缶詰ヒーロー













          43缶詰ナリ *  【Load of Barbaroi】









  世界大会が開催されるからには、その波に便乗して少しでも収入を得ようという動きが強まるのが
 資本主義たる世の定め。

  偽造チケットが販売されたり、路上屋内限らずに缶詰ヒーロー商品が出回る。専門の雑誌も急遽
 出版され、特別番組も連日連夜放送されている。

  缶詰ヒーロー専門店であるここ『ヴァルハラ』も、このビッグウェーブに乗る準備がなされ、実行され
 ていた。

  例えば強度を強くした人工筋肉や演算装置一式など全パーツ五割引。

  入手困難な缶詰ヒーローのVol.『オリエント』を三十五体入荷。

  《専用武器アーティファクト》の上位種、最も低性能で単価一千万を優に越す《伝承兵装レガシー》の臨時入荷。

  まったく意味がないPDA(携帯情報端末)用ストラップなど。ともかく売れそうなものなら色々だ。

  事実、売れた。

  結果。混雑した遊園地のアトラクションを越す長蛇の列が構成され、入りきらないお客は整理券を
 配られて店に入る順番を待っている。

  しかしここで大事なのは、一番辛いのが誰かということである。

  長時間待たされるお客? 残念ながらそうではない。こういう時に辛いのは縁の下の力持ちである
 店員たち、そして下っ端のアルバイターたちであった。

「ここは、地獄だ…―――」

  そう嘆息したのは誰であったかい。

  翔太に関して言うならば『スマイル百円』という制服がボロボロに千切れ、今にも止まりそうな途切れ
 途切れの呼吸が如何程の被害を齎したか物語っている。

  ニ時間みっちり働いた今はシフトがちょうど変わるその時であり、避難地帯であるスタッフルーム
 には先陣から撤退した者たちが集まっている。

  みんな、見る影も無く満身創痍だった。中には営業スマイルが固まって戻らない者もいる。なんと
 不憫な。

「集まるゴミ屑どもを相手に貴様らよく頑張った、これから一時間の休息を与える。各々、しっかりと休ん
で第二次波状攻撃に備えろ。解散っ!」

  売り場を統べるチーフは、どういうわけか旧陸軍の軍服で身を包んでいたが、そこにツッコミを入れ
 るほど余裕があるものは誰もいない。

  死霊のうめき声さながらの声で応答し、ゾンビより遅く歩いて控え室に向かう店員たち。

  死霊の群れの中には翔太も混じっている。大学の講義を受けた後、二時からシフトに入ったという
 のに一日中働いたような疲労感が体を鉛より重くしていた。

  忙しさから一時間だけ解放された翔太はみんなとは異なり屋上に向かう。独自に発見した場所へ。

  重い扉を開けると、高層ビルや広告塔がこの位置からもすぐ近くに見えた。

  屋上にはバルーンや旗が掲げられており、意外と視界は悪い。それでも目視できるほど、それら
 は近距離なのだった。

  断罪の塔のようにそびえる広告塔。流れるニュースはあいも変わらず缶詰ヒーロー、グラディエイト、
 世界大会、翔太は耳を塞いでしまいたかったがあいにくここには耳栓一つ無い。あるわけないが。

