缶詰ヒーロー












       15缶詰ナリ *  【For whom the bells tolls】









  戦闘開始から二分の時が過ぎていた。戦況は【ジャンヌ・ダルク】の圧倒的有利に見える。

  手に持った長槍から繰り出される、寸隙を突く攻撃に、翔太の操る【キリイ】はなかなかどうして、距離を
 縮められずにいた。

  特別アリーナ席には君香とユウキ、ユウキの父である勇、「TOY」名誉会長の秀雄が腰を降ろしていた。
 一般観客席よりも闘技場に近いため、臨場感は自らが戦っているのと遜色はない。

  君香はハラハラする心を押さえつけながら戦いを傍観していた。強化ガラス越しに見える光景は【カトブレ
 パス】戦を思い起こさせる。

  後から教えられたことだったが、美姫が操る【ジャンヌ・ダルク】はこれまでに二つの大会を制覇しているとの
 ことだった。どちらも地方の小さな大会であるが、経験の差が追随を許さない。

  しかも、【ジャンヌ・ダルク】がこれまで負けたのは全て<ミソロジィ>戦のみ。レジェンドには負けていない。
 巷では『レジェンドキラー』として恐れられているらしいのだ。

  レジェンドに負けていないということは、単純に考えると【カトブレパス】よりも強いということになる。

  再び、ジャンヌの専用武器(アーティファクト)にはである長槍≪ラ・ピュセル≫が唸りを上げた。

  キリイも専用武器(アーティファクト)≪小狐丸≫で逸らすが、全てがそううまくはいかない。
 
  衣装を僅かに切り裂き、持っていく。今のところ直撃は避けているが、針の穴を通す一戟はあえてはずして
 いるようにしか見えない。

  つまり、わざと隙を作り、誘っている。

「まずいな。翔太のやつ…」

  ユウキの一言が、会場内全ての心を代弁していた。いや、一人は違うかもしれなかった。

  白髪の頭髪が乱れているのも構わず、徳野 秀雄は身を乗り出して魅入っている。頬杖をつくように顎に
 手をやり、どちらかというと観察に近い傍観者だった。

  君香は、思案気な父の姿を確認して、まずい、と頭がショートしそうになった。

  一昨日、秀雄が見ていたDVDに移っていたのは紛れもなく翔太が繰る【キリイ】の姿。あの時こそはしら
 を切ったものの、今こうして秀雄の前で戦っている。秀雄も既に気づいているはずだ。

  翔太が戦うことに反対したのは、祖父が関係あったのだが、頑なな姿勢を通した翔太を止めることができ
 なかった。

「もう駄目じゃないのか?」

  武田重工社長が息子に尋ねる。ユウキは首を二回横に振って否と応えた。

「まずい、とはいったけど駄目だとはいっていない。あいつは何か隠している。そんな気がする…」

  根拠がないことをいったからか、ユウキの顔の翳りが深くなった。

  本来、自分が原因で起こった事態に責任を感じているのかもしれない。君香は俯くと、【ジャンヌ・ダルク】
 の槍について思い出していた。

  通常物理兵器とは違い、特殊なエネルギー兵器であることを、今になって思い出していた。



            」             」            」



  会場が歓声に包まれて熱を生み出している傍ら、碁盤の目を縫うようにして、タマゴは脱走計画を遂行して
 いた。

(速く〜矜持〜の〜と〜こ〜ろ〜へ〜帰〜らな〜きゃ〜!)

