缶詰ヒーロー








  RはAだけでは成り立たぬ
                                         
  RはNだけでも成り立たぬ

  AとNがあるからといってRには成らぬ

  Rが根底にあり、AとNの二つが合致することで初めて効果を現すのだ――

                              〜『遺伝子神化論』 著者・石若 色〜






          58缶詰ナリ *  【Seventh heaven】








『ここまでやりおるのカ……――』

  満身創痍でありながらも、決して致命傷を負わせない不動のサムライにかつてない歓喜と
 愉悦、そして一握りの畏怖を。

  ハデスが専用武器を置いてきたことをこれほどまでに後悔したことはなかった。

  ママラガンで一見追いつめているように見られるハデスだったが、エウリュアリが全ての攻撃
 に裂帛の気合いを込めていたことを考慮すると、計算違いによる誤差はこちらのほうが大きい。

  甘く見ていた。

  たしかに彼らになら負けてもいいと考えていた。だが、それは勝利を譲ることではない。資格
 がないと認定したなら即座に撃滅せしめるつもりでいたのだ。エウリュアリにもそのつもりでい
 るよう指示も出していた。

  それすら無用の長物だったのかもしれない。

  相手はどこまでもいっても<リアル>の能力しか持ち合わせていない。速度は割合早いほう
 だが、レジェンドやヒーロータイプにはキリイを上回る速力を持つ機体は数多くいる。

