缶詰ヒーロー





  戦争で人が死んでしまうのは、とても悲しいことだね?

  誰かが死ぬのは悲しくない。ただ、その人と会えなくなることが悲しい。

  それが家族なら?

  家族との思い出があるからよけいに悲しい、と思うけど。

  ……そうだ。僕の息子はよく本質を知っているようだから一つ教えておこうか。

  何を?

  今皆で造っているモノは本来生まれなかった可能性、悲しみが産んだ一つの結末なんだ。

  生まれなかった? でも、あいつらはここにいるじゃないか。

  そう、戦争に対する抑止力として生まれた。僕があいつの悲しみの深さを知らない故に。

  けどあいつらは人の為に戦いたがっている、人を傷つけるモノじゃない。

  それが彼らの本来の役目。お前は母さん方の血が濃いから、そういう所に気づきやすいんだね。

  ……。

  だからこれだけは覚えておくんだ。もしあいつが己の過ちに気づき、この計画を破棄するなら。

  するなら?

  行き場を無くした"彼ら"を、ちゃんと受け入れてやるんだよ――。








          49缶詰ナリ *  【Girl return】








  帰宅してすぐに飲んだ安い頭痛薬がもたらした浅い眠りから目覚め、翔太は窓から差し込む
 陽光に耐えきれず右手をかざす。

  そのまま瞼の上に乗せて、じっと固まって動かない様は泣いているようにも見えた。

  が、当然そんなことはなく。

「だるいな、大学っつっても出席日数は十分足りてるし、どうすっか……」

  布団に横になったまま、サボるかどうかをボーっとした頭で思案していたりする。

  本当は先ほどまで見ていたと思われる夢の残滓をすくい上げようとしたのだが、すぐ混迷の
 海に沈んでしまってどんな夢だったかすらわからない。

  ――まあいいか、とりあえず今日は大学をサボろう。

  ところで、油断しきった瞬間に違和感が心の間隙に入り込むあの感覚は本当にぞっとするもの
 だと思う。

  大学を休む決心した翔太は、まさにそれを味あわされた。

  翔太は腹の上、すこし胸部に近い辺りに生暖かい十数キロの圧迫感を感じ、まさか、の考えが
 網膜の裏側を飛び交う。

  視界の蓋をちょっとずつ取り払い、恐る恐る視線を下げるのには一週間洗わなかった弁当箱
 を開ける以上の勇気が必要とされた。

「…………!!!」

  本人は後で語る、この時声を出さずに済んだのは奇跡だったと。

「むぐ……すぅ……すぅ」

  口をもごもごと動かして心底心地よさげに眠る美幼女を眺める翔太は開いた口が全く塞がら
 ない。

  おかしい確かに昨日ハデスといっしょに帰ったじゃないかなんでここにいるんだそもそもこれ
 こそが夢で俺はまだ夢の中にいてその中で夢を見ていたからいわゆる夢中夢と云う奴で……。

