缶詰ヒーロー






  我らは庭を統べるもの 我らは庭を満たすもの

  幾重に伸びゆく筺庭を 我らが維持して定むるなり

  子らを見守り至悪を除き 安寧世界を築かんと

  或る日生まれし弐]02にじゅうにの 乱入者こそ脅嚇きょうかくなり

  くうより生まれし弐]02の 意味するところは死なる哉

  我らは庭を護るもの 我らが庭を導かん

  たとえこの身が朽ち腐り 力も遠く及ばずに 御魂儚く散ろうとも

  庭に終わりは訪れず 新たな庭師が遺志汲まん

  我らは庭を統べるもの 我らは庭を満たすもの









          48缶詰ナリ *  【Folk song】









  どこか懐かしく、聞いたことがある切ない旋律。

  相変わらず聞き慣れない言語で紡がれる歌声は織り込まれた絹糸のように黄昏の帳へとけ込ん
 でいく。ふっと浮かんだ疑問が口から溜息と一緒に光に浸される。

「……この歌、なんていったんだっけか? 聞いたことはあるんだけどな」

  膝の上の幼い歌姫を見下げて、為すがままの翔太は半ば投げやりにいった。

  嬉しそうに楽しそうに歌うエウリュアリは、夕方行われたゲーム合戦のことなどもう忘れてしまった
 らしく、世界全てが美しいといわんばかりにニコニコ微笑んでいる。

  ――話がある。

  ハデスのほうから持ちかけたのはもう四十分は前になるだろうか。公園のベンチ、隣に座る翁は
 一向に話を切り出す気配がない。

  深い感銘を受けたらしいローワンの質問攻めや、伸びた頬を押さえて文句をぶつくさいうキリイを
 無視し、憂いを秘めた瞳(あの……忌々しい……)で見つめていた君香から逃れてまでこんな所に
 いるのだからそろそろ話し出して欲しいと思う。

