缶詰ヒーロー












          57缶詰ナリ *  【Sixth stage】









  各界を代表するだけありさすが、というべきか。

  原因不明の停電だろうがVIPルームの者たちが動揺する気配は欠片もない。

  ある者はシャンパングラスを片手に時間を潰し、またある者たちは四人掛けのテーブルを囲んで
 談笑している。

  停電ごとき、娯楽に金を注ぎ込むことでしか充足感を得られない彼らにとってちょっとした余興と
 しかとられない。

  今後こんなことが起きないように強力な自家発電機を作ったらどうか、という人が人だけに冗談に
 とれない言葉すら飛び交ったほどである。

  しかも彼らの中には二十歳を迎えたばかりの男女もチラホラうかがえる。おおかた、親の脛かじり
 なのだろう。どいつもこいつも、生まれてこのかた悩みなどない顔をしている。

  ――皮肉だな

  なだらかな、そしてどこか腐敗しきった空気が沈殿する部屋の一角。

  厳しい目つきで報告を聞きながらも、彼らを見た徳野御言はおかしさを堪えるのに精一杯だった。

『申しわけありません……。途中まで追いつめたのはいいのですが、どういうわけか見失ってしまい
まして……』

「言い訳はいい。結果を出せ」

『は、……ハッ!』

  通信を切り、耳に当てていた携帯電話を折りたたむ。

  そして再び、肥え太った支配者たちを見やる。自分たちこそ支配階層と信じて疑わない彼らは、
 パンとサーカスを貪る太古のローマ人と遜色がない。

  ただ飲み食い、娯楽を享受する賢人きどりの愚か者ども。

  【グラディエイト】という単語も、コロッセオで闘ったという剣闘士をもじって付けた名称だ。

  彼らは剣闘士が猛獣と闘うことすら娯楽に変換してしまう。闘っている者にどんな理由があろうと
 も、そんなことはどうでもいいと断言する人々である。

  ――落胆、失意、自噴、傍観

  彼らを冷笑する自分も、しょせんは同じだという思いが御言を苦しめる。自身は無知は知っている
 が、どうやらソクラテスにはなれそうもないということも。

  とりどりの感情が渦巻く、が、下らぬ考えは間もなく論理的思考によって遮断。愚者は愚者なり
 に、やるべきことをやってやろうではないか。

  さきほどの報告で為すべきことはわかった。侵入した賊、及び誘拐された少年の身柄の安全
 確保が最優先事項のようだ。

  ――簡単だ、実にシンプルでいい。

  ただ、ひとつ問題があった。いや、正しくは極めて重大な、早急に対処すべき危急の事態だ。

  "賊"についての報告。こちらの警備用缶詰ヒーローを振り切る驚異的なスピード、強化隔壁
 ごと打ち破るパワー、四本あったという腕。

  まず間違いなく"賊"は『缶詰ヒーロー』であった。それもミソロジィクラス。

  そして御言を最大限恐怖させたのは、"賊"によって警備の一人が『殺された』ということだ。

  携帯がミシリ、と呻く。

  ――だが、なぜ?

  販売・流通・廃棄、世に出回っている全ての缶詰ヒーローには【ヒーロー概念】が強制的に備
 えられている。

  人を傷つけるなどといった、凡そ悪と呼ばれる行為を遮断する抑止プログラムが。

  人に刃を向けることすら缶詰ヒーローには許されない。

  つまり、缶詰ヒーローは誘拐などの犯罪行為を【思考】することはできても【実行】はできないよ
 う専用の枷があるのだ。

  誰がどうしようと、――破ることは不可能。それが【ヒーロー概念】であり、缶詰ヒーローのAIや
 基本原理、全設計を一人で成し遂げた男が造りあげた強力無比な代物。

  かつてこれを破ろうと御言は『亡霊』に頼みもしたのだが、彼女ですらこのプログラムに対し「これ
 を解くぐらいなら究極の統一理論を打ち立てるほうが容易い」といって降参させるほどだった。

