缶詰ヒーロー








 『まことに遺憾ながら、今回の調査でNo.0〜No.100までの生産番号を確認することはできなかった。
  
  これらには試作機も含まれているはずであるから確認できないのも仕方ないが、以降復刻された
 形跡もないことが、都市伝説といわれるあのことを如実に物語っていよう。
    
  それにしても、これら空白の一○一体はいったいなんなのだろうか? 疑問は尽きない。が、現時
 点で確認がとられていない神々である可能性が非常に高いと推測される。
  
  ある情報源からは、これらのNoに主要なミソロジィが集中しており、かつあまりの強さを発揮したた
 めに出荷は見過ごされた聞く。現在の神話型のマイノリティにはこういう理由もあるのかもしれない。
 
  よって、我々はこれら一○○番までをその強力さ故に封印されたと見なし、僅かながらの畏怖を込
 めてこう呼ぶ。
 
  ――《ドレッドノート》――、「怖れるもの無し」と。
 
  さらに宗教上の理由から排除されたと考えられるキリスト教から引用させて貰おう。皮肉を込めて、
 番号一から七までを聖なる"七"体を不可侵なる《プリムンセプト》――「創まりの07」――と名付ける。

  神は七日で万物を創造したというが、缶詰ヒーローはこの七体から始まったと考え崇拝すら行う者
 たちがいるらしい。まったく、どこぞのカバリストでもあるまいに。全てを神の御業と符合させるのは
 理屈を屁理屈で武装するようなものだ。

  私見は控える。これはまた同じ情報源からだが、プリムンセプトについてわかっていることがある。

  聖杯と邪槍を得し聖騎士、終わりへ導く再生の道化神、星散乱える天空巨神、幸運もたらす銀腕の
 神王、黄泉津へ誘う神代の女神、異物を許さぬ破魔力の権化、森羅に融け込む無限の観測者。

  上記の名辞が元となり、原初の七体は造られたという。

  さらにNo.0を《ノーン》、「この次元にはいないモノ」と呼ぶことにした。No.0についての情報は一切
 不明。おそらく、存在はしない。缶詰ヒーローの神話ともいえる無意識の産物であるとして保留。

  ともかく、これらの情報を僅かでも得ることができたのは幸運だ。

  もっとも、彼女は全てを知っていながら何も明かそうとしていないようだが。だいいち、これだけの
 情報をいったい何処から探り出したのか? まさか、考えたくないが、ハッキング? 

  いや、TOYの防護障壁を考えるとそれも難しい。彼女が"亡霊"と呼ばれたハッカーの再臨である
 か、はたまた缶詰ヒーローの製作に直接関わっていたかどちらかとしか思えないのだが……。

  それに、一つ気になる噂もある。十年前、缶詰ヒーローの完成披露宴で起きたという事件。

  まあいい。

  これらには多大な興味を覚えるが、もしかしたら情報そのものがデマかもしれない。今後も慎重な
 調査を続けていきたいと思う』            
                     
             〜現在、管理人の消息及びWeb上に痕跡も不明なHPより抜粋〜

  

  








          54缶詰ナリ *  【Invisible third】










「そうであろう? あの阿呆は私たちがいなければまともな生活を送れなかったに違いないのだ」
  
「違い〜ない、違いない〜。きっと、ぐうたらで〜自堕落な〜そんな日々を送っていたよ〜」

「男汁で満ちあふれた部屋となっておったろうな……」

  爽やかな陽光が満ちあふれ、彼女らを万遍なく照らし出す。人為的に植えられた木々の成長する
 脈動が聞こえてきそうな日だった。

  近くのゲームセンターを荒らし終えたキリイと図書館に『ツァラトゥストラはかく語りき』を返却し次はフ
 ロイトに挑戦するつもりのタマゴ。運命をちっとも感じさせない二体はばったり出会い、密談を交わして
 いた。

  といえば格好はつくが、実際のところお母さん方の井戸端会議となんら差異のない話題だが……。

  人は云う。他人との溝を埋めたいなら、共通の敵を作り出せ。

  大会初戦を明日に控えながらも余裕を醸し出すキリイの脳裏では、日常の不平不満が様々パター
 ンで反復されていた。

「あやつは感謝の気持ちが足らんのだ。私たちにねぎらいの一環として高級オイルや専用施設のプラ
チナ会員カードをくれてもよいではないか!」

  拳を強く握って力説する様に圧倒されつつ、タマゴは当たり障りの無い言葉を探した。

「う〜ん……なんだか、お金が全てっていう考え方みたいでやだな〜」

  ベンチに座り、短くて地面まで届かない両足をぶらつかせる。お金イコール万能という図式は、タマ
 ゴにとってあまりいい思い出がない。

「ふふん。甘いぞタマゴ。いいか? この世に人命より高いものは数多くある、考えてもみよ。一人の
人間が自分の内蔵全てを売り払ったところで、満足な家ひとつ建てられんのだ」

  しかしキリイは情報弱者を蔑むように何度も小刻みに首肯する。

「命がお金で買える時代か〜、せつないね〜〜」

「逆だぞタマゴよ。金が命で買えるのだ。ずっとずっと昔からな」

「ふえ〜〜〜きびし〜〜」

  見えない不条理に押しつぶされまいと頭の部分を抱えてうずくまるタマゴを横目に、キリイは頬杖を
 付きながら木々の囁きに耳を寄せて呟いた。

「だがまぁ、金が全てではないのもまた真実。金が本来紙切れであり、日夜価格が変動するのと同様、
人それぞれの内部で金と命の価値は変動し続けておるのだ。――ただ金があれば幸せを掴む第一歩
が見えてくることに気付いている者が少ないだけでのう」

