缶詰ヒーロー












       17缶詰ナリ *  【Love】








「それはできません」

  力強い否定。

  仮設控え室に駆けつけてきたユウキが驚いた顔で美姫を見詰めている。翔太がなぜ、と問う前に
 美姫は目線で言葉を打ち消した。

  ―――元々疑問点が多かったのだ。

  翔太が和議の提案をしても、自らの高飛車なプライドが許さないのか美姫が納得することはなかった。

「私は約束しました。【グラディエイト】で勝った者に負けたものが謝罪をすると……それをいまさら反故に
するつもりはありません。これでも、誇りは持っていますから………」

  聞いて、翔太は自分を一層恥ずかしく思った。

  美姫は誇り高い。だがそれは決して都合のいいほうにばかり働くのではなく、あらゆる事象に対して
 誇り高いのだ。

  敗北は悔しいだろう。だが、耐えてまでも誇りを保とうとしている。

  確かにそれは美点だった。

「そうはいってもな、俺だって大人気ないマネをしちまったわけだし。ここは痛みわけっつーことでいいじゃ
ねぇか」

「ですが…」

  ジッと聞き入っていたユウキが一歩前に踏み出した。

「美姫、翔太もそういってることだし、俺だって気にしてないから構わないだろ? それに、ストーカー男の
せいでこんなケンカするのも馬鹿馬鹿しい」

  珍しくまともなことをいう。

  美姫は思案した様子だったが、やはり首を横に振った。

「それでも厚意を受け入れることはできません」

  美姫が辛そうに俯く。誇りと妥協の狭間で、勢力が拮抗しているのだろう。

  煮え切らない態度。控え室の蛍光灯がニ、三度明滅を繰り返した。美姫の足元に影を造るが、時折闇に
 紛れて消えてしまう。まだあどけない、幼い顔立ちだ。

  翔太は髪をごちゃごちゃに掻き乱すと怒鳴りつけるようにいった。

「七面めんどくせえ奴だな。もとはといえば俺がケンカを吹っかけたんだ。俺が悪かった。すまんごめん許せ。
だから今回のことはこれで終り、それでいいだろ?」

  言葉を一方的に手渡すことで反論をなくす。

  こうすれば相手も条件を飲みやすいだろうと考えてのことだった。

  十代の少女につい本気になってしまった自分が恥ずかしくてならない、特に最近はなんだか自分らし
 からぬ行動が増えた気がする。ちょうど、キリイが送られてきたころから。

  翔太は昇ってくるなにかを堪えきらずに出口へ足を向けた。このまま家に帰ろうというのである。

「あ、ちょっと……」

  静止の声も待たずに、帰る。

  ここにいてももう意味はないし、やるべきことは果たした。めんどくさいこともあったが、自分なりにけじめを
 つけたと思い、翔太は控え室を後にする。

  一瞬、足を止めて振り返った。

「その、なんだ…ビンタなんかして本当に悪かった。いいわけみたいでいやなんだが、あの時俺もイラついて
てな、見境がなかった。本当にスマン。それから、機体の修理費は俺に請求してくれ、それぐらいはする」

  それきりいって翔太はいなくなる。

  思いも寄らない謝罪の言葉に、美姫は石像のように固まっていたが、正気に戻るとユウキに向き直って
 訊ねた。

  目に、獲物を見つけた鷹の気配がある。

お兄様・・・、あの方の名前は石若 翔太さまでよいのですよね?」

「あ、ああ、そうだけど……」

  たじろいだ様子で応えるユウキは、妹のただならぬ雰囲気に圧倒されていた。美姫は含み笑いともとれ
 る笑みを隠すと、口元を押さえていた。

「ん? 美姫、なにニヤニヤ笑ってんだ?」

「なんでもありませんよ」

  美姫、本名―――武田 美姫はそっぽを向くと手を後ろで組んで歩き出した。着物の裾が地面を擦って
 いるが、気にも留めていないようだ。

  一言で表すなら、嬉しそうである。なにが、とははっきりわからないが……。

  結局のところ、ただの兄弟喧嘩に巻き込まれただけの翔太なのだが、新たに苦悩の種を蒔いていた。
 いつしかそれは大きな苗となり、強大な災厄を実らせるであろうことを、翔太は自覚していない。



