缶詰ヒーロー












       14缶詰ナリ *  【La pucelle d'Orleans】








  グラディエイト専用闘技場。

  闇夜に照らし出された大理石が秀麗に照り返しては瞬いている。観客席には数多くのギャラリーを収容
 できるが、今現在はゲストとして招かれた著名人だけが溢れていた。

  武田邸宅内に急遽建設されたという闘技場はグラディエイト国際ルールに則った規格、百メートル四方
 のサイズで建造されていた。電磁シールドを生み出す柱<カーバンクル>も四本設置。

  もともと敷地内には無かったのだが、徳野 秀雄をゲストと迎えると決まってから、最速で組み上げられた
 らしい。それまで企画されていたモノを取りやめてまでの特急建設だ。

  余興の為だけにここまでのモノを建造する金持ちの気持ちは判別し難かったが、翔太には大して関係の
 ないことでもあった。好きなように金を使えばいい。

  今はただ、生意気な小娘の鼻を明かすためだけに集中していく。

「悪ぃ、翔太。面倒なことさせちまって……」

  普段は騒がしいまでに目障りなユウキが、珍しく落ち込んでいる。責任を感じているようだった。

  別に、とぶっきらぼうに翔太がいうと、ユウキはさらに落ち込んだようだ。めんどくさいやつだな、と思うが
 邪険には扱わない。

  仮設控え室には翔太とキリイ、君香とユウキの四人がいる。

  キリイは人工筋肉をほぐし、戦闘態勢に入りつつある。文句の一つもいってくるかと思ったが、それはなか
 った。変わりに、やるからには勝つぞ、とだけいってきた。

  タマゴはいない。いつの間にか消えてしまっていた。もともとタマゴに好かれていないと自覚している翔太
 は、別段気にもしないで戦闘準備を整えていた。

「翔太くん、本当にやるの?」

  何が心配なのだろうか、君香はしきりに止めようとしてくる。

「俺が負けると思ってるのかよ。これでも<レジェンド>にだって勝ってんだからな」

「そうじゃないよ…でも……」

  語尾が徐々に狭まっていく。君香の不安は、おそらく翔太が掲示された条件のことだろう。

  ただ【グラディエイト】で勝ってもおもしろくないからと、美姫から突きつけられた条件は二つ。

  一つ目は心からの謝罪。頬を叩いたことに対して真心込めて謝れと言うものだ。ここまでなら何の問題も
 ない。むしろ当然のことだった。

  最悪なのは二つ目の条件。もし翔太が負けた場合は、無償で美姫の下僕となり、生涯で得る金銭を渡し
 続けるというものだ。

  勿論、美姫が金に困るはずはない。単に翔太を一生苦しませたいだけなのだ。働きアリのように。

「準備は出来たかよ?」

  キリイが冷静沈着な面を崩さずにこちらに向き直る。刀を鯉口から鞘に納刀する。

  吊り上りがちな眼に炎が宿っているように見えた。

「無論、いつでもいける」

  力強い返答。

  こちらは働きアリだといった。ならばさしづめ、美姫は女王アリというところだろうか。

  そうだというなら、力づくで教えてやらねばなるまい。女王アリは絶対的な権力を持つが、決して唯一
 無二の存在ではないのだということを。



          」            」            」



  闘技者専用舞台<スキーズブラズニル>内は一ヶ月前に味わったままとなんら変わらなかった。勿論、
 規格が同一なので違うはずも無いのだが。

  芒っ、とした紅い光に覆われた内部で、翔太はヘッドギアを装着した。

≪五感リンクを開始します………視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚…リンク……オールコンプリート…戦闘開始
まで残り300秒≫

  合成音声のナビゲートが終わると同時、翔太の意識は地上にある【キリイ】のボディに移っていた。戦闘
 開始位置には既に立っているので、まだ時間に余裕があった。

  会場を見回すと、普段は冷静沈着で通っている評論家や政治家が、熱狂の渦に身を任せながら興奮に
 酔いしれていた。

  さすがは【グラディエイト】。翔太は呆れに似た感心で吐息を一つ。

  残り250秒を切った時点で闘技場の四隅にある柱から電磁シールドが展開された。全く同時に、キリイに
 語りかける。

「おい、どうしてお前は文句をいわないんだ。今回は別にやらなくてもいい戦いだぞ。金のためでもない、何の
得にもならなねぇんだ。下手すりゃお前の大事な大事なボディが壊れるんだぞ?」

  数秒の刻が空いた。キリイは普段どおりの冷たさを擁した声色でいう。

『ならばおぬしはなんのためにこの戦いを引き受けた。金のためでもない、何の得にもならないのだぞ? 
それこそ下手をすれば一生を棒に振ることになる』

  今度は翔太が沈黙する番だった。

  条件を断ることはできた。そもそもが【グラディエイト】で白黒つけるというのが無茶苦茶なのだ。これでは
 弱肉強食の原理となんら変わらない。反論の余地はいくらでもあったのだ。

「俺は…」

  電子の存在となったキリイが、そっと言葉に耳を傾けた気配がした。

  少し恥ずかしい気もしたが、こうなれば自棄である。

「よく他人を馬鹿にする。皮肉をいう。だがそれはあくまで表面上で嘲り笑う。
たまに本気に取られることもあるが、本心からいったことは少ない。だが、あのガキは俺の友人の心を
躊躇もなく踏み荒らしやがった。それが気に食わない。なんとしてでも思い知らせてやる」