  タマゴは翔太のことが嫌いである。少なくとも、そう思っている。まともな扱いを受けたことはないし、ここ
 数週間で酷い目に何度もあっていた。

  思い出しただけでも鳥肌が立つ。一刻も早く矜持のところへ帰り、優しい声をかけてもらうのだと張り切っ
 ていた。

  だが、運命はそうそう甘くはない。

「迷っ〜〜〜た〜〜〜よ〜〜〜。だ〜れ〜か〜」

  泣きそうな声を上げ、タマゴはきょろきょろを眼を配らせた。

  闇、闇、闇―――。

  武田邸の広大な敷地は、徒歩で十五分歩いても門に着くことはなかった。

  しかも、しかもである。影が濃い木々からは奇妙な鳥の鳴き声が夜なのに聞こえてくるし、なんだか背後
 からつけられているような気配もする。

  ロボットだというのに、タマゴはお化けが嫌いだった。

「う〜怖く〜な〜い〜。怖く〜な〜い〜」

  呪文のように唱える。ほとんどは口の中でごもごもと消えたが、心を落ち着かせるには十分だった。

  落ち着いたと思われた直後、茂みが揺れた。突然とタマゴが跳ねる。

「ん? どうして君がこんなところにいるんだい?」

  ずれたサングラスを直しながら、何故か熊谷が登場した。

  無精ひげがたくましい、といえば聞こえはいいが、タマゴにとっては荒々しい本物の熊みたいに見えた。
 お化けでないだけマシだったが、ちょっとばかり怖かった。

「道に〜迷っ〜た〜の〜。出口〜は〜ど〜こ〜?」

「出口? ああ、もう後一キロほど向こうにあるが……君はどうするつもりなんだい?」

  熊谷が行動に目を止める。タマゴは俯くと、ボソボソとごもった。

「…逃〜げ〜る〜……」

「逃げる? それは翔太くんから、ということなのか?」

  頷く。

「あの〜人〜は〜自分〜勝手〜で〜周り〜の〜ことを〜考え〜な〜い〜。だから〜嫌〜い〜」

  正直な気持ち。

  タマゴがここ数日で学んだのは翔太の口の悪さや傲慢さ。キリイも似たようなものだったが、自分を気に
 かけてくれる分だけ幾らか優しかった。

  だが、翔太はというと無理矢理な方法でタマゴを連れ去り、自分の所持ヒーローとしてしまっていた。

  扱いも酷すぎる。

  これに納得することができるほど、タマゴはお人好しではないし、なによりも矜持への想いが強く残り、
 郷愁に駆られていた。

「自分勝手か…」

  ぼそり、と遠くを見るように熊谷が嘯く。

「僕は違うと思うがね」

「?」

  一歩こちらに歩み寄り、熊谷が語りかける。夜風が一陣吹いたが、木々のざわめきを大きくしただけで、
 話を聞くのにこれといった難はない。

「彼はそれとは少しばかり違う、と僕は思う。根拠などないがね」

  両手を空に向けて、肩を竦める熊谷はタマゴ向かってに独り言のようにいった。

「逃げるのはいい。だが、もう少し翔太くんを見ておくことも大事だ。君が、成長するために必要なことだろう
から」

  熊谷のいっていることが難しくて、タマゴの演算機能でも理解することは不可能だった。CPUが熊谷の
 言葉は『哲学』分野に当たるものとして、答えを弾きだせないでいるのだ。

  ワァ、と遥か遠くから歓声が闇を駆けて伝わってきた。

  グラディエイト専用闘技場からの熱気が、ここまで伝播してきた錯覚にタマゴは眼を眩ませる。

  過去の残滓に見え隠れするのは、強敵と戦い抜いた懐かしき日々。ほんの数週間前までは、矜持と共に
 最強を目指して戦い抜いていたのだ。

  それが今や―――。

  無性に悲しくなって、タマゴは俯いた。先ほどの歓声に気をめぐらせた熊谷がいう。

「粒子兵器≪ラ・ピュセル≫か……無事だといいんだが………」

  熊谷が見詰める先は、闇なのか闘技場なのかわからなかった。

  ただ、粒子光兵器という言葉は戦闘データに残っていたため、馴染みがあった。タマゴは彼方に構える
 闘技場が、人の熱で歪んでいるように感じた。

  タマゴは思考する。

  これからのことを、これまでのことを―――。



          」            」             」 



『お互い決め手となる一撃を繰り出せずに、八分が流れました。膠着状態は打開されそうにありません』

  慣れぬことをしているせいか、急遽司会者に抜擢された侍女のたどたどしいアナウンスが報じられる。

  いささか迫力には欠けるが、状況は的確に言い伝えていた。

  既に、【キリイ】を舐めたような空気はどこかに霧散している。<ヒーロー>タイプと互角に戦える機体とし
 て、皆に認めらていた。それは、美姫にとっても同じだろう。

  攻撃が段々と鋭いものになり、油断の気配は微塵もない。

  ただし、ダメージ量からいけば【キリイ】のほうが大きい。ボディの数箇所は機能不全に陥っているのに
 反して、【ジャンヌ】のダメージは皆無だった。

  美麗な騎士【ジャンヌ】から立ち昇るオーラは、真剣勝負に匹敵する。銀色が照り返す。純白の鎧を着込
 んだ騎士の手には一本だけ槍がある。

  おかしな槍だった。

  まずなにより穂先がおかしい。穂先の部分が二つに枝分かれしており、突くというよりは横に薙ぐ攻撃の
 ほうが相手に致命傷を与える作りだった。

  さらに、穂先の周囲を旋回する三つの球体。補助機器の役割を果たすのだろうが、どういう役割を持つの
 かは定かではない。

「おい、あの球はどうして浮かんでいるんだ?」

  翔太の素朴な疑問。

『そんなこともわからんのか?』

  キリイは嘲笑うように答える。

『アレはおそらく大気中の静電気を吸収することでイオノクラフト効果を生み出しておる。さらに槍に作用がある
のだろうな、周囲を回るように設定されておるのだろう』

  専門用語のオンパレードに、翔太の頭脳がついていくことはできない。

「わかんねえよ。つまりアレは空中に浮いてぐるぐる回るようになってるってことだろ」

『おぬしの馬鹿さ加減が覗えたのはいいのだが、もうちょっとマシないい方はないのか?」

  呆れたキリイを無視して、翔太は対峙する騎士の行動を予測した。

  これまでは剛直な攻撃が多い。強い、が、当たらなければ意味がないモノばかりだった。しかし、それも
 誘いだということはわかっている。

  相手が狙っているのは、こちらを間合いの最中に引き入れてから一撃を食らわせることだろう。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。飛び込むしかねえな」

