缶詰ヒーロー












       3缶詰ナリ *  【Brave】







  

  選手控え室は、おどろくほど静かだった。防音設備がいいのだろうか、会場の熱気を一片たりとも
 感じない。空気は静まりかえり、自分の息遣いさえ聞こえてきそうだ。

  だが、人がいないのではない。むしろ溢れそうなほど多くの人間やヒーローがいる、が、皆が黙って
 いるため、異常に静かなのだ。

「どう、すごいでしょう?」

  隣で、君香がくるりとこちらを向く。だが、翔太は問いに答えなかった。

  強引に浴びせかけられる質問に答えるうちに彼女に対する遠慮は消えたものの、苦手意識までは
 消えていなかった。そもそも、君香の声が聞こえていなかったのかもしれない。

  理由は、この部屋に満ちている「氣」のせいだ。玄人たちが放つことができる、純粋なる意志の氣が、
 体をざらつくように撫でていく。轟々と渦巻き、緩やかに消えていく。

  鏡の前でシャドーをする、獅子のたてがみをもつ、膂力のありそうなヒーロー。部屋の隅で座禅をくみ、
 瞑想をしているモンク型ヒーロー。空を飛ぶ、妖精と見違えるぐらい小さなヒーロー。

  ヒーローの脇には、持ち主が立ち、しきりに呟いていたり、ヒーローに話しかけたりしている。戦法や、
 大まかな相談をしているようだ。

  全てが皆、強い。

  普段は倣岸不遜な翔太も、彼らの雰囲気に押し包まれていた。自然と拳に力が入る。

  キリイも例外ではない。気が立った猫のように、周囲を注視しては、吊り上り気味の鋭い目をさらに細
 めている。

「この人たちはみんな、今日この日の為に…ううん。ここからさらに『上』を目指す人たちなの、この大会
で優勝できれば、もっと有名な大会に出れる。そうすれば、自分の『ヒーロー』の強さをアピールできるの。
そう、すべてはヒーローとしての≪栄光≫を手に入れるために……」