  と、歌に全身で聴き惚れていたハデスがゆったりとした動作で瞳を開き、

「この歌は確か、古い民謡の一種じゃったと思うのゥ――。『死神と庭師』、そんなタイトルじゃッ
たか?」

「あんたも知らないのか?」

「ふむ、缶詰ヒーローとはいっても使用頻度が少ない知識は劣化しやすいからのゥ。仕方ないの
ではあるまいか、ナ?」

  自信なさげに問われても。

「確か小さい頃、親父から教えて貰った気がするんだけどなぁ」

「父上殿から? それはそれは、随分マニアックな趣味を持っておられたようじゃが、民俗学で
も学んでおられるのかナ?」

「民俗学? 違う違う……たしか、大学で生物学を専攻したとかいってたな。まぁ今はしがないサ
ラリーマンで、何年か前から海外に単身赴任してるんだけどな」

  翔太の中でかつて見た父の背中はあくまで『ザ・日本のお父さん』という感じであり、学者さま
 とは程遠かった。

  エウリュアリが落っこちないように慎重に、物憂げに腕を後頭部にまわして首をコキコキと二度
 鳴らす。

「そういや最近親父の声すら聞いてないな……」

「ちゃんと親孝行はしておるのかナ? したいときには親がいない、というのは定説じゃヨ?」

  そういわれれば不安になる。今まで親孝行らしい孝行は一度もしていないような、と、そこで、

「ん……?」

  猛烈な違和感。

  その原因は云わずもがな、聞き手と話し手の立場が入れ替わっていたことにある。

「俺の話はもう、いい……。それよりそっちの話ってなんだ? 先に聞いておくが、重い話か?」

  一息。
 
「まァ、人によっては聞かなければよかったと思う類じゃナ」

  しみじみと、顎をさすって重々しげに頷くハデスが既に地雷だと語っている。

「――……じゃ、俺帰るわ」

  そして翔太は地雷原に自分から突っ込む愚を犯すつもりはさらさらない。

  エウリュアリを膝からどけて立ち上がり、颯爽と踵を返す。が、進行方向とは逆の力が働き
 引き留められてしまう。

「まァまァ、少しは老体の話を聞いてやろうという優しさはないのかネ?」

  老紳士の笑みを浮かべるハデスの眼は決して笑っていない。

「あのな、一日世話した面倒見ました。これ以上俺に重荷を背負わせようたってそうはいかない。
だからシャツを掴むな」

「韻を踏む余裕があるならこの老体の話を少しでも聞いてくれてもよかろうに……。というか全部
聞いていきなさい。そうしたら解放を考えてやってもよいヨ?」

  結局選択権はないのか、とツッコむことすら許されず。直後翔太はハデスに無理矢理座らせ
 られる。基本的人権はないらしい。

「……やッ」

  立ち惚けていたエウリュアリも再びぴょこんと膝上に飛び乗った。抜け目がない。

  理不尽に頭を抱えながら、不満一杯の眼でハデスを睨み付ける。しかし翁は鋼鉄の回路が
 浮かぶ電子眼に、悲しみとも疲れともとれる複雑な色を滲ませていた。

「これはお願いなのじゃヨ。万一の時は聞かなかったことにしてもらって構わぬョ……じゃがな
翔太殿、もはや貴公しか頼れる人がおらん」

「? 随分大げさにいったもんだな。俺しか頼れる人がいない? 意味がわかんねぇよ」

  悲痛な嘆願に気づかず、右手をヒラヒラと振って一笑に付す。

  だが、次の瞬間呼吸を忘れた。

  ハデスが、生きている人間ではない、そうわかっている、わかっていたはずなのに、強く深く
 鋭い決死の意志が叩き付けられ、圧倒されてしまったのだ。

「儂らの周りにおる人間では、貴公しかありえんのじゃ。儂らには余りに敵が多すぎる……」

  もし彼が人間だったならば、孫娘に向ける慈愛とはたぶんこうなのだろうと確信させる動作と
 愛情でエウリュアリの頭に手のひらを置く。

「うーーー」

  邪魔だ、といっているらしい。孫娘はもどかしげに身悶えして振り払おうとしているが、祖父は
 そっとエウリュアリの髪を撫でつけた。 

「頼みたいことはただ一つ、もしこれから先、儂自身に何事かあったならば、エウリュアリを引き
取って貰いたいのじャ――」

  深々と真摯に頭を下げて頼むハデスは救いようがないほど聖人じみていて、無下に断るとい
 う雰囲気はない。

  が、しかし、言葉の断片しか聞き取れなかった翔太の思考は事態に追いつかない。

「ま、待て。落ち着け。なんで俺が? そいつにはまだ父親だっているだろ?」

  不信感も露わに戸惑う翔太の言葉も、間違っていないはずだ。

  先日見た街頭テレビではエウリュアリの父親だという男が行方を捜していたはずなのだから。

  が、

「父親、父親か……まァ、世間的にはそうなっておるのじゃがな……」

  苦しそうに頭を振るハデス。

「真相はそうではないのじゃよ。アレはこの娘の叔父。六年前、エウリュアリが今より幼かった時分
に死んだ両親に代わり、父親の務めを果たしておるに過ぎんよ。そして儂の前のマスター、エウリ
ュアリの母御殿が結成した<バルバロイ>をのっとった悪漢でもある」

  苦虫を噛み潰した声には嫌悪と臓腑を絞りつくすような激情が色濃く反映されている。

  それほど、それほどまでに憎しみを持っていても、彼ら缶詰ヒーローはそれを人にぶつける術
 を持たない。

  だがなにより、翔太には今聞いた事実のほうが重荷となってのし掛かる。

  事故で亡くなったという両親。偽りの父親と、偽りと気付かぬ少女――。

                               (……翔太……見てごらん、これが……

「悪漢て、酷い云いようだな。そんなにたちが悪いのか?」

「悪いで済んでおらんのじゃヨ。エウリュアリはこの通りじゃからな、自分の利益のために神輿と
し、バルバロイを牛耳っておル」

        ……兵……ではなく……詰……ヒーロー……)

  ハデスは再度エウリュアリの髪を撫でつけ。

「体のいい傀儡としかこの娘は扱われておらン。かつての幹部も今では全員辞めさせられ、自分
の取り巻き連中で固めておるのじゃからなァ」

  映画や小説でしか知らなかったような悲劇っぷりに、翔太は不謹慎にもテレビなんかのネタ
 として十分使えるのではないかと思ってしまった。

                    (創めまして……わたし、は"名前の無いモノ"…………)

  しかし現実的に判断しても、ハデスの話に信憑性はない。だから少し揺さぶりをかけてみるこ
 とにした。

「それでも今はなんとかなってんだろ? どうして俺に引き取ってほしいとかとんでもないこと言い
出すんだ? 少しはこっちの都合も考えてくれ」

       (……じまり……ルディ……アスの準備……は?)