「ふみ…………」

  そんな内心アトランダムな翔太の激しい動揺っぷりに、上から抱きつく形で睡眠を貪るエウリュ
 アリが気づいてどいてくれるわけでもなく。

  かといって起こしたら起こしたでなんだか人間としての終末が訪れる気配を敏感に察した翔太
 は動けない。

  大して回転が速くないと自負する脳細胞をフルに駆使して深謀遠慮な解決策を練り上げようと
 するが、結果は散々なものだった。

「……なに〜してるの〜?」

  のんびりと田舎で畑でも耕してそうな声。

  首だけをギリギリと動かしたその先に、綺麗な楕円(ガムテープ補修付き)が後光を浴びて、
 キリストもかくやという救世主ッぷりで立つタマゴの姿が。

「ちょ、ちょうど良いところに。おい、頼むからこいつを取ってくれ、俺が触ったという事実を聞くと
過剰反応する馬鹿な侍気取りがいるから迂闊に触れねぇんだ」

  誰を指しているか隠す気はないらしい。

  しかし翔太としてこの作戦はナイスだといえた。タマゴは翔太に引き取って貰った恩もあるし、
 ついこの間友好関係を発展させた――つもり――のだから。

「そっか〜そうだよね〜。キリイって〜正しいいいわけも〜聞かないところがあるから〜」

  心当たりがあるらしく、タマゴも短い腕を組んで重々しく頷いている。

「わかった〜、ちょっと〜〜待ってて〜〜」

「すまん、助かるっ」

  引き取ってやって良かったと初めて思った翔太だったが、トテトテと妙な効果音を出して走る
 タマゴは何故かエウリュアリを引きはがそうとはしない。

「おい、どうした? 早くしてくれよ」

「だから〜ちょっと待ってて〜〜〜」

  焦るな、というジェスチャーを残してタマゴは玄関の方にいってしまう。

  はて、向こうにはなにがあっただろうか。少女を呆気なく離す道具なんてあるわけないし、そ
 れにしては自信満々なタマゴは何をするつもりなのか。

  エウリュアリが胸の上で身悶えるせいで呼吸か苦しい頭で必死に考える。

  そう、玄関にあるのは――。

「もしもし〜。御坂警察署ですか〜〜? 実は〜幼児愛好者が女の子を連れ込んだみたいで〜」

  電話だった。

「はい〜、前々から怪しい怪しいとは〜思っていたんですけど〜〜」

  自分が幼児愛好者に見えていたらしい、ちょっと落ち込んだりする。が、問題はそこではない。

「おいッ! なにしてんだお前は! そんなに俺が憎いのかっ!?」

  半分泣き声の絶叫に、渭水のほとりで釣り竿を垂らす太公望のような声が、

「え〜? せめて正しいいいわけが通じるところに電話してあげてるのに〜〜!」

「そんな優しさいるかッ!」

「ふむぅっ……」

  声が大きすぎたせいだろうか、エウリュアリが殊更強い力で抱きついてくるが、まだ意識は覚醒
 していないらしくすぐに穏やかな寝息を立て始める。

  朝の日差しが彼女の白銀の髪に反射されるのは、紛れもない宗教画であるように錯覚しようとい
 うものだが、最後の審判は今この時だった。

「なら厳しさは必要であろう?」

  冷徹で、非人間的な、硬質でもあり、心を押し殺した、水鏡の如く、平坦な声。

「……何時から起きてましたか?」

  そりゃあ敬語にもなろうというものだ。

「ふむ、『だるいな、大学っつっても出席日数は十分足りてるし、どうすっか……』より前におぬしが
ウンウンうなされている辺りから、だな」

  腰に左手を当てて毅然と立つキリイの瞳は慈悲の色はなく、侮蔑の視線でもって容赦なく身を
 貫く。

  そんな傾城の美女は唇の両端を、これまで見たこともないほど皮肉に歪めて、一見すると優しく
 微笑んでニコリ。

「待てよ、落ち着いて話し合おうじゃないか。いま、両者の間には悲しい誤解が生まれているぞ?」

  命の危険という意味で迂闊に動けなくなった翔太は、できるだけ誠心誠意が伝わるように身振り
 手振りで説明しようと試みた。

  キリイはうんうんと頷きながら、眉間にしわを寄せて、

「私のHDDに保存されているデータにな、『不思議の国のアリス』がある」

  話を完全に無視して、キリイは眼を閉じて諳んじる。

「その中で首を斬ることが大好きなハートの女王がいるのだがな、これがまたいいことをいう」

