缶詰ヒーロー













          42缶詰ナリ *  【Good-bye,ordinary days】









  朝、朝、朝、朝。

  実に清々しく、心地よい空気が汚れた肺一杯に満ちるような、それほどの朝。

  君香とのデートから既に三日、彼が大学にいく準備を整えているまさにその時、異変は起こった。

「これはあれか――…新手の小包爆弾かボツリヌス菌入りバイオテロの類なのか?」

  ボロボロの郵便受けに入っていたたった一つの小包を取り出し、その外見の異様さに翔太は首
 を傾げた。

  というか引いた。

  全て金色の包み、パンパンに膨れ上がった小包。差出人は、不明。

  これで疑うなというほうが無理である。もし無邪気に開ける奴がいるとしたなら、余程お人好しか、
 それとも馬鹿か。

「恋文? 恋文か? 恋文、ん? いやぁ、参った。まさかおぬしがこれほどモテるとはな、きっとその
小包には何十という女子たちの思いが赤も裸々に綴られておるぞ」

「恋文〜? あ、俗に言う〜ラブレターだね〜? フランス語でレットル・ダムール〜」

  勝手に後ろから除き見ていたキリイとタマゴ。

「むむ、さすがに博識だな。どれ、私も一つ。窓ガラスを掃除するときは、古新聞を少し濡らして拭く
のだ。そうすると、新聞紙のインクがツヤ出しもしてくれるというまさに一石二鳥」

