缶詰ヒーロー













       21缶詰ナリ *  【Part-time job】










「というわけで普段全く役に立たないお前だけが頼りだ。こんな時ぐらい人様の役にたって見せろ」

  大学の庭。

  翔太は構内に向かう途中で、ユウキを捕まえるとなんの前置きも前振りもなくそういった。

「神様、どうかこいつに天罰を……翔太、『というわけで』って言われても何のことだかさっぱりわからないぞ?」

  ユウキは相変わらずのカジュアルファッションと右耳にぶら下っているウサギのピアス。梅雨にしては珍し
 く差し込んできた日差しに照らされてピアスが反射光を振りまいている。

  ユウキの表情は困惑で固まっていた。何も覚えていないのだろう、突然の暴言に首を傾げることしかでき
 ないようだった。

「この前の条件覚えてるな? バイトを紹介するってお前言ったよな、言った、そうだな?」

  数日前。ユウキが誕生日パーティを開くから来てくれと泣いて頼んできた折、『バイト先を紹介してもらう
 から』という条件付きで翔太は参加したのだった。

  ここまで急いてバイトを探す理由は、いわずもがな。

  何度も反芻したのか、しばらくしてから、ユウキの眼に理解が浮き出てくる。

「ん? ああ、そういや必死に頼んだことを覚えてるぞ」

「なら今すぐ俺をバイト先に紹介するんだ。お前が連絡を取り次第、俺はそこに向かう」

  なにかの冗談だと思ったのか、ユウキはなだめる様に前かがみになった。

「おいおい翔太。大学はどうすんだよ? 単位だって……」

「…俺に路頭に迷えというのか……?」

  一両日でも早く借金を返すためには迅速で誠意に満ちた行動と親身になってくれる人が必要とされる。

  鬼すら裸足で逃げ出すほどに睨みつけ、翔太はユウキの両肩を掴んだ。精神的に追い詰められた人間
 が見せる必死の形相である。

  近くを通りがかる者たちすら、こちらを見ないようにしながらわざわざ避けて通っていく。

「わ、わ、わかった。俺がちゃんと連絡しておくから、鬼みたいな顔で俺を見ないでくれ…」

「頼んだぞ」

  グッ、と肩を掴む手に力を込める。ユウキの喉からヒギィと苦痛に満ちた声が漏れたようだったが、翔太
 は気づかないで、踵を返した。



           #             #              #



  全国チェーン規模で展開されるデパートなどもこの店の前では田舎の商店ではないかと見紛うほどに
 立派な作りをしていた。

  五階建て、間仕切りなしのホール状になっている店内。普段から手入れが行き届いているのだろう。床
 すらも鏡のように人々の姿を映し出していた。

「本来ならかなり厳しい審査を通過しなくちゃ駄目なんだがね。翔太くんならこちらとしても大歓迎だ。良く
来てくれた」

  立派な髭を生やした熊谷は上機嫌といった感じで、快く翔太を迎えてくれた。

  缶詰ヒーロー専門店「ヴァルハラ」。ここがユウキから紹介されたバイト先であった。

  よりにもよってここか、と翔太は思ったのだが、店長である熊谷は知り合いであるし、仕事の種類が気
 に食わないからといって我侭をいう権利も余裕もなかった。

  なにより、熊谷から聞いた時給も2300円という破格のパートタイムジョブであったのが決め手だ。七百万
 にはほど遠いが、とてつもない好条件には変わりない。これで受けないわけがない。

「それで、熊さん。俺はいったいどこを担当すればいいんだ? というか、俺こんな店で働いたことはないから
なにすればいいかわからないぞ?」

  そもそも缶詰ヒーロー専門店で働ける者たちは極端に少ない。熊谷のいった通り、厳しい面接や審査の
 せいなのだが。ともかく、今まで数多の職種を経験した翔太にとっても未踏の領域だった。

「う〜ん、それじゃあ、とりあえず翔太くんには店内の清掃を頼んでおこうか。それが終わったら僕のところ
まで来てくれ。明日から割り当てる仕事も相談するつもりだからさ」

「あいよ」

  去っていく熊谷の背を見詰める翔太の口元から、疲れきったため息が零れる。何気なく周囲を見渡すだけ
 で、さらにため息が増えていきそうだった。

  平日の午後。大学を適当にサボタージュしてから訪れた翔太だが、この前来たときと変わらない盛況振り
 に少なからず辟易していた。

  計算され尽くしたように配置されている『缶詰ヒーロー』専用パーツコーナーに群がる人、人、人―――。
 
  彼らの傍らには多種多様なフォルムを持つ『缶詰ヒーロー』が侍っており、買い物客の多くは彼らの装備
 を整えたり、ファッショナブルに着飾らせるためだけの買い物を済ませていく。

