缶詰ヒーロー











          50缶詰ナリ *  【Metal gear】









  薄ぼんやりと、青白い光を放射する多機能ディスプレイには幾つものウィンドウが開いて閉じる
 を繰り返している。白い髪が印象的な人影がその前に座ってタッチパネルを操作していた。

  その背後、肩で結い上げた黒髪に乱れは無く、普段は知勇に輝く瞳で子供の悪戯を咎めるよ
 うなを目つきで、すらりとした人影がもう一つ。

  御坂市中央部、TOY本社ビル地下二階。地表から降りること数メートル。

  六百平方メートルを越す敷地面積に大して、所狭しと並べられ、超高機能を誇るスーパーコンピ
 ュータがモノリスの如く規則正しくそびえ立つ様は圧巻の一言に尽きる。

  部屋の最深部。六芒星形に並べられたワークステーションの前で、

「さすがに【三女神ノルン】と【文殊もんじゅ】のセキュリティは完璧、これだけのものを突破できるのは噂に聞く
"亡霊"ぐらいか……」

  ディスプレイから離れ落胆の溜息を吐く男、八坂照雅は両手を背後に送り、ちらりと視線を後ろに
 に傾けた。

  しかし唇をへの字に曲げた腹心の部下、御剣零はなにもいいたくないとばかりにそっぽを向いて
 この区画唯一といわれている出入り口へ眼を走らせて知らん振りをしている。

「お前らしくもない、何か云いたいことがあるんならいったらどうだ? 相手が誰でも云いたいことを
いうのがお前の主義なんじゃないのか?」

「云っても無駄なことは口にしない主義ですから」

「ふん」

  面白そうに鼻で笑う八坂だが、すぐに険しい顔つきに戻ってディスプレイを覗き込む。

  御剣は眉間にしわを寄せ、憮然として腕を組み、間違いなく不機嫌そうだ。

「<オオナムチ>の八坂がこそ泥みたいな真似をするとは、噂でも流れたら五百人の配下が泣くで
しょうね」

「むしろチームを脱けてくれると有り難い奴らが増えてるのも事実なんだがな」

「そこは否定しませんが……公の場ではそういう発言はしないで頂きたいです」

「お前しかいないから話してるんだよ」

  聞きようによっては恋人に囁くようなセリフであるが、それを冗談だとわかっている御剣として
 は小馬鹿にされたようでなんとも面白くない。

「それより、わざわざ高いリスクを犯してまでここに侵入する意図を掴みかねます」

  根本的でいて、核心を的確に突いているだろう皮肉だった。

  「面白いモノを見せてやる」という意味ありげな八坂の言葉に騙されてから数時間。

  結局、調べ物がしたいとだけいう八坂を嫌々手伝うことになった自分の浅はかさ呪ってか、
 御剣の顔色は晴れない。

「それはもう少し待て。すぐにわかる。……ここも駄目か、今度はセキュリティレベルが低い所から
介入してみるとしよう」

「その程度でTOYのデータバンクにアクセス出来たら苦労はありませんが」

  TOYでも最高機密の部類に値する区画。ここには【三女神ノルン】と【文殊もんじゅ】と名付けられた六台の
 マザーワークステーションと呼ばれるモノが設置されている。

  相互扶助可能、クラスタ化とグリッドコンピューティングされた六台は一台に対して他の五台が
 プログラム、セキュリティ的に見守るという堅固な城が築かれている。

  仮にここをハッキングするのなら、一台では足りない、二台でも足りない、六台同時にハッキングを
 仕掛けて尚かつCPUを欺くだけの技量が必要とされる。

  それだけ強固なシステムで護られているここには社外秘とされたデータが保存されているので、
 アクセス権を持たない者が接触したとバレた場合、内密に処分されるリスクもある。