  ふふ、とキリイが優しく笑った。似合ってねえ、そういおうと思ったが、やめておいた。

『ならば、拒否する理由は無いな。私に組み込まれているプログラムの一つに≪武士道≫がある』

  一息。

『武士の道は義によって立ち、仁によって保たれ、信によって成る。されど、人の道無くして武士の道無し。
私は、友の為に戦う者なら、協力することを惜しみはせぬよ』

  珍しく口論になることなく会話が終わる。キリイはすぐさまプログラム最適化に集中し始めた。これ以上の
 話は、もう必要ない。

  日常喧嘩が絶えない二人であるが、時折、奇妙なところで気が合うことがある。今が、その時だった。

  残り時間が100秒を切る。

  翔太は眼の前に構えている『缶詰ヒーロー』を観察した。

  相手は、先ほど自分の手首を掴んで止めたヒーローである。やはり、と翔太は唇の端を吊り上げた。

  純白の鎧を模した装甲版に身を包み、手には一本の槍を持っている。兜の後方から、一つに纏めた金色
 の人工毛髪が覗える。

  整った顔立ちで立ってはいる。変わらぬ無表情、が、なんとなく怒りが濃いように見えた。それもそうだろう
 と、翔太は自分を納得させた。

  今、あのヒーローを動かしているのはヒーローそのものの人格ではなく、自分に対して強烈な激怒をぶつ
 けてくる美姫なのだ。

『それでは戦闘準備が出来ましたでしょうか? もうしばらくで戦闘開始となりますが、その前に機体解説を
行います』

  ヴァルハラでの大会とは違い、ゆったりとした司会者の説明がスピーカーから聞こえてきた。おそらく、
 武田邸に仕えている者でも使っているのだろう。

『操舵者 石若 翔太さま。所持ヒーロー【キリイ】 型番号 CH-T9S。タイプ <リアル>』

  <リアル>という説明で、会場がざわめきだった。何を考えているのだ、という意志の塊が翔太に向かって
 飛んでくる。

  ここでも、<リアル>最弱説は際立っていた。つまり、キリイのヴァルハラでの活躍を見たものはいないという
 ことになる。

  ただ、司会者の次のセリフが彼らから声を奪った。

『グラディエイト公式記録は、戦績 1戦 1勝 0敗 0引き分けです』

  絶句。

  まさか、という思いと、嘘だ、という気持ちがない交ぜになったのか、観客たちの喧騒は耐えることがない。

  そんな中、突如として<スキーズブラズニル>内設置スピーカーが緑のランプを点滅させた。外部から
 の無線通信を表す光を目に入れ、翔太は通信を開いた。

『聞こえていますか?』

  聞こえている。そして、覚えがある。今現在戦いを始めようという相手、美姫からの通信だった。

「もうすぐ戦闘が始まるっていうのになんの用だ」 

『そう邪険に扱わなくてもいいでしょう? 私はあなたの主人となるんですから。少しは仲良くしようじゃあり
ませんか』

  丹田の辺りから、血が一気に逆流しかけた。翔太は怒りを隠した声で応答する。

「ふざけてろ。完膚なきまでに叩きのめしてやる」

  あはは、と美姫の余裕に満ちた笑い声。

『<リアル>がどんな手を使ってグラディエイトで勝ったかしらないですけど、よほど姑息な手を使ったんで
しょう? 悪いですが、私の【ジャンヌ・ダルク】にはそのようなマネは通用しませんから』

  それだけを宣言すると、一方的に通信は断ち切られた。

「おい、聞いてたか?」

『無論。思い知らせてやろうと心から思ったわ』

  キリイが構築を片手間に応じる。翔太は<スキーズブラズニル>から【キリイ】に意識を戻し、対象の
 観察を再開した。司会者の解説も続けられていく。

『対するは美姫さま。所持ヒーロー【ジャンヌ・ダルク】 型番号 CH-LPO。タイプ <ヒーロー>』

  【ジャンヌ・ダルク】という名に、翔太も心当たりがあった。

  かつてイギリスとフランスが百年戦争と呼ばれる長きに渡る戦いを繰り広げていた当時、戦局的に不利
 な立場に追い込まれて行ったフランスを救うため、神の啓示を受けたとされる英雄の少女である。

  僅か十九歳でその生涯を閉じるが、今では聖人として列に加わっている。

  通称≪La pucelle d'Orleans≫ラ・ピュセル・ドルレアン、『オルレアンの乙女』と呼ばれている。
  
『グラディエイト公式記録は、戦績 27戦 15勝 5敗 7引き分けとなっております』

  会場が沸き立った。美姫が操る【ジャンヌ・ダルク】の戦績は決して悪くない。むしろ、かなりの高勝率を
 キープしている。

  実力はやりあうまでわからないが、経験という点では大きく突き放されていた。だが、それでも翔太の心が
 焦ることはなかった。






  戦闘開始まで残り15秒をカウント。

  15…14…13…

  会場の熱気が上昇する

  12…11…

  手から汗が滲んでくるが意識の奥へ追いやる

  10…

  意識を地上に戻す

  9…8…

  眼前の騎士は手に持った槍を構えたまま動かない

  7…6…

  翔太もゆっくりと刀に手をかけた

  5…4…

  数秒の対峙

  3…

  会場が一瞬だけ静かになる

  2…

  人の波、時間の流れ、不思議と高揚する気持ちを押さえ込み

  1…

  全身に走る人工筋肉で熱量が生まれる

  0―――戦闘開始オープン・コンバット

  歓声が、爆発した

















      SEE YOU NEXT 『For whom the bells tolls』 or 『Combat prelude





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