「へぇ〜博識〜。なら僕ももう一つ〜。『刹那』っていうのは〜七十五分の一秒のことなんだよ〜〜」

「ほぉ! タマゴもやりおる、ならば私ももう一つ……」

「黙れ薄識ども」

  翔太がガン付けで殺さんばかりに睨むと、惜しまれつつ豆知識披露大会は幕を閉じた。

  が、キリイたちが黙っているはずもなく。

「ふん、相変わらず度量の狭い男だな。大方その小包には呪いの藁人形が入っているに違いない」

「うらまれること〜たっっっっっくさんしてそうだもんね〜〜〜」

「残念ながら、呪い程度では死にそうもないがな……」

  しみじみと、腕を組んで納得する二体。

  もう一度翔太がガン付け。その視線には『おまえらスクラップ場へ行きたいのか?』というニュア
 ンスが暗に含まれている。

「……きょうは〜すごくいい〜〜天気〜〜」

「…うむうむ。こういう日は外に出て遊ぶに限る」

  と、キリイとタマゴはまるで何も見ていなかったようにもと居た場所へ戻って世間話を始めた。

  なんとも現金だが、とりあえずうざかったからよし。

  それよりも大事なことがある。翔太は問題に眼を向けた。

「しかし、これは……」

  入念に、厳重にチェックを怠らない。命が懸かっているのだ。

  小包を開けると、そこは天国だった、なんていう事態はどうあっても勘弁したい。まだやりたいこと
 がいろいろ残っている。

  豪華な生活とか豪勢な生活とか優雅な生活とか甘美な生活とか耽美な生活とか、全部今の状況
 と逆だというだけだが。

  深呼吸して、やがて決心する――。

  直前で、その前に一応小包に耳を近づけてみた。秒針の音は聞こえない、少なくとも時限式では
 ないようだ。

  だが油断はできない。世の中には傾けただけで内部のバランサーが動き、火薬と反応して爆発
 するタイプもあるのだ。

  少なくともこんな物騒な物を人間である自分が開けるのは間違っている気がする。

「あ〜あ、これ一体なにが入ってるんだろうな? かなり気になるけど、俺はもう大学に行く時間だし、
誰かが代わり見といてくれないかな〜?」

  狭い部屋だ。普通の声でも居間まで確実に届く。小包を慎重に扱いながらも、翔太の作戦は始まっ
 ていた。

  事実、それまで話を聞かないフリしていただろうタマゴとキリイのボディが瞬時硬直してソワソワし
 始めている。

  キリイたちの何気ない会話も、どんどんちぐはぐになって意味がさっぱりわからなくなっていた。

  ――気になるのか、かかったな…

  翔太は勝利を確信した。後はチェックメイトを宣言するだけだ。

「うわ、やばいな。もう時間が間に合わねぇよ、こうなったらこの小包を開けるのは俺が帰ってきてか
らか、な〜〜〜?」

  そういって靴を履き、薄汚れたアパートのドアノブを捻った。小包は横に置き、当然のように大学
 へ向こうとした刹那(七十五分の一秒)。

「ま、待てぃっ!」

  耐え切れなくなったキリイが呼び止める。

  ガッツポーズを取りたくなる右手を意思の力で押さえつけ、こみ上げる笑いが出ないように、翔太
 は勤めてぶっきらぼうにいった。

「な、なんだよ……くく…」

  失敗。

  だが、見てはいけないもの、気になる中身が見たい欲望に打ち克てなかったキリイがそんな動作
 に気づくはずが無く。

「なんなら、親切なこの私が代わりに見てやっても……よいのだぞ?」

  こちらもなるべく興味がなさそうに振舞っているが、爛々と輝く瞳に好奇心が満ち溢れてモロバレ
 である。

「ぼくも〜見てあげてもいいよ〜〜〜」

  おずおずと、楕円形の物体まで手を挙げた。

  魚が二匹、ぱっくりと餌に食いついた瞬間。そう、大事なのはここからだ。下手な扱いでは、餌だけ
 が食いちぎられてしまう。

「そうか、そこまでしてお前らが見てくれるって言うんなら見せてやらんでもない。ただし、一つ条件が
ある」

「なんだ、ま、まさか! 私のこの傾城傾国優美端麗超絶な体をぉグァッ……!」

  途中で言い切れなくなり舌を噛んだキリイを、翔太は一目もくれずスルー。

  わりと酷い扱いだった。

「俺が部屋を出て行ってから、最低でも十分間は小包を開けるな。約束だぞ?」

  代わりに、タマゴに視線を合わせてしゃがむ。謎の条件にタマゴは疑問符をキレイに浮かべていた。

「? なんで〜十分〜〜?」

「理由は聞くな。野暮だろ?」

  自分でも分けがわからず、いや実際意味がさっぱり分からなかったが、タマゴの肩(らしき部分)
 に手を置いて親指を上に立てた。

  その自身満々なところが妙な説得力を持っていたらしい。

「わかった〜〜、絶対〜開けない〜〜」

  なんと健気だろうか。約束を守るためにタマゴは堅く首肯した。

  こんな純粋な姿を見せ付けられたなら大半の人間は『ああ、俺ってなんて悪いことを』なんて思う
 かもしれないが。

  翔太は『これでとりあえず俺の命は安全だな』なんて素で考えていた。

「む、むぅ、おぬしら何時の間にそんなに仲良くなっていた? 私だけ除け者ではないか…」

  この光景が仲良く見えたというのなら、キリイの眼もだいぶ曇っているようだが、安堵する翔太の
 顔が菩薩のように優しかったから仕方がないのかもしれない。

