缶詰ヒーロー









  

  熱い熱い熱い、燃える、自分が燃えていく。

  ―――嫌だ。

  死にたくない。まだ死なない、死んでたまるか。

  だけど、もうだめかもしれない。次々と自我が崩壊していくのがわかる。保とうと力を籠めても、砂の
 ように落ちていってしまう。

  怖い。死が、「機能停止」のたった四文字が。

  いやだ、誰か、誰でもいいから助けて。まだ活動して一週間しか経っていないのに。まだたった、
 ほんの一週間なのだ。

  自分の所持者とも、なんとか上手くやっていけそうだと思っていたのに…

  誰か……







       6缶詰ナリ *  【Each view】







「プログラムの再構築を急げ! 必要の無い処理はやめさせろ!」

  必死の怒号は音声収拾マイクから、コンピューターに指示として変換される。

  地上十二メートルに浮遊する闘技者専用舞台<スキーズブラズニル>で、翔太は慣れないコンピ
 ューターを使ってキリイの治療に努めていた。

  現在は第二ラウンドが終わり、五分間の小休止に入っている。ちょうどキリイの意識が途絶えた
 瞬間ゴングが鳴った。またしてもゴングに救われたことになる。

  先ほどの小休止では自分がのびていて、今回はキリイ。だが事態の深刻さは天と地ほど違う。

  下手をすれば、【キリイ】という人格プログラムが失われる。<ゴルゴンの眼>とはそういう力を持つ、
 カトブレパス備え付けの最終"兵器"だ。

  缶詰ヒーローには、万が一缶詰ヒーローが暴走した際、強制的に止めるために作られたプログラム
 『アポトーシス』というものが存在する。

  対象の人格プログラムに対して、自殺因子のデータを送り込む『缶詰ヒーロー』用としてはほぼ最強
 に位置するプログラムである。

  <ゴルゴンの眼>は『アポトーシス』を無線電波に変換し、このプログラムを自らが見た対象へ指向性
 をもって送り込むことを可能にしている兵器。

≪プログラムの七十パーセント以上が損傷。毎コンマ秒、0.12パーセントのプログラム崩壊を確認≫

  腹立たしいほど無感情な声。

  『アポトーシス』はその名の通り人格プログラムに対して自殺するように命令を与えるため、一部で
 も『アポトーシス』が実行されると連鎖反応を起こして人格の崩壊を狙ってくる。

  缶詰ヒーローの人格が壊されると、全ての処理を担当する者がいなくなり、事実上【グラディエイト】
 続行は不可能になる。

『う〜ん、キリイはいい動きをしましたがもう終わりですね』

『ええ、まともに『アポトーシス』をくらったようですし』

  スピーカーからは解説者と司会者の関心がなさそうな声。事実、【グラディエイト】では激しい戦闘
 の末、ヒーローの人格が失われそのまま機体を廃棄処分という例も少なくない。

  多くの者は万事に備えて人格のバックアップをとっている、が、まだ日の浅い翔太がバックアップを
 とっているはずがなく、ましてケンカの絶えなかった日々でそんな余裕もなかった。