  ふう、と一息。よっこらせと腰を落して座す。途端に疲れが霧散するような、あてにならない錯覚。

「ま、なんにせよ一服一服だな」

  と、いって翔太がマルボロを取り出そうとした時だった。

  カサカサと。視界の端っこに、黒い影が映った気がする。とはいっても一瞬だけだったので、翔太は
 首を傾げることしかできなかった。

  気のせい――。

  決め付けて翔太はマルボロへ火を灯した。煙が肺に満ちていくこの時こそ、全てから解放される
 瞬間だと思う。ニコチン万歳。

「なんだ、誰かと思ったら…お前も休憩中なのか?」

  空気が停滞したような曇った声の方向に、首を九十度曲げる。そこにいたのは巨大かつ二足歩行
 を可能とした猫、の着ぐるみだった。

  いつやって来たのか、扉を開いた音はしていない。つまりは自分よりも先だったのだろう。

「ちっ、八坂もかよ……」

  忌々しげに舌打ちすると二足歩行型キャットは悲しげに眉をひそめる。ように見えた。

「? まるで俺が毛嫌いされてるみたいだな。"親しき仲にも礼儀あり"、もっとフレンドリーにできない
のか?」

「毛嫌いしてるし、親しくないし、親しくするつもりもないし、最後なんか余計なお世話だ、失せろ消えろ
爆ぜろ」

  不機嫌になった声を抑えようともしない膨れっ面の翔太に気を揉んだのか、八坂は頭の部分だけを
 取り外し脇に抱えた。

「爆ぜろ、っていわれてもな。いったい何処に爆発物がある?」

「……ジョークだ…たぶんきっと、アメリカンジョークだな…」

  屋上とはいえ、店内で被り物を脱いだ八坂の勇気に乾杯して、翔太は素直に謝った。

  八坂が着ぐるみを容易に脱ぐわけにはいかないことを、翔太は二日前の体験で知っていた。あの頭
 の部分だけを店内で取ってみたのだ。

  面白の部分は興味、仕返しに関しては、自分が面倒ごとに爆進中であることへの八つ当たりで。

  それがまずかった。翔太は缶詰ヒーロー及びグラディエイトが世間に与える影響力を甘く見ていたと
 いっていい。

  まず、客の一人が気づいた。次に、五十人の客が気づいた。そして、百人の客が気づいた。

  『あの八坂照雅がいるぞ!』と。

  倍倍ゲームで増え続けた人員はやがて店外からも訪れ、店を埋め尽くさんばかりの渦となり、渦
 の中心にあった八坂がどうなったのかは……本人のためにもいわないほうがよい。

  それは、本人の記憶からもその事件が欠落していること考えても妥当だろう。事態収拾には機動
 隊まで必要だった、といえばおおよその見当はつくかと思うが。

「それより翔太、非常に聞きたいことがひとつあるんだが――」

  沈黙を破った八坂の声は、やけに真剣味を帯びていた。

  また来た、と確信する。

  日本最強を誇るチーム<オオナムチ>の長である八坂は、翔太を勧誘しようとこの間からしきりに
 アプローチを繰り返していた。

  何度も強固に拒絶しても諦める様子がこれといって見られない。ここはガツンといってやらないと
 永遠に終らないかもしれない。

「あのな八坂、何度もいって申し訳ないがな? 俺は絶対なんたらとかいうチームになんか入らない
からな。これ以上厄介ごとを増やす魂胆なら俺は精一杯――」

  息を呑み、

「――逃げ切ってみせる」

  拳を握って決意の表情。

  まるで借金取りから逃げるような言い草だった。その可能性も、否定できないが。

「まあ、お前が何処に逃げても必ず捕縛してやるが…俺が今いいたいのはそれじゃあない。別の
ことだ」

「別のことだ…?」

  きょとんとした顔で翔太。そうはいわれても一切合切心当たりが無い。八坂が自分にいうことが他
 にあっただろうか。

  そういわれれば、あった。頭を抱える。

「ああ、そうか。世界大会のことだな? 俺は絶対に出たくないんだが、TOY本社に連絡しても辞退
するなら『金を払え』っていうし、訴えるぞっていったら『ならこちらもその筋の方を』とか一般企業に
ありえないこというし――…心底嫌だ、でも、出るしかねぇよなぁ……」

  途中でわざと負けよう、と。

「ん? ああ、まあそれは当然というか、出ないつもりなら俺だって圧力をかけてたしな。ただ、わざと
負けようとは思うなよ? 生まれ出でたことを後悔する羽目になる。だがな翔太、今俺が聞きたいのは
それですらない」

  相当怖い。

  聞きたいのはそれですらない、という言葉にではなく、圧力をかけるという言葉に対してだ。冷や
 汗が一滴流れる。しかも聞き流していたが、逃げるといったときは捕縛するといっていなかったか。

  ……生まれてきたことを後悔するじゃなくて、させる? マジか?

  タバコがちりちりと燃え行く中で完全に固まった翔太。八坂は遠慮ない視線をぶつけて言葉を
 織る。

「ソレは、なんだ?」

「ソレ?」

  恐ろしい世界から帰還した翔太は、思わず疑問に疑問で答えてしまう。ソレというのに該当する
 ものがなんなのかわからなかったからだ。

  八坂は未知の生物でも見つけた探険家のように目を彩らせ、ちょうど翔太の背後を指差している。

  自分の後ろに未知の生物が?

