  ありえないというのなら、何もかもがありえないことだらけだ。キリイが何を持ってありえ
 ないというのか理解できない。

『虚言だろうと……思っていた。ヒーロー概念を突破するなどできないと……。だが、奴の
動きはなんだ? あれでは、あれでは暴走した缶詰ヒーローそのものではないか――』

「暴走? たしかそうなった缶詰ヒーローってのは、理性がなくなるんじゃなかったかよ?」

『そうだ――。だが、あの力、あの速度、いくらミソロジィとはいえ限界を超えている……越え
すぎている』

  云われてみるとその通りだった。ハデスもまた強力な膂力と疾風の速度を持ち合わせて
 いたが、ヴィシュヌほどのレベルには到達していない。

  それはつまりなにを意味するのか。

「おかしい。確かに二種は混ぜ合わせたはず。何故貴様らに兆候が現れないのだ、ハデス戦
の最後では確かに……」

  ぽつぽつと呟きながら距離を詰めるヴィシュヌとの距離こそ生死を分かつ分水嶺。

  ようやく相手が獅子であり、こちらが兎なのだと理解する。

「考えるのは後だ――。俺たちの目的は?」

『……――時間だ』

「わかっているなら話は早い」

  口元を凶悪に吊り上げて笑う。

  地面に突き刺さった鉄骨の一本をどうにかこうにか掴み上げ、翔太は何の工夫もなくヴィ
 シュヌに投げつける。

  身を屈ませることでそれを避けたヴィシュヌが顔を上げた時、少なくともヴィシュヌが索敵で
 きる範囲にキリイの姿はなかった。

「鬼事か、余り好きではないな――」

  乱立したビルを見てやり、ヴィシュヌは人質である千里がいるビルを振り返る。

「炙り出すか」



           #          #          #



  翔太達がいなくなってから早三十分を越えていた。

  暗鬱とした雰囲気が停滞する部屋で、御言から全てを聞き終わった八坂は割り切った態度
 でコップから水を飲む。

  不味い水だった。

「本当にそんなことが、あったのか?」

「あった。だからこそ今、ここで、この事件が成立しているのだよ」

  八坂は目元を手で覆い隠し、じっくりと思案しているようだった。

「大問題、だな――。TOYがその事件を隠蔽したと知れたら、世間は確実に缶詰ヒーローたち
を糾弾する」

「そうだ、だからこそ君に話した。君なら上手く立ち回ってくれるだろう?」

「まさか、買い被らないでくれ。これでも俺はまだ二十三の若者だぞ」

「そうかもしれない。だが、その若者たちこそが缶詰ヒーローの将来を決める。武器となるか、
友となるか、敵となるかを」

  手の中のコップをじっと見つめたまま、八坂は何も答えなかった。御言も決して急かすような
 ことはせず、同じように黙っている。

  沈黙の帳が下りた部屋に急報が訪れたのは間もなくだった。

  ドアが猛烈な勢いで開き、転がり込んできたユウキはぜえぜえと息を切らしている。何か進展
 がないか見てくるといって部屋を出たユウキがこれほど息巻いている。何かがあったのだ。

「どうしたユウキくん。そんなに血相を変えて」

「つ……通信、……が……」

  そこまでで十分だった。

  御言は鋭い目つきに戻り、再び強烈なオーラを身に纏って立ち上がると八坂に目配せして
 同行を促す。

  だが、八坂はやんわりとそれを断った。それはこれ以上深入りする気はないとも、後で報告し
 てくれればそれでいいという仕種にも見える。

  御言はひとまず部屋を後にした。外部との連絡を取るべく急遽設けられた通信所ではTOY
 専属スタッフが慌ただしく駆け回っている。その中の一人が御言に気づき、報告する。