  突破方はない。

  ただ、ひとつの例外を除いて。



         #             #             #



  冥王が手に構えた錫杖を堂々と振り上げる。

  途端に空気が震えながら凝縮され、陽炎が場一体を埋め尽くし、景色が歪んだ。

「ちいッ!!!」

  切羽詰まった悲鳴を漏らしながらも翔太は横に思いっきり飛んでいた。と同時にハデスが構えた
 純白の錫杖の先端が四つに分かたれ、のぞく機構部分から青白い火花が爆発的に生じた。

  火花はひとつの流れを作り、大きな塊となり――やがて放たれる。

  ――雷撃

  ぞっとするほど冷たい色をした雷は生まれたことに歓喜の雄叫びをあげ踊り狂う。

  無論、雷のダンスを眼で追うことなどできない。光の速度より若干遅いだけの電気エネルギーを
 避けるなど不可能であり、ほとんどカンを頼りに逃げ回る翔太はよい踊り手といえた。

『いやぁ、とんでもない威力ですねぇ。あの≪ママラガン≫という伝承兵装は……』

『アボリジニーの伝承に伝わる雷の精霊の名を冠した兵器ですからな。まぁそれでも異なる神話
体系の者が所持しますと威力は若干落ちますし、ゼウスが持つ≪ユピテル≫やトールが持つ≪ミョ
ルニル≫より数段威力は低いですが』

『ほぅ。ですが現在買うことができる武装の中では最高ランクの一品でしょう? なんでも一本造る
のに数千万かかるとか』

『ふん、まあそうですな。しかし大事なのは武器ではないぞ。見てみなさい、あの侍を。素晴らしい
ではないか』
  
  気取った解説者は缶詰ヒーローに関しては『生き字引』と称えられるほど著名な男なのだが、
 そのありがたき賞賛の言葉を受け取る余裕が翔太にはない。

  ――威力が数段低いだと!? センスのない冗談だなオイ!!!

  闘っている翔太のみがハデスの持つママラガンの恐ろしさを実感できる、唯一の証人だった。

  ママラガンの脅威は二つ。

  あたれば一撃で回路が焼き切れる裁きの雷を一直線に放つことと、電気エネルギーを大気が焦げ
 付くまで凝縮したプラズマ・フレイムの猛攻である。

  今しがた放たれたプラズマ・フレイムは闘技場の一面を融解――させていた。ぐつぐつと白く煮え
 立った材質が冷え固まり、不気味な穴がぽっかりと口を開ける。

  深く暗く、暗く深く、底なしの穴。

  いまにも冥府魔道から死者が這いずり出てきても違和感がないほどの禍々しさに、翔太だけで
 なく多くの観客も唾の呑み込んだ。

  加えて、ハデスの脅威は兵器の力に頼るだけだけではない。

『素早さも膂力も、差が開きすぎておる……』

  いつもと変わりないように聞こえながら、芯の部分に紛うことなき畏怖を滲ませるキリイ。  

  だがそれは停電の直前交わした一合。刀を吹き飛ばされたあの一閃でわかっていたことだ。

  おそらく、この戦い、――負ける。

  強がりも虚勢も無為。自己を大きくみせるいっさいを容赦なく剥ぎ取るだけの存在に人間(リアル)
 ができるのは崇めるかへりくだるか、無謀と知りつつ立ち向かうしかない。

