缶詰ヒーロー













       22缶詰ナリ *  【Drop drug ding】









  日が長くなるのが夏である。

  五時になるというのに空は未だ青く、日は高い。あと二時間もすれば暗くなってくるだろうがそれ
 まで時間がありすぎる。

  公園には小学校低学年の少年少女たちが堂々闊歩しており、砂場やブランコは彼らの独壇場。

  親は近くで話し込んでいるのだろう。近くには見当たらないが、<リアル>タイプの缶詰ヒーローが
 代わりに面倒を見ているので安心できた。

  遠めには、人間と缶詰ヒーローの区別はつきにくい。なのでまるで本当の人間のように見える。

  当初は問題視もされていたが、今では缶詰ヒーローが街を一人で歩き、買い物をすることさえ法律上
 なんの問題もなくなっている。

  それだけ機械人形というのが人々に馴染み深いものになった。これは実に喜ばしい、の、だが……

「ねぇねぇあそんでよ! いいでしょ? いいでしょ?」

「そうだよ! いっしょにあそばないやつははぶかれるんだぞ!」

  公園のベンチの傍らに、四・五人の子供らに囲まれて、はにかみ笑いをしているキリイがいた。

  袴をしっかりと掴まれ、動くに動けない状況になっている。一人の少年の頭に手をそっと置くと、諭す
 ように言い聞かせた。

「すまんが、私はこれから帰らねばならんのだ。許せ……」

「「「「やだやだやだ〜!!!」」」」

  ため息をつきたくなる状況でも、キリイは努めて優しく振舞おうとした。

  だが、先ほどからキリイが帰ると言い聞かせても子供らは遊んで欲しい一心で懇願してくる。無下に
 拒絶するわけにもいかず、力ずくで振り切るには子供らが幼すぎた。

「また今度、機会があれば遊んでやるといっているだろう?」

「やだ! きょうあそぶの!!!」

  話は平行線を辿って進展の気配も見せぬまま、既に十分が経過している。

  相変わらずの駄々にキリイは内心で辟易しつつも、子供はどちらかというと好きなので、穏やかな笑み
 を浮かべていた。

  翔太がバイトを始めてから既に五日が立っている。

  普段は滅多に外に出るキリイではないが、今は部屋に居たくない理由があった。

  いつもなら翔太がいる。口喧嘩でもしていれば矢の如く時間は流れるのだが、翔太は朝からみっちり
 とスケジュールを組んでバイトに取り組んでいた。

  おかげで、部屋にいてもタマゴと二人っきり。

  キリイからしてもタマゴがなにを考えているかわからないし、こちらから積極的にアプローチをかけても
 うんともすんともいわない。

  時には、互いになにも話さぬまま数時間座っていただけという鳥肌ものの出来事もあった。

(あやつはまだ拗ねておるのか? にしては随分悲観的というか……むしろ何かを悟りきった気が…)