『ならば今のうちに回避プログラムを組み上げておこう。油断するな、相手はこちらを引き込むだけの余裕が
あるということだぞ』

「わかってる」

  僅かに間合いを外し、翔太は≪小狐丸≫を構えなおした。

  刀と槍。リーチで負けている分の距離を取る。相手が半歩でも進めばこちらの間合いになり、逆にこちらが
 進めば相手の間合いにもなる、という位置だ。

  ―――瞬歩。

  瞬きにも似た踏み込みで距離を一度に詰める。まだ、【ジャンヌ】は動かない。

  刀を振りかぶって誘う。それでも【ジャンヌ】は耐えている。いや、美姫が機を見計らっていることは確かな
 のだ。

  そのまま振り下ろす。もしかしたら、杞憂だったのかもしれない。このままいけば勝てそうだ、という思いが
 少なからず芽生えてくる。

  その時だった。

  やはり、待ち構えていた。

  先ほどまでゆっくりと旋回していただけの球体の動きが高速に近づいていく。同時、穂先から青白い雷光が
 迸り始めた。

「回避だ! 急げ!」

『いわれずともっ!!!』

  寸前までキリイが組み立てていた回避プログラムを作動。

  ≪小狐丸≫を振り下ろした遠心力はそのままに、内臓電磁モーターと人工筋肉から生じるエネルギーを
 全て足元に集中。

  後ろに退いたのでは間に合わない。斜め前に飛び込み前転をする形で急速転進する。

  膨大な熱量を帯びた風が耳元を通り過ぎ、【キリイ】の髪を数本焼き切った。

  転がった勢いは殺さずに、立ち上がる推進力として応用する。急激な回避運動で電子上に蓄積されるプロ
 グラムもかなりのものになるが、あらかじめ用意された行動なのでそれほどでもない。

  ここから、丁度【ジャンヌ】の背が見える。金色の髪と、純白に輝く装甲鎧は美しいが、専用武器アーティファクト≪ラ・ピュセ
 ル≫を包み込む蒼白い雷電はさらに綺麗だった。

  三つの球体が唸り声は収まらない。むしろ、周回速度を上げていく。速度に比例して、雷光も強く漏れ始め
 ていく。

『粒子兵器か…厄介な物だ……』

  ≪ラ・ピュセル≫の切っ先が触れている闘技場の表面が、白く発光し、沸騰しながら溶けている。

「粒子兵器ってなんだよ」

  キリイが知っていることは意外だったが、すぐに理解する。キリイとて最新機器の塊である『缶詰ヒーロー』。
 専門的知識はハードディスク内部に詰め込まれているのだ。

  さきほどの質問に答えられたのも多大な情報量の賜物だろう。

『大気中の陽電子や中性子などを電磁気的に加速させて……と、おぬしにこんなことをいっても無駄であった』

「いいからいえ、出来るだけ努力はする」

  無論、理解する自身はなかった。だが、かじる程度でも構造を知っておくことで、打開策を立案することも
 できる。

  ならば要点だけ、とキリイは普段どおりのクールボイスでいった。

『三つの球体があるであろう? アレが電子加速器の役割を果たし、大気中の電子を高速運動させる。そう
することで粒子をプラズマ化し、切っ先が3000度の近くまで上昇する』

「待てよ。3000度っつったら鉄も余裕で溶けるはずだろ? どうして槍が原型を留めてるんだよ?」

  強化装甲で包まれている缶詰ヒーローも例外ではなく、3000度の高温では自らも焼き尽くす諸刃の刃となり
 得るはずだ。

『だから、あの球体があるのだろう。おそらくアレは電子の動きを先端部だけに留める停留装置の意味も為し、
自分に被害が及ばない働きもあるはずだ』

  熱が伝わるというのは、分子運動の一環に過ぎない。

  ならば、運動が外部に伝わらないようにすれば、一部を除いて後は常温となる。諸刃の刃などでは断じて
 ない。

  ≪ラ・ピュセル≫は敵を滅殺するために特化した強力な断罪兵器だった。

「なるほど、確かに厄介だな」

『ああ、厄介だ』

  ≪ラ・ピュセル≫を一度振り、【ジャンヌ】が突撃の構えをとる。操舵者である美香はこの一撃に賭けるよ
 うだ。

「いまから個人的感想をいうが、構わないか?」

『別に。好きにするがよい』

  戦いの最中だというのに、翔太はまるで朝食を食べるようにゆったりとしていた。落ち着き払い、いい感じに
 余裕が現われている。

  眼前の騎士を睨みつけ、いう。

「速いな、だが」

『負けてはおらぬ』

  翔太がいい、キリイが次々と付け足していく。

「武器の性能差は埋められない」

『しかし、それが決定打ではない」

「戦闘経験ならむこうが上」

『だがそれすらも問題ではなかろう』

「つまるところ」

『我らの勝利は揺るぎはしない』

  戦闘時間、残り65秒―――。
















      SEE YOU NEXT 『Landslide victory』 or 『La pucelle d'Orleans





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