  恐怖に犯されたキリイを励ます術を、しかし翔太は持っていなかった。

  翔太はキリイの体――意識をリンクさせた機体に――から生えた左腕を見やり、装甲がボロボロ
 に剥がれていることに舌打ちした。

  ママラガンから逃れるため挑んだ接近戦だったが、キリイを上回る速度とパワーに圧倒され左腕
 におみやげを貰ってしまった。

  少なくともこの戦いでは使いものにならないのは誰の目にも明らかである。

  絶望的な力量差。レジェンドとひとつしかランクが違わないのに一段があまりに遠い。

  これがミソロジィ。

  これこそが神話の力。

  そして獲得確率六○○万分のただ一人が振るうことを許された神の力。

  残された右腕で小狐丸を構え、ふと、

  ――もしこれから先、儂自身に何事かあったならば、エウリュアリを引き取って貰いたいのじャ

  先日の約束が思い出される。

  ここれではなんのための約束だったのかと問いつめたくなる。ハデスは本気で負ける思っていな
 くて、じつはあれも作戦のうちだったのではと疑いたくなるほどだ。

『さぁどうしたっ!? 今大会唯一のリアル型はここで果ててしまうのか? しょせん人間など神の
前には無力なのでしょうか!』

  無責任な応援は間違いなく司会者の声。だが腹立たしくはなかった。

「無力も何も、見てりゃあわかるだろうが……」

  ――キュゥゥゥゥゥン――

  弱音を覆い隠すようにママラガンが冷却される音が耳朶に届く。ハープを奏でたような旋律に交
 じり聞こえてくる、ハデスの無言の宣言。

  さあまだ行くぞ。まだ勝負は決していない。

  真の最後が訪れるその刹那まで足掻いてみせろ……――人間!

『触らぬ神に祟り無し……ではなかったのか?』

  キリイの呟きは、暗にまだ一撃も(かすることも)ハデスに喰らわせていないと示唆している。

「知らなかったのか? 最近の神様は何もしてなくても祟るんだぞ」

  自分の不運を嘆く冗談だったが、状況にあまりにマッチしていたためにイヤな気分になった。

  つまらぬ言い合いをしていても、確実に戦いは進む。

  ジリジリと慎重に一歩づつ間合いを取り、正眼に構える。距離は約十五メートル。缶詰ヒーロー
 同士が踏み込めば一秒と経たずになくなる距離だ。

  片手では不安定だったが、翔太が諦めていないことは裂帛の気配が如実に語っている。

  ママラガンがまたもこちらに照準を定める。錫杖の中央に取り付けられたレンズがキリイの体
 を睨めつけ、いつの間にか現れたレーザーサイトの紅い点が胸のところで固定される。