  何度か危ない橋も渡った。が、

「ほら見ろ、上手くいった」

「えっ?」

  【文殊】の一台、パーソナルネーム『KAEDE』からポーン、という軽い電子音が打ちっ放しのコン
 クリで出来た壁に弱く木霊する。

  まさかという思いが半分、冗談だと決めつける気持ちが半分。御剣はそろそろと八坂が操作
 するディスプレイに近づいた。

「嘘でしょう……?」

  ディスプレイに表示されるファイルの名前には、冷静沈着を心がけるよう幼少から鍛えられた鋼
 の心を持つ御剣ですら足下をふらつかされる。

  然るべき所に持ち込めば一生を保証される機密情報を記すファイルの数々は、それだけ衝撃的
 なモノばかりだ。

「これで調べたいものは調べられる、だが……」

「何か引っかかるところが?」

  異常に勘がいい八坂の疑問点は、時に致命的な状況を回避させることを御剣はよく知ってい
 た。

  八坂はパネルを操作しながら声を出す。

「俺が侵入した経路なんだが、やけにセキュリティが甘い気がした。そうだな、そこだけ誰かが舗装
した道路、そんな気がしてならない……かといって悪いというわけではないんだが」

  一息。

「まずは調べるか。罠ということもないだろう」

  罠なら罠で、それもまたよし。そう云いかねない雰囲気で次々とファイルを開いていく八坂の大
 胆さには今更ながら驚かされる。呆れて眉間を押さえる御剣だった。

「それで、いったい何を調べるというのですか?」

  まだ口を割らない八坂にやきもきしている御剣としてはもうそろそろ目的を教えて欲しいわけ
 で、自分でもはしたないと思いながら尋ねてしまう。

  刹那手を止めて、すぐに作業を再開した八坂は眼をすっと細め、

「この前翔太がいっていたことが気になってな、『アポトーシスが電波で発信される』というあいつ
の戯言。それでも何か引っかかる。だから今ここにいるんだが」

  その程度のことで、

「そんな世迷い言を真に受けているのですか、貴方が? 予想の範囲外です」

「正しいのはあいつか世間か……見てみろ、これが真実らしい」

  ディスプレイをリズムよく叩く八坂に疑惑の目を向けながら、促された注意に従って刮目する。

  八坂が調べていた『アポトーシス・ネクローシスの機構』というファイルからサルベージされた
 情報の羅列。『アポトーシス』に関する重要機密文書。そこには、

「……これは、彼が言っていたことが正しかったと云うことですか?」

「そうだな、そしてTOYの公表する事実に誰も疑いを持たなかったという人々の愚かさの象徴で
もあるわけだ」

  テキスト化されたファイル。そこにはアポトーシスの作用・発動条件・ソース・解除方法が記され
 ていた。

  そしてそこには、アポトーシスが電波を通じて感染すると牢記されている。

「ですが、なぜ……何故彼はこのことを知っていたのです? 紛れもなく極秘情報であるアポトーシ
スの詳細など、知っているだけでTOYから拘束されるはずです」

「確かにそうだ。だが、こう考えてみたらどうだ? このレベルの情報など、誰かに知られたとしても
さほど気にならない、とTOYが考えている」

「まさか。五年前まで主流だったネクローシスより遙かに強力な決戦兵器、アポトーシス。この秘密を
知れば缶詰ヒーロー業界に大打撃が起こります」

「普通はそうだ……が、もしかするとアポトーシスには本来の使い道が別にあったのかもしれないな」

  口元に手をあてて、八坂は自己質問しながら紡ぎ続ける。

  ファイルを下方向にスクロールして次々と文字群を読み捌いていく八坂の真剣な眼差しからは
 戦闘に対する時のみ現れる光が見え隠れてしていた。

  推理し、予測し、仮説だて、論拠を持って、組み上がる戦術。

  それに挑んで彼を撃破したものは未だいない。御剣もその一人。

  地方で天狗になり、自分に勝てる者はいないと自負していた自分が、井の中の蛙ですらなく水た
 まり程度の世界しか知らなかったと思い知らされたのだから。

「これは、なんだ……?」