  うっとりしながら君香が呟くようにいった。どうやら彼女も『上』を目指しているらしい。口調でわかった。

  大学では、多くの男どもを魅了し、虜にする君香が、『缶詰ヒーロー』というおもちゃの虜にされている。

  意外だが、事実そうなのだろう。

  やはり自分とは違うな、と翔太は内心呟く。

  翔太は、曇りなき理由「生きる為」に大会に参加したのだ。この控え室のいる者たちのように≪栄光≫
 など求めていない。

  そもそも、母からキリイが送られなければ、この場に来ることは一生なかったろう。それだけは確実に
 いえる。

  キリイが来てから翔太の人生は、崩壊するダムの如しだったが、いまさら振られた男のように未練た
 らしく起こった事象を恨んでもせん無きこと。

  今は、自分の為すべきことを為すのみだ。

『ピンポンパンポ〜ン』

  と、場違いなほど間抜けな音が流れた。

『お知らせいたします』

  天井に貼り付けられているスピーカーから、ウグイス嬢の可憐で細い声が紡がれる。

『選手の皆様、ただいまよりエントリーNoをお呼び致しますので、呼ばれた方は指示に従ってご入場
ください』

  遂に来たこの時に、控え室の息苦しい緊張感が、沸騰寸前まで高まる。それまで自己のトレーニ
 ングを行っていたものですら立ち尽くし、聞き入っている。

『エントリーNo.287 綾小路 矜持さま。ヒーロー名【カトブレパス】 西口よりどうぞ』

  すると、純白のスーツに身を包んだ男が、うっとうしそうに前髪をかきあげながら立ち上がった。
 
  キザな男だ。王子みたいに振る舞い、冷然とゲートへ向かっていった。

  だが、控え室の緊迫感が急激に張り詰めた。

「次呼ばれる人は、大変だね…」

  一瞬、誰にいわれた言葉かわからなくなり、翔太はオウム返し。

「大変?」
  
「うん。あの綾小路 矜持ってアマチュアでは結構強くて、実績があるの。今回の大会では一番の優勝
候補っていわれているらしくて」

  へえ、と興味なさげな翔太に、君香が眉を吊り上げて、腰に手を当てながら人差し指を眼前に突き
 つけて来た。

「それだけじゃないんだよ!? 所有ヒーローの【カトブレパス】だって〈レジェンド〉だから大抵のヒーロー
は歯が立たないんだから!!」

  君香の叫びは翔太をさらに困惑させるだけだった。聞き慣れぬ言葉に翔太が、反応する。

「待てよ、〈レジェンド〉ってなんだ?」

「へ? 知らないの?」

「ああ」

  自身に溢れて頷く翔太。君香は呆れたような、失望したような表情を浮かばせ、幼い子供を相手に
 するように解説してくれた。

「あのね、『缶詰ヒーロー』にも機体ごとにレア度が決まっているの。ちょうど、昔に流行ったトレーディン
グ・カードみたいにね―――」

  長くなったので要約する。まず『缶詰ヒーロー』には五段階に分かれてレア度が決められている。

  1.〈ミソロジィ〉 2.〈レジェンド〉 3.〈ヒーロー〉 4.〈スピリット〉 5.〈リアル〉

  このように、数字の低いほうが希少価値が高くなっていく。この中で一番レアなのは〈ミソロジィ〉である。

  〈ミソロジィ〉は世界各地の神話に登場する神や邪神、およそ神と伝承されるものをモチーフに造られた
 ヒーローである。他の四種よりも身体能力がずば抜けて優れているほか、個々に凶悪なまでの特殊能力
 を持つ。

  二番目は〈レジェンド〉。【カトブレパス】もここに位置する。架空の生物や化物が多く、体が一番大きい
 のがこの種である。他の追随を許さぬパワーと、機体によっては特別な兵器が積み込まれているらしい。

  三番目が〈ヒーロー〉。ここには歴史上や架空の英雄、テレビなんかの特撮ヒーローが多い。上位2種
 よりポテンシャルは低いが、一撃の下に相手を叩きのめす『必殺技』なるものをもっているらしい。

  四番目は〈スピリット〉。精霊や妖精、比較的に親しみやすく、体は小さい。だが、五種のうちで最速を
 誇り、撹乱戦法を得意とする。

  最後、一番レア度が低いのが〈リアル〉。現実に存在する、犬や猫、人型など特に特筆すべき能力を
 もたず、【グラディエイト】ではこの種で勝つことは不可能だといわれている。