  なのに未だ止めをさせないでいる。これは明らかに、操舵者である青年の実力に依存して
 いた。

『グラディエイトなド、興味がないヨウに話しておったノニのウ』

  まったく、悪い冗談ではなかろうか。

「ど、おしたの?」 

  剣呑な空気を感じ取ったのか、世界の明るい部分しか見えない瞳できょとんとするエウリュ
 アリの問いにハデスは苦笑する。

『なんでもなイヨ。おぬしが気にすることハ、この世界には何もナイのだかラ』

「? …………うう!」

  きょとんと首を傾げたが、すぐに不満が爆発してじたばた、じたばた。

『ホホウッ。そうじゃっタな。翔太殿のことはまた、ベツであったカ』

  怒りの表情で頬を膨らませる少女を宥めながら、ハデスはバックアップを万全の体制まで
 整える。口惜しいことに闘うのは彼ではないのだ。

  やれるだけのことは、やる。不可能なことがあるのなら、できるものにやってもらう。

  それがハデスの理念であり、教えてもらったことだであった。

『サァ。おぬしらがどこまでやレ、どこまで不可能なのカ、この老いぼれに示しテ貰うとしよウ』

  そしてどうか、もし可能ならば、あの叔父からこの娘を守護するだけの力を示しておくれ――



          #           #          #



  焦げ付いた空気が鮮やかに鼻腔を刺激する。万人から吹き上がる汗の匂いが熱気と混ざり
 合って堪らない不快感なのだが、それすら起爆剤として人々は喚き立てる。

「……勝てると思うか?」

『状況をどれだけ冷静に判断してもな、勝てるとは到底思えぬよ』

  大歓声に後押しされたからといって己を見失うことは最大の愚策である。翔太はできる限り
 冷静に手札を確認した。

  雷撃を貰った片腕は使用不可。避け損ねたおかげで足に負った損害で迂闊に動くこともで
 きない。

  せっかくの声援には悪いのだが、四方を巨大な壁で囲まれた気分である。

「あと、一回動ければ上出来ってところだな」

  目まぐるしく移り変わる計器がレッドゾーンに突入するのも時間の問題だった。

  機体の各部がショート寸前であることも考えて出た結論である。

『その一撃に賭けるぞ。それといっておくがな、この体は私のものであってお前のものではない
のだ』

  意図を察して、思わずキリイの正気を疑いたくなる。

「ほほう、つまりお前はそのご自慢の体が爆散しても構わないってことか。いい心がけだ』

『寝惚けるな。これ以上傷を負わずに勝てといっておる』

「前言撤回、いつも通りのお前だよ」

  やはりこの二人、以心伝心には程遠いようだった。

「……俺の勘違いじゃあなければ、さっきお前は勝てないっていわなかったか?」

『細かいことは気にするな。思っただけで、現実はどうなるかまだわからん。仮定に現実を犯す
だけの力はない』

  わかったんだかわからないんだかよくわからないことをいって励ますキリイの不器用さに
 辟易しつつも、翔太はやはり勝つしかないんじゃなかろうかと思う。

  手段はなにひとつ思いつかないけれども。

「やるしかない、か。まったく、最近どうかしてばっかりだな。似合わないことだらけでよ」

  そうして決意を決めたその、――瞬間
 
  黄色い歓声がいきなり困惑のどよめきに変わった。スキーズブラズニル内にいる翔太はどう
 したのかと思い外部カメラをチェックしてみる。

  その原因がすぐにわかった。

  理解不能の状態、人の虚を突く行為、――つまりはまた、停電。

  しかも今回は先ほどよりよほど悪い。闘技場を囲んでいる電磁障壁<カーバンクル>の電源
 まで落ちたようだった。

  非常灯も点かない。これまた奇妙なことだが、予備電源までやられてしまったらしい。

「またか。いったいどうなってんだここの設備は?」

『いや、――何か妙だ』

  呆れて何もいえない翔太の意見を否定するキリイ。

『停電なのかこれは? この施設内の電源が全て落ちたというのなら、なぜこの機内は稼働
している――?』

  ヴン、と低い機動音が前方から聞こえた。

『――ザ、ザザ――……こ、えてる――な――?』

  絶叫と悲鳴の奏でる二重奏を突き破り、ノイズ交じりの声はイヤと言うほどはっきり聞こえ
 た。

「? おい、キリイ、今なにかいったか?」

『なに? 別になにも。……いや、まさか、しかし、これは……チィ、やられた! グッ……!!!』

「おい! どうした!」

  それっきり反応が返ってこない。静寂が周囲から洩れだしてきた。

  途端、スキーズブラズニル内が猛烈な勢いで警告の紅に染まり、しかし瞬く間に正常の色
 に戻っていく。だが今この中に正常なものはなにひとつ残っていない。

  ヘッドマウントディスプレイには蓮の花が人をおちょくるような形にデフォルメされて開花を
 繰り返している。

  素人にもわかるよう描かれた、ハッキングの印だった。
 
  自分の意志ではなく、言葉を奪われたキリイの焦燥が無言の中に伝わってくる。彼女もまた
 事態の被害者であり、無力な加害者となった。

  声は、キリイの声のままで。

『聞こえているな、石若翔太』

  高圧的に、神が人を、高次元の者が低次元を見下すような声色で、

『そのまま聞け。余り時間はかけていられないのだ』

  舌打ちを一つ。翔太は突然の緊急事態に恐慌を起こさぬよう、精一杯の皮肉をぶつける。

「ノックも無しに乱入してきた割にはずいぶんな態度じゃないか」

『そうか。それは失礼した。ノックとは、こうするのだったな』

  謎の声と同調してディスプレイに映像ウィンドウが現れる。

  勝手に展開されたウィンドウに映し出されたのはどこにでもありそうな廃墟だった。窓ガラス
 は粉々に砕け、半壊したビルの周囲には雑草や木々が生い茂っている。山のふもと、しかも
 人気がほとんどない場所のようだ。

  ともすれば見逃してしまうところに、翔太は知り合いを見つけて愕然とする。

「ち、千里か……?」

  廃墟の屋上。カメラを通した映像がわざわざズームアップされる。

  未回収の資材がビルから突き出た所に縛り付けられた少年の姿は見るだに痛々しい。意識
 はないらしく、あと少しで地上三十メートルから真っ逆さまだというのにピクリとも動かない。

『どうだ。素晴らしいノックだろう? どんな家主だろうと、即座に飛び起きるというものだ』

  ――なぜ

  なぜ千里があんな所にいるのだろう。翔太の記憶では、試合開始前に選手控え室で文句を
 いいながらも信乃とじゃれあっていたはずだ。

  少なくとも、近隣にはあんなビルはない。

  あれだけのビルがあり、山の近くといえばここから最低直進距離で十数キロは離れている。
 どれだけ技術が進歩しようと人が地べたから離れられない以上、短時間で運べるはずがない。

  偽物か? ねつ造された映像は最近では真偽がプロでも難しくなっている。この何者かが
 千里の映像を造りあげたとしてもおかしくはないのだ。

  ――だが、もし本物だったなら?

