缶詰ヒーロー













       19缶詰ナリ *  【Surface】









  翔太にとっては馬鹿みたいな、観客にとっては素晴らしい【グラディエイト】があった日から二日。

  陽光が暖かな春の昼。こういう日は外に出て遊びたくなるのだが、ここに不健康なロボットが二体
 いる。

  無言。

  六畳一間の冗談かと思えるほど狭い部屋には、二体のロボットがにらみ合う形をとって座している。

「……」

「……」

  気まずくなったのか、キリイは流れぬ汗が流れたように額を拭った。対するタマゴはなにを気にした
 風でもなく佇んでいる。

  いや、気まずさは感じているだろうがなにかを考えているようで気になっていないというべきか。

(この沈黙は、なんとも………)

  疲れを表情に決して出さないキリイだったが、ため息のひとつもつきたいところである。

  もとはといえばタマゴが話し合いをしようと誘ってきたのだ。ずっとこんな状況が続くなら、いかなキリ
 イとて不満の一つもいいたくなってくる。

  なんだこの丸っこい奴は、なにも話そうとしないで、その円滑さが艶かしいが、なんというか丸いもの
 を見ると心が和むというか、その、まあ、なんだ…○×ゲームの後がおもしろい………

(い、いかんっ!)

  変な方向に行きかけた思考を、首を振って霧散させる。平静を装うために、キリイは自分で用意した
 オイル茶を飲んだ。ず、ず、ずと呑んでいく。もちろん、味など感じられるはずがなかった。

  ここまで待っても、相手はなんのアクションもとろうとしない。

  煮えきれなくなったキリイは、意を決した。

「おぬし、話があるのであろう? 遠慮せず申せ」

「………う〜ん〜…」

  居直すと、タマゴはおちょぼ口を竦ませた。比喩などではなく、タマゴの顔面パーツはどこか全体として
 調和が取れていない。

  あの〜、とタマゴが身を乗り出した。

  だが、パクパクと口をなにかいいたそうに口を開いたきり、またもや口を固く真一文字に結んでしまう。

  この状況は気まずい、際限なく気まずい。なにか重大告白があるのだろうが、言われないならいや〜な
 沈黙が重く圧し掛かるだけである。

(勘弁して欲しいぞ…)

  タマゴが何事かをいうのは、今日はもう無理であろう。だが、それでもいいたいのだろう、タマゴは四苦
 八苦している。

  無理なら無理だといって話を切上げて欲しいのだが、シャイなタマゴはそれすらも口に出せないようだ。

  これから近くで「あばれちゃったよ将軍」の収録があるらしく、それを見学にいきたいキリイの足はだん
 だんソワソワの度合いを強くしていっていた。

  しかし、半ば諦めのムードが漂っていたりするのだが…

  外では、飛行機雲がはっきりと後を残すぐらいの青空が広がっていた。

(…速く帰ってきてくれ)

  普段が翔太と仲の悪いキリイも、この時ばかりは翔太の早期帰宅を切に願っていた。

  ただし、このとき、部屋の主は未曾有のカラミティを味わう羽目になっていたりするのだが、そんなこと
 キリイが知りえようはずがなかった。



            #             #             # 



「悪いな、待たせたか?」

  待ち合わせ場所のファミレスに入り、翔太は相手の姿を確認すると、すかさず気持ちの籠もっていない
 謝罪を述べた。

  眼前で、ユウキはテーブルの上に足を組んで不機嫌さを熱烈アピールしていた。

  あいかわらずのストリート系ファッションに身を包んだユウキの姿は一見ただの頭が悪いニイちゃんぐら
 いにしか思えないのだが、これでも金持ちの息子だからやってられない。

  ユウキの隣には、つい先日対峙した黒髪大和撫子少女が座していた。落ち着いた仕草でコップの水を
 呑んでいる。今日は傍に女騎士はいない。

  もう決着は着いたとはいえ、正面から視線をあわせるのはさすがに気が引けた。

「遅い遅い! ウサギとカメのウサギぐらい遅いわ! あ、ちなみにここ突っ込むところだから。っていっても
俺の尻の穴に突っ込んだらダメだぞ?」

  さらりと、アホ発言をいってのけたユウキにため息をつき、さてどうやって突っ込んでやろうかと思案した
 瞬間、ユウキの隣に座していた少女がものすんごい速度で手の中のコップを振りぬいていた。

