缶詰ヒーロー











          61缶詰ナリ *  【Tenth rebirth】









  会場にあった<スキーズブラズニル>と同型がたった一つだけ準備されていることに、翔太
 は疑いの眼を露わにする。

  グラディエイトの基幹は操舵者が<スキーズブラズニル>に搭乗することだ。

  相手も缶詰ヒーローである以上操舵者が近くに必要なはずである。さもなければ缶詰
 ヒーローは制限を越えた機動の一切ができないし、兵装も使えない。

  翔太が知っている数少ない知識の一つでもあり、絶対の規則であるはずだった。

  足をかけた所で固まった翔太を躊躇ととったか、【ヴィシュヌ】と名乗った缶詰ヒーローは
 挑発的な表情で見つめてくる。

「後ろから攻撃しても、何も意味がない。早く乗り込め」

「おい、お前のマスターはどこにいるんだよ?」

  そいつこそが今回の事件の真犯人だろうと決めてかかる。理解できないモノに恐怖する
 ことは本能と切り離せない関係にある。

  その考えが、どんな手段を弄されても即応する心構えを崩さないための支えでもあった。

  時間を稼いでくれ――。御言にいわれたことを実行するためにも、翔太はなるべく多くの
 質問をぶつけるつもりだった。

「? なぜ貴様がそんなことを気にかける必要が?」

「なぜ、じゃねえだろ。グラディエイトをやるっていうなら、お前のマスターがいなけりゃあ……」

「いや、言いたいことはわかった」

  言葉を遮り、やれやれという風にヴィシュヌは首を振る。

  こちらの無知を軽蔑するような仕種で胸元に手をやり、

「ここには、私しかいない――。闘うのはあくまで貴様らと私という構図だ」

  黄昏始めた世界を背負い、当然の真理を語るような口調は優雅ですらあった。

「冗談もここまでくるとキチガイじみているな。おぬしは操舵者も無しに、【ヒーロー概念】をどう
やって乗り越えるというのだ」

  ズタボロの有り様ながら正面切って啖呵を切るキリイだったが、対するヴィシュヌは問いか
 けに残酷に答えた。

  ともすれば世界全ての敵。そう断言できるほどの邪悪さを全身から発し、

「私についていえば、【ヒーロー概念】はあらかた機能を喪失している。故に私は壊しもするし、
殺しもする。何の束縛もなく」

  本人こそが壊れた貌で微笑む。

「な…………」

  絶句するキリイを駆け抜けた衝撃は、雷の比ではない。自分の存在意義そのものを真っ向
 から否定されたに等しい。

  天を仰ぎそうになり、キリイは辛うじて体を支えた。

  【ヒーロー概念】は缶詰ヒーローの本能という言葉で括るにはとてつもなく重大な拠り所で、
 人間達がいう【魂】という概念に似ている。ヒーロー達はソレに従い、自分の行動の全てを
 決定する。

  人を傷つけられないというのもそうだ。性格に差異はあれど、凡そ全ての缶詰ヒーローの
 【魂】は人を護り、共に生きていくことに価値と喜びを見いだす。

  【ヒーロー概念】が機能していないといったヴィシュヌは、いうなれば【魂】を無くした人間。

  一笑に伏すべきだった。だが、考えればヴィシュヌの言葉が嘘偽り無しだと誰もが気づく。

  御言から聞かされた事例。隔壁のこと。破壊された防備用缶詰ヒーローのこと。最高レベル
 の警戒にありながら爆弾を気づかれずに設置したこと。

  ――なにより、四肢を壁に叩き付けられて死んだという警備員のこと。かつての面影もなく
 なるほど爆散させられた人生。

  どれもが缶詰ヒーローでなければ不可能だ。けれど、キリイはそれを信じたくはなかった。

「信じられないと? よりにもよって『黄昏』の保菌者たる貴様が信じられないとは滑稽なこと
だ。――が、喪った過去を取り戻せない貴様らに云っても詮無きことか」

  途中から聞き手に回っていた翔太がふと反応する。

「……待て、お前は何か知っているのか? 俺の、喪った過去だと?」

  アホだと思った。

  この缶詰ヒーローが何を知っていたとしても、自分のことを知っている道理がない。それ
 に翔太の過去は完全とまではいかなくとも確乎とした整合性を持っている。

  喪ったも何も、無くしていないのに喪うはずがないではないか。

  しかもヴィシュヌは、貴様ら、そういっていた。ここには一人と二体しかいないのだから、
 自然ともう一人はキリイになる。数ヶ月前に送られてきたキリイもまた、喪う過去などない
 じゃないか。

