缶詰ヒーロー












       2缶詰ナリ *  【Is she a Samurai?】










「あっはっはっはっは!!! こいつぁ愉快だ! 笑いが止まらない!」

  六畳一間の狭苦しい部屋で、翔太は顔に手をあてて笑っていた。
  
  それまで静かに、テレビを見ながらオイルの茶をすすっていたキリイが、軽いモーター音を鳴らしな
 がら翔太をみた。腰までの長さの人工頭髪が軽く肩にかかる。

  既にキリイが居ついてから一週間が経つ。翔太は何度も回収してもらおうと奮闘したが、そのこと
 ごとくは失敗に終わり、すでに諦めムードだった。

  幸い、大学は一ヶ月の春季休講中である。家に籠もってさえいれば同期生に会うこともないので、
 「キリイ」の存在は隠しておける。こんなおもちゃを持っているなんて知られたくなかった。

「どうした? まさかおぬし、魔法の(マジック)マッシュルームでも食したか?」

「あっはっは! マッシュルームって! あっはっは……この産業廃棄物が、いい気になるなよ?」

  翔太がキリイを半眼で睨みつける。美しき人形は余裕の表情で唇の端を吊り上げた。

「おお怖い怖い。コレだからヤク中は手に負えんのう。キノコだけならまだいいが、あまり依存性の高
いモノには手をだしてはいかんぞ」

「ご忠告痛み入る。だが、そんな態度をとっていられるのも今のうちだけだぞ?」

「それはどういう意味だ?」

  キリイがプログラムで作られた表情―――懸念―――をあらわにする。だが氷の美貌が霞むこと
 はない、むしろ険しい表情が機械的な美しさを引き立たせている。

「これを見な」

  いって、翔太が持っていた封筒をキリイに手渡した。封筒を受け取り、中を見ると三つ折に畳まれた
 一枚の紙が入っている。

  抜き取り、広げて見る。そこには、数字の羅列と、コンピューターで刷られた文字でこう書いてあった。

  『電気料金 * * *十二万』

  オーバー、オーヴァーである。言い換えると過多。いうなれば超過。たった一週間で、通常の電気
 料金を遥かに凌駕してしまっていた。

「こ、これは!」

  真剣にうろたえた様子でキリイが体を仰け反らせた。

「現在、俺の財産は貯金も合わせて八万円。さて、この金はどうやってはらうのか? …無理に決まっ
てんだろうが!!!」

  怒鳴ると、翔太は頭を抱えてうずくまった。

「ああ、くそ。今月バイトの給料が入るとして、残りは一万円? どうやって生き抜けと?」

  うずくまる翔太に、キリイはそっと近づき、慈愛溢れん声色を使って、

「案ずるな、人間やろうと思えば一ヶ月一万円でも生活できるのだぞ? この前テレビでやっていた、
間違いない。おぬしも伝説を作るのだ」

  励ました。だが、翔太は憤然と立ち上がり、キリイに対峙していった。

「うるせえ! だいたいお前が電気使いすぎなんだよ!」

「私が? 私が何時使ったと?」 

  モーターが唸りながら、キリイが――――狼狽――――する。翔太は四の五の言わさずに説き伏
 せる。

「やれ、『肌の美容の為にはやく充電する』だの『美しさの秘訣は睡眠だ』とかなんとか吐かしやがって! 
勝手に充電しまくるもんだからこんなに料金がかさんでるんだよ!」

  むっ、とキリイが唇を尖らせる。

「ばか者、事実であろうが。私のこの美しさは他に類を見ない、まさに傾城傾国の…いや、もういい」

「そうだな、真剣に打開策を考えよう」

  一人と一体はようやく己らの無益な行動をかえりみたようだ。

「ともかく、このままだと充電できなくてお前は動けなくなるぞ」

「馬鹿な、おぬしの生活費を削ってでも私を生かせ」

「ふざけろ? このポンコツが」

「ぷっち〜ん、いま、かなり来たぞ? おぬし、私の主だからといって調子に乗るでないぞ。こういうときは
なんというんだったか、確か『テメーの敗因はたった一つ、テメーは俺を怒らせた』であったか?」

