缶詰ヒーロー













       10缶詰ナリ *  【New body…?】












  視界を覆いつくしているのは多種多様な兵器。無骨に輝く、鉛色の砲身。なにに使うのかわからな
 いナイフ。悪辣なボディフレーム。試験運転を続けるモーター。『二重螺旋構造ツインイグジスト』を謳う人工筋肉。

  翔太は眼を見張るばかりの専門パーツに愕然としていた。軽く見て、数千、モーターだけでも数百種
 を超えている。

  缶詰ヒーロー専門店「ヴァルハラ」。

  君香の為すがままに連れてこられたのは先日の大会を主催した彼の専門店である。外観は美麗
 にして巨大。高さは五階建てのビルに匹敵し、内部は間仕切りなしのホール上になっている。

  いたるところにスカンディナビア辺りの装束や、飾り物が輝いてあった。

「あれと、それと…あ! これもください!」

「はいはい。君香さんはお得意だからね、サービスしとくよ!」

「ほんと!? ありがとう!」

  買い物に来てから既に三十分。君香はあれよあれよと『缶詰ヒーロー』のパーツを買っていく。もう、
 うん十万はつぎ込んでいるのではないだろうか。

  なぜなら、モーター一個の値段が最安値で一万である。とてもじゃないが、翔太みたいな者には手が
 出ない。貧乏人が踏み込んではいけない聖域だった。

  平日。昼間。それなのに店内は溢れんばかりの人だかりだ。老若男女、そして缶詰ヒーローの姿も
 ちらほら見える。みんな暇人だ。そして、娯楽につぎ込むだけの財を持ち合わせている。

「お待たせ! 翔太くんはなにか買った?」

  元気にいって、君香が帰ってくる。表情のどこにも不機嫌はもう無く、むしろここにいることで生き生き
 としていた。

  翔太は買えるか、と聞こえないように呟いた。一回の買い物で何十万もつぎ込む。なるほど、日本
 経済も持ち直すわけだ。

「やっぱ金持ちは、嫌いだ…」

  翔太が愚痴をいいながら店内を見渡していると、向こうから見慣れぬ男性が歩いてきた。遠目でもナ
 イスミドルだとわかる。
 
  まず、立派な髭。半透明のサングラスの奥には強い瞳が輝いていた。立派な顎鬚。二メートルに届きそ
 うな身長と鍛えられた筋肉がはちきれそうだった。

「やあ、君香くん。また来てたのかい? いつもいつもご苦労様なことで」

  気軽に挨拶。その男性の胸にはネームプレートがついていた。「ヴァルハラ」店長 熊谷 泰。

「こうやってパーツを見てるだけで楽しいから毎日だって来たいんですけど、やることは他にもありますから」

「そうだとも、機体の調整やレジストリをいじることも大事なことには変わりない」

  力強く笑う熊谷。君香はそうですね、と答えていた。どうやら二人とも知り合いらしい。会話の断片から
 聞き取れるのはまさに、未知なる語群。知られざる世界。アウターゾーンだった。

(意味がわからん。それより…なんて羨ましい………)

  熊谷の姿を、下から上へファッションチェックしていく。

  熊谷が身につけている衣服はアルマーニで統一されていた。腕時計はロレックスだし、体中の至る所
 が金をかけられているのが見て取れる。

  日本でも缶詰ヒーロー専門店は全八十数店舗しかない。地方だけではなく、全国でだ。『缶詰ヒーロー』の
 商品自体を売っているのは近所のおもちゃ屋で構わないが、改良パーツは違う。

  ここのような専門店でしか手に入らない。

  店舗数が少ないのは国家医師試験より数十倍難しい試験のせいだといわれている。店長になるまでは
 難しいが、なったらウハウハ。世界でもトップクラスの資産家にランクインである。

  誰かがいっていた通りだ。どうやら、金というのは寂しがり屋らしい。お金が少ないところは避けて通り、
 仲間が一杯いるところに集まりたがるようだ。

  すると、翔太に気づいた熊谷はサングラス越しの視線でこちらを射抜いてきた。金持ちが放つオーラに
 翔太は塩をかけられたナメクジのように小さくなる。

「おや、こちらの彼氏は?」

「や、やだ! 彼氏だなんて! ただの親友ですよう!」

  恥ずかしそうに俯くと、君香が熊谷の背を力の限り叩いた。

  いつの間に親友までランクアップしていたのか、翔太の疑問は拭えない。まともに話すようになった
 のはつい先日のことであったのだ。

  苦痛に熊谷が眉根を寄せて、弁明する。

「わかったわかった。そういうことにしておこう」

  苦笑。持ち前のダンディさがにじみ出ていた。

  ふっと翔太を見る眼に記憶を思い起こしている色が現われる。そうか、というと小さいままの翔太の
 肩を掴んできた。

「君が【キリイ】の所持者か? 〈リアル〉が〈レジェンド〉に打ち克つということをやってのけた……そうか
君香くんの知り合いだったのか…」

「は、はあ…」

  熊谷は妙に芝居がかった動きをとるが、それがどこも嫌な感じはしない。持ち前の雰囲気だろうか。

「あの戦いには僕も感動したよ。はっきりいって、いままで開催してきた大会の中でも一、ニを争う名勝
負だった。年甲斐も無く興奮させてもらったよ」

  そういった熊谷の眼に、歓喜が出現する。ここにもまた一人、『缶詰ヒーロー』に虜にされたものが
 いる。

「どうも」

「ところで、今日はなんのようなんだい? 僕でよければ相談によってあげるが」

  話しやすい雰囲気だ。いまならカトブレパスのことも訊けるかもしれない、というか訊くしかないだろう。

  翔太はこの男性に現状を伝えることにした。

「実は…」



        」           」           」



「ふむ。それなら新しい機体に人格を移したほうがよさそうだ」

  熊谷は、立派に生えた髭を一撫でするといった。

「新調は難しいんですか?」

  翔太の代わりに、君香が質問する。熊谷が当然と答える。

「難しくは無い、でも翔太くんの予算と部屋の大きさを考えるとね…聞けば翔太くんの部屋は六畳一間の
アパートなんだろう? とてもじゃないが【カトブレパス】を置いておくスペースは無い」

