缶詰ヒーロー











          35缶詰ナリ *  【Cu Chulainn】









「いくら視線が痛かったとはいえ、観覧車なんかに乗ったのが失敗だったな…」

  目の前で遠い世界へ旅立っている君香を一瞥して、翔太はがっくりと暗い影を地の底まで落した。

「えへへ……手をつないじゃったよ………」

  君香は幸せな笑みを浮かべて頬を押さえている。

  観覧車から降りること十数分。生き地獄から生還した翔太がベンチに腰を降ろしてからというもの、
 君香はずっとこの調子だった。

  いつまたあの頭痛が襲ってくるかとビクビクしていた翔太とは反対に、観覧車に乗ってからも君香は
 手を離そうとはせず顔を赤らめたまま黙っていた、のはもう別によい。

  問題は先刻から反応がない君香のせいで、またもや周囲の視線を集めていることだ。これでは逃れた
 意味が無い。

  翔太は背もたれに腕ごと回して寄りかかり、やけに大勢いる人々から逃れるように、

「夕方から雨が降りそうだなぁ、傘持ってきてねぇけど、どこかで買えばいいか」

  遠くに立ち込める暗雲を見て、呑気に呟いてみたりする。君香が向こう側から帰ってくるまでしばし
 時間も必要そうだった。

  翔太はもう諦めていた。どこに行っても目立つ人間というものがある。そんな人種とテーマパークに
 来た以上はさらし者になることは必然とふんぎるしかなかった。

  さらに強くなったユウキに対する復讐心を胸に、片目だけ閉じて、そのまま頭もいっしょにベンチに乗
 せる。

  反転した視界には腰ほどの高さに揃えられた木立が茂ってた。

  ―――ガサガサっ

「? …」

  視界の端で、風も無いのに木立の一本が大きく揺れた。よく見ようと起き上がり、ベンチから身を乗り
 出しながら目を凝らす…

  ―――ガサガサガサッ!

  …までもなかった。

  ちょうど翔太から見て右側に、こんもりとした"ソレ"があった。

  "ソレ"はどこで中途半端なサバイバル技術を身につけたのだろう。

  頭にハチマキを巻くことで木の枝を支え、体全体に枝葉をマントよろしく着けているのは基本的なカモ
 フラージュなのだが、いささか頭が足りないのかもしれない。

  "ソレ"が迷彩用に着けている木の枝は、クリスマスツリーに使われるような加工済みの枯れ木だった。

  これで探すなというのが土台無理な話である。

「これはおいしい、あまりにおいしすぎる展開だ…ツッコミを入れるべきか?」

  さすがの翔太も躊躇いを隠せない。何故なら"ソレ"、いや、隠れたつもりだろうアホな『缶詰ヒーロー』
 はあまりに自信に満ちていた。

  まさかタマゴかキリイのどちらかだろうかとも思ったが、それにしては随分とデカイ図体である。

  ばれていないつもりなのだろうが、爛々と輝く電子眼はこちらを見詰めて逸らそうともしていない。

  翔太は瞬間迷い、

「ほっ」

  近くに捨てられていた空き缶を投げてみた。

  なだらかな弧を描いて、目立つ対象にぶつかる。

「ぐっ」

  ガサガサと音を立てて、ソレは明らかに身悶えした。

「おい、思いっきりばれているからさっさと出てこい。あと五秒な」

  何を思ったのか、ソレはハッとなにかに気づいたように背後を振り返った。周囲を探すように目を
 凝らしているらしい。

  やがて五秒が経過すると、ソレは安堵のため息をついて肩を撫で下ろした。

「なんだ…誰もいないじゃないか……」

「いや、違う違う。お前だよ」

  指で差してやると、目を見開いて驚いている。まるで見つけられたことが信じられないといいた
 げだ。

  観念したように立ち上がったソレは、翔太と同程度の身長を持つ、やはり缶詰ヒーローだった。

  一見すると優男という風情だが、広い肩幅と体の所々を覆う強化装甲による鎧が戦士であると明言
 する。どこに隠していたのか、腕には淡い朱色の布で巻きつけられた長い棒を持っていた。