  そんなものいるわけ――――…前言撤回、UMA発見。

  まず目に入ったのは気高くすらあるプラチナブロンドの束と左右色違いの瞳。真紅と深海の彩色
 がまっすぐに翔太の瞳を捕らえて離させない。誰もが将来を期待してしまう顔立ちでもある。

  機械の義眼から少女が缶詰ヒーローなのではないかと数瞬間思ったが、感じられる熱と血が巡っ
 た頬が少女の人間性を示している。

  八坂の位置から見たならば、少女が全身を漆黒のドレス、それに伴う白いフリルを認められただ
 ろう。

  しかし顔が近い。距離にして二センチ。よくここまで気づかなかったと思う。雷鳴より鋭く訪れた
 奇怪な事態に驚いた翔太は。

「うらッ」

  強烈なヘッドバット。

  何故だ、と問われれば、そこにオデコがあったから、と答えただろう。

「……………正気か? 翔太……」

  心底軽蔑した、まるで野良犬でも見るような目付きで八坂が吐き捨てる。語幹に含まれた冷たさ
 が正気を取り戻させた。つまり先程までは正気を失っていたことになる。

「はっ、まずいッ! ついいつもの癖で」

「どんな癖だ……どんな…」

「いや、後ろに誰かが立ってたりするとつい頭突きをしたくなるんだよ、俺――」

「…お前は殺し屋か?」

  八坂は呟いて、ゆっくりと、顔を覆っている『少女』に近づいていった。

「ん?」

  翔太はどこかで視たような、視ていないような、軽いデジャヴに襲われた。

  否、確実に何処かで見たような気がする。しかもつい最近だ。

  そういえば、『ヴァルハラ』に来る前にあの少女とすれ違わなかったか? その時は無視したが、
 まさかここまで追いかけてきていたというのだろうか。

  あれこれ考えている間に、八坂が少女の肩に手を触れて、

「大丈夫か? あのお兄ちゃんが頭突きなんかするから、痛かっただろ?」

  と、まさにいおうとした刹那の出来事だった。

  ――パシン

  甲高い拒絶の音。八坂が差し出した右手は、突然反応した少女が打ち払うことによって空しく
 虚空に浮んでしまった。

  少女は即座に立ち上がると、トタトタと危なっかしく走り、再び翔太の背後に回りこんだ。そここそ
 が自分のいる場所だとでもいうように。

「なんだ……こいつ?」

  思わず疑問符を浮かべ、翔太は背後の少女に目を向けた。途端、少女は目を逸らしてあらぬ
 方向に注意を向け始めた。視線を少女から外すと、少女はにっこりと笑って翔太の周りをうろちょろ
 する。

  しかしどうやら少女の方から語りかけるつもりはないらしく、それにえもいわれぬ奇妙さを覚える。
 
  例えるなら、互いに違う話題を話しているのにその差異に気づいていないような。

「翔太、ちょっとその子に声をかけてみろ」

「は? なんで俺が、お前がやればいいだろ…」

「いいから、やってみろ。ただし抽象的な質問はするな、具体的に伝えるんだ」

  有無を言わさぬ口調からにじみ出ていたのは、事態を解析しようとする科学者然たる雰囲気だっ
 た。真剣に、正確になにか掴もうとしている。

「…日本語で? 言葉が通じないんじゃないかよ? 自慢するが俺は英語がすごく苦手だ」 

「お前の制服は見せ掛けか? TOY製のバイリンガルが渡されてるだろう。主要国の言語は全てカ
バーしてあるはずだ」

  いわれて、翔太は胸元にしまってあった筐体を制服の上から撫でた。確かに、多種多様な人種
 が訪れる缶詰ヒーロー専門店では店員全てにこれが渡される。

  半径一メートル以内で拾った言語を、オートで識別、会話している者同士を認識することで双方向
 同時に翻訳されることが可能な優れた製品である。これがあればどんな外人とでも話せるのだ。