「社長! どうやら局所的に通信妨害が解かれ、不具合はありますが連絡が取れるようになり
ました」

「よくやった、具体的にはどこに連絡を取れる?」

  理想としては警察、そしてコンコルディアス。彼らさえ動かせれば事態は終息に向かうはず
 だった。

「電波を使ったモノは無理です。しかし、ネットワークを介してほぼ全ての機関へ連絡は可能
かと」

「……電波だけ、使えない?」

  眉間に皺を寄せてうなる。本来、逆ではないだろうか。

  鉄壁を誇るスキーズブラズニルに侵入するほどの輩が、ネット上の防備をおろそかにする
 はずない。堅固であって然るべきだ。

  物理的妨害である電波ジャミング問題のほうが先に解決したのだと思いこんでいた。

「はい。ネットワーク通信でルータの機能を奪っていたらしいウィルスが、なぜか全て消失・・・・・・・した
らしく……」

  嫌な、予感がした。

  直感で誰がそれをしたのかわかったような気がしたのだ。

  次の瞬間、それが真実あたっていたと実感することになる。

「ひッ、だ、ダメ――、嘘よ、こんな……」

  イスに座ってパソコンと向き合っていた女性スタッフが急に立ち上がり、蒼白になった顔を
 手の平で覆っていた。周囲の視線が全てそこに集中する。

  女性は小刻みに震える唇をどうにか押さえつけ、声を絞りだした。

「社長を名指しで呼び出す者がいますっ、あ、アクセスを認めますか……?」

「認めてくれ。いますぐ」

  今にも泣き出しそうだったが、自分の仕事を完遂した彼女はへなへなとその場に座り込んで
 しまった。

  無理もない――。

  彼女が泣きそうだったのは、すでに彼女が担当しているパソコンが全て乗っ取られていたか
 らだ。この場にいる誰もがそうであるように、為すすべもなく自機が奪われるなど想定外であり、
 かつてない衝撃をもたらしたのだろう。

  ここのスタッフはTOYでも選りすぐりの技術者集団なのだ。今まで、自分たち以上の存在な
 ど歯牙にもかけてこなかったはずだし、いないと思っていたに違いない。

  半ばここの設備を乗っ取って、巨大なコンソールに表示されたのは余りにも悪趣味な映像だ
 った。

  何百体という死体が折り重なり、死体の周囲を漂っている亡霊がめいめい剣や槍をとって争
 い続けている。互いに苦しみ、血を流しながら、死者である彼らは死ぬことがない。永遠に戦い
 続けるのが運命なのだ。

  『死の舞踏』。

  ある名画をモチーフに彼女が造りあげたその絵を見たスタッフたち全員がぽかんと口を開け
 て動きを止めた。こちらの業界に詳しい彼らだからこそ、その絵を伝説として知っていた。

  ≪代り身の亡霊ゴースト・オブ・ドッペルゲンガー≫――。

  そう呼ばれていた当時の彼女のことを思い出し、御言はマイクのスイッチを入れた。

「…………俺だ……」

  一瞬だけノイズが走る。だが、彼の者の声ははっきりと聞こえた。

『ふふ……『俺だ』、なぁんて。まったく変わってないわねぇ、御言』

  どこかおっとりとした、けれど瑞々しい女性の声が聞いている人々の五体に澄み渡っていく。

  御言は自分の予想が正しかったことを知り、外れてくれることを祈っていた自分を責めた。

「十年ぶり、か?」

『そうねぇ、もうそれだけ経つわねぇ。すっかり年もとっちゃたし、やだやだだわぁ』

「あいかわらずの見た目でいるんだろう?」

『それでも心は老いていくものよぉ』

  世間話にしてはお互い探りあう調子になっている。御言と彼女の間には、それだけ深い溝
 ができていた。

  御言は一息吸って、心を落ち着かせる。緊張のせいで手がじっとりと濡れ始めていた。

「単刀直入に聞こう――、どうして翔太にアレを送り届けた?』

『………………』

「思い出させないと、誓っただろう? あいつの忘れ形見である翔太が、幸せに生きられるよう
にと約束しただろう?」

『………………』

「黙りか、石若 楓」

  はっきりと、亡霊の本名を出す。

『……――アナタの娘が、余りに哀れだったからよ』

  口調が変わったその一言に、逆に御言が茫然自失となる。

「な、に……?」

『私はいつも見ている。全てを聞いている。あの娘がその半生をかけて何をしたがっていた
か――知っている。だから辛くなったわ、報われない彼女を見ていて。それだけよ』

  言い終え楓はふぅと溜息を吐いた。

  そして打って変わって慈愛に満ちた声音で、

『さぁ、御言。仕事の時間よ。アナタは全員を助けるためにできることをしなさい、私は、私の
息子を助けるためだけに全力を尽くすわ。犠牲が出ても気付かないほど容赦なく』

  息子以外は全てを見捨てると言い放った。

「……世界が滅んでも、だったな……」

  弱々しく溢す御言。距離を隔てた彼女が微笑むような気がした。

『そうよ。六十三億全ての命と引き替えに、翔太を助けられるのならね』

「酷い話だ」

『酷い話ね、自覚してるわ』

「……まったくお前は変わっていない。その自己中心的なところが」

『ふふ、あなたもよ。いつまでも優柔不断で苦しんでいるところとか』

  二人とも低く笑っていた。

  亡霊との邂逅を終えた御言は直ちに檄を飛ばす準備をする。急がなければ間に合わない。

  万一自分のせいで翔太が傷つくことがあろうものなら、明日の世界はどうなることかわか
 ったものでなくなったからだ。

  心労が二つに増えたが、その片方は意外と心地よい重さだったことを御言は覚えている。
  










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