缶詰ヒーロー












       16缶詰ナリ *  【Landslide victory】









  会場は静まり返った。

  夜露が葉から流れる様子すら見えてきそうな情景は、戦いの緊張がピークに達したことを物語っている。
 誰もが息を呑むことすら忘れた。まるで静止画のように動かない。

  間合いは、やはりお互いの攻撃が届くか届かないかの瀬戸際。缶詰ヒーローの反応速度と瞬発力をもって
 すれば零に等しい距離が、果てしなく長い。

『間合いで勝とうとは思うでない。断然にあちらが有利だぞ?』

  キリイの忠告は当然翔太も知覚していた。間合いを一瞬間で縮めるようにみせかけ、縮めない。緩急を織り
 交ぜながら揺さぶりかける。

  まともにぶつかっては勝てないことはわかっていた。【ジャンヌ】との速度差はほとんどない。膂力の差も
 微々たるものだ。

  リーチと武器。それだけが違った。ただそれだけが千里より遠い道となっている。なにより、帯電粒子を帯び
 た槍に迂闊に触れようものなら、一瞬で装甲は溶け落ちてしまい、最善でも回路がショートしてしまう。

  最悪なら、いわずもがな―――。

  こちらの間合いに踏み込むことが出来れば勝てる。

  今はもう最大限に機体の特徴を生かし、機を作り出すしかない。翔太は【キリイ】の特徴を思い出した。装備
 は刀のみ、衣装はただの袴だった。

  ―――凛

  と、翔太の内部で確信に近い、勝利への方程式が解けた。

  ばれないように、誰にも気づかれないように、なるべく相手の注意が下半身に向けられないように、そっと
 行動を始める。上半身の囮動作は大きくする。

「システム変更をしろ。バランサーの電圧を限界まで高めておけ」

『おぬし何を? ……なるほど、文句はいうまい。システム承認』

  対峙できる時間はもうそれほど長くはない、第一ラウンドの残り時間は四十秒を切る。まだ、双方に動きは
 見られない。

  細かな駆け引きは行われるが、瞬戟までは移らない。

  だが、もうすぐ終わるはずだ。

「いくぞ」

『応っ』

  短い応答。先に動いたのは翔太だった。



          」           」           」 



「駄目!」

  君香が叫んだが、翔太に聞こえるはずもない。

  どうして先に動いてしまったのか、君香には意味がわからなかった。リーチで負けている分、翔太たちは
 十分に相手を焦らし、隙を突くことがこの場合としては定石だった。

  特別アリーナで、戦いを傍観していたユウキが君香の叫びに眉根をひそめた。ユウキにも翔太が間違っ
 た行動に出たと気づいたようだ。

  ことの成り行きをしらぬ勇は、ただ黙って見ているだけだったが、その隣に座る祖父、秀雄が目をカッと
 開いて立ち上がると歓喜を抑えられない様子で声を漏らした。

「やりおるのう…」

  なにが、と君香が問う前に、闘技場でぶつかり合いが始まった。

  美姫が繰る【ジャンヌ】。救国の英雄が振るった一撃は、突くのではなくて横薙ぎに一振り。

  プラズマ化した切っ先が大気を焦がし、新たに電子を加速させながら熱量を増大させていく。聖槍が吼える。

  【キリイ】の側面部に裁きが下されようとしていた。

  極限まで速度を振り絞った踏み込みは、今更進路変更できるものではない。確実に、≪ラ・ピュセル≫の
 帯電粒子熱が【キリイ】のボディを溶かしながら両断するだろう。

  峻厳な断罪は、弧を描いて【キリイ】に迫る。さすがに、君香は眼を閉じそうになった、が、

  ―――ガキィィィィ!

  金属が奏でる不快音。

  細めそうだった眼を開くと、そこには君香が信じられない光景があった。

「…うそ! なんでっ!?」

  ≪ラ・ピュセル≫のプラズマ化した穂先より半歩大きく踏み込み、翔太の繰る【キリイ】が≪小狐丸≫の
 白刃と長槍の柄部分が拮抗していた。

  僅かに【キリイ】の装束が焼け焦げているが、目立った損傷はない。

「見ておらんかったのか? やっこさん、突撃する前に袴の内側で距離を詰めておったぞ!」

  興奮を隠そうともしない秀雄は、闘技場の【キリイ】に魅入っていた。徐々に、≪ラ・ピュセル≫を圧し戻して
 いく。

  君香は、祖父の言葉を反芻。意味を理解するころには【キリイ】が【ジャンヌ】の体ごと押し返し、弾き飛ば
 していた。僅かな間、バランスが崩れる。

「どういうことなんだ?」

  まだ事態を把握し切れていないユウキが問うた。ちらりともユウキを見ずに、秀雄は応えた。

「つまりのう、袴の内側でばれないように半歩足を動かす。
僅かな距離しか詰められないのじゃが、相手の計算しておった分より大きく踏み込むことができる。当然むこう
は半歩分の間合いをつめられていると気づいておらんから、攻撃の軌道に誤差が生じるのじゃ」

