缶詰ヒーロー













          56缶詰ナリ *  【Fifth element】









  ――集中。

  これまでのようになんとなく闘うのではない。

  ここに来てやっと、翔太の中で構築される意志があった。

  それは缶詰ヒーローと出会ってから積み重ねてきた経験が原因だろうか? ユウキや君香が
 隠している何か、はたまた謎の偏頭痛が原因だったろうか?

  万雷の歓声まで別世界から聞こえてくる。あやふやな錯覚だけが漂っていた。

  つい二十分前の、ユウキや君香、それに君香の父親――ここには誰もいない。

  早口にまくしたてる司会者のがなり声も、必然の理由から今は聞こえない。

  ここは舞台。

  缶詰ヒーロー世界大会・初戦を飾るべく選ばれた約束の地。

  ――エウリュアリは、いまどんなことを思っているのだろうか?

  緊迫すべき場面で、どうでもいいことを思う。間延びした日常で、非日常を思う。

  ごちゃごちゃとした考え、思考、考察はすべて排除された。

  おそらくそれは、物理的に距離があるというのに心理的な圧迫感を感じさせる相手にしても
 同じにちがいない。

『ふむ、ふむふむふむ……、手強いな……――』

  体を翔太に受け渡したキリイの独白もどこか遠い。けれどこの感覚が、普段あれほど頭を悩
 ませていた数々の難題をささいなことにしてくれる。

  なにも考えなくていいことが、これほど楽だとは思わなかった。

  黙りこくってしまった君香とユウキに問いただしても黙して語らず。二人に不信感を覚えながら
 も、戦いは始まった。この場に小難しことはなにも存在しない。

  勝つか、負けるか。

  もしこの朱光で閉塞された空間に鏡があったなら、翔太は自分が笑っていたことに気づいた
 だろう。

「しかし、とんでもなく強いな」
 
  自然とキリイに答えるように、いう。

『強いとも。アレが長、そしてミソロジィという次元なのであろうな』

「まさか一撃で刀がはじき飛ばされるとは思わなかったけどな」

『なにをいう。むしろ一撃で完全敗北しなかっただけマシというものだ』

「そうかぁ?」

『そうとも。あのまま続けていたならば、まぁ負けていたであろう』

  研ぎ澄まされた神経を漆黒の冥王に向けつつ、キリイとリンクした意識を一時的に切り離す。

  会場スタッフへのブーイングも収まり、けれど閉ざされたドームには闇よりも濃密な不満が沈殿
 している。

  いくらしかたないこととはいえ、翔太としても虚を突かれた気分である。観客たちが暴動を起こ
 さないことのほうが不自然だった。

「……それにしても時間がかかってるな」

『うむ。気勢を削がれるとはこのことよ』

  電子の世界に存在するキリイもたいそう不満げである。

  戦闘開始、三十秒でタイマーは凍り付いている。

  会場が原因不明の停電に見舞われたせいで、記念すべきグラディエイトも中断されていた。



             #            #            #



「なんだよっ、せっかくいいところだったのにこれじゃあ台無しじゃないかっ!」

「……主殿、少しお静かに……」

  うすぼんやりと非常灯が照らす室内で、入谷千里はとても怒っていた。

  全幅の信頼を置く缶詰ヒーロー・犬塚信乃が言葉少なになだめても聞く耳持たない怒りっ
 ぷりである。

  つまり、少年はそれだけ怒っていた。

  突然の停電は、グラディエイトを映し出していたモニタを黒く塗りつぶしてしまった。

  チケットを取れずに嘆いていたところを、翔太の選手特権で控え室に入れてもらった彼らは
 グラディエイトがなければすることがなくなってしまう。

  加えて千里には、先日運命的な邂逅(と自分で思いこんでいる)を果たしたエウリュアリをも
 応援するという大義名分がある。

  いうなればお気に入りの番組を見ていたら勝手にチャンネルを変えられたのだ。このぐらい
 の年頃ならば誰でも怒る。いや当然おとなになっても怒る人はいるが。

「翔にぃとエウリュアリちゃんの決闘が、停電ッ!? よりによって今日ッ!? TOYの運営班は
チェックサボってたんじゃないの? ああ、この世には神も仏もイエスもアッラーもいないのかっ!」

「……空調の使用過多による、電力消費の大幅増加だと推察できますが」

  ソファーにもちょこりと正座している信乃の、おもしろみもない真面目な回答である。

  確かにアジがあるキャラなのだが、千里としてはもうひとつ捻りがあってもいい気がする。 

「ちぇ。信乃はもうちょっとユーモアの勉強をしろよ」

「つっ!!! あ、主殿、それは……」

  主人の重い一言に計り知れないショックを受けた信乃を尻目に、千里はソファーから飛ぶよう
 に離れるとそのまま部屋を出た。

  選手やスタッフだけが通る廊下も停電の影響で非常灯に切り替わっている。本来、この施設
 には予備電源もあるのだが、どうやら機能していないらしい。

  それがただの停電ではないと気づくには、大人ぶった千里でもまだまだ知識が足りなかった。

  ――翔にぃとエウリュアリちゃんの戦いが、記念すべき世界大会の初戦が……

  思いもよらない事態にふて腐れた千里の失意は計り知れない。

  千里への態度は厳しいが兄のように尊敬する翔太と、一目惚れした少女エウリュアリの闘争
 はまだ始まったばかりだったのに、――これじゃあ生殺しじゃないか!