「わかった、やればいいんだろ、やれば…」

  腕を組んで仁王立ちする八坂(下半身着ぐるみ)にいわれても少しも迫力は無かったが、翔太は
 しぶしぶ従うことにした。

  別に損をするわけではない。仮に、可能性は低いだろうが、この子が迷子ならば警察なりなんなり
 へ連れて行かなければならない。

  取り出した筐体の電源を入れて、話しかけてみる。

『おい、お前はどうしてここにいるんだ?』

  筐体から流れた音声は異なる言語となって溢れ出した。ディスプレイには、『Engilish』と表記され
 ている。

  次は少女の番である。だが、

『…おい、お前はどうしてここにいるんだ?』

  どういうわけか、少女は言葉をオウム返しするだけで質問には答えなかった。後ろで八坂がため
 息をつく。

「そうじゃない、翔太。もっと具体的に。そうだな…『買い物をしにヴァルハラに来たんだな?』。そう
聞いてくれ」

  注文の多い八坂に手を軽く上げて答え、翔太はやぶさかに質問する。

『お前は、買い物がしたくてヴァルハラに来たんだな?』

  質問後しばらく間が開いて、少女は首を動かした。横に。

『ううん。私はお買い物しに来ていな、い?』

  何故疑問系だ。

  背後の八坂はなにか答えを得たようにふむ、といっていたが翔太はこれがいったい何を意味し
 ているのかさっぱりわからない。

「…翔太、次はその子に触れてみてくれないか。さっきお前が頭突きしたところでいい」

「だからなんで俺が……」

「いいからやれ、もしさっきのでその子の頭蓋骨が陥没していたらどうする」

  さすがにそれは無いだろうと口に仕掛けたが、文句をいっても八坂は納得しまい。

  嫌々に、ゆっくりと手を伸ばす。その時、僅かな異変が生じた。それまでこちらなど全く注意していな
 かったような少女が、雷鳴に打たれたように、固く目を瞑って何かに耐えるそぶりを見せた。

  今にも逃げ出したいが、それをしたくない。少女の体が明白に告げていた。

  振るえは、翔太が手を近づける距離に比例して強まっている。何ゆえこちらが酷いことをしている
 気分になれなければいけないのか。全く理解できない。

「もういいぞ、翔太。その子に無理に触れなくていい」

  そういわれて、翔太はほっと手を引っ込めた。だが、誰より安心していたのは少女のようだ。

  胸元に手を当てて心臓を支えている。額には汗が、きっと冷や汗が流れ出ていた。

  安心しきったらしい少女は、今度は背後にではなく翔太の膝の上に乗っかってくる。満足そうに。
 それでもやはり触れられるのは嫌なようで、翔太は為されるがままに放置しておくしかなかった。