「知るかヴォケ。知るかヴォーケ。真面目に考えろこのいかれポンキチ」

「ポンキチだと? タヌキか?日本語はちゃんといえ、『キリイさまお許しください。私がわるうございまし
た』とな」

  収拾がつかなくなりつつある二人の間に、バチバチと雷光が走る。互いに視線を交錯させながらじり
 じりと間合いをとる。

  翔太の筋肉がぎちぎちと軋む。キリイの人工筋肉が膨大な熱量を溜める。

  だが、キリイが本気で翔太を殴り飛ばしたり、斬りつけたりすることはできない。すべての『缶詰ヒー
 ロー』に搭載されている【ヒーロー概念】と呼ばれるプログラムがそれを許さないのだ。

  しかし、身体物理をいともかんたんに超える敏捷性は失われず。それだけでキリイの勝ちはほぼ、
 揺るがない。

  ことあるごとに衝突する二人、翔太は、今日までの戦績100戦中99回は負けたが、一本は取ってい
 た。これも、毎日のキリイとのケンカの成果であろう。

  次第に、ピンとした糸が張り詰めていく。それが、切れる、と思われた刹那、

『さあ、本日もやって参りました。ここ「ヴァルハラ」では、今日も缶詰ヒーローの【グラディエイト】の大会が
開かれております。向井さん、今回も強そうなヒーローが集まってますね』

  付けっぱなしのテレビに、突如、ナレーターは出現した。

  二人の間の糸も、急速に緩む。

『そうですね、この「ヴァルハラ」での大会は地方ながら毎回白熱しますからね。知ってますか? いま、
SSリーグで最強を囁かれる【アマテラス】や【シヴァ】などといった缶詰ヒーローもここでデビューした
そうですよ』

『え!? そうなんですか? 知りませんでしたよ〜』

  レポーターはどこか抜けたようすで、大会の説明を始めた。

『今回の大会は生中継で行われます。缶詰ヒーローをお持ちのかたならどなたでも参加できます。まだ
まだエントリーも募集しているので、ドシドシ、会場に来てくださいね! 受付締め切りは午前十時。なん
と! 優勝者には僅かながら賞金が出るそうです!』

  賞金が出るそうです賞金が出るそうです賞金がショウキンガ――――――。

  一人の脳内と、一体のチップが、入力された言語情報を反復して五臓六腑に染み渡らせる。翔太と
 キリイは会場説明を始めるレポーター、つまりテレビを指差した。

「こ、コレだあああ!!!」
「これしかありえぬ!!!」

  薄い壁のせいで、一人と一体の叫び声が漏れ、隣室から苦情のスタンピングが送られてくる。

  そんなことなどなんのその、二人の『生きるための戦い』は始まった。



          」      」      」



  【グラディエイト】とは、自分の『缶詰ヒーロー』同士を戦わせる一種の格闘技である。ヒーローの技
 や力、知能を競い、より強いヒーローが勝ち残る。
 
  しかも【グラディエイト】ではヒーローの所持者も重要な役割を持ち、二人の相性がよければヒーロー
 は己の力を存分に発揮できるが、相性が悪ければ三分の一の実力も出ない。

  それはともかく、【グラディエイト】は缶詰ヒーロー業界で今一番人気の競技であることは間違いな
 かった。

「では、確認いたしますね。登録者は石若 翔太さま。登録ヒーロー名は「キリイ」ですね?」

「こんなのが俺の下僕だとは酷く不愉快だが」
「このような者が我が主だとは真に遺憾だが」

  缶詰ヒーロー専門店「ヴァルハラ」が所有する御坂市郊外にある特設会場の受付。

  身長180センチほどで、ジーンズと黒いシャツというラフな格好をした青年と、青年より若干背が低い、
 侍の装束に身を包んだ美少女、いや、『ヒーロー』がいた。

「「そうだ」」

  仲がいいのか悪いのか、受付嬢は首を傾げたが、規定どおりにデータを打ち込んでいく。

「それでは、お二人のエントリーNoは165番になります。ご健闘を期待しております」

  エントリーカードを受け取り、颯爽と会場にはいる。途端、二人は激烈熱気に包まれた。

「うわ暑苦しい、ってかうるせえ、ってかうぜえ」

「湿度、65%。気温、32度。ここはどこであろうか?」

  たまらず顔をしかめる。

  会場はドーム型になっており、一個の店が所有するには巨大だった。だが、それも当然だろう。缶詰
 ヒーローは不況だった日本経済を回復させるほどの収益を上げたのだ。

  缶詰ヒーロー専門店ともなると、店長クラスは指折りの億万長者になれる。もっとも、専門店を開く
 ためには厳しい審査をパスしなければならない。おそらく、今大会の賞金も店長のポケットマネーだろう。