≪プログラムの八十六パーセントの崩壊を確認。レベルWへ移行≫

「くそっ!!!」

  タッチパネルを叩きつける。足りない、時間が、設備が、技術が。だが、翔太はやけくそになりなが
 らもパネルを操作する手を止めない。

「アプリケーションを全てやめろ! レジストリにあてている分のメモリもこっちに寄こせ!」

  メインディスプレイに表示される赤い数字は、時間制限であると同時に崩壊率を表している。コンマ
 秒より早く崩壊率が、0.01の単位で猛烈に上昇してゆく。

  このままでは、【キリイ】の人格は確実に崩壊してしまう。まだ出会って一週間だというのに。ケンカ
 ばかりの毎日だったが、翔太はそれなりのキリイのことを認めていた。

  助けたい、だが、間に合わない。こうなれば、少々乱暴だがやるしかあるまい。

「一旦スキーズブラズニルの電源を全部落とせ!!! 十五秒後にリスタートしろ!!!」

  賭けだった。電源を落とすことで、一度『アポトーシス』ごと【キリイ】の人格を殺す。キリイの自己修復
 機能と、『アポトーシス』の特性に賭ける行為だ。

「くそっ! わけがわからねえ!」

  一通りの指示を出してから、翔太は自身の手際のよさに驚くと同時、自分でもわからない記憶の
 残滓に囚われ、混乱の最中にいた。

  なぜ自分が『ゴルゴンの眼』を知っているのか。どうして『アポトーシス』のことを知っているのか。

「……なんで俺がこんなことを知ってるっ…!」

  焦燥の渦中で生まれる疑問に答えてくれるものは、いない。



          」       」       」



『やった〜ね〜きょ〜う〜じ〜! すこ〜し、あぶな〜かった〜し〜よかった〜』

「ああ、そうだね。カトブレパス」

  ったく、耳障りな声出しやがって。気持ち悪いったらありゃしない。それに危なかった? この
 俺が〈リアル〉なんかに負けるわけないだろうが。

『でも〜どうして〜あぶな〜かった〜の〜? いつも〜なら〜こん〜な〜こと〜ない〜のに〜』

  ハッ! 馬鹿は馬鹿なりに考えてるってことか。

「それはね、カトブレパス。『ヒーロー』っていうのは一度ピンチに陥らなきゃ駄目なんだよ?」

『どう〜して〜?』

  おいおい、こいつこれでも『缶詰ヒーロー』なのかよ。

「だって、ヒーローっていうのは逆境から敵に勝つからこそカッコいいんだろう?」

『あ〜そっか〜!』 

  ったく、一流のヒーローを演出するのは大変だ。馬鹿の相手もしなきゃならねえし、アホな奴ら
 を満足させる為に常に頭を回転させなきゃならないんだから。

「さて、それじゃあ止めを刺しに行こうか」

『う〜ん〜』



          」        」        」



  選手控え室。

  一瞬、もしや、と思った君香の希望は、容易く絶たれた。他の選手たちも一度は注目したが、あ
 っけない幕切れに失望したようだ。

「もう、駄目だよ…」

  君香はプラズマテレビから流れる映像を見ている。翔太のほう、スキーズブラズニルでは、必死に
 キリイの治療を続けているに違いない。

  だが『アポトーシス』は対缶詰ヒーロー用、最強プログラム。暴走状態の缶詰ヒーローの人格を瓦解
 させ、行動をとれなくする事で暴走を止めるという悪魔のプログラム。

「はやく降伏してっ…」

  切なる願いは、決して翔太に届かない。

  ここで潔く降伏してしまえば、翔太の経歴にはまだキズが残らない。今後も【グラディエイト】の大会
 に出るつもりなら、キズは浅いほうがいいのだ。

  最弱の〈リアル〉を使っていたということで、今後何の支障もなく大会には参加できるだろう。だから、
 君香は翔太に降伏して貰いたかった。

  だが、彼女は知らない。

  翔太たちが【グラディエイト】の大会に出たわけを、まさか電気料金が払えなくて出場したという、
 聞くものにとっては笑える、本人たちにとっては惨めな理由だということを。