  ある商品コーナーにはねずみの着ぐるみを被って風船をわたしているお馴染みの光景もあった。

  ただ広い、とてつもなく。先ほどから清掃用に特化した『缶詰ヒーロー』が行ったり来たりしているので、
 翔太も負けては入られないと気合いを入れる。

「早いとこ終わらせるか……はぁ………」

  数分ほどそこで立ち尽くし、幾度と無くため息をつき。

  やがて、翔太は右手方向に位置する扉を凝視した。職員用ロッカールームと標識が貼り付けられた部分
 だけが嫌な感じに煤けてしまっている。

  はあ、とまた一つため息を付き、翔太はドアノブを捻った。

  やけに多いため息の原因は、ここ二ヶ月ほどに起こった目まぐるしいまでの事件の数々にあった。以前は
 缶詰ヒーローと関わりを持つなど思ってもいなかったのに、今では専門店でバイトする羽目になっている。

(大学卒業して、サラリーマンになって、普通の嫁さん貰って普通に死ぬ、俺の人生設計は何処から崩れた
んだ…)

  己が悲運を嘆きながら扉を開け放ったところで、翔太の眼は点になり、体の動きも止まった。

  ロッカールームの先に、シャツを脱ぎかけた上半身裸の青年が鏡の前で念入りにボディーチェックをしな
 がら立っていたせいである。

  印象的だったのは髪の色。まだ若いはずなのに白髪で、短く切りそろえてある。入念なボディーチェックも
 引き締められた体躯を見れば納得が良くかもしれない、が、

「……」

  虚を突かれた翔太は言葉を失い、口だけが情けなく開閉を繰り返す。ドアを閉めることも忘れ、翔太の思考
 は真っ白になって止まった。

  相手はこちらに気づいていない様子で遂にはジーンズの端に手をかけ、今まさに脱ごうとしている。しかも、
 仕草が結構魅惑的で、女性だったら卒倒するか頬を染めるか……男の翔太には関係ないが。

「……?」

  人の気配に気づいたのか、自分に向けられる奇異の視線に気づいたのか、青年は凍りついたままの
 翔太に向き直ると、ちょいちょいとドアに指を指していった。

「すまない、寒いから閉めてくれないか?」

  礼儀正しいストリーキング。短めの白髪が汗で光っていた。

「あ、ああ、すまん。そりゃあいくら露出狂だってこのままじゃ寒いよな……」

「…なにかとてつもない誤解をされている気がするが……」

  言葉の端に冷たい何かを含みながら、訝しげに眉根を寄せた青年は上半身裸のままこちらに歩み寄っ
 てきた。

「う、うお! 寄るな変態!」

「あのな……」

  呆れた様子の青年は、肩を竦めて見せると立ち止まった。

「絶対勘違いしてるようだからいうけど、俺はここの店員だ。ほら」

「…?」

  差し出してきたのは、ねずみの着ぐるみ。

「…悪ぃ、露出狂の思考回路はさっぱりわからねぇ!」

  片手で謝る仕草をしながら、翔太は一歩退いた。じり、じりとすり足で逃げるのは危ない人に関わらない
 という世間一般常識からか、はたまた危険アラームを鳴らす第六感か。

「初対面の人間にここまで暴言を吐かれるのも初めてだが、逃げられそうになるっていうのも初めてだな」

  ぼそり、と笑みの浮かんだ口元に手を当て、考えている青年の声は翔太にはっきり届かなかった。

  よって、翔太の脳内はこの状況を好き勝手に解釈を始めていた。

(ま、まずい…俺の貞操がピンチだっ………)

