缶詰ヒーロー











       32缶詰ナリ *  【My Lord】









「そ、それじゃあ私の勘違いだったんだ……ご、ごめんなさい…」

「だから、そういってただろ。まあ、俺も悪いことをしたと思ってる」

  眼一杯の光を取り入れた選手控え室の一角で、翔太と君香は長椅子に隣あって座っていた。

  ちょうど、翔太が今日の経緯について主観を交えずに伝えた所である。若干は自己弁護もあった
 かもしれないが、君香の誤解を解くには十分だったらしい。

  ほっ、と一息つく。

(は?)

  心底安心している自分を確認して、翔太は内心首を傾げた。

  誤解が解けたことに安堵している自分を確認する。苦手な君香になどどう思われても構わない、と
 いう気持ちがあったはずなのに、それがない。自分にすらわからない謎だった。

「あの、翔太くん……」

「ん?」

  ふと、聞き逃してしまうくらい細く聞こえた声に、翔太は戸惑いすら中断して耳を傾けた。

  それほど、君香の声には力がなかった。下げた目線は叱られる前の子供みたいに痛々しい。

「なにか、その……私にいうことはあるかな…?」

  恐怖と躊躇、そして僅かな期待が込められた問いかけだった。だが、翔太には心当たりがない。

  今回のことなら心の底から謝っているので、これといっていうことなど無いはずなのだ。

  強いていうなら君香を追いかけた際に襲ってきた頭痛だったが、あれが直接君香に関係している
 ものだとは限らない。

「いや、特にないと思うぞ」

「そ、う…だよね」

  落胆したように肩を落す君香だったが、吐いたため息には明らかな安堵の意が詰め込まれていた。

  ―――いったいどうしたというのか。

  と、翔太が疑問を感じて顔をしかめると、ハッとした様子で君香が立ち上がり手を伸ばしてきた。額に
 ひんやりと冷たい感触が当てられる。

「熱は、もう大丈夫みたいだね。でも、早く帰って休んだほうがいいよ、今日は本当にいろんなことがあっ
たから」 

  しかめた顔が苦痛のためだと思ったのだろう。一瞬の落胆など見間違いであったかの如く振舞う君香。

  そっと手のひらが額に押し当てらた翔太は、手のひらが冷たい人間は心が暖かいらしい、という話を
 漠然と思い出していた。

  それにしても、近い。さもすればキス直前かと勘違いされそうなほどの距離に君香の顔があった。

  純粋に心配してくれる瞳が若干濡れていることや、鼻を刺さない優しい香水の香り、薄く塗ったルー
 ジュまではっきりわかる距離だ。

  眼のやり場に困り、あらぬ方向ばかり見ていた翔太の視線がこの至近距離で君香とぶつかる。

  君香はしばし呆然と翔太の眼を見詰めていたが、ようやく自分がなにをしているか悟ったらしい。

「あ、やだ、私勝手なことっ!」

「い、いや気にするなっ…」

  すぐさま顔を真っ赤に沸騰させた君香に影響されて、翔太もたどたどしい言葉を出してしまった。

  なぜ自分がこうもぎこちないのか、翔太は少し鼓動が速くなった心臓を押さえて君香から顔を背け、
 息を整える。

  トントン、と躊躇うように注意を向ける音があった。翔太は音の発信源を見やり、そこにいた人影に気
 づいた。

  純白の上衣に宵闇の袴。腰に帯びた業物と背中までの黒髪。ぞっとするほど整った顔立ちは冷や汗
 の一つでも流れていそうだった。

  曖昧な表情を浮かべて立っているキリイは、初めからここにいたのだが、見てはいけないものを見た
 ように躊躇いながら口を開いた。

「……なんだ、その、私はとりあえず…外へ出ていればいいのだな?」

  先ほどのグラディエイトを無傷で終えたため、キリイは冷却処理を受けた後すぐに控え室に帰ってこれ
 ていた。初めこそ翔太とキリイしかいなかった控え室に、君香が訪れたのは数分前のことである。

  今では、すっかり形成されつつあった二人の世界から逃れるように出口へと向かう。

  カニが歩くように横へスライドしていくキリイ。

  翔太は血相を変えて立ち上がると、逃げられないようにキリイを捕獲する。肩を組むようにキリイの顔
 を寄せて、小声で呟く。

「おいっ、逃げるなっ」

「いや、頼む、頼むからここは退かせてくれ。私はこんな中学生カップルが醸しだす様な純愛ムードが
一番苦手なのだっ。頼む、悪寒が走ってしまうっ」

「いいからここにいろよ? …つーかカップルとかいうなっ!」

「莫迦者っ。声がデカイっ」

  しっ、と人差し指を唇に当てるキリイ。

  恐る恐る、後ろを振り返るが、君香はこちらの会話など耳に入っていない様子だった。沸騰済みの顔
 を覆い、身悶えさせながらなにか呟いている。

  勿論遠すぎるのでなにをいっているかはわからないが『ダメだ』とか『やだ、そんな』とか時折聞こえ
 て来る以上、どこかへ旅立っているのは間違いないだろう。

(あ、危ない女だな…)