  さらに体の間接部に目立つ溝が彼を人間ではないと証明している。

  彼こと缶詰ヒーローは遠い目つきで翔太を一瞥すると、
  
「俺の"超自然一体化変装秘奥儀"が見破られるとは…俺もまだまだか……」

「しかも、ネーミングセンスは最悪だといわざるをえないな。ここの館長に勝るとも劣らないぞ」

  これに血相を変えたのは件の缶詰ヒーローだった。どうやらここのネーミングセンスの悪さには気づ
 いているらしい。

「う、嘘だ! いくらなんでもそれほど悪くないッ」

「俺のいったことが嘘なら世の中の大半は嘘だな」

「そ、そ、そこまでいうならっ。君は俺にネーミングセンスは皆無だと断言できるのかっ!?」

  枝を揺らしながら必死の剣幕で迫る缶詰ヒーローだったが、翔太は別段臆した様子も無く、

「なんかよくわからんが、百パーセントできるぞ」

「くっ、馬鹿な…。マスター、世界はまだまだ広い…」

  常人では着いていき辛いハイテンション。地に膝を着いて顔をしかめる缶詰ヒーローに対しての
 評価は、

  ―――新手のアホ発見

  であった。どこから見てもアホそのものなので間違いない。

「あ、あれれ? どうしてフリンがここにいるのっ?」

  長い長い旅路の果てに、ようやく現世に帰ってきた君香が背後からやや引きつった声を上げる。

「不倫?」

  翔太の脳裏に昼のメロドラマがフラッシュバック。

「そ、そうじゃなくて! フリンッ! ク・フリンっていう名前なのっ。それに翔太くん、そのギャグ全然
おもしろくないよッ!」

「…そうか…おもしろくないか……」

  全力で否定されてしまい、翔太の胸に悲しみが到来した。そんな様子に気づくはずも無く、君香は
 思案気に指をあごに添える。

「私の持ってる『缶詰ヒーロー』なんだけどね…どうしてここにいるんだろう?」

  初めこそ慌てていた君香だったが、自分の所持ヒーローがこんなところにいることが君香にすら
 わからないらしい。

  思えば、君香と出会うきっかけともなったヴァルハラでの大会で君香も出場者として来ていたはず
 だった。缶詰ヒーローを持っているのも不思議ではない。

  君香の疑問に対してもク・フリンはそ知らぬ顔を装って、

「おお、マスター君香じゃないか! こんなところで会えるとは実に奇遇だ。いや、ほんと。戦いの神
モリグーに感謝しなくてはいけないな」

  とはいうものの、フリンと呼ばれた缶詰ヒーローは動揺を隠せていない。

  行動にも顕著に現れていて、大げさな動きで体に張り付いている枝葉がバッサバッサと落ちていく。

  なんとか言葉の暴力から立ち直り、正気を取り戻した翔太は君香の耳元に口を寄せると、

「いや、こいつどうも俺たちをつけてたらしい。さっきこっちを覗いてたぞ」

「……ほんと、フリン?」

  大事な時間を侵害された怒りのせいか、今まで見たことが無いほど恐ろしいメドゥーサもかくや
 な目つきでフリンを睨む君香。

  それはもう、夢に出てきそうなくらいに。

「どうなの…?」

  沈黙。

「の、覗いておりました」

  迫力に負けたせいかあっさりと土下座してク・フリンは謝っていた。翔太の見間違いでなければ、
 体が小刻みに震えている。

(……マジでか?)

  缶詰ヒーローとはいえ大の男を震え上がらせる隣の美女を見て、知らず一歩退く。

「どうして覗いてたりしたのか、教えて欲しいな?」

「はぅ! そ、それは……ぐ、偶然………」

  ク・フリンは答えない。のどを詰まらせ、必死に言葉を出させまいとしていた、が、

「フリン。まさか私に"嘘はつかない"よね?」

「滅相もないッ! 誓約ゲッシュによって絶対にッ!」

  いって、ハッとしたようにフリンは口を押さえたがもう遅い。君香は微笑みながら、ゆっくりと、

「なら、話せるよね?」

  悪魔の手を差し伸べた。

  ク・フリンが泣きそうな顔でこちらを見る。捨て犬が川に流されているような光景に、翔太は激しく
 葛藤した。

  それは、恐怖との戦い。通常の時間にして一秒に満たなかっただろう。

  翔太は口だけを開き、フリンに向かって声を出すことなくいった。

(ハ・ナ・ス・シ・カ・ナ・イ)

「!!!」

  死刑宣告を受けたようにフリンの体が硬直する。翔太としては自分の身に災厄の火の粉が降り
 かからなければそれでよいのだった。

  十三階段を昇り終えた死刑囚さながら、フリンは首をうな垂れる。身振り手振りを使って滔々と
 話し始めた。

  朝、君香が随分めかしこんでいたから、気になって後を追いかけたこと。テーマパークの前で男と
 待ち合わせていたのでこれはどんな男か見定めなければならないと決意したこと。

  外出は趣味でないから、今までどんな行事でも君香についていかなかったが、こればかりははず
 せないと思ったらしい。

  さらに、観覧車に乗った二人を遠くからズームして観察したこと。あとちょっとでチャンスをモノにでき
 たのに、行動を起こさない君香に歯噛みしていたことすらフリンは語った。