  天井から吊るされているサラウンドスピーカーからは八十年代のロックが流れている、選曲は「Queen」
 の「Dragon Attack」。会場を喧騒に包むと同時に、人々の熱気に火を点けている。

  ともかく暑苦しい。

  観客席には明らかな小学生や、OL、禿げた老人によくわからん白いスーツに身を包んでいるやつなど、
 多種多様な人種がいた。中には頭を振り回しているやつもいる。

「やっほ、翔太くんだよね?」

「うわっほう!」

  と、奇声を上げて翔太は振り向いた。

  まず目に入ったのは煌く金髪だった。ふわふわと綿飴のようにウェーブがかかっている。顔立ちが良い
 意味に日本人離れしている。だが瞳だけ黒い。彼女はハーフである。

「よよよ、ヨウ。徳野 キミカサンじゃ、ア、アリマセンかかか…」 

  すっかり声が裏返ってしまっている。翔太は眼前の少女の面影を残す人物に、がちがちに緊張していた。
 彼女は翔太と同じ大学に通う同期生である。

  ふわふわとした、和やかな印象を持つ彼女は構内に多数のファンをもっていることで有名だった。確か
 彼女とはあまり親しくないはずだが、名前を知られていることに内心焦っていた。

  翔太は、彼女が苦手なのである。

「ド、どうシテ、ココニ?」

「どうしてって、私も出場するからだよ。翔太くんも出るんでしょ? いっしょに頑張ろうね!」

  右腕を軽く曲げ、力こぶを作る仕草が可愛らしい。だが、翔太の胸は、一般男子が感じる恋のときめき
 ではなく、人見知りの激しい少女の如く、嫌な鼓動で高まっていた。

「ん? このバテレン人は誰だ、紹介せい」

  こちらに気づいたキリイは図々しく、金髪の女性に近づく。キリイのほうが背が高いため、威圧する形を
 とっている。だが、彼女は物怖じすることなく、

「始めまして、翔太くんと同じ科を専攻してる徳野・S・君香です」

「ん、私の名はキリイと申す」

  互いに簡単な自己紹介を終えると、君香がこちらを向いた。

「翔太くん、この子が所有ヒーローなの?」

  潤んだ二つの眼球が、疑問を浮かべている。

「「遺憾だが」」

  頷き、二人が即答する。君香の口元が優しくあがり、笑みを形作る。今まで何人もの男どもを魅了して
 きた天使の微笑み。

「ふふ、仲がいいんだね。ふたりとも」

「いや、それはないな」
「いや、ありえぬな」

  言葉は違うが、意味は同じ。君香は悩ましげに笑っているだけだ。それが二人には気に入らない。
 なぜなら、自分とこいつは馬が合わないと互いに思っているからだ。

  めいめいが弁解しようと口を開きかけた時、

「あ、もう始まるよ」

  突然、会場が暗転した。闘技場となる舞台中央に、上空から一筋のライトが振り落ちてくる。
 
  照らされて、人の姿が現れる。

「さあ、会場にお集まりのみなさん! いよいよ【グラディエイト】が始まります! みなさんご自慢のヒー
ローの準備はいかほどでしょうか!」

「バッチリだぞーー!」
「いつでもかかって来な!」
「私たちの強さを見せ付けてあげるわ!」

  MCの言葉に焚き付けられ、会場の至る所から、はやる気持ちを抑えきれぬ者たちの怒号ともと
 れる雄叫びが上がる。

「OK、OK! みんなの気合いは十分みたいだ! 各自、『ヒーロー』の名に恥じない戦いをしてくれよ! 
それじゃあ、第二十一回大会 『ラインの黄金』杯、スタアァァァァトゥゥ!!!」

  会場中に歓声が巻き起こり、ドームを揺らす。照明のスイッチが目まぐるしく入れ替えられ、ドームを
 七色で飾る。大音量でBGMも鳴り出した。

  翔太たちは予想を上回る会場の熱狂振りについていけなかったと同時に、あまりのハイテンション
 に呆然と立ち尽くしていた。

「なあ」

「なんだ」

「ここ、俺たちが来ていいところだったのか?」

「言うな、もう後には引けぬ」

  音響で互いの声は聞こえないが、唇の動きだけで会話をしている。やはり二人は仲がいいのかも
 しれなかった。

「ほら! 選手はこっちだよ!」

  耳元で君香が叫んだ。だが、それでも聞こえるか聞こえないか危ういところだ。
 
  手を引かれながら、翔太とキリイは選手控え室に入っていった。













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