  かなりいい加減に。

「教えてくれ、お前の名前はなんていうんだ?」

  翔太にとってはニヤニヤ笑いとしか見えない様子で、青年は上半身裸のまま迫ってきた。近寄ってくると、
 青年が翔太よりも数センチ背が高いということがわかる。

  ぞくり、と背筋を走る氷の冷たさに意識せずに下がってしまう。

  青年を紛れもない変態だと確信している翔太が恐怖するのも仕方ないことで、ここでさらに退くのも頷ける。
 だが徐々に、翔太は壁際へ追い詰められていく。

「な、教えてくれないか? 別に変な意味じゃないから」

「お、俺の名前を聞いてどうするっていうんだ!? そうやって餌食にした奴らの名前をコレクションしてるって
のかこの変態野郎がっ!!!」

「いいから教えてくれよ。知りたいんだ、それに…どこかで見たことがあるんだよな……」

「よ、寄るなぁぁぁあああああ!!!」

  追い詰められた翔太の精神は実に見事な壊れ方をしていた。十人に訊けば八人ぐらいは病院へ行くことを
 勧めるかも知れない。

「お〜い、翔太くん! やっぱり掃除よりもやってもらいたいことが……………ッ!!!」

  がちゃりと扉を開け放って入ってきた熊谷の動きが一瞬止まる。サングラス越しにしか見取ることができ
 ない表情には、うわ〜変な場面に出くわしちゃったよどうしよう、という意味合いが明白に刻まれていた。

  なにしろ、二人の男(片方は上半身裸、ジーンズ脱ぎかけ)が壁際で見詰め合っていたからである。

「お、お邪魔だったかな? じゃ、じゃあ僕は行くから、ふ、二人は楽しんどいてよ…」

「待て、なにを楽しめってんだ!? ナニを楽しめっていうのか!? 助けてくれ熊さん! 俺がここまで積み
上げてきた男としての尊厳が損なわれる前にっ!!!」

「愛の形は人それぞれか……これでも寛容な自分だと思っていたが、身近な人がそうだと精神的にくるなぁ…」

「人の話を聞いてくれっ!!!」

  引きつった笑みを貼り付けながら、一歩ずつ、ゆっくりと撤退しようとする熊谷。必死で呼び止める翔太の
 目尻には涙がちらほら浮かんでいた。

「店長」

  動揺に染まった翔太たちとは打って変わって、言葉そのものが氷で出来ているような冷ややかさで青年
 がいった。

「何か勘違いしているようだからいいますが、今この状況は偶然こうなっただけで別におかしなことをしようと
いうわけではありません。ただ、先輩としては新人の名を知っておこうと思っただけです」

  翔太の懇願も勘違いして聞かなかった熊谷。

  だが、青年の言葉の直後。目が醒めた様に姿勢を正すと、熊谷は普段どおりのダンディオーラを取り戻し
 ていた。

「あ、ああ、そうだね。いや、僕は君がそんなことする人間だなんてこれっぽっちも思っていなかったよ」

  ならどうしてこの場を後にしようとしたのか問い詰めてみたい。

  唯一わかることはこの若白髪の青年が熊谷から並みならぬ信頼を得ているといおことだ。

「なんだ? 二人は知り合いなのか?」

  しばしこれまでの人生を振り返りながら呆然としていた翔太だったが、本当に知り合いらしい二人を交互
 に見比べる。

  熊谷は、たったいま気づいたように口を開くと、白髪の青年に手を向けた。
 
「翔太くんにも紹介しておくよ。彼は八坂 照雅くんといって、君より大分前からいる臨時従業員、つまり
翔太くんと同じバイト仲間だよ」

「じゃあ、店員だっていったのも嘘じゃなかったのか…」

  のっけから相手をストリーキングだと決め付けていた翔太にとってまさに寝耳に水の話だった。

  しかし、店員であることを証明する手段として着ぐるみを差し出すほうもなかなかの神経を兼ね備えている
 と思われる。

「…翔太?」

  これがこの青年の癖なのか。口元に手を当てて自己確認するように呟いた後、こちらがぞっとするような
 氷点下の笑みを浮かべていた。

  嘲った笑いをするキリイとは違う、心の底から掬ってきた氷の塊を纏っているような、冷徹な、笑み。

「そうか、思い出したぞ。お前があの【キリイ】の所持者か……」

  値踏みするように翔太を下から上へ観察すると、青年―――八坂 照雅―――は右手を差し出して
 きた。

「これから同じ職場で働く仲間になるんだ、仲良くやろう」

「あ、ああ…」

  胸に居心地の悪いものを感じながら、翔太は同じように右手を握り返した。

  八坂の性格は悪そうではない。容姿も整っているため、特別不快感を与えるわけでもない。むしろ、氷縛
 の如き雰囲気は多くの者から支持されそうで、いわゆるカリスマを備えている人物であった。

  ただ、握手をしている間、翔太を見る目つきはずっと買って欲しかった玩具を与えられた子供のように
 燃え盛っていた。













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