「いいえ、そんなことありませんよ。私たちが早かっただけですから」

  末恐ろしい笑顔でにこり。

  まだ高校に入学したばかりだろうに、中途半端な大人よりもよっぽど魅力的だった。

  おそらく美姫は将来高い確率で羨望を一身に浴びる女性になり、下手をすればどんな男でもころりと騙
 される女性となるだろう。

  翔太の腕に、寒くも無いのに鳥肌が立っていた。

  後頭部を抑えて悶絶中のユウキは、うらめしそうに睨むとファミレス中に聞こえそうな音量でいった。

「い、妹よっ! コップはないだろうコップはっ!? 血が出たらどうするんだ!?」

「そうですね、仕留めるにはフォークにしておくべきでした。それと血ならもう出てます。はい、ティッシュ」

  美姫が扱いなれた手つきでテーブル備え付けのティッシュをニ、三枚手渡してやると、ユウキは顔を 
 パッと輝かせた。

「おおっ、お前はなんて気がきく妹なんだ。怒鳴ったりしてすまなかったな」

「いえ、もう諦め……慣れてますからいいです」

  美姫は着物の裾から除菌使用のウェットティッシュを取り出すとさりげなく手を拭いていたりするの
 だが、翔太は見てみぬフリをした。

「なんだ、お前ら兄妹だったのか」

「ええ、愚兄ですいません」

  頭を拭いているユウキを一瞥してから、翔太は美姫に向き合うようにして座った。

  平日であるからか、高圧的な雰囲気は和らいだようだが、目の奥の眼光は隠しきれていない。

  あまりにも対照的な兄妹だが、なるほどいわれてみれば似ていないわけではない。少しの仕草には
 同系統の血筋だと思わせるところがある。

  ただ、兄がアホなら、妹は女王様気質の持ち主だというところだ。おそらくそのせいで、翔太は思わず
 背筋を伸ばしていた。

  このまま見詰め合っていても話はちっとも進まないので、翔太のほうから切り出してみる。

「で、話ってなんだ? お前らみたいな金持ちが自分たちから出てくるんだからよほどのことなんだろ?」

  いって、美姫を見る。

  どちらかというと、ユウキが話をしにきたというよりは美姫が用件を告げにきたという印象のほうが強か
 ったからだ。

「結論からいいますが、一昨日のグラディエイトで私のジャンヌはかなりの損壊を被りました」

  もちろん、翔太が知らないわけがない。ジャンヌの右腕を切り落としたのは他でもない翔太なのだから。
 正確には【キリイ】を操作した翔太が、であるが。

  縦に一度頷く。

「それで、これは非常に言いにくいことなのですが……」

  よっぽどいいづらそうな美姫のようすに、翔太は凄く、じゃんけんであいこが20回ぐらい続いた時のよう
 な嫌な予感がした。

  そして、じゃんけんは少しでも己が勝利を疑うと勝ちが駆け足で相手にいってしまうことをぼんやりと
 考えた。

「これです、どうぞ」

  そういって、美姫はテーブルの上を滑らせて、一つ封筒を差し出してきた。

  茶封筒とは違い、ほんのりと青みを帯びた高級紙。プラスチックを薄く延ばした小窓から伺えるのは、美姫
 の名と、悪魔のつづり、

「……請求書か」

  遂に来た。

  一昨日の夜約束したように、ジャンヌの修理代は翔太が受け持つこととなっていた。

  断ろうとした美姫を無理やり納得させたところもあるが、それは男の意地というか、ビンタをしてしまった
 翔太なりの謝罪の気持ちである。

  確かに金銭面の出費は痛いが、まだ綾小路からふんだくった金は百万近く残っている。それだけあれば
 十分だろうと翔太は見切りをつけていた。

  だが、封を切り、たった一枚の薄い紙を見たとき、翔太の感覚は止まった。

  美姫とユウキは不思議そうな表情で首をかしげているが、翔太が彼らの行動に気づくことは現時点では
 ありえなかった。

  いやいや、待て待て、と目尻を押さえてもう一度金額を確認する。

  ゼロの数が、いち、に、さん、し、ご、ろく、…そして先頭にはもう一桁、7の英数字。

  さっ、と体中の血が抜けていくような錯覚を受けて、翔太の視界が激しく揺らいだ。

「おい、翔太。大丈夫か? 顔色がすこぶる悪いぞ……?」

「あ、アア、すこぶる大丈夫だ」

  一瞬声が裏返る。

  だがそれも仕方が無いのかもしれない。請求書には七百万をあらわす数字がどう見てもある。斜めから
 見ても変わることは無い現実。

「あの、やっぱり無理なんじゃないでしょうか? ジャンヌは<ヒーロー>タイプですから、修理の請求費も
普通の方にはかなりの額になるのでしょう?」

  指折りの金持ちらしく、おそらく彼女にとってはこんな金額それほどでもないのだろう。

  だが、ああ、それでも翔太にはきつすぎる金額である。

(なんでカトブレパスのボディ新調料金よりも高いんだよ……)

  以前、カトブレパスのボディを新調しようとしたとき、熊谷曰く、ボディの新調よりも新しい機体を買った
 ほうが安上がりだといわれた。

  その時の料金は数百万、高くても五百万だといっていた。これは、それ以上である。

  車などを修理にだしたことのない(買ってないから)翔太は知らないだろうが、大損壊を起こした車体は
 修理費が笑えるぐらい高額になることがある。

  修理費だけで新車が二台は帰るような金額になるのだ。

  つまり、ジャンヌは見た目よりも深いダメージを負っており、修理すると七百万を必要とするのだ。

  この時に大人しく無理だといえていれば、翔太はどんなに楽だったろうか。借金を負うことは無く、今まで
 どおり普通のキャンパスライフを送れたはずなのだから。

「お〜いマジで大丈夫か〜? 眼が活きの悪い魚みたいになってるぞ〜?」

「どうしましょう? やはり私が払ったほうがいいでしょうか?」

  心優しい兄妹二人は結構本気で翔太のことを心配してくれたりしたのだが、腐りかけみかんのようにしぼ
 んだ翔太の精神が反応することは無かった。

  だが、この後結局、翔太はすごく嫌そうな顔で、七百万を払うことを美姫に伝えた。

  それは、プライドとか男としてだとか、心の奥底の自分が許さないという、あのなんともいえない感情で
 ある。

  そして翔太は知らない。美姫も知らない。

  美姫は請求額を見ておらず、翔太はこの金額が妥当なのだと思いこんでしまったが故にこの請求書の
 不可解な点に気づかなかった。

  いくら<ヒーロー>とはいえ、修理費に七百万もかかるわけがないのだということを。

  そこに織り込まれた、ある老人の意図が知られることは決してない。














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