  一つ手に入れればあと一つ。二つならばあと四つ。欲望のインフレーションは決して止まらない。

  腕を組んで学者然とした素振りを見せるタマゴがそのことをわかっているのか不安で堪らないが、
 キリイはそれもまたよしと思った。

  何故ならこんなことは、缶詰ヒーローが思い悩むような話題ではないのだ。キリイとて経験情報か
 らそれらしく理論を構築しているだけでまともに思索しているわけではない。

「そっか〜。でもでも、それなら〜僕たちの命は逆で〜たった二十万円ぽっちってことだよね〜〜」

  緊張感の微塵もなく言葉が公園内に染み渡る。風が吹けばそのまま溶けていきそうなほどさりげ
 ない一言であった。

「ふむ? そうでもあるまい、レアな機体なら何十倍も高値が付くであろうし、中には豪邸を購入できる
ほどの値が付けられるものもあると聞くぞ」

「う〜うん。そうじゃなくて〜、商品として発注されたばかりの僕たちは〜どの機体も平等に値段が決
められているでしょ〜? なら、買い手が缶詰を開けるまで〜、僕たちの価値は全て等しいっていうこ
とだよね〜。けれど〜中身がわかった瞬間値段が決まってしまう〜」

  一息ついて、ゆっくりと、

「なら〜僕たちは誰かに手にとって貰うまで何もわからない〜ある意味無価値な存在なんだね〜〜」

「……まるで量子力学の世界ではないか」

  観察が結果を決め。観察が未来を決め。観察が状態を決め。観察が全てを決める。

  俯瞰こそ真理。

  それは世界の傍観者のみが、巧みに隠蔽された世界の真実に触れられると断定してしまった学問
 でもある。

  だとしたらこの世界の者たちは誰一人その真理とやらに近づくことはできないだろう。この世界の
 内部にいる人間は、決して世界の外側には出られない。

  出られない以上、世界の全体像を見ることなど不可能だから。

「世界は複雑怪奇というわけか……外側から一度見てみたい気もするが……」

  とん、と足先に軽い圧力を感じて思考が途切れる。俯いて見るとサッカーボールがそこにあった。どう
 やら子供らが誤って蹴ったらしく、少し離れたところからボールをパスしてくれとジャスチャーしている。

  キリイは勢いよく立ち上がり、けれどそっとボールを蹴ってやった。受け取った男の子は大きな声で
 「ありがとう」というと待ちきれずに仲間のもとへ駆け戻っていく。

  子供達に混じり、ぽつりと背の高い青年が戯れていた。遠目では何者かも診断できないが腕が複数
 あるシルエットで缶詰ヒーローらしい。児童介護用に特化された缶詰ヒーローだろう。

  ここでは難しいことなど一切考えずに済むと錯覚しそうな、まるで凪のような光景だった。

「いい顔してるね〜〜」

  キリイの顔を見つめ、タマゴは嘆息するように言葉を織る。

「そうか?」

「うん〜。いい顔いい顔〜、キリイはちょっと笑ってたほうがいい顔してるね〜」

「ふ、まあな。私の美貌は完璧だが、それに微笑みという要素が加わればまさに無敵に素敵」

  腰に手をあてトップモデルさながらのポーズを決めるキリイに、スポットライトがあたっていても別段
 おかしくない。

「こどもが〜好きなの〜〜?」

  無邪気に遊ぶ子供達。これから先に限界も不満もなく、大人になるにつれて見えてくる枠にすら囚
 われず。

  犬がじゃれあう光景を喚起する日々を見つめ、キリイはきっぱりと断言する。

「嫌いだ」

「ええぇぇぇぇぇぇぇええええ〜〜」

  意外や意外とタマゴは腕をしっちゃかめっちゃか振り回す。

「わけなどない。私の稼働時間が短いにも関わらず嫌いだと断定する感情があるということは、これは
もう人間でいう本能のようなものであろう」

「で、でもさっ〜。それなら〜なんでさっき子供達に優しかったの〜?」

  それまでニヒルな笑みを張り付かせていた表情が一変し、躊躇の色が一瞬で広がっていく。

  その後帰宅するまでなにか不自然なキリイを見て、なにか理由があるのだとタマゴは確信した。



          #           #           #



  彼は見ていた。

  相手が気付いていないかどうか、常に警戒しながら。

  子供達と他愛のない遊びをしながらも自らの任務を怠ることはない。

  機械の体は疲れを知らない。

  ミソロジィである彼なら尚更だ。

  標的は遠くのベンチでもう一体の缶詰ヒーローと語り合っている。侵入して会話を盗聴することもで
 きたが、止めておく。

  会話を聞くだけで、相手への無駄な感情が芽生えるかもしれないから。

  それぐらいなら、何の疑念もなく、躊躇う思考を持たず、壊れかけたラジオみたいに途切れ途切れな
 ノイズを楽しんでいたい。

  残念ながら彼は大会に招かれていないから、何とかして接触のチャンスを作らなければならない。

  暗部で活躍してきた彼がリアルタイプに負けるはずはないが、念には念を入れて戦闘後を狙おうと
 決めていた。

  だから、それまでは、人好きのする笑顔で、日常に紛れ込んでいようと、彼は決めていた。










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