  偽物だったなら、ここで慌てふためいている自分のなんと滑稽なことか。しかし、それはあくまで
 自分に関するところで完結する。恥を掻くだけで済むのだ。

「…………何が目的なんだよ?」

  怒気を膨らませながら、極力冷静に言葉を紡ぐ。

『いいな。実にいいぞ、その態度』

  興に乗った声色で笑い出す。相手が両手を仰いで演説しているさまがありありと想像できた。

『人間とは往々にして、予想外の事態に出会ったときパニックに陥る。それは例えどんな人間であ
ろうとな。
 冷静だろうと恐慌していようと、どちらにせよ内部には困惑、疑問といった種がある。それを素直
に表面化できる人間はまた、少ないものだ。
  だが貴様は違うな? 自分の限界をよく知っている。だからこそ即座に自分が何をすべきか
結論づけることができる。珍しいな。むしろそうでなければ、リアルで上位機に勝つことなど無理で
あったか。よくやる、人間』

  ククク、と一頻り嘲笑う。

「お喋りは嫌いじゃないがな、しつこいだけでつまらない言葉を聞いても飽きるだけだ」

『そう焦るな。私の目的はただ一つ。ハデスとの戦いが終わり次第、貴様とキリイが指定の場所
に来ることだ。さもなければどうなるか、理解?』

  ディスプレイの映像で、千里が括り付けられた資材がズズズと動いていく。落ちるだけの運命
 に文字通り縛り付けられた千里の命は、翔太だけが救えた。

「止めろッ! お前がなんだか知らんが、ともかく行けばいいんだろうがッ!」

『そうとも。貴様が私の所に来る。私は貴様に人質を返す。双方の利益のためだ。それさえ終え
れば何の問題もないのだ。貴様にもこの少年にも、問題なく日常が帰ってくる。どころか、今日こ
の日がよい思い出になるやもわからんぞ?』

「……なって、たまるかッ……!」

  目的らしい目的も語らず、ただ相手の不安だけを増長させる言い方に翔太は我慢の限界を
 とうに越えていた。

  相手は悠然と、下界を眺めるように、

『せいぜい、生きて来い。そしてこれはプレゼントだ。きっちり倍にして返して貰うがな』

  それを最後に接続が切れる。スキーズブラズニルの計器全てが正常値に戻った。

  どうやら同時に停電も直ったようで、外部のアナウンスなどで今の停電について説明がされ
 ているようだった。

「おい、キリイ。状況が飲み込めてるか?」

  手が真っ白になるほど強く握りしめながら、翔太は相棒に呼びかける。

『不覚をとった……済まん』

  ぼんやりとしたスキーズブラズニル内での敗北宣言。

『アヤツが何者かわからぬが、相当のハック技術があることは間違いない。厳重なプロテクトを
施された缶詰ヒーローにまで侵入りこんでくるとはな』

  苦虫を噛み潰した声で断言するキリイの悔しさが、翔太にまで憑依しかねなかった。

  これだけの問題が起こった。しかも大会中に。それでもまだ、事態は何も終わっていないのだ。

  冷静になり沈着な判断をするためにも、他に異常がないか周辺機器をチェックする。最中、翔太
 は一部のタッチパネルディスプレイの怪異に気づいた。

  髑髏マークの真横に添えられたパーセントゲージ。それがたった今、100%になろうとしてい
 るのだ。

「ウィルスかッ!?」

  謎の声がいった『プレゼント』といった言葉が脳内で引っ掛かる。これがどんな代物なのかわ
 からないが、ウィルスである以上なんら喜ばしい効果はもたらさないだろう。

「キリイ、なんとかしろっ!」

『やっておるわ、馬鹿者がッ!!!』

  怒声が飛び交う機内の奮闘も虚しく、遂にプログラムのインストールが完了される。

  加えて最悪なことに、アナウンスで戦闘再開が宣言されてしまった。青白い電磁障壁が羽を
 広げ、止まっていたタイマーが動き出す。

  おそらくこれ以上問題事を大きくしないための、TOYなりの苦渋策だったのだろう。

「マジかよっ。だれか冗談だっていえッ!」

『ううむ……。振り返るな前を見よ、希望はそこに、あるものさ』

「そんなパクリのセリフは求めちゃいねえよッ!!!」

『飛べ、翔太ッ! 飛べッ!』

「うっさいわボケッ!!!」

  こんな詳細不明のプログラムがインストールされた状態で闘うのは自殺行為より酷い。

  機体はボロボロ、内部もボロボロ。万に一つも勝機がない。ここでキリイが破壊されてしまった
 ら、一体どうやって千里を助けに行くというのだ! 相手が武装しているかもしれないのに!