            」              」            」  



  控え室を出て、翔太が眼前に立っていたのはいまや隻腕となった騎士だった。

  たった今冷却処理が終わったのだろう、夜露がボディのいたるところに張り付いている。キリイも、同じ
 ように冷却しているはずだ。

「おす」

  軽く挨拶をするが、答えは返ってこない。しばしの時を要し、おもむろにジャンヌは口を開いた。

「ありがとうございます。これで、美姫さまも少しは学ばれることでしょう」

「学ぶ?」

「挫折、と分類されるモノです。私のような機械よりもあなたのほうが詳しいのでは?」

  ジャンヌの狙いは、翔太にもすぐにわかった。

「そういうことは自分で教えてやれよ。おかげで俺はえらい恥かいちまった」

「その件については謝罪します。ですが、私はいち玩具にすぎません。出すぎたマネはできないのですよ。
たとえ主人が間違っていたとしても、ね」

  玩具に過ぎない、そういったジャンヌの言葉に憂いが潜んでいた。缶詰ヒーローがどれだけ高度なAIを
 持とうと、人に近い形を模そうと、その事実は変わらない。

  今は、ジャンヌの嘆きを励ますだけの答えを翔太は持ち合わせていなかった。

「それにしても、完敗です。お見事としかいいようがありません」

  自分を鼓舞するような口調。

  翔太はジャンヌの欠落した部分を見た。今はない右腕が痛々しい、だが、翔太の中には不思議と後悔など
 はなかった。逆に、充足感がある。

  全力で戦ったからだろうか? なにやら思い浮かんだ臭い考えに自分で辟易するも、嫌な感じはしない。

  眼が腕に向けられていることに気づいたのか、ジャンヌは庇うようにして隠した。

「これは、授業料といったところでしょう。これで美姫さまが少しでも他人の痛みをわかるようになるのなら
安いものです」

「お前が払ってどうすんだよ。教わったのはあの小娘だろ?」

  瞬時、ジャンヌの眼付きが鋭く変貌した。

「美姫さまを小娘と呼んだことは、今は見逃します。ですが次からは気をつけますよう」

  はいはい、とあしらう様に右手を振って応じる。翔太はポケットからタバコを取り出して、火をつけた。

  闇夜の空間にもくもくと煙が昇っていく。翔太は眼で煙の行き先を追いながら空を見上げた。高い、見続
 けると落っこちてしまいそうなぐらい高い。

「全く、たいした忠義心だな。そんな性格で疲れないのか?」

「それ以外、私には能がありませんので…」

  うやうやしく頭を下げる。してやられた気がしないでもないが、ここまで感謝されるのなら悪役に徹する
 というのも悪くない、と翔太は考えた。

  それで何かが進展するのなら―――。

  ちくり、とこめかみに頭痛の兆候が現われるが、すぐに意識の外に放り出す。翔太はなにかいいたげな
 ジャンヌに集中して気を紛らわせた。

「あの方は……」

  語り始めた言葉に聞き入れる。頭痛の兆候も消えた。

  傍から見ればおかしな光景なのかもしれない。真面目に玩具と語らっているのだから。だが、玩具と話し
 ている、という気はしなかった。

  人間と玩具だが、絆はあるということ。それ故に世界中でも人気があるのだと、翔太は悟った。

  おもむろに、ジャンヌが続きを紡いでいく。

「私から見てもプライドが高すぎました。誇りを重んじるプログラムを施された私から見てもです。だから、
貴方に負けたことで美姫さまはさらに大きく、強くなられると信じています」

「そいつは、リベンジ宣言と受け取って構わないのか?」

  わかっているのに、翔太は敢えて確認を取った。

「それ以外に聞こえたなら言い直しましょう。―――首を洗って待っていなさい」

「上等だ、いつでもこい」

  拳を突き出し、カカっ、と翔太が気持ちよく笑う。月光の中にジャンヌの微笑が一瞬浮かんだ気がしたが、
 ふと見ると、もとの感情の起伏が見られない無表情に戻っていた。

  と、まだ会話も終わらぬうちに、彼らの横から、誰かの足音がした。二人分ほどだと思うと、程なく正体が
 月から降る光に照らし出された。

「ほら、やはり翔太くんの勝ちだったろう?」

「う〜納得〜い〜か〜な〜い〜」

  其処から熊のように荒々しく、引き締まった体躯を持つ男性と、タマゴのシルエットを持つ缶詰ヒーロー
 が歩いてきた。

  翔太がなぜここに、としきりに首を傾げていると、こちらの疑問を察知してか、熊谷が弁解するようにい
 った。

「庭で迷子になってるタマゴくんを見つけたから、ここまで連れてきたんだが」

「ああ、悪いな。迷惑かけちまった」

  タマゴを見る。眼には相変わらず嫌悪の色がある。

  何故逃げなかったのだろうか? 翔太がグラディエイトに出ている間に逃げてしまえば、矜持のもとへ
 だって帰ることが出来たろう。

  そこに待っているのは悲しみだけかもしれないが、タマゴならそうするはずだった。途中からいなくなっ
 ていたのも、てっきり逃走したものだと思っていた翔太は面食らっていた。

  ジャンヌが、突然の来訪者に驚いたのか驚いていないのかよくわからない表情で見詰めていた。初め
 て見たときから変わらない無表情だ。

  ジャンヌが何かいいたそうにしている。まるで、幼い少女の如き問いかけだ。

「私はこれで失礼しますが、翔太さま、一つ聞いても?」

  穏やかな声の言霊は、騎士の誇り。

「貴方から見て、私は―――私たちはどれほど強かったでしょうか?」

  一息し、翔太は眼を閉じて、開いた。

「さあな、俺に聞かなくてもわかるだろ」

  一陣の風が吹く。全てのモノを慈しむ両腕で体を包んでいくのは心地よかったが、ジャンヌがいった言葉
 を聞き取るには少しばかり煩すぎた。

  何をいったかなど聞こえない、聞こえなくてもいい。

  ただそこにある気持ちだけで―――。













        SEE YOU NEXT 『Under water』 or 『Landslide victory




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