  キリイはすっと腰に帯びた刀の鍔に手をかけ、腰を落とす。

「――まずは処刑、判決は後だ、とな」

  待てという暇もなかった。

  二十歳の身空で死ぬ。そんな確信は決定となり、運命と共に振り下ろされる。

  が、次の瞬間、世界が止まって見えた。

  凡ての動きがゆっくりと、緩慢に、その中で翔太だけが動けるような感覚。

  とてつもない高速で抜刀され、振り下ろされる剣戟の奇跡の、更にその先が見えた翔太は咄嗟に
 首を引っ込めていた。

  以前赤毛の男が殴りかかろうとしたときのようにやけに鮮明だった動き。それより動けたような
 錯覚があったが、それは今は大して気にならない。

  急速に現実が速度を取り戻す。

  あと一秒決断が遅ければ首と胴体がお別れしている所だった。

「馬鹿かお前は! 本当に死ぬところだったろうがッ!」

  もうエウリュアリを気にする余裕も無くした翔太は瞬時に跳ね起きてキリイに対峙する。

  ひどいパニックに陥る寸前でギリギリ自分を保っていることが素晴らしいが、翔太の顔は病人
 より青ざめていた。

「人間の命は一個なんだぞ! 確かに俺は金が大好きだが、命の次だッ!」

「命命と女々しい奴よ、潔く認めたらどうだ? 自分は真性ペドフィリアだと!」

「黙れポンコツッ、ロープでぐるぐる巻きにして押し入れに閉じこめるぞ?」

「ぐ、そ、それは勘弁して欲しいが……罪を罪と、趣味を趣味を認めて悔い改めるのはおぬしだ
ろう?」

「趣味じゃねえってなんどいわせるんだお前は! どっかネジはずれてんじゃないのか?」

  いつもと同じくヒートアップする口論の渦中にいる彼らから少し離れたところで、それぞれ
 別な表情をしている存在が二つあった。

  ひとつはエウリュアリ。

  翔太とキリイの口論を興味深げに、というか楽しそうに眺めてきゃっきゃとはしゃいでいる。

  険悪なムードの何が面白いのか誰にも理解できないだろうが、サヴァンの少女には少女なり
 の感性というやつがあるようだった。

  そして二つめにタマゴ。

  だがこちらの表情は何処か晴れない様子で、深々と小狐丸が突き刺さった布団を凝視して
 いる。

  この場で事態の異常さに気づいていたのは彼一人。

  以前キリイがいっていた、『ヒーロー概念といっても意図しない"不幸"な行動で、"結果"とし
 てなら人を傷つけてることもできるらしい』。

  この考えは決してあり得ないのだということをこの場ではタマゴしか証明できない。

  以前から不審に思っていたキリイの、翔太(人間)に対する暴挙の数々。通常ではそれがあり
 得ない。

  つまり缶詰ヒーローの中核である"パンドラ"内部にあるヒーロー概念は禁忌の領域であり、人間
 で云う無意識に値する。

  人が決して自分の無意識を犯せないように、缶詰ヒーローが無意識を突破して人を傷つける、ま
 たは傷をつける"かもしれない"という行為すら行うなどできないのだとタマゴは知っている。

  "暴走"。これのみが唯一ヒーロー概念を突破し、人すら傷つける行為を行う。だが、キリイのそれ
 は自我を保っているし、暴走などではないと断言できる。

  つまり、キリイには異常があるのだ。

  なにかはわからないが。

  表面には現れない何処かで。

  キリイ自身が人に危害を加えても、何の呵責も感じないような凶悪な異常が。

  基本的に鈍い翔太は気づいていないようだし、缶詰ヒーローへの認識がない故にそれも仕方な
 いとは思う。

  だが実際命の危険だったと気づいているはずなのに、それをTOYに訴えようと云う気持ちが翔太
 から伝わってこない。

  これも異常だとは思う。

  しかしタマゴはこの事態に確信を持てず、異常が明るみに出るに至ってようやく己の不甲斐なさ
 を後悔することになるのだが。

  今はまだ、平和が、続く。

  ほんの少し。

  そして時を同じくして、TOY本社ビルで侵入者を知らせる警報機が鳴り響いていた。









 


       SEE YOU NEXT 『Metal gear』 or 『Folk song




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