  一般家庭に最も普及しているのが唯一の美点だ。

  こうしてみると上下関係がはっきりしているが、『缶詰ヒーロー』であるからには全ての種が、人間を
 遥かに凌駕する身体能力を持っていることは周知の事実である。

  ここまでが、君香から聞かされたことである。

「だから【カトブレパス】とまともに戦える可能性があるのは…」

「同じ〈レジェンド〉か、それ以上の〈ミソロジィ〉じゃなきゃきついってことか」
 
  だから、控え室の空気がここまで張り詰めているのだ。どのヒーローも【カトブレパス】に勝てない
 訳ではないだろうが、かなり難しいのだろう。

  密かに、翔太は対戦相手を可哀想だと思った。

  そして、無常な審判が天井から降ってきた。

『エントリーNo.165 石若 翔太さま。ヒーロー名【キリイ】 東口よりどうぞ』

  翔太は、ほう、と。君香は、ええ! と。キリイは、うむ、と。三者三様にリアクションをとった。

  キリイは控え室で刀を何度も抜刀し、準備運動を始めた。翔太は、ポケットからマルボロを一本取り
 出し、火をつけた。深く吸い、白煙とともに吐き出す。

  そんな二人の余裕ぶりに、君香は訳がわからず困惑したようだ。

「ふ、ふたりともなんでそんなに余裕なの!? さっきの私の話聞いてたの!?」

  だがふたりは何処吹く風、めいめいに好き勝手なことをしている。キリイは刃こぼれが無いかじっくり
 と確認し、翔太はタバコを吸っている。

「翔太くん! あなたの【キリイ】じゃ絶対に勝てないよ! だって【キリイ】はただですら〈リアル〉なん
だよ!?」

  世界中の神には[侍]はいない。歴史上・また架空上にもキリイという英雄は存在しない。人型であ
 ることから〈スピリット〉ですらない。自然と答えは絞られた。

  だが、翔太は二本目のマルボロに火をつけながら、関節を伸ばしているキリイにいった。

「だとよ? どうする」

  たったそれだけの言霊。キリイは悠然と黒髪を揺らした。

「無論、叩き伏せる」

  短く、力強く、硬い意志が籠められた宣言。

「だとよ」

  嘲笑しながら、翔太はタバコの火を消して、東口へむかった。キリイも無言のままあとに続く。空気の
 抜ける音とともに、ドアが開き、二人は消えて行った。

「翔太くん……」

  残された君香は、あまり『話したことがない』青年を、不安に濡れた眼差しで見送った。



        」      」     」



  通路では、歓喜に打ち震えた観衆の熱気が前方から後方へ流れた。暑い。
 
  おそらく会場の気温は四十度を越えているだろう。人から溢れ出す熱気は計り知れない。

「いくか」

「うむ、我らの未来のために」
  
  セリフは大変カッコいいのだが、彼らの未来は酷く現実的だ。今後も生き抜くためにどうしてもこの
 大会の賞金が必要なのである。現実問題として負けられない。

  黄色が点々とあるだけの選手入場通路を通り抜けると、耳をつんざく大音響に眩暈がした。

「さあ! 優勝候補の【カトブレパス】に続いて現れたのは、今大会が初挑戦の石若 翔太とそのヒー
ロー、【キリイ】だ!!!」

  威勢の良いMCの声が、上部スピーカーから流れ、何倍にも増幅されていた。

「じゃあな」

「うむ」

  それだけの会話を交わして、翔太は闘技者専用舞台<スキーズブラズニル> へのエレベーター
 に乗り込んだ。

  地上十二メートルに浮遊する貝の形をしている闘技者専用舞台<スキーズブラズニル>はヒー
 ローの所持者が【グラディエイト】を行うための専用舞台である。

  <スキーズブラズニル>に到着した翔太は地上を見下げた。縦横五十メートルの正方形闘技場。
 四隅には柱<カーバンクル>が、天にも届かん勢いでそびえている。

  この柱から電磁シールドが展開され、観客席への被害を防ぐ役割を担っている。小さな戦争並み
 の戦いを繰り広げる【グラディエイト】の安全策だ。

  キリイが見える。眼前数メートル先に、頭を垂れながら会場の照明に赤紫の装甲を燦然と輝か
 せている【カトブレパス】を睨みつけていた。

「さあ! それではヒーローは闘技場へ! 所持者は<スキーズブラズニル>の席に付いてくれ!」

  MCの指示に従い、鋼鉄のシートに腰を下ろすと、上部ハッチが貝のように閉まり、視界は闇に
 飲まれた。ゆっくりと、<スキーズブラズニル>内を紅い灯が照らしていく。

「座ったかい!? なら備え付けのヘッドギアを付けてくれ!」

  シート右側にあったヘッドギアを被る、目の前が再び真っ暗になる、と、即座に<スキーズブラ
 ズニル>メインディスプレイに文字が表示された。

  同時に、ヘッドギアのサイドスピーカーからノイズ交じりの音声が流れる。

≪五感リンクを開始します………≫

  風が唸るような甲高い電子音とともに、体が水に浮くような感覚に襲われる。
 
  だがそれも一瞬だった。

≪視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚…リンク……オールコンプリート…戦闘開始まで残り300秒≫

  目の前に300と数字が表示され、一つずつ数を減らしていく。次に突然視界が地上に移った。
 見ると、上空に自身がいるはずの<スキーズブラズニル>が見える。

  そう、今、翔太の意識は【キリイ】の中にある。

  これが、【グラディエイト】最大の魅力といっても過言ではない。ヒーロー所持者の意識・五感をヒー
 ローとリンクさせることで、自らがヒーローの体を動かせるようになる。
 