  いろんな意味で考えてしまう翔太。キリイも同様のことを考えたようで、珍しくその無表情にたじろい
 だ笑いが浮かんでいた。

「か、帰るか?」

「う、うむ」

  本当にいろいろあった一日となったが、最終的には平時のノリを取り戻した翔太とキリイたちにとって
 の今日という日はここで終わる。



             #           #           #



  圧倒的な試合展開を見せたキリイVSケルベロス戦が終わった後。片手で数えることができる程しか
 人が残っていない会場の通路で、男は白い肌を紅く染めて身を潜ませていた。

  男は怒っていた。大勢の観客の前で、しかも世界中のテレビクルーも訪れていたこの会場で拭いきれ
 ない恥をかかされたことに非常に激怒していた。

  一方的な逆恨みだと知っていた。赤毛の男もそう馬鹿ではなかったから。

  しかし、もう自分が所属していたチーム<バルバロイ>へ帰れないことがなにより彼を苛立たせていた。

  赤毛の男のチームは甘くない。ただの負けならいざ知らず、全く無名の缶詰ヒーローにあんな無残な
 試合をしたとなっては彼のチームリーダーが許さないだろう。

  だからせめて、自分がこうなる理由を作った奴らに対してだけは復讐してやろうと、翔太たちが控え室
 から出てくるのをじっと待ち続けていた。

「男は絶対ニ許さねェ。女は…好きニさせてもらうゼ……」

  下卑た笑みがしっくり似合う。

  赤毛の男は控え室の扉が開いた音を確認すると、一瞬で距離を詰めようと駆け出そうとした。

  が、彼の前には既に何者かが立ちはだかっていた。

「ナンダてめえは。どけ、俺は用事ガあるンダよ」

「悪いがそうはいかないな。あいつは俺の仲間になる男だ」

「フン、いいカラどきナ」

  通路に佇む相手を押しのけようと手を伸ばして、男の顔と体は驚愕に凍りついた。

  白髪は黒く染められ、全身をコートで隠していようと、赤毛の男は彼の顔に心当たりがあった。もし
 記憶が正しいならば、男の前にたっている青年はとてつもない人である。

「ア、アンタが、どうしてコンな所ニ…?」

「ここで行なわれたグラディエイトの勝者と俺が決勝を闘うことになっていたんだ。別段不思議でもない
だろう?」

  それはシヴァVSスサノオの戦いなのだと気づく。

「それより、今お前がやろうとしていること。止めるんだな、どうせ失敗する」

  空気が凍てつくほど温度の冷えた声で青年が断言すると、僅かに赤毛の男の眉が吊り上がった。

「ドウシテいいキレル?」

「簡単だ、俺がさせないからな」

  そういうコートを着た青年の眼には余りある自信があり、自信だけではないということがわかる氷が
 薄い膜を張っていた。

  赤毛の男は青年と自分を比べた。いくら青年だとしても、体格差は超えられない。男はニメートル、
 青年が百八十半ば、体重差なら三十キロはあるだろう。

  肉弾戦で負ける計算ではなかった。

「やるのか?」

  あくまで平然とした調子の言葉に関わらず、青年の声はどこまでも冷え込んでいる。赤毛の男は未知
 に対峙したように恐怖を浮かべたが、すぐに息吹を繰り返す。

「ケェッ!」

  雄叫びと共に、男の一撃が青年に襲い掛かった。ミドルキック、しかも躊躇いのない一撃は明らかに
 格闘経験者のそれであり、素人が受ければ内臓を破壊する威力を持っていた。