  刹那、会場全体を照らし出す青光に観客は少しだけ視力を奪われた。

  杖の先端から生まれた雷の奔流が龍の如く空間を泳ぎ、圧縮された爆風ごと【キリイ】に迫る。

  だが相手の動きから雷の通り道を予測していた翔太の行動は、乱雑に動く大気の流れに呑ま
 れながらもかろうじて回避を成功させた。

  しかし。

  立ち上がろうとして、機体の右足がおかしいことに気づく。

  避け損ね、脚部の回路ごと爆ぜているのだった。

『ちぃ……やられた……。あやつめ、だんだんと私たちが逃れる方向を予測しだしておるぞ」

「このあいだゲーセンでみせたときのように、か?」

  中途まで全敗でありながら、ある時点を境に全勝をもぎ取ったエウリュアリ。

  いまならその理由もわかる。あの時エウリュアリはまずゲームの操作方法を覚え、次に敵の動き
 を覚え、ついで自分の動き方を覚え、勝利を獲得した。

  そして今はエウリュアリも慣れ親しんだグラディエイト。少女が全てを覚えた時に勝敗は不動のも
 のとなる。

『うむぅ。いずれにせよ、短期決戦に持ち込まねば我らに勝利はない』

「でもよ、それは……」

『わかっておる。不可能だ』

  悔しいかな、逃げ惑うだけで精一杯なのだ。

「くそッ」

  言葉が不意に口から絞りだされる。冷え切った心臓とは正反対に噴き出す汗が頬を伝って滑り
 落ちた。

『ママラガンは冷却と発動までの時間がかかりすぎるという欠点があるのだが……、あの缶詰ヒー
ローに勝機があるとすればまさにその一点だけでしょうな』

  解説者のアドバイスなぞ、翔太たちもとっくにわかっている。

  だが、どれだけ願っても為すすべがないのだ。

  のっぺりとした無表情で固めるハデスの思惑は読み取れない。ただ風に漆黒のマントを靡かせ、
 どこまでも純粋な白き杖をそなえて立ちつくしている。

『逃げるしかないキリイとの距離を確実に詰めていくハデス、圧倒的、余りに懸絶した力の差であり
ます……』

  司会者の声はひどく落ち込んでいる。

  確かにせっかくの世界大会初戦をこんな酷い試合にしてしまったことに幾ばくか責任を感じる翔太
 だが――もう少し応援してくれてもいいのではないかと思う。

  ただですら敗色濃厚だというのに。

「……イッ……」

  その時、歓声に溺れる会場の隅から微かに届く声があった。

  いつもなら気にも止めなかったろう。しかし、翔太もキリイもこの時は他にすることがなかった。

  缶詰ヒーロー用に増幅された聴力で聞き取ろうとし、その必要がないことがすぐに悟る。

「……――キリイッ!!!」

  声は、たしかに彼女の名を呼んでいた。

「キリイッ!!!」

  ひときわ大きく、声が響く。

  いったいどこから――?

  首を回して会場を見る。

  そして、わかった。

  声の出所がわからない理由、歓声をやすやすと貫いて聞こえてくる理由。

  ただ追いつめられたことで気づかずにいただけで。

  "彼ら"は会場中、至る所にいたのだ。

「負けるなよッ! お前らには期待してるんだ!」

  ひとりが言うと、

「がんばんなさいよッ! いつもの華麗な太刀さばきはどうしたのッ!!!」

  ひとりが続き、

「相手が神様だろうがお前らならやれる。俺は信じてるぞッ!」

  初めてキリイが大会に出場したとき、向けられたのは嘲りや侮蔑しかなかった。

  彼らが見に来たのはあくまで期待のホープ・【カトブレパス】。

  リアルなぞが出てきては、試金石にもなりはしない。金を払って入場した勝ちがない。

  なぜあんな所にリアルが? グラディエイトをなめてる。ふざけている。

  愚弄するのか。

  消えろ、消えろ消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろ――

  ――負けてしまえ

  しかしキリイと翔太が彼らの予想を裏切り勝利を得ると、"彼ら"の多くは失望し、呆れ、驚き、ある
 いは憤怒した。

  ――マグレで勝ちを拾いやがって

  彼らの怒りは主に嫉妬が理由だったのだろう。

  彼らは等しく缶詰ヒーローを愛し、グラディエイトの活躍に憧れ、だが彼らの多くはスピリット以下
 の機体しか持ち得なかった。彼らは悲哀に暮れた。

  事実上、ヒーロークラス以上の機体で占有されているグラディエイトに彼らが割り込む余地はな
 かったのだから。

「なんとかしてみせろよ! まだいけるだろ、お前らなら!!!」

  だが、

「おまえは俺たちに夢ぇみせてくれてんだ! 悪いが俺はまだ眼を覚ますつもりはねぇぞ!」

  キリイが二度もレジェンドに勝ち、非公式ながらヒーローにも勝ったというではないか。

  そして彼らは気づいた、いや、思い出した。

  神話や伝承、伝説にある英雄たち。

  人々を苦しめる化け物を屠り、時に魔神・悪神すら抹殺せしめる者の多くも元を正せば、


  ――ただの"人"であったのだと……――


『ふ、まるで我らが英雄にでもなったかのような気分になるではないか』 

  皮肉に満ちたようでいて、どこか暖かくキリイがいう。

「負けてるほうをつい応援したくなる、っていう気持ちが理由じゃあないみたいだな」

『薄気味悪いな。これほどの期待を一身に浴びる理由、果たしていつ手に入れたのだ?』

  どちらかというと、今までグラディエイトでは鼻つまみもの扱いが多かった彼らの疑問は正しかった。

「さあな。だがまぁ、悪い気はしないわな」

『うむ。悪い気はせん』

「漫画とかだと、みんなの力を分けてくれー、っていって逆転する場面だな……」

  苦笑交じりの冗談だったが、キリイは気に入らなかったらしく、

「阿呆なことを……ここは現実だからな、都合良くはいかん』
 
  嘲りながらキリイはいったん言葉を句切り、しかし震えのない声で、

『ああ。それでも、味方がいるというのは……――悪い気がしないものだな』











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