缶詰ヒーロー












          47缶詰ナリ *  【The child of savan】









  かれこれ三十分ほど繰り広げられる電子の疑似戦闘を眺めながら、不幸を背負ったような顔
 つきをしている青年がいた。

「なんで俺が……」

  何故かいっしょに見る羽目になった翔太はグラディエイト体験マシンの前で肩を悲壮感で落とし、
 眉を不機嫌にしかめていた。

  せっかくの休日なのだからもう帰りたいのだけれど、両脇にキリイと君香が立つことで行動範囲を
 狭めているのでにっちもさっちもいかないのである。

(しかも逃げ道が完全にふさがれてるからな……逃げれん……)

  傍目には両手に花なのかも知れないが、その花が薔薇ではあまり喜ばしくない。はっきりというと
 いらない。

  種類は違うがトゲを持つキリイたちは翔太のどこか悟りきった表情に気づかず、ディスプレイに表示
 されるエウリュアリとローワンの戦闘を凝視し過ぎていた。視線は熱を帯び、あとちょっとで画面に穴
 が開くかもしれない。

  肝心の戦局はというと、それはもう一方的なものだ。

  ――ローワンの圧勝である。

  ローワンが選んだ機体はヒーローの【ウーゼル】であるにも関わらず、エウリュアリが選んだのは
 【ガザハル】という至極一般的な中国風の缶詰ヒーロー。

  流れ星と太陽ほど武力に差がある二体である。

  しかも思案を重ねた末などではなく、よくわかんないからこれでいいや、的な顔をした後、ランダムで
 機体を選んだ結果だからローワンを含む翔太たちはやる気があるのかと文句をいいそうな空気が漂
 ったが、ハデスが何もいわないので誰も何もいえないでいた。

  窓越しに空を見て雲の数を数える翔太には彼女たちの勝負はお金にもならないので関心は全く
 ない。

  だがそれでも――。

「これで十五戦十五敗、か……」

  嘆息か落胆か、キリイは肩を落として小声でぼやいた。ハデスに聞こえることがないよう、翔太も
 そっと耳打ちする。

「たしかに負けすぎだな」

「そうであろう? 長という者のレベルを私は知らんが、ここまで弱いものなのか?」

「俺だって知るわけない。でもまぁ、本人は必死らしいな」

  エウリュアリはフェイスマウントディスプレイを着けた頭をキョロキョロと忙しなく動かし、善戦しよう
 と努力はしているようだが矢張り戦況は芳しくない。

  ディスプレイでは全身が竜、否、竜を模した甲冑で身を包むウーゼルの放つ剣戟がガザハルに向
 かって蛇のように伸びて装甲を抉り、ダメージエフェクトで一瞬閃光を発する。

  勝利宣言のテロップが右から左に流れ、これでエウリュアリの十六連敗が確定した。

「ねえ翔太君?」

  君香が腕を軽く引っ張り、困惑しきったような落ち込んだような、不安げな瞳をこちらに向けている。

  それもそうだろう。君香だって会話の流れからエウリュアリが"長"だと知ったのに、長は圧倒的な
 弱さで為す術なくボコボコにされている。

  こんな光景を、仮にゲームだとしても、見せつけられれば長たる者は所詮機体の強さだけで決ま
 るのかと思うと落胆したくなるのかもしれない。普通のグラディエイトファンなら長に対する崇敬心は
 強いらしいからだ。

  が、

「このエウリュアリって子……翔太くんのなんなのかな……?」

  状況をわざと無視したようなとてもトンチンカンな質問である。こいつのほうがよっぽどなんなんだ
 ろうか、と思った翔太はいつの間にか君香の腕が自分の左腕に絡みついているのを目撃した。