「無知もまた罪……――、何も知らないからといって、それが免罪符になるなどゆめゆめ思
うなよ。知りたければ、自分で探せ」

「おいおい、こっちはまだお前の正確な目的も聞いてないんだぞ」

「それもまた一興、とでも思うのだな。この世の理と同様、答えは存外身近にあるぞ」

  突き放した言い方がイニシアチブを握ったヴィシュヌの心情を語っていた。どれだけ問いつ
 めようが何も答えないに違いない。

「無駄話はここまでにしよう。塵芥と化す貴様らに、手向ける土産はもはやない」

  ここまで、か。苦々しげに舌打ちしながら翔太はキリイに合図を送る。青ざめていてもコクリ
 と頷いたキリイとて、口頭での時間稼ぎの限界を悟ったのだろう。

  ここからは闘って時間を設けるしかない。

  会場の人々は無事逃げられるように。千里が無事に明日を迎えられるように。

  ヴィシュヌとの戦いは、文字通りの死合になるかもしれない。ハデスとの戦いもまた痛烈な
 ものだったが、命を崖っぷちに晒すわけではなかった。

  下手をすれば、殺されるだろうと確信する自分がいた。だがそれにほとんど怯えていない
 翔太がいる。不思議な心地だった。

  もとより勝てるとは思っていない。自分たちこそ敗走する軍の殿であると心得ている二人
 に勝つ気はない。時間さえあれば勝ちなのだ、それ以上闘う必要もなくなる。

  与えられた役目をひたすら果たす。単純な目標が実にいいと思った。

  ――だが、ヴィシュヌの暴虐に立ち向かう二人に負けるは無かった。



        #             #            #



  正確な把握は完了した。爆弾の数は大型のモノが七つ。中小合わせて十と三。その内
 動かせるのは約九つ。他は迂闊に触ることができない構造。

  同心円状に配置された爆弾が物語るのは、いざ爆発したならば会場の誰一人生き残れ
 ないということだ。

  が、それを知っているのといないのとでは雲泥の差がある。

「非常に助かった……、君たちがいなかったらと思うとぞっとする」

「礼ならナタラージャに。彼女がいたからこそ爆発物の仕掛けられていそうな所を発見でき
ただけで、俺は何もしていない。それに――まだ幾つもの爆弾があるかと思うとぞっとする」

  深々と頭を垂れる御言に素っ気なく応じる八坂は、「いらぬことを」とぼやくナタラージャ
 に睨まれながら場の空気を検分していた。

  武田重工・武田有紀。TOY・徳野御言、徳野君香。

  そうそうたる面子だ。かたや缶詰ヒーロー創始の一族であり、かたや日本どころか世界で
 も名を馳せる重工産業の御曹司。

  この二大会社のVIPたちが同じ場所にいたとしてもおかしくはない。おかしくはないが、変
 だった。

  ソファーに座り頭を抱え、祈りを捧げるように鬱々とした武田有紀がいるかと思えば、積年
 の仇を見るように父を視線で追い立てる徳野君香がいる。

  泣きはらしていたらしい瞳はまだ若干赤かったが、荒く上下している肩がついさっきまで
 何があったか教えてくれた。

(親子喧嘩は犬も食わないというが……ん? 違うか……)

  夫婦喧嘩だったなと自己完結している八坂はもう君香への興味を失っていた。

  遅れて視線に気づいたのか、君香はがばっと立ち上がると恥ずかしそうに俯いて部屋を
 出て行った。八坂が見ていたことをダシに、逃亡したと思えるような行動の早さで。

  何があったか親子の絆。人のお家事情など想像してもしょうがないと知っている八坂は
 溜息を吐いて肩を竦めるだけだった。

「犯人はわかっているのですか?」

  改まった口調で尋ねるナタラージャに、御言は力なく首を振った。

「犯人はわかっていない。現在では、せいぜいが強力なハッキング技術を持つ……」

  犯人、か――。

  八坂にはだいたい見当がついていた。とはいっても固有名詞を持つ個体ではなく、ソレ
 が何者かというだけだ。

  隔壁を破り、人目に付かず、誘拐まで完了し、危険物を大量に設置する。

  そんな芸当を短時間でしてみせるのは、

「缶詰ヒーローというだけだ」

  ああ、矢張りか。

  意外とも思っていなかった八坂の態度は堂々たるものだったが、真逆にナタラージャの狼狽
 は一気にピークに至ったようだ。まず固まり、だんだん理解するに連れて顔が青白くなる。