  思考の海にダイブしかけたとき、キリイは引き戻される感覚を味わった。

「あそぼうよあそぼうよ!」

  実際、袴の裾を引っ張られていたわけだが。

「だからだな……私は」

「「「「「あそぼうよ〜!!!」」」」」

「む、むぅ……」

  子供らの総攻撃に、遂にキリイが膝を屈しかけた瞬間だった。

  救世主が現われたのは。

「みんな〜何してるの〜!?」

  声の主は、遠くの砂場から手を振ってこっちに駆け寄ってきていた。

  上には白い千早、下には純白のカラス模様が縫いこまれた緋袴。いわゆる巫女さん装束であった。

「あ、お姉ちゃん!」

  子供らの一人が、走り寄る女性を指差していった。だが、女性という表現はやや違うかも知れない。
 
  キリイに負けないほど艶のある長い黒髪を、ツインテールと俗に呼ばれる形に結い、まだあどけなさ
 の残る顔立ちに満面の笑みを浮かべている。

  女性ではない、といったのは彼女の間接部にあった。

  必要最小限といはいえ、人と明確に異なる溝。間接部の動きを滑らかにするためのそれは、彼女
 が缶詰ヒーローであるということの証明だった。

「遊んでるなら私も交ぜてよ……ァ!!!」

  巫女装束に身を包んだ缶詰ヒーローは、キリイの眼前まで来ると盛大にコケた。

  漫画でしかみたことがいないような、自分の袴を踏んづけるという間抜けっぷりで。

「痛たたた……またやっちゃった」

「だいじょうぶ〜?」

  心配そうに訊ねる子供もいれば、

「ねえちゃんはドジだな〜」

  不躾にはやし立てる子供もいた。

「うん、私っていっつもおんなじ目にあってるからな〜。たはは、やっぱりドジなんだと思うよ?」

  鼻っ面を押さえて恥ずかしそうに笑う姿を見て、キリイは無言のままそっと手を差し伸べた。

  女性はしばしきょとんとしていたが、キリイの真意が伝わったのだろう。手を伸ばすと、恥ずかしさの
 せいからか、やや俯きがちに手をとった。

「あ、ありがとう…」

「困った時はお互いさまというであろうが、気にすることは無い」

  小柄な彼女は、設定年齢は二十代を超えているだろうに、少女みたいな笑みを浮かべた。

「え〜なんていうか……お見苦しいところをみせちゃったかな?」

「まあ、見苦しいというかあまりに見事なコケッぷりだったぞ。感嘆のため息が漏れるほどだったな、うん」

「ん〜〜……それって誉められてるのかな?」

  冗談だと悟っているのか、頬に手をあてて首を傾げると彼女はすぐさま笑った。

  キリイには、そんな仕草がとても懐かしいものに思えた。人間で言えば、まるで母に優しく微笑まれ
 た時に感じる安心感と充足感。

  ふと郷愁に近い念に囚われかけた時、またしてもキリイの意識は現実に引き戻された。

「ふたりでなにはなしてんだよっ! いいからあそぼう!」

「「「「そうだそうだ〜!!!」」」」

  一人が言い出すと、周りの子供も同調し始めて大合唱になっていく。いまやキリイは引くに引けない
 ところまで踏み込んでしまっていた。

  さてどうやってこの場を切り抜けようかと真剣にキリイのCPUが動き出した時、隣からパチンと手を
 叩く音が聞こえてきた。

「じゃ、何して遊ぼっか? 缶蹴り? 鬼ごっこ? かくれんぼ? あ、それとも影踏みやろっか? とっても
楽しいぞ〜〜〜?」

  巫女装束を振り乱しながら、嬉々とした表情を浮かべて子供たちと相談を始めてしまっていることに、
 キリイは少なからず驚きを覚えた。

  まさか、本当に子供らと遊ぶつもりなのか? キリイはふと疑問に思ったが、すぐに納得してしまった。

  名も知らぬ彼女は『私も交ぜて』といって駆け寄ってきたのだ。目的は当然、『遊ぶ』以外にない。

  まさしく、この世にはいろいろな者が存在するのだと悟ったキリイである。

「それじゃあ、あなたは何をして遊びたいの?」

「………私?」

  突如向けられた質問と視線にどぎまぎしながら、キリイは一応後ろを向いてみた。当然そこには誰も
 いないので質問は自分に向けられたことになる。

「そう、あなただよ。この子達もあなたと遊びたいっていってるし、ちょっとでいいから。ね?」

  片手で謝罪の意を示しながら、ウィンクしてくる。

  キリイは自分を取り囲む子供たちを一人一人見詰めた。全員が全員、まさか断られるなどとは微塵も
 考えていないということを確認するだけだったが。

  やがて、

「わかった……少しだけだぞ?」

  両手を挙げて降参したキリイを見ると、子供たちの顔はパッと花のように咲き誇った。

「それじゃあ、みんなで缶蹴りしよッ! それじゃあ最初はグー、じゃんけーん……」

  一番乗り気な巫女の彼女は、既にこの場を取り仕切っていた。




         #           #            #



  時刻は六時半を回ろうとしている。

  キリイはぐったりとベンチにもたれ掛かると、ゆっくりと目を閉じていった。

  ちょっとのつもりが一時間以上もみっちり缶蹴りをしていたため、キリイも少なからず全身に『疲労』を
 感じていた。

  目を開く。子供たちはもう帰ってしまっているので、寂しい静寂が残るだけの公園。

  ようやく西日に傾いてきた太陽の下で、紫に染まっていく空を見詰める缶詰ヒーローである巫女がいた。

  ただ空を見詰めているだけなのに、まるで触れてはいけないなにか、全てを超越したような印象を纏っ
 た彼女は、こちらに向き直ると小走りでかけてきた。

「どうしたの?」