「それじゃあ、俺はいってくる。いいか、十分だぞ? ……信じてるぜ」

  そういって、翔太はドアを開けて閉める。

  と同時に全速力でアパートから駆け出した。それはもう、人生で一番速く走ったに違いない速度で。

  もしアレが爆弾だったなら、十分で走れるだけの距離を走れば被害は自分まで及ばない。ガラス
 の欠片だって飛んでこないだろう。

  もしアレがバイオテロの類なら、十分走れば感染する可能性は限り無く低くなる。その間に消防
 なり警察なりに電話もできる。

  一人で逃げる前に他の人たちにも避難させろよ、とユウキあたりがいたらツッコミそうだが、如何
 せん翔太の中でその選択肢は存在していなかった。

  誰だって、追い詰められればそんなモンである。

  ――三十分後

  大分離れた距離から見ていてもキノコ雲一つ上がらなかったし、TだがGだかの変なウィルスに
 侵されてゾンビになった人間が現れるわけでもなし。

  翔太は確認のためにアパートへの帰路を辿っていた。というか自室の前に立っていた。

  良心の問題以前に、やはり小包の中身が気になるのだ。部屋は外から見た限りではこれといった
 異常はない。

  しかし、ドアを開けた瞬間にウィルスが漏れ出したら? 懸念は消えない。

「…くっ、ままよ!」

  あらん限りにドアノブを捻って開ける。

  これが彼の一生涯まで大きく捻じ曲げるとは、まさか思いもしなかった。

  ドアを開くと、そこはいつも通りの我が領地。

  やはりというべきか、翔太が予想していたようにプシューという音と共に白い煙は漂って来なかっ
 た。

  代わりにいたのは、居間のテーブルで座るキリイとタマゴ。そして、胸から上だけしかない女性の
 姿だった。

  一瞬、幽霊かと見間違えた翔太だが、眼を凝らすとそれは違うと理解できた。

  テーブルの上にはブルーレイディスクドライブと、ホログラム投影装置。胸像の女性がいるのは、
 つまりそういうことだった。小包に入っていたのがそれだろう。

  音声解説もついていたようだが、翔太が目撃して間もなく映像が終了する。

  ぽつねんと残ったのは眼を爛々と輝かせるキリイとタマゴ。いや正しくは、羨ましそうな眼でキリイ
 を見るタマゴと、楽しそうに武士の顔へ転じているキリイ。

  この場面だけ見てもさっぱり理解できない。

「ふふふ、まさに私の時代が来たというわけか……これを機にファンクラブなんぞができるかもしれん」

「いいな〜、僕も出たいな〜〜〜、いいな〜〜」

  この会話を聞いてもさっぱり理解できない。

「おい、いったい何の話だ?」

  世界に入り浸っている二体へ話しかけると、今までまったく気づいていなかったように眼を見開
 いた。事実、気づいていなかったのだろう。

  キリイがタマゴより先にこちらに眼を向け、首を傾げた。

「おお、おぬしか。先ほど、大学へ行ったのではなかったのか? 忘れ物でも?」

「まぁ、そんなところだが……なんでそんなことを聞くんだよ?」

「ん、いや、そうか。それならいいのだ。ただ、おぬしが先ほどの小包を爆弾かなにかだと勘違いして
外に逃げたはいいが、何もなかったから気になって戻ってきた、みたいな顔をしていたのでな」

「…………」

「いやぁ、疑って悪かった」

  かなり鋭かった。

「そ、それよりだ…お前らは一体何を見てたんだ? それ、さっきの小包に入ってたんだろ?」

「ん〜〜これ〜〜〜?」

  指差すと、タマゴは何故か得意げだった。たしかそれは翔太宛てに届いたのであって、何故
 タマゴが得意そうなのは疑問だったが。

「まぁ、見たほうが早かろう。ほれ」

  キリイがスイッチを押すと、ドライブが低い唸りを発生させる。

  数秒の間が空いた後、翔太が一瞬だけ目撃したホログラムが浮かび上がった。

  実際の人物をモデルとして収録したようで、映像がいかにも人間らしく微笑む。軽い説明と挨拶。

『こちらは、株式会社「TOY」からの連絡となっております。なお、これから説明されることは…』

「TOYから?」

  全く心当たりがない翔太は、映像の胡散臭さに途端不機嫌になった。

  どこか翔太の中では、自分が借金を背負うのは缶詰ヒーローのせいな気がして、その会社でも
 ある『TOY』に不信感を抱いている。

  もちろんそれは自分勝手なものだ。

  翔太は憮然と腕を組んで佇む。いつでも来いという意思が伝わったのか、全く同時に音声が流れ
 始める。

  ――不幸を告げるラッパが。

『お知らせの点は二つ。このディスクが届けられた貴方さまは栄えある第一回・グラディエイト世界
大会≪Ad Maiorem Dei Gloriamアド・マイオーレム・ディ・グローリアム≫への参加義務を与えられました』

  ……。

  …。

「…世界……なに?」

  いうが早いか、ホログラムが人型から画像ファイルへと変換され、なにやら闘技場のようなモノ
 が投影される。

『通常のグラディエイト会場の二倍以上のリングと、その集客数を誇る闘技場。優勝した御方は
このリングの中央エンブレムへ名が刻まれます。大会はトーナメント方式となっており、また予選と
決勝に分かれます』