  自身がヒーローになりきれるのだ。

  つまり、【グラディエイト】ではヒーローの所持者自身も「闘う」。

  本来、ただ闘うだけならば高度な演算機能をもつ『ヒーロー』一体で闘うほうが、動きに統制がと
 れるため自身の身体能力をフルに引き出せる。

  だが、『ヒーロー』も機械である以上、自らの処理速度を上回る事態に陥った時、処理落ちして
 動きが鈍くなる危険性を孕んでいる。

  よって、もっとも大量な処理を必要とする「戦闘」はヒーローの所持者が担当するのだ。
 
  その間、ヒーローは他の処理やプログラムを担当する。

  今はキリイの体となった腕をかるく動かす。軽い、力が溢れている。今なら何でもできそうだ。

「悪くないな」

  呟く。

『そうだろうそうだろう。それが世界を滅ぼしかねん美しさをもつ私の体だ』

  頭の中に突如叩き込まれる声があった。が、それは思い違いで実際は<スキーズブラズニル>
 内にある翔太本体のヘッドギアから聞こえてきた。
  
  意識を<スキーズブラズニル>に戻す。

「いきなり話かけるな、寿命が縮むかと思ったじゃねえか」

『いいではないか。私はこれからひと仕事するのだぞ。悪戯ぐらいおおめにみろ』

「みるかよ、テメエ調子に乗るだろうが」

『ふん、ばれておったか』
  
  今は完全に電子の存在となったキリイの声。楽しそうに震えていた。初めての戦いに興奮している
 のだろう。

  会話はそこで打ち切り、翔太は意識を地上に戻した。眼前の敵を見る。

  ―――デカイ

  【カトブレパス】は巨大だった。全長はゆうに四メートルを超え、全高は二メートル以上。頭を垂れて、
 凝っと闘技場の大理石を覗き込んでいる。

  大雑把な特徴を述べるなら、まず四足歩行である。指の先には醜悪に尖った爪、首が長く、地面に
 付きそうなほどだ。頭部には突進するだけで全てを砕きかねない二本の角。
 
  後頭部から背中一杯に金色の毛がひとつの道を作っていた。尾が垂れ下がり、地面に付いている

  赤紫色の装甲板の下には、幾重にも縫いこまれた人工筋肉があり、膨大な熱量を蓄えていること
 が見て取れた。

  何者も寄せ付けぬ圧倒的な力。

(コイツは、やっかいだな…)

  心で思う。と、

『怖じるな。ヤツはデカイだけのバカ牛だ』

  翔太の心中を察してか、珍しくキリイが激励を送る。だが翔太は、ヘッドギアに覆われている顔の
 下半分に、皮肉で笑みを形づくった。

「怖じる? 誰に向かってそんなこといってるんだ」

  顔は見えないが、翔太は楽しそうに笑う。

「この一週間、ずっと『缶詰ヒーロー』にケンカを売ってたのは誰だ? どうやっても埋められない身体
能力を省みずケンカを売ってたのは誰だよ?」

  皮肉めいた口調で言う翔太の耳に、愉快に笑うキリイの声が、ヘッドギアのスピーカーから流れた。

『そうだったな。圧倒的な力の差を見せ付けても、なんども私を「回収」させようとするバカがいたのだ
った。どう足掻いても『缶詰ヒーロー』に勝てるはずは無かったのに…』

  思い出したのか、キリイがまた楽しげに笑い声を上げた。

『…そう、勝てるはずが無かったのに、私はその者に一度だけ負けたのだったな……』

  目の前のディスプレイが10秒を切る。時間は刻一刻と迫る。

  体中の血が煮えるような感覚。翔太は自身を侵食する奇妙な高揚感に疑問を覚えていた。

  自分は仕方なくこの場に来たはずなのに、これから起こる戦いを楽しみにしている。だが、押さえ
 られそうもない。今なら、このおもちゃにハマる奴らの気持ちがわかる気がした。

『のう…』

  5秒を切った時点で再びキリイが話しかけてきた。

『我らがあやつに勝つことは、やはり難しいのだろうな…』

  君香から聞かされた忠告「〈リアル〉は〈レジェンド〉に勝てない」。

『おぬしは、操作方法のチュートリアルを一度見ただけだ』

  わかっている。

『私も今日が初めての実戦で、上手く機能できるかわからぬ』

  知ってる。

『だが……』

  ああ、だが。











   MCの威勢の良い声が、上部スピーカーに溜まっている。今にも吐き出されそうで、だが、黒い箱の
 なかで何倍にも増幅されるのを待ち、まだ放たれない。

   そして、

「それでは! 【グラディエイト】第一回戦!! 【カトブレパス】対【キリイ】!!!」

   矢継ぎ早にいい、また肺に酸素を送り込む。

「スタアァァァァァァァァトゥゥゥゥ!!!」














――――「『勝つ!!!』」――――















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