  過去の苦渋を思い出していた御剣の耳に、滅多なことで動揺の気配すら見せない八坂の震えた
 声が届いた。

  何が彼にそうさせたのか? 常に弱点を探るべく付き従っている御剣からすれば絶好の機会の
 はずだった。

  しかし、彼女もまた同じように絶句する。

  先ほどまで正常に表示されていたディスプレイにノイズのような変化が現れ、さざ波の如く白と黒
 の切れ目が入門する。

  そう、それはまるで電波状況が悪くなったテレビなどでよく見られる……

  ……――"亡霊ゴースト"。

  直後、ディスプレイが真っ黒になり、浮かび上がる文字列から奇妙な介入が始まる。

「これは、ハッキングッ!? ですが、それを知らせる警告の類は一つもっ……」

  TOYが会社創設以前から制作していたという六台のワークステーション。前述したとおり、ここに
 外部からハッキングを仕掛けることは不可能なはずなのだ。

  人間一人は、どう足掻いても一台のコンピュータにしか同じ時間では攻撃出来ない。

  まるで、同じ時間、同じ空間、同じ次元に、同じ人物が何人もいるかのような錯覚。

  それはまさに"代わり身ドッペルゲンガー"……――。

「嘘、まさか、これは……あの…………?」

  そこまでいって、御剣は眼をカッと見開いた。

  ゴースト現象が終わったディスプレイに、先ほどまで現れてもいなかった様々な文字の羅列が
 高速で流れている。

  八坂に注目すると、彼は既に平素の表情に戻って文字を読み取ろうと必死になっていた。

  御剣も負けじと目線を戻したが、如何せん文字の速度が速すぎた。眼で終えることが出来たの
 は、『遺伝子神化論』、『RNA計画』、『廃盤倉庫』、『創りの07』、そして最後にあるファイルが開い
 て文字が止まる。

  『缶詰ヒーロー軍事計画*発案・徳野御言』。

  ――ブツン。

  不意に奇妙な断続音が聞こえて、ディスプレイが完全にブラックアウトする。

  八坂も御剣も息をすることすら忘れ、点滅するカーソルが次に言葉を打ち込んで行く様を見届
 けていた。

『此処まで来られると云うことは余程腕のいいハッカーがいるのかしらぁ? それとも運が良いだ
けぇ? それでもあの娘よりは才能はないけれど……兎も角、欲しそうな情報は全てヒントだけは
あげましたからぁ、後は無事に逃げてねぇ。だ・れ・か・さ・ん』

  それはこの十年以上前に活動し、世界を崩壊一歩手前まで陥れた亡霊が表舞台に戻ったこと
 を告げるの福音。

  メッセージの直後、鼓膜を破かんばかりの警報音が鳴り響いた。

「囮に、されたか……」

  囁くような声だったが、警報音を通して八坂の悔しさもはっきりと聞こえてくる。

「これは、どういうことですか?」

「"代わり身"、つまり俺たちは亡霊の"身代わり"にされたということだ。やられたな」

  直後、扉の向こう側から大勢の足音がこちらに駆けてくる。TOYの警備員達も異常に気づいたの
 だろう、突入されるまで猶予もない。

  即座に視界を張り巡らし、スプリンクラーを見つけた八坂と御剣は突入の怒声が響くと同時に手元
 にあった機材を投げつける。

  破壊されたスプリンクラーは馬鹿になり、消火用の特殊な化合粉末を撒き散らした。コンピュータ
 に影響を出さないために考えられた白い粉末がまもなく部屋全体を覆い始める。

「ヒミコ、聞こえるかっ! 撤退する、準備をしろ」

  八坂が通信機で外に控えているパートナーに連絡を取ったと同時、地下にすらズンと響く爆発音
 が聞こえてきた。

  内部と外部の混乱。それに乗じた逃亡策。下策としかいいようがないが、仕方ない。

  突入したはいいが視界がきかず立ち止まっている警備員の何人かを薙ぎ倒し、二人はTOYから
 逃亡を図る。

  まだ先は長いが、彼らなら出来なくもないことだった。









 


       SEE YOU NEXT 『Dawn light』 or 『Girl return』  




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