「??? ……………ちょ、ちょっと待て……」

『世界中から集められる勇士、いまだ見ぬヒーローたちが総勢五百名を超え、消化予定は七月から
九月下旬までの約二月を要します』

「………頼む…頼むからもっとゆっくり……」

  思考が追いつく前に、懇願などプログラムだから一切合切無視して音声が流れる。

  翔太にとってそれは地獄のマーチでしかない。

『細かな説明は同梱のプログラム表に記入されております。参加の前に、よくご覧くださいませ』

  ようやく、そこで、なんとか、翔太の頭脳がこれまでの言語列を解凍し始めた。

「おちつけ、おちつけ俺……」

  整理。

  何かの間違いということはないだろうかと、先ほどの小包を確認する。宛名・石若翔太。住所も
 間違いなくここ。近隣に同じ名字はない。

  送り間違いの線は消える。

  だが間違いではあるはずだと、翔太はあらゆるパターンを考えた。

  TOYの不備。偶然住所がここに書き間違えられた。これは冗談だ。というか悪夢。よし、なら夢
 から醒めればいいんだ。

  早く起きろ、俺。

  と、考えたのだが。

「何時までも妄想にしがみ付くな、諦めよ。それに、楽しそうではないか」

  ポン、とキリイが優しく肩に手を置いてきたりするものだからより現実感が増す。

  いよいよこれは悪夢ではないのだと。

  そして、ふっ、と三日前の会話が頭を過ぎる。それはバイトの同僚と、インドアーリア系の女性が
 話したことだった。

  『近いうちにもっとふさわしい舞台があるだろう? それで決着をつける』。『"アレ"で? 確かにい
 い、けれど"アレ"は招待状が無ければ無理だ。しかも勝ち残らなければ…』

  アレ。

  前後の状況からも間違いなくこれだと悟る。

「なんで俺なんかに………」

  頭を抱えてうずくまる。

「うむ、それはきっとおぬしというよりも、この私に届いたのであろうな。TOYも眼が高い、この最強の
美しさを備えた私に目を付けるとは。それでも遅すぎた感が否めないが」

  キリイの戯言に答えるほどの気力は、もう翔太の内部にこれっぽっちも残っていない。

  玩具の世界大会に出るというのは翔太にとって単なる辱めでしかなく、嬉しくて舞い踊ることは
 絶対に有り得ない。

  誰がなんといおうと、皆がどれだけ羨望しようと、缶詰ヒーローを持っているというだけでかなり
 恥ずかしいというのに、世界大会、グラディエイト。

  世界規模で放映されるとなると、もう拷問を通り越して殺戮である。

  なにが、と聞かれても本人はそれどころではないから答えられないが。

  苦悶の表情を浮かべる翔太だが、ハッとそこに救いの光明を見出したように顔が明るくなる。

「そうだ、何もこれが送られてきたからって従わなくてもいいよな。よし、なら棄け…」

「「それは無理」」

  タマゴとキリイが、二人そろって翔太の希望を放り投げた。とても遠くへ。

  キリイがちょいちょい、と人差し指をホログラム映像へ向けた。どうやら翔太が凹んでいる間も
 ずっとしゃべり続けていたらしく、映像がどんどん変わっていく。

  そして、

『なお、これは参加権利ではなく、参加"義務"でありますので、お間違いがないよう。万一棄権、
及び不参加いたしますならキャンセル料として数百から数千万円の賠償を請求します』

  並みのマルチ商法なんか、足元にも及ばない。

  騙されて登録したわけでもないのに、キャンセルは不可能。クーリングオフもなし。

  法律が黙っていないだろうが、例外なき法律はない。

  『TOY』がこういう条件を出すということは、それこそ法律ごと黙らせたのだろう。公共の福祉、
 公共の利益。TOYが行うこのイベントの収益は莫大になる。

  要は、国家公認の詐欺みたいなモノだった。

  こういうとき、個人がどうあがいても所詮は個人でしかない。

「は、ははは……」

  絶望しきった人だけが出せる笑い声が、アパートの薄い壁を越えてゆく。

  さながらこれは空疎な悪夢。

  とりあえず今日は、大学をサボろうと、翔太は思った。












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