  青年は半身に構え、右手を前に、左手を腰の辺りにする。手は拳ではなく掌の形に開かれている。やや
 腰は落されていた。

  青年は一見呆然としたままに見えたが、実際は迫ってくる力の塊を見詰め、一歩退いた。

  それは決して逃げるという動作でなく、あくまで自分の動きを相手に合わせるというものだった。

  丸い、柔らかな円運動をしたかと思うと、青年は男の足をそっと掴んだ。掴んだ足には骨を砕く威力が
 ある。掴み損なえば青年の体ごと吹き飛ばされるだろう。

  が、次の刹那には赤毛の男の体が宙を舞っていた。浮かんでいたかと思うと、次の瞬間には硬い強化
 タイルの床に受身も取らせてもらえずに叩きつけられていた。

  男は声もあげられずに悶絶し、酸素を求めて口の開閉を続けている。

「ちなみに、言伝を預かっている。『もう二度と本国に帰ってくるな』だそうだ。大変だな…」

  一片の慈悲も無い慰めに赤毛の男の顔が驚愕に歪むと、そのまま酸欠で意識を失っていった。

  若干皺が出来たコートの裾を正す仕草はあくまで冷然。息一つの乱れは無く、先ほどのやり取りすら彼
 の中では日常の一端であるかのようだった。

  そこに、ふっともう一人いることに気づいた。通路の向こう側から見ていたのだろう、剣の姫の異名を持
 つ―――御剣 零―――は後ろで結った髪を揺らしながらこちらに歩いてくると、気絶した男を一目見る。

「さすが、と誉めておきましょうか?」

「なんだ、誉めてくれるのか?」

「いいえ。これぐらいできなければあなたを私たちの『長』とする意味がありませんから」

「冷たい奴だな」

  言葉とは裏腹に、全く気分を害した様子も無い青年。うすぼんやりと通路の光に照らされる横顔は何を
 考えているのか。

  御剣は掴みようのない『長』に対しての畏怖を潜ませながら訊ねた。

「あなたは、本当に石若 翔太を仲間にするつもりのようですが……やはり私は反対です」

  一瞬だけ意外そうな顔をすると、青年は周囲の空気ごと凍てつかせる眼力で御剣を見詰めた。何もして
 いない者ですら、手に汗が滲みそうな迫力。

「何故そう思う?」

「それは…」

  内心の戦慄を必死に押し隠しながら、御剣は思考のネットワークを辿る。自分から視て得た印象、能力、
 統計を計算するが、どう考えても、

「無理です。確かにスピードは眼を見張るものがありますが、良くも悪くもそれだけです。確かに彼の素質
にあわせて機体を選出するという手段もありますが、私の眼から見ても彼の才能は凡庸そのもの」

「なら、どうしてケルベロスに勝てた?」

「油断と慢心、そこに偶然付け入る隙があったに過ぎません。あなたが眼を付けたにしては失敗だという
しかないでしょう」

  自分の分析力に尊大なまでに誇りと自負があるからこそ、彼女、御剣は躊躇いもなくいってのける。

  が、対する青年は酷薄な微笑。見る者からみれば、それが堪らなく恐ろしいと感じるだろう。

  そして、御剣もその一人だった。

  <オオナムチ>でもNO.3の実力者である御剣とたった二つ上に座す青年との距離は、余りに大きく開
 いていた。

  青年は、ナンセンスだ、と呟くと控え室から遠ざかっていく三つの足音の方角を見やった。

「確かに、あいつに【グラディエイト】の才能はないだろう。だが、あいつの才能はそれじゃない。お前とは
違うところにあいつの才能は隠れている。全くの別物だ」

「別物?」

「そうだ、たとえば才能といものを宝石に例えよう。宝石は綺麗だな、ただ在るだけで秀麗に輝くことを
忘れない」

  一息、続ける。

「だがそれは一般人から見た概念であって、違う概念を持った者から見れば宝石はただ醜いものに見え
てしまうかもしれない。そして路傍の石を綺麗だと思う奴らがいても別段おかしくは無い」

「それは……」

  在り得ない、とは言いきれなかった。例えは例えだが、価値観が違う人物は確かにいる。

  彼らと自分は同じ人間でありながら、どこか見えているモノが違うのだ。

「ともかく、お前がなんといおうがこれは『長』である俺の決定だ。覆ることはない、あいつは近いうちに誘う」

  いうと、コートを着た青年はポケットに両手を入れた。その仕草一つに無駄が存在し得ない。御剣を
 観察者さながら眺め、面白くも無さそうにいう。

「もし文句があるというのなら、この『日の本の長』を倒してみせることだ」

「…善処します」

  多くの者達が不可能だと答える問いを、御剣はあえて否定はしなかった。

  相手はこれまでの九年間グラディエイトにおいて無敗を誇る男。そして御剣はこの男に負けたからこ
 そ<オオナムチ>に入ったのだ。

  勝つ、手段を見つけるために―――。

  御剣の心情を察してか、青年は楽しそうに笑う。彼はいつでも自分に挑戦する者に飢えていたから。

  最強故に最強。最強だからこそ皆に『ロード』と呼ばれる。

  そこに確たる理由はなく。

  誰にも答えられない強さが存在していた。









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