「へぇ。そうだったんだ…」

  微笑んでこそいるものの、君香の目がすごく怖い。

  戦車砲の一撃すらものともしない装甲に突き刺さる君香の視線には、如何な『缶詰ヒーロー』であ
 ろうとダメージを隠せないようだ。

「お、おい君香…そろそろ許してやってもいいんじゃないか?」

  自分でけしかけたとはいえ、翔太としてもフリンが可哀想に思えてきた。

「……翔太くんがそういうなら…」

  それでも口惜しそうにフリンを一瞥したが、君香はなんとか許してあげたようだ。

  フリンもあからさまに安堵のため息をついて、ようやく立ち上がる。危なかった、と呟いて頭を下げ
 てくる。

「いや、本当に、本当に助かった。君のフォローが無ければいまごろもっとひどい目に……」

「気にするな。俺は一度お前を見捨てたんだ……」

  助けを求めるフリンの、子犬の目がすぐさま思い出される。だが、フリンは首をゆっくりと左右に
 振った。

「いいや、いいやッ。恐怖に足が竦むのは誰にでもあること。最終的にそこから一歩踏み出せるかどう
かが一番重要だろう」

  奇妙な友情が生まれつつある翔太とフリンなのだが、二人をつなごうとする絆が恐怖というのも
 なんだかいただけない。

  すると。

  なにかに気づいたようにフリンは翔太をじろじろと見詰め、

「先ほどマスターがおっしゃった…君が翔太、石若 翔太なんだな?」

「? ああ、そうだ」

「道理でなかなかいい面構えをしているわけか。俺も資料を見させてもらったことがあるが、よくアレ
から生き……」

「あ、ねえねえ翔太くん! あれ見てよッ!」

  何か大事なことをいいそうだったク・フリンの言葉をかき消して、君香が叫んだ。

  振り返ると、君香が指差す方角から大きな音が聞こえてきた。花火とファンファーレが撒き散らさ
 れ、大きな歓喜が渦巻いている気がする。

  君香はそちらが気になるらしく、そわそわと体を揺らしている。

「なんだあれ? パレードにしちゃあ時間が早すぎるし、妙に派手だな」

  首を傾げていると、横からフリンが意外そうに顔をしかめて、

「えっ、存知ていなかったのか? あの方向にはグラディエイト特設会場があって、今日は記念すべき
SSリーグ最終決戦じゃないか」 

「………すまん、もう一回いってくれ」

「えっ、存知ていなかったのか? あの方向にはグラディエイト特設会場があって、今日は記念すべき
SSリーグ最終決戦じゃないか」

「………すまん、おれの言い方が悪かった。じゃあ聞くが、あそこにあるのはグラディエイトの会場な
んだな?」

  フリンは律儀に頷く。

「ああ。今日は今年行われるSSリーグの最終戦で、アマテラス対シヴァの頂上決戦がここで行われる
のだが…翔太殿は本当に知らなかったみたいだな。いまどき珍しい」

「ああ、知っていたら…」

  来なかっただろう。どんな手段を使ったとしても。

  君香はというと、申し訳なさそうに指を遊ばせている。ばつは悪いのだろうが、どこか嬉しそうだ。

「あのね、翔太くん……」

「いや、いい、その先はいいから黙ってアトラクションを見て回るぞ。ほらアレ見てみろ、よれよれに
なって出てくる客ばっかりだ。よほど恐ろしい目にあったんだな」

  しかし逃げられないことは翔太が一番わかっているのだ。

  逃れようとしても無駄なことを悟り、いくら翔太でも観念するしかなかった。ただ己が不運を嘆く
 のみである。

「わかった、わかったよ…行くんだろ? どうせチケットもあるんだろうが……」

「うんっ」

  はにかみながら、君香はバッグからそっと二枚のゴールドチケットを取り出した。

  また一段と強くなったユウキへの思いをそっと胸の奥にしまいこみ、翔太はふらふらと危ない
 足取りで音がするほうへ歩き出した。

  君香とフリンも後から追いかけてくる。

  こうして翔太は見事に君香の術中へはまったわけだが。これだけならまだましだった、と後で
 後悔したことを忘れない。

  海上に作られた僅かに揺れる大地の上で、人々は大蛇の如き列を作って会場に飲み込まれて
 いく。

  会場の入り口へ差し掛かった折、今日のメインイベントを飾る両選手が専用の運搬トラックから
 降りてきた。

  バイト仲間である八坂 照雅にしか見えなかったのは翔太の目が悪くなったわけではない。


  








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