  焦り、戸惑うこちらを尻目に、冥界の黒は迫り来る。

  何も知らないからこそ、今度こそこちらを葬るためにママラガンを最大出力にして紫電を迸らせ
 てくるのだ。

  間違いなくこれまでの最大火力。抗う術は無し。抜け道などまして無し。ただ威風堂々たる力
 を受け止めるしか手段無し。

  ……――ただ一撃

  たった一度の機会を逃さず、一刀を叩き込むしか生存は有り得ない。

  どんどんと敏感になっていく神経が全身を駆けめぐり、キリイの体にまで範囲を広げ、なにもか
 も把握していく感覚に身を任せる。

  ハデスの振り上げた白杖の陰影まで目視できるほど集中する。鋭く、尖らせ、ミクロの動きも見
 逃さず。

  だれかがまばたきしたその刹那。

  爆裂した大気を破砕しながら、無数の雷電が小柄な娘を餌食にしようと襲いかかった。

  上、下、左、右。一切の隙間なく暴れ狂う雷の龍達。

  躱すという動作すら忘れさせる猛撃に、事実翔太は何もできる気がしなかった。ただここで負ける
 のは確実で、ならどうやって千里を助けようかと思考は飛んでいた。

  だが、雷が眼前まで迫ったとき、翔太はやけに雷が遅いことに気づいた。

  コマ送りで映画を観ているようで、どこか不格好な雷の動きは余りに愚鈍だ。かといって雷が遅
 いのではない。翔太は自信の思考速度が雷とほぼ同速度になった感覚を味わっていた。

  それは以前にもあった感覚。缶詰ヒーロー【ケルベロス】のマスターに殴られそうになった時にも
 全く同種の感覚を味わっていた。

  世界が停滞し、時が混濁し、自分だけが鮮明な空間を生きているという実感。

  今ならどれほどの機動も苦なくしてできる気がした。

  試しに翔太は、目の前の雷を避けてみた。それが余りにも簡単に回避できたので拍子抜けする。

  次も、またその次も、次も次も次も次も――悉く躱す。

  だが、この光景を見ていた観客たちの時間の流れは普段と何も変わることがない。

  故に、この雷の舞踏を繰り広げる士が魅せる、何かを超越した美しさに眼も心も息も惹きつけら
 れてしまった。そしてこの中の誰が気づけただろう。

  キリイの最高移動速度が、先ほどより段違いに上昇していることに――。



  焦げた黒煙と白煙がそこかしこから立ち昇る中、最も動揺したのはやはりハデスであった。

  まさか、と思った。無数に生まれたママラガンの子らを完膚無きまでに避けてみせ、あまつさえ
 あと三メートルまで距離を詰めたキリイを見たときはみっともなく声をあげそうになった。

  それでも平静にシステムを再構築できたのは、まだ近距離戦に自身があったからだ。

  初撃で判明したとおり、パワーではこちらの方が天と地ほどの差で勝っている。ダメージ的にも
 、キリイ最後の一撃であるコレを凌げばいいのだ。

  カチリ、とある意味神聖な、対峙するものには地獄の門が開いた音と共に、鞘から解き放たれ
 た渾身の抜刀。

  強化金属による手刀で、キリイの攻撃を迎え撃つべく振るわれた全力の一閃。

  火花を刹那だけ散らせ、そして勝敗は決した。

  ――圧し、負ける、というノカッ……!!!

  先ほどまでとは比べものにならない、桁違いの膂力。小柄な機体のどこに秘められていたの
 か、五トントラック三台は易々と吹き飛ばすハデスの力は圧倒的パワーによってねじ伏せられた。

  ――馬鹿ナ、これではマルで暴走しタ時と同等、いや、それ以上ノ……!

  しかしハデスの思考はそこで一端途絶えることになる。



  あとに残ったのは外見通りの結果。

  グラディエイト世界大会・一回戦。

  勝者・キリイ。










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