  少年の体へ憤慨はずんずん降り積もってゆく。

  かつん、かつんと一人分の足音だけが重なって不気味な不協和音を演奏する。非常灯とあい
 まっていっそう気持ち悪い。

  カツン――

  ふといきなり、別の硬質な足音が響いた。音が反響して出所を曖昧にする。ただ自分とは違う
 足音に、千里は周囲を見渡した。とうぜん誰もいない。

  部屋から数メートルのところにあった十字路を除けばほとんど一本道である。誰かが近くにい
 たなら嫌が応にも気づいたはずだ。

「? ……変だなぁ……」

  どうやら気のせいだったらしい。一人ごちて再度歩き出す。どうせ目的地もなく、停電が直るま
 でのヒマつぶしである。なんでもこいという気持ちがないでもなかった。

  カツン――カツン――

  小柄な体を戦慄が駆け抜ける。

  小指の先まで氷河に浸かり、かつ悪魔に心臓を握りつぶされたような恐怖と圧迫感。

  何かが見ている。

  だが千里は勇敢だった。

  憧れの翔太のように、という気持ちが強かったせいだろう。ここで翔にぃなら絶対に振り向くに
 違いない、そう思ってしまった。

  そして何もなかったことを確認し、自分の臆病な一面を嘲笑する。よくあることだ。

  息を吸って、吐く。こういう時は勢いよくいこう。

  千里なりのげんかつぎ。胸中にわだかまるもやもやとした恐怖心を取り去るためのちょっとした
 儀式だった。

  ――せーぇ、のッ!!!






「主殿、何処におわすのですか? 主殿?」

  カツ、カツ、カツと連続した足音がまだ停電の直らない通路に木霊する。不明瞭な視界に向けて
 信乃は何度目かの呼びかけを試みていた。

  忘我自失しているうちに千里を見失ってしまったことを、信乃は深く後悔していた。

  無口で思慮深く、軽んじた行動は起こさない。聞こえはいいが、たんに口べたで考えすぎの
 結果、何事に置いても後手後手に回る自分の性格が恨めしい。

  ほんの些細な、相手はなんの悪意もなく述べた言葉のひとつひとつに深い意味を求めすぎ
 てしまう。そうして、頻繁に落ち込む。

  先刻、千里にいわれたユーモアうんぬんもただの軽口だと本心ではわかっていた。

  しかしそれでもなお深く考えずにはいられない。豪放で開けっぴろげとは正反対の――ひじ
 ょうに損な性格だった。

「探せッ! まだ近くにいるはずだ!」

  沈鬱な空気を切り裂く怒声が聞こえ、信乃は周囲を走査した。

  通路の奥から数人の男たちが走ってくる。どの男も大木のような筋肉をまとい、ボディービル
 ダーが本業でもなんらおかしくはない。

  それにしては眼光が数多の修羅場を超えた者のみが放つ光を帯びていたが、全身黒ずくめ
 でサングラスをかけていたせいか幾分柔らかく感じられた。

「何か大事が?」

  傍らを走り抜けようとしていた男の一人を捕まえて尋ねる。男はサングラス越しに怪訝な目つ
 きで信乃を見やり、すぐに表情をプロフェッショナルに引き締めた。

「……民間には関係のないことだ」

  人の中には相手が缶詰ヒーローだというだけで軽んじ、「ロボット風情が」と嘲る者もいるなか
 で、あえて『民間』という単語を使った男に対し信乃はさらに問いつめることにする。

  こういうモラルがしっかりとした人間は、相手が誰であれその者の安全のために必要最小限
 の情報をもたらしてくれる。そう判断した。甘いことだとわかりながらも。

「お教え下さい。万一、私にも関係があることやもしれません」

  ブラフではない。ただの停電にしては物々しい様子、かれこれ三十分は見つからない千里、
 いくらなんでもおかしすぎた。

  その旨を伝えると、男は顔一杯に渋面を広げながらポツポツと語り出した。

「……この停電、実は何者かに仕組まれていた……」

「仕組まれていた? その何者か、とは?」

「それは知らない。ただ、準備の段階で照明を担当する中枢CPUがウィルスに汚染されていた
らしいとしか……」

  間違いなく機密事項にあたる箇所も漏らす男は、どうやらモラルが強いというよりも、相手
 が缶詰ヒーローだから話している節がある。

  機械と叡智の結晶たる缶詰ヒーローこそ至上であり、人間はその下位にあたるとする奇抜
 な考察。

  少ないながらも男には『機械至上主義者(アンドロリスト)』のケがあるらしかった。

  しかしそれも今では好都合である。

「其方らが先ほど捜していた者は?」

「そいつが、件の『何者か』だろうと思う」

  男が自嘲の笑みをうかべる。

「つい十分ほど前だ。そいつはよりによって闘技者たちが乗る<スキーズブラズニル>の独立ユニ
ットに悪事を働こうとしていた。まぁ、寸前で食い止めることはできたが……」

「まことに?」

「ああ、ハデス側のユニットに端末を差し込もうとしているところをなんとかな」

  その点に関しては自信があるようで、若干声に張りが戻る。

  話を聞く限りでは確かにおかしいところはない。世界大会に便乗した愉快犯、ちょっとした悪戯
 ともとれるレベルである。

  スキーズブラズニルへの悪事も未然に防がれたわけであるし、問題点はないように思えた。

  話は終わり、仲間に追いつくべく駆けだした男に礼をいって信乃は何も問題が解決していない
 ことに気づくが、遅すぎた。

  停電は本当に愉快犯の仕業なのだろうか?

  スキーズブラズニルへの干渉を防いだというが、空白の二十分の間に『何者か』は何をしてい
 たのだろうか?

  なにより千里は何処へいってしまったのだろうか?

  ポッ、ポッ、と三度ほど白く通路が発光した次の瞬間、回復した電気が通路すべてを照らし出す。

  ――ああ、そういえば

  信乃は思う。

  空白の二十分。何かをインストールさせようとしていた何者かは、もうひとつのユニットに何もし
 なかったのだろうか?









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