  ジッと見詰められていることに違和感を感じたのか、彼女は小首を傾げた。

  ちょうど、太陽を背負っている形なのでキリイは視覚を調節して、要は目を細めて相手の姿を捉える。

「いや、今回は珍しく転ばなかったと思ってな、少しは進歩したものだと感心しておったのだよ」

「…馬鹿にしてる?」

「してないであろう? 誉めているのだ……」

  それは本心だった。

  この一時間半の間に彼女が転んだ回数は、ゆうに数十、もしかしたら三ケタの大台に乗っているかも
 しれない。

  袴が邪魔というレベルではなく、何もない場所でも転ぶ。もはや、才能といったほうがよさそうだった。

  楽しそうに缶蹴りをしている最中、転んだせいでヘマをやらかしたことも数え切れないほどあった。

  あからさまに口をへの字に曲げているのを無視して、キリイは単純に思っていたことを口にした。

「のう、どうしておぬしはあそこまで無邪気に遊べるのだ? 見ているこちらとしては子供ではないかと見違
えるほどだったぞ?」

  彼女は缶蹴りの間中、子供より子供らしく、子供よりも遊ぶことを楽しんでいるように感じられたのだ。
 まるでキリイには理解できない行動理念といってもいい。

  彼女の姿は、遊びたいから遊ぶというよりも、遊ぶために遊ぶというように見えていた。

  数秒の間があってから、言葉を選びつつ彼女はいった。

「……遊びってさ、素晴らしいことだと思わない?」

  逡巡するような彼女の瞳には、寂しい色が宿っていた。キリイは口を噤んで聞き入ってしまう。

  これほどの色を持つものに、誰がなんと口を挟めようか。いや、できようはずがない。

「私たちは『缶詰ヒーロー』。どれだけ高度な技術を用いられているとはいえ、所詮は玩具に過ぎない。
おもちゃ……つまり私たちは人間の好奇心を満足させるために造られたっていうことでしょ?」

  彼女の問いに、キリイは答えられない。答えられなかった。

  だってそれは事実だったから。

「合金製のロボットや、ビニール製の人形、どれも私たちの原型ともいえるわけだけど。
彼らは喋れない、動けない、心が無い。けれど、プログラムとはいえ私たちにはそれがあるでしょ? 
私たちと人間を区切るのは何処? それは体の構造だけ。血は油、骨は鋼鉄、脳はチップ」

「確かに……」

  一言そう答えるだけでキリイには精一杯だった。彼女のいうことは紛れも無い真実で、極力キリイも
 考えないようにしてきた事柄だった。

  深刻な空気になるかと思いきや、巫女装束の『缶詰ヒーロー』は元気に溢れた口調でこういった。

「自分が玩具でしかないと考えるなら、逆に人間と遊んでやればいい。そうすればお前は遊ばれるだけ
の玩具ではなく、一個の人格として存在する……」

  ぴょんと跳ねるようにキリイに向き直ると、先ほどとはうって変わって満面の笑み称えた表情を浮か
 べていた。

「珠玉のような言葉でしょう? 私をここまで導いてくれた人の言葉なの……」

  その笑みは、太陽に祝福されたように輝いて、キリイは思わず目を瞑りそうになるほどたった。

  自己喪失に陥りかけた彼女を救ったとその言葉は、きっと彼女の中で大きな意義を持つ信念になって
 いるのかもしれない。

「一方的に遊ばれるだけの玩具から、互いに与え与えられ、支え支えられていく関係を築いていく。言葉
の意味は、そういうこと。だから私は『遊ぶ』の、これからも、これまでもね」

  暖かい太陽のように笑うと、彼女は慌てた様子で口元に手をやった。

「あっ! 私もう帰らなきゃ、ごめんね、なんだか辛気臭い話になっちゃって」

「いや、そんなことは…ない、とても、興味深い話だったぞ……」

  ぎこちない仕草で応対するキリイに別れの挨拶をして去っていこうとする彼女。心配そうにしていたが、
 キリイがなんでもないというと渋々納得したようだった。

  懲りない様子で、彼女はもう駆け出していた。また転ぶのではないかとついつい思ってしまう。

  キリイは、徐々に遠ざかる背中に向かって呼びかけた。

「おい! おぬしの名をまだ聞いておらんぞッ!?」

  数十メートル先にちゃんと届いたのだろう。女性は、立ち止まって振り返り、口元に手でメガホンを
 作って大声で叫んできた。

「私はっ!」

  一度言い、音量が足りないと思ったのだろう。仕切りなおすようにもう一度音量を調節して、彼女は
 今度こそ叫んだ。

「私は【ヒミコ】っていうのッ!!! どう、覚えてくれたッ!? それじゃあ、また子供たちといっしょに
遊ぼうね!!!  ―――――……キリイッ!!!」

  言い終わると同時、ヒミコは身を翻して駆け出していった。

「ぎゃふん!!!」

  と思いきやコケていた。

  笑い出しそうになるのを堪え、キリイはキリイで帰途につく。今日は不思議な友人が出来たものだと
 思案しながら。

  瞬間。

「……なんだと?」

  落雷に打たれたように立ち止まると、キリイはすばやくヒミコが走り去った方角をみた。

  今は後姿はおろか、影の痕跡すら残っていない道の先。

  自己紹介もせずに【キリイ】の名を知っていた缶詰ヒーローの行方を凝視していると、まるでヒミコが
 去ったのが合図だったように、日が沈んだ。











       SEE YOU NEXT 『Get over the heart』 or 『Part-time job




  目次に戻る




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送