「おい八坂、これはいったいどういうことだ?」

「ああ、まあ、大体予想はついたが――」

  八坂は困ったように広告塔に目をやった。

  少女と同じように目線を合わせようとしない。

「翔太。まず間違いなくその子は、自閉症だ。質問に対するオウム返し、触られることへの嫌悪、
視線を合わせようとしない、全て自閉症の症状に一致する」

  矢継ぎ早に述べられた驚愕の事実。

  なのだろうが、翔太は大して驚きはしなかった。不安が確定に変わり、『ああ、そんなところだろう
 と思っていた』という認識へ移行する。

  詳しい知識を持っている八坂に賞賛こそ思うが、それは決して、

「お前にしては意外だな、驚かないのか?」

「『うわぁ、ほんとかよっ』ってか? だけどまぁ、特別に驚くようなことでもないだろ。こいつに対する
認識欄に一つ項目が増えて、疑問が大幅に解消されただけだ」

  むしろそちらの方が納得しがいがある。重大視するようなことでもあるまい。それは翔太の
 持論だった。

  八坂はなんとも不思議な目で一瞬だけこちらを見ていたが、広告塔に設置された巨大テレヴィ
 ジョンに目をやったままで言葉を紡ぎ始めた。

「その子の名前はエウリュアリ、ギリシャ人らしいな。父親がフランス系日本人、母親が生粋のギリ
シャ人なんだそうだ。おお、これはお前も驚くかもな」

  何、と口を挟む暇も無く八坂は言葉を繰り出した。まるでこの少女の過去も未来も見通したよ
 うな言い草だ。

  まるで、超能力者のように。全てを見透かす予言者のように。日本の長は宣言する。

「その子は、ギリシャのチーム<バルバロイ>の長らしい」

  バルバロイ、翔太とて聞きなじみがないわけではない。

  あの現実にありえるのかと言う頭痛に見舞われたあの日。戦闘直前に赤毛の男は、自分はバル
 バロイの幹部なのだと偉そうに胸を張っていた気がする。

  こんな幼い少女が、そのバルバロイの長だというのか。

  いやそれ以前に、

「おい、おいおいおい。待てよ。なんでお前がそんなこと知ってるんだ? おかしいだろ?」

「それは何故だ?」

  ぞっとするほど冷たい笑みを浮かべて、八坂は視線をこちらに戻した。それだけで周囲の温度が
 四度は下がった錯覚が襲ってくる。

「んなことわかってるだろ? 俺たちはこいつに今あったばっかりだ、それともお前は前にこいつと会っ
たことがあるのか?」

「いや、オオナムチでもこんな少女があのバルバロイの長だとはわからなかった。とにかく徹底した
規則があるらしくてな、普通は長の名前と顔は公表するものだがバルバロイだけは違う。秘匿主義を
貫いていた」

「ほらみろ、お前は当てずっぽうにいっただけだろ? こいつがギリシャ人だって言うのも怪しいな。
超能力者でもない限りわかるわけがない」 

「そうだ。秘密にしていたが、俺は超能力者なんだよ、翔太」

  時間が止まる。
  
「はい?」

  妙に自信満々な八坂が、見るものに畏怖と尊敬を強制させる雰囲気を纏い始めた。八坂の本来
 とでもいうべき状態、日本の王。

  この空間だけが隔絶された謁見の間になる。八坂は目を細め、ただ淡々としていた。

「俺の家は代々超能力者が多い家系だ。それも一つの能力ではなく、およそ存在する全ての能力を
有する者たちばかりだったらしい。『八坂』という姓も八が意味する"無数"と坂の"境"とが合一され、
"無数を有する境界の一族"という意味から『八坂』という姓を時の帝から承ったほどだ。そんな家系に
生まれた俺が、どうして超能力を持たないと言い切れる?」

  超能力。実に馬鹿馬鹿しい。

  世の中にそんな事象が存在するはずない。翔太はずっとそう思い続けていた、それは今でも変わ
 らない。

  しかし、それでも、八坂が放つ圧倒的な自負はなんだ。とてもじゃないが冗談とは…。

「冗談だ」

  八坂、突然のカミングアウト。

  情緒もへったくれもなかった。

「……あ?」

「だから冗談だ。そんな深刻そうに『うわ、コイツ痛ぇ』って顔をされると俺もさすがに気分が悪い」

  そんな顔をしていたのだろうか。なるほど、意識してみると自分が訝しげに眉をひそめていたことが
 わかる。

  正確にいうならば、『なんだこの変人異常者は? とりあえず黄色い救急車でも呼んどくか』みた
 いな顔である。

  少しでも信じかけた自分だが、体のほうはそうでなかったらしい。

「わかったわかった、冗談な…。でもそれならどうしてコイツのことがわかったんだ? やっぱり当てず
っぽうか?」

  膝に乗っかる少女を見ると、楽しそうにクルクル回っていた。

  膝の上で、よくもまあ器用に。

「それはほら、あれだ。あれが俺の超能力もどきのタネだな」

  八坂があごで翔太の視線をリードする。眼で追うと、タネというにはあまりにお粗末な仕掛けだと
 気づいた。

  それに気づけなかった自分も相当鈍い。

  なるほど、あれは、

「わかりやすいな、確かに…」

  広告塔の巨大テレヴィジョンには、緊急ニュースというテロップが流れて、不倫が噂される女性
 ニュースキャスターが渡された原稿を読み上げている。

  同時に映されているのは、膝の上の少女、エウリュアリの写真だ。

  エウリュアリは翔太の膝の上で回転を続ける。クルクルクルクルと、何も辛いことなどないように、
 映像に自分の父親が心配している姿が映っているというのに、少女の視線はそちらにいかない。

  自分が報じられているとは気づいていないかのような、いや、事実気づいていないのだろう。

「どうする翔太、その子の正体はもうわかったわけだが。俺にはどうしてお前がそこまで懐かれてい
るのかわからない。心当たりは?」

  首を傾げる八坂だが、そんなものは、

「ねぇよ」

「……そうか…」

  たった一言だが八坂は納得してくれたようだった。

  以降八坂と話したのは、エウリュアリの処遇である。ようはこの子は迷子なわけである。ならば
 することも決まっていた。

  幸いにも広告塔には連絡用の電話番号も表示されている。

  翔太は携帯に番号を打ち込んだ。








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