  わなわなと震えた唇が何か反論しようと言葉を探すが、ショックが喉に詰まって何も言
 えなくなったらしい。

  嘘だ、といいたかったのだろう。だが、追いつめられた事態は何よりも正直に真実を伝えて
 いる。理想も夢も、木っ端微塵にされたら戻らないのだ。

「気分が…………悪くなった……」

「医務室へ行け、ここよりはましだ」

「ああ……、寝て起きれば、これは夢かもしれないしな」

  よろめいて退出するナタラージャを途中まで見送る。普段なら迷惑そうに追い払われよう
 ものだが、今回ばかりは肩を借りることに文句はないようだった。

  ドアのところで「ここまででいい」といわれ、かつんかつんと廊下を弱々しく踏みしめる音が
 しばらく耳に響き続けた。

「なら目的は?」

  サンサーラの長に代わり、やれやれと思いながらもあくまで淡々と切り返す。

  質問と同時に全身から形容しがたいドス黒いモノが御言に沸き上がる。怖ろしい目つき
 になったのも束の間、どっかと老人のようにくたびれて覇気が霧散する。

「目的か……」

  遠い過去を思い出すように虚ろな眼で中空を眺め、膝の上で組んだ両手がやんわりと解
 かれていく。

「先日、とはいっても数ヶ月前だが、TOYが管理する『廃盤倉庫』から一体の缶詰ヒーロー
が盗まれた」

  廃盤倉庫という響きが耳朶を打ち、さしもの八坂の表情にも変化が見られた。

「実在、していたのか」

「そうだ。もともと噂の形をとり、曖昧な都市伝説として昇華させたのはこちらの策略だった
が、かのオオナムチの八坂すら信じていなかったとなればなかなかだったのかな?」

  自嘲っぽく皮肉っぽく、痛々しい笑い声。

「その一体は、特に危険だった。単純な『力』の点でいっても危険だったのだが、その中に
眠るモノが一番危険だったのだよ」

  本人が一番語りたくないということがありありと見て取れる。顔は血色を失いつつあり、
 フラッシュバックやトラウマに苦しめられる人とそっくりな顔つきになっていた。

  ギリギリと、さっき解かれた手が音を立てて軋む。

  ゆっくりと上げた顔。今にも泣き出しそうな様子は、まるで許しを請う信徒のようだった。

「今回のことを引き起こした奴らについては、心当たりがある。どうだ? 約束してくれまいか、
これから私は真実を話す、ただ、それを翔太とキリイにだけは伝えないと」

「御言さん、待って下さい。それは――」

  今の今まで黙して語らなかったユウキが、耐えきれないというふうに口を挟む。

  友を思うユウキは必死に訴えたが、御言は一瞥して黙らせると再び居住まいを正した。

「それを俺に伝えて、どうしようというんだ?」

  至極もっともな疑問で返す。

  なにやら重大なことに絡んできたらしいぞということは小学生でも理解できる。

  翔太とキリイという、八坂注目の二人が関わっているのなら是が非でも聞きたいのは
 違いない。

   ただ、それを聞いてよいものか迷うのだ。世間には、聞かなければよかったと断言でき
 る事例は数多くある。
  
  なんと崇められようが八坂はただの人でしかない。グラディエイトでどれほど最強を誇ろう
 が、圧倒的権力の前には塵以下なのだ。

「抑止力――。君がこの事実を知るということは、それなりに重大な意味を持つ。奴らも易々
とは動けなくなるだろう。これは翔太にもいったのだが、結局必要なのは時間なのだ。それ
さえあれば、最悪の事態は防げる」

「ほんとうに、それだけなんだろうな?」

  裏まで突く八坂の質問はオブラートに包まれていないせいで、賭け値なく純粋だ。
 
  おかげで、嘘をつこうとするものも大抵は自白する。それでも普段の御言なら決して語ら
 なかったろうが、人生に疲れた男の独白は止まらないようだった。

「後は、――そうだな。親子揃って馬鹿だった一族が、ある家族に償いきれないことをしてし
まった昔話を、誰かに知って貰いたいだけなのかもしれないな……」













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