  おそらく君香は今後も知ることはない。



           」        」        」



『さあ、最終ラウンドが始まりました。カトブレパスは悠然と三尾を振り回しています』

  司会者の淡々とした説明。観客は既に飽きたようで、立ち上がってトイレにいくものや、次以降
 行われる試合のカードをパンフレットで見ている。

  それもそうだろう。

  もはや、カトブレパスの優位は揺るがない。第三ラウンド開始、二十秒が経過しているが、カトブ
 レパスは三尾の旋回数を上げるだけで攻撃には移っていない。

  一方、翔太が操る【キリイ】は開始地点から動かずに、カトブレパスとの距離を僅か七メートルし
 保っていない。『アポトーシス』のせいで動けないのだ。

  と、観客たちは司会者と解説者も含めて悟ったため早いところ決着を付けて欲しがっていた。

「とっとと止め刺しちまえ!!!」
「早く終わらせろよー!」
「後の試合詰まってるんだからね!」

  やがて会場はヤジ一色になる。そんな彼らに後押しされてか、カトブレパスの三尾が旋回をさら
 に大きく描き、力を貯めはじめる。

  極の一撃を放つ。

  風音をさらに甲高くあげ始めたカトブレパスに、飽きていた観客も含めて注目しだした。

  カトブレパスが<三尾>を三本とも旋回させ始めたのだ。どうやら綾小路 矜持は相当のサディスト
 らしい、キリイのボディを粉々にするつもりだろう。

  三つの風斬り音が互いに音の波を放ち、干渉しあって会場中に綺麗な高音を奏で始めた。とて
 も音の発生源が醜悪な破壊兵器だとは思わせないほどの協和音。

  会場中が息を呑み、静寂に耐えている。司会者も、解説者も、騒がずにはいられないはずの
 小学生たちでさえ、じっと固唾を呑んでいる。

  【キリイ】は腕をだらりと下げたまま、立っているのがようやくの状態だ。翔太だけではそれが精
 一杯。他の処理を『缶詰ヒーロー』の主人格がこなすからこそ自由に稼動できるのだ。

  廻る廻る廻る。

  徐々に三尾が生む旋風に塵芥が巻き上げられ、音波は不可聴音域に入りだす。同時にカトブレ
 パスの体内から幾百のモーターが回転する唸りと、心臓部のコアエンジンが生み出す熱量が湯気
 を上げ始める。



  音の壁を超える一撃に、


  全ての時間が、


  ゆっくりと見え、


  


  そして、


  遂に、


  三尾が、


  襲い、



  ―――轟ッ
  



  瞬きする間もなく、三尾がしなる軌跡を描き、


『カトブレ!!!』


  司会者の声が三尾の速度に負け、置いていかれる。 


『パス!!! 最後の!!!』


  三尾はワイヤーを伸ばすことで遠心力を増大させ、


『一撃と!!!』


  ブレードの切断部が伸び、全長二十メートルを超える大剣となり、


『なるかっ!!!』


  翔太操る【キリイ】に襲い掛かる。


  爆音を上げ、【キリイ】が立っていた場所ごと、闘技場の大理石で出来た床が砕け散った。






『おおっとぉ! これは決まった、決まりました。跡形も残りません!!!』

  時間の流れが元に戻り、聞こえてきたのは司会者の歓喜による絶叫。会場も天地を揺るがす
 大絶叫に揺らされて、ドーム天井を打ち鳴らしていた。

  見る影もない。

  翔太【キリイ】がいた場所ごと会場は穿たれ、砂埃を巻き上げていた。視界が悪くて全てを確
 できるわけではないが、まず間違いない。

  キリイのボディは砕け散ったのだ。やはりカトブレパスは強かったのだ。素人が、まして〈リアル〉
 如きが挑んできてよいものではなかったのだ。

  会場はそういう雰囲気に包まれ、憐れなキリイの姿を確認しようと眼を凝らした。

  だが、誰もが信じられなかったに違いない。

  誰もが見えなかったに違いない。

  何が起こったのか理解できなかったに違いない。

  其れは一筋の闇を織り交ぜたような黒髪。そして、侍の衣装を着込み、氷の美貌を兼ね備えた
 『缶詰ヒーロー』と、次元すら切り裂き兼ねない一条の閃光。




  観客は知らない。

  キリイの型番号と与えられた称号を、

  CH-T9S ≪白兵戦系統・近接戦闘特化特殊タイプ[侍]≫

  Canned(缶詰) Hero(ヒーロー) - Tactics(戦術) Ninth(9科) Specialist(スペシャリスト)      

  知らないから、知りえたことは後に示された事実のみ。




  襲い掛かった三尾を全て回避し

  白々と巻き上がる砂煙の中

  腰に帯びていた白刃を抜き放ち

  全ての<三尾>を砕いた

  悠然と佇む美しき[侍]のヒーローの姿である。

















      SEE YOU NEXT 『Legend dawn』 or 『Death eye





  目次に戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送