  ――あまり、いや、かなり嬉しくない。自然と顔を背けてしまう。

「定義が曖昧すぎてなんて答えればいいかわかんないんだが、具体的にいえ、具体的に」

「え、あ、いや……だからね、親戚だとか、恋人だとか、ただの知り合いとか、そんな風なことなん
だけど。なんだか妙に翔太くんに慣れ慣れしかったから……」

  慣れ慣れしさなら君香も負けていないのだが、あえて触れない。

「恋人ってな、俺はロリコンかよ。そういうのじゃなくて、ただ懐かれてるだけだ」

  知るか、といいたくなる心を精神力で押さえつけ、翔太は努めて普通に話した。だが滲み出る
 苛立ちを敏感に察したのか、小猫みたいに震えた声で君香は弁明する。

「あっ。怒った、かな? ごめん、そうだよね、別に私には関係ないもんね」

「……気にするな」

「う、うん。大丈夫だよ」

  自嘲した笑みをごく自然に浮かる君香に対して罪悪感がないわけではない。だが、最近ふと
 した刹那に君香への苛立ちがわき起こるのだから仕方ない、と思う。

  頭痛はもう起こらないようだが、今度はもっと感情的な、嫌悪に近い苛立ちが強くなっている
 のは何故なのだろうか。

  理由もなく人を嫌いになるのがあまり好きではない翔太からすれば意味不明の一言に尽き
 た。

  君香に謝る一方、冷静な自分が「まるで段階を踏んでいるようだ」と分析していることは翔太
 の無意識下であるから気づかない。

「やれやれ……ラブラブするのはとりあえずこれが終わってからにしてくれぬか?」

  じろり、と睨んで嘲笑を浮かべた後、キリイはすぐさまディスプレイに眼を戻す。瞬間、翔太の
 額に青筋が浮かぶ。

「……誰がラブラブしてるって? ん? そんな戯言をいうのはこのだらしない頬か、そうだな?」

  セロハンテープで補強されている両頬を掴み、更に伸ばす。

「んがっ!」

「これ以上伸ばしたら大変なことになるだろうなぁ? あと何メートル希望だ? お・客・様?」

  カリスマ美容師さながらに微笑む。センチではない。見る間にキリイの顔が歪み、心なし顔色
 が病人みたいに青白くなった。

「お、おふぃつけ……いっひょに強敵を倒ひてきた仲でふぁないか。のう、友ひょ?」

「何が、友だ? 今日なんか俺を四枚に下ろしかけたくせによ、巫山戯たことは穴でも掘ってそこに
向かっていうんだな……」

  力の限りキリイの頬を引っ張り、これほど頬とは伸びるのものなのかと科学の力を再確認させて
 もらってから解放してやる。

  医療の進歩。そして科学に……――万歳。

「ひ、酷すぎる……もうお嫁にいけぬぞ……」

  よよよと泣き崩れる(振りをする)キリイを当然のごとく無視して翔太は凝ってきた首を何度か
 鳴らす。

「なあ爺さん、ほんとにこれでいいのかよ?」

  連敗記録が二十を超えた所でさすがに不安になり尋ねたが、ハデスは余裕としか思えな
 い穏やかな雰囲気でゆっくりと首肯した。

「これでいいのじャよ。この装置はグラディエイトで使われるスキーズブラズニルとは機構が違う
上に相手のデータもなし、仕方ないから"全部覚えるまで"やらせたほうがいいんじャ。ローワン殿
にはつきあって貰って悪いがのゥ」

「覚える、だって?」

「そうじゃよ、操作の動き。それに、ローワン殿の戦い方のクセそのものをのゥ」

「……よくわからないな。なんのことだよ?」

  疑問には答えず、ハデスはすっと眼を細めた。

「サヴァン症候群を存じておるかな?」

「サヴァン?」

「知らぬなら、帰ってから調べればよかろ。すぐわかるじゃろゥ。……じゃが、そろそろよいか。舐
められてもいかんしの。エウリュアリ……」

  老体は並列した二つの筐体の一方に近づき、可憐な姫君にそっと何事か囁いた。エウリュアリ
 は一瞬呆然としたように口を開けていたが、すぐに頷き楽しそうに座り直す。

「魔法の呪文でもいったのかよ? ゲームが上手くなるとか」

  さきほどから何一つ明確な答えを教えてくれぬ翁にもどかしさをぶつけるように言葉が漏れる。

  だが、翔太の揶揄にはそれでも応じずにハデスはただ一言。

「行け、といっただけじゃよゥ」

  あっ、といったのはキリイか君香か。今となってはもうわからないがそれまでにないことが起きた
 のは確かだった。

  声の切迫さにつられてディスプレイに眼を走らせる。
  
  そこでは状況が雷撃より速く一変していた。

  竜頭の兜から鋭い眼光を維持したまま、ウーゼルの頭部がガザハルの抜きはなった鉈状の刃物
 に跳ねとばされていたのである。
  
  何が起こったのか誰もわからないまま、『YOU WIN』が右から左へ。

  以降、幾度となく同じ機体でエウリュアリとローワンは戦い、争い、競い、そして。

  最終結果は五十三戦二十六勝二十七敗。通算ではエウリュアリの負けだが、ハデスが行けと
 いってからの勝利数が二十六勝。

  もしここに日本の長がいたならば、思わず眼を見開き、そして楽しげに唇を吊り上げていたに違
 いなかった。










       SEE YOU NEXT 『Folk song』 or 『King of Knights




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