  だがその程度のことなどお見通しだったかのように、黒衣を纏う翁は述べていく。

「あと僅かな日数で、世界大会が開催されるのは存じておろウ?」

  その一言で忘れていたかったことを思い出してしまった。現実逃避か、眉間を押さえて唸る。

「ああ、頭の一番深いところに刻まれてるよ……」

  ハデスにはいっていないが、俺も出るのだということを。

「ふむ、そして世界大会というからには、儂らがこれまで体験したことのない猛者が選りすぐられ
ておるじゃろウ。負けるつもりなど毛頭ないが、万一儂が完膚無きまでに破壊されたならこの娘
はどうなル? 使えないと判断され、厄介払いされるに決まっておるヨ」

  祭りの後の神輿はいつまでも置いておくつもりはない、エウリュアリの叔父が云うのはそうい
 うことなのだろう。

                           (……香……ったい何処に……? ……

「いいたいことはわかった、けどな……」

  けど、なんなのだろう? 翔太は言葉を失う。

  違う、これはやはり馬鹿げている。何故たった一日しか面倒をみていない子供の保証人もど
 きにならなければいけないのか。

  それにハデスは翔太しか頼れる人がいないとはいうが、しかるべき施設、適切な機関に頼め
 ばお世辞にも頼れるとはいえない自分より、遙かに出来た人物に出会えるだろう。

                               ……げ、ろッ!)

  エウリュアリが嫌いなわけでも憎いわけでもない。そもそも一日二日でそんなことは判断でき
 ない。

  ただ、エウリュアリを見ていると心の表層をなにかがなぞるように触れて堪らなく不快になる。

  けれどそれはエウリュアリを不快だと思っているわけではなく、苛立ちは全て彼女にいってし
 まうのだ。今日も隣で、翔太の腕を絡ませてきた彼女に。
 
                               ……――逃げろッ……早……くっ!)

「痛ッつ!」

  突然襲ってきた鋭い痛みに、知らず声が溢れてしまう。まして何の予兆もなく、油断していた
 瞬間の頭痛だった。

「うー……い……?」

  膝の上で楽しげだったエウリュアリまでもが驚いてこちらを見上げ、苦痛に顔を歪める翔太を
 不安げに見守っている。

「どうしたのじャ? やはり、無理な頼み事でしたかナ……いや、それでも少しの猶予をあげます
故、多少なりとも考えて頂きたイ」

「あ、ああ……わかった、わかったよ……」

  ハデスの言葉などこれっぽっちも聞こえてはいなかったのだが、翔太は痛みの為かしきりに
 頷いていた。

「それでは今日はようようこの娘を連れて帰りましょう、お互いいい所まで勝ち進めるとよいもの
ですナ」

「あ、ああ……」

「それから翔太殿」

  人間で云う腹の底から出し尽くされた渋みのある声で呼ばれ、去っていく痛みの残照に揺れ
 る頭でしっかりとその宣言を聞いた。

「例え対戦相手が何者でも、決して手を抜かないと約束できますカ?」

「出来る、出来るって。だからちょっと静かにしといてくれ……」

  この言葉にハデスは穏やかな笑みを浮かべ、

「確かに聞きましたゾ。手を抜いたと儂が判断した場合でも、即座にこの娘を貴公の養女となるよ
う信用筋から手配致しますので、くれぐれもご注意を」

「わかったって……」

  この時の約束と承認についていえば、後で激しく後悔することの要因となってしまう。

  何故ならこの約束をしたために、結果としてもう一方の依頼も引き受けてしまう羽目になるの
 だ。それも、自動的に。

  或いはこれを運命というのなら、今の翔太はそれどころではなかったし、諦めがつくかもしれ
 ない。

  この日の朝早く、翔太は気づいていないが、既に世界大会のトーナメント表が発表されていた。

  世界中の期待を一心に浴びる組み合わせ表の一番左側のブロック。

  そこには確かに二体の機名が記されていた。

  一回戦の組み合わせ。

  チーム<バルバロイ>―ミソロジィ―【ハデス】 VS チーム<×>―リアル―【キリイ】。

  彼がこのダブルトラップに気づくのは大会当日だったりするから、もはや喜劇というべきか。

  しかしこの時、知識高く、チーム内部にも通じ、賢人でもある翁は悟っていたのかも知れない。

  どちらにせよ、もう時間の問題なのだと。










       SEE YOU NEXT 『Girl return』 or 『The child of savan




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