  上半身は動かないように、袴の内だけで足を動かす。武術でも応用される基本的な歩法の一つ。

  だから、【ジャンヌ】の一撃は突きではなく薙いでいた。目の前で、計算よりも大きく急に加速したことで反応
 しきれず、突きの動作に移れなかったのだ。

  強化ガラス越しの状況は一変していた。バランスが崩れたままの【ジャンヌ】を【キリイ】が追撃する。

  【ジャンヌ】は即座にバランサーを調整しなおしていた。

  場慣れしている美姫は、焦りを瞬時に回復させたのか、再び槍を構えて迎撃体制をとる。君香が思うに、
 キリイは一度退き、体勢を立て直してから突撃することが、この場合でも定石だった。

  だが、当然の如く翔太は無視して突っ込んでいく。

  型破りといえばいいのだろうか、君香は呆然としながらも、なぜか戦いの結果が見えた気がした。



            」            」            」 



  まず一閃。

  当てるつもりはない。向こうが誘ったように翔太も誘っていた。空振り。

  ≪小狐丸≫の斬戟を避けられたことで、機体の背を相手に向けてしまうことになる。【ジャンヌ】は機を
 見逃さずに帯電粒子の穂先で空気を切り裂く。

『システム変更完了―――酔うでないぞ?』

  キリイの警告は、はっきりいって聞き取れなかった。

  指示の通り、バランサーがジャイロと共鳴して異常なバランス力を生み出す。翔太は≪小狐丸≫を振り
 ぬいた遠心力と抜刀から生まれた速度に【キリイ】のボディを回転にまかせた。

  突如の行動に、【ジャンヌ】の動きが鈍る。迷いは一瞬。構わず突いてきた。

  ―――ガキィィィィ!!!

  独楽こまのように一回転し、【ジャンヌ】の一撃を弾き飛ばす。

「まだまだぁ!!!」

  もう一回転。

  システム変更が功を奏したおかげで、ほとんど減速せずに回転は続く。

  速く、速く、速く―――。

  体勢を直そうとしていた【ジャンヌ】の機体を再度吹き飛ばす。暇など与えはしない、怒涛の追撃。回り
 続ける。

  もう一度。

  回転数に応じて遠心力が高まり、順次威力が高まっていく。だんだんと、【ジャンヌ】の反応速度が限界
 の兆候を見せ始めた。隙が生じてきている。

  【ジャンヌ】が、制限時間まで逃げ切る色を見せ始めた。容赦なく、慈悲もかけず、逃がしなどしない。

  今度はさらに勢いをつけて回る。翔太は機体のあちこちが悲鳴をあげるのを聞いたが、いまは四の五の
 いわずに回転速度を増した。

  四回目で、確実に打ち込める隙が生じた。

『これでっ!』

「終わりだぁぁぁ!!!」

  裂帛の気合いを込めて、回転する。

  計五回転。それで全ての決着が着いた。

  【ジャンヌ】の機体が繰り出される負荷に耐え切れず、バランスを大きく崩した。しかも、おかしな力点で
 ≪小狐丸≫の戟を受け止めたのがいけなかった。

  ≪ラ・ピュセル≫は中央部から切断され、【ジャンヌ】ごと巻き込まむようにして右腕を斬り、落とした。

  手は抜かない。回転に併せて姿勢を低くし、相手の足を払う。バランスを完全に失った【ジャンヌ】は闘技場
 に仰向けに倒れた。

  そこへ、≪小狐丸≫の切っ先を突きつける。

『そこまでっ! 【ジャンヌ】を戦闘不能とみなします。勝者、石川 翔太さま!』

  会場内のスピーカーから、熱い声が出てきた。

  初めこそなれない仕事だったものの、今となっては熱意が生まれてしまったのだろうか、やけにはきはき
 とした声だった。

  会場内の歓声もそれに負けてはいない。

  心地よい徒労感。というわけにはいかなかったが、翔太は満足していた。

  しかし、どことなく心は重い。

  これであのクソ生意気な小娘をギャフンといわせてれやれる、と。同時に、なんて大人気ないマネをして
 しまったんだという後悔が確かにあった。














       SEE YOU NEXT 『Love』 or 『For whom the bells tolls




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