  ごもっとも、と内心で翔太は冷や汗を拭った。

  なるほど、聞けばカトブレパスのボディを新調するのには数百万必要なのだという。熊谷が説明して
 くれたところによると、

 『カトブレパスはレアなんだ。だから、ボディを造り直すには費用が掛かりすぎる』

  とのこと。無論、翔太にそんな金はない。ならば熊谷のいうように新しく『缶詰ヒーロー』を買って、そ
 のボディに人格を移したほうが天と地ほどの差で安上がりである。

「じゃあ、新しく機体を買う。それでいいんだろ?」

「問題はない。そうだな、今からカトブレパスのコアを持ってこれるかい?」

「お安い御用だ」



           」          」          」



  一時間後。

  自分も見に行きたい、とゴネたキリイを強制的に振り払って逃げてきた翔太がコアを手渡す。

  熊谷は迷いなく作業を続けていった。

「人格の転送はひと段落だ…あとはセットアップだけでいい」

  熊谷の宣言とともに立ち上った煙は、作業で掛かる負荷を物語っている。缶詰ヒーロー持つ人格
 データや戦闘記録はあまりに膨大だ。

  一体の持つハードディスクの容量は70ゼッタバイト。ギガの1024倍がテラ。テラの1024倍がぺタ。
 ぺタの1024倍がエクサ。エクサの1024倍がゼッタ。つまりは、そういうことだ。

  カトブレパスが学んだ経験や、感情、そういうものを積み込んだデータを全て転送するのに掛か
 った時間は約三分。技術の進歩とはかくも恐ろしい。

「結局カトブレパスは納得しなかったね…これでよかったのかなぁ……?」

  隣に立ち尽くす君香が物悲しくいう。そう、カトブレパスは新しいボディに移ることを納得しなかった。
 理由は、元のボディじゃなければ矜持が気づいてくれないからだという。

  下手な悲恋よりも哀しい、一方通行な思慕だった。あの後、綾小路からは何の連絡もない。なんな
 ら翔太を訴えることだって可能だったはずだ。それが、ない。

  一時の気の迷いではない。カトブレパスは完全に捨てられたのだ。

「よくはないだろうな。だが、あのまんまじゃあよくも悪くもならなかった。それだけだ」

「それもそうだけど、なんともいえないよ…」

  君香は一通り納得したのか、また前方に目を送った。君香は黙って見続けている。カトブレパスが新
 しい体を手に入れていく様を。

「さて、早いところ終わらせてしまおう」

  額に大粒の汗を流しながら、熊谷が宣言した。翔太は歩み寄る。眼の前には高さ一メートルほどの
 『缶詰』が置かれていた。この中の機体に、カトブレパスの人格は移っている。

  ふと、疑問点が翔太の脳内に浮かんだ。

「そういえば、【カトブレパス】の機体は全長が馬鹿でかいよな。どうやってこんな小さな缶詰に入ってた
んだ?」

「そのことかい?」

  熊谷の眼が光った。喋りたくてうずうずしているのだろう。これだからマニアは、と翔太は呆れたが、相手
 の好奇心を満足させてやるために先を促した。

「いわゆる〈レジェンド〉とか〈ミソロジィ〉には全長6メートルを越す機体もある。
だが、そういう機体が当たったときは缶詰の中身は空っぽなんだよ。その代わり、こういわれる。
『TOY」の支部にご連絡下さい』
つまり、直接「TOY」に取りに来いってことだ。そうして引き換えデータを渡すことで機体が手に入る」

「なんかめんどくさい気がするが、まあ納得できるな」

  それならカトブレパスが缶詰に入っていたことも頷ける。と、そこで隣にいる金髪美女はいった。

「ねぇ、翔太くん。早く缶詰を開けようよ」

  待ちきれないのか、君香が急かしてくる。それは決して翔太のためではなく、自分が早く中身を見たいと
 いう欲望からきているのだろう。

  先ほど「ヴァルハラ」内で買った缶詰は悠然と静寂が備わっている。翔太は缶詰に近づくと、熊谷の
 指示通りにセットアップを開始していった。

《システム起動、セットアップ。インストール………スタート》

  白煙とともに流れるノイズ交じりの電子音声。たった一ヶ月前、このようにしてキリイと出会ったのが
 懐かしく感じられた。

  翔太は側面についているキーボードに規定文字を流れる水のように打ち込んでいく。

《成長プログラム…コンプリート*ヒーロー概念…コンプリート*第一駆動から第五駆動…コンプリート*修正
パッチVer 2.5…コンプリート*自己鍛造データ…コンプリート*言語設定…コンプリート*バージョン情報…
コンプリート》

  妙に聞きなれた声だった。翔太の中で郷愁に近い感情が沸々と湧き出てくる。

《所持者の確認…御坂市*大湊区*上泉町*47-6*アパート「ディスペアー』*305室*住人…石若 翔太
…セットアップ終了……これより機体の説明に入ります》

  大量に排気したように、缶詰が乾いた呼吸音をあげて蓋を開かせる。ごくり、とその場に居合わせたもの
 たち全てが唾を呑み込んだ。唾を飲んだことすら、意識にはなかったかもしれない。

≪お客様の『ヒーロー』は型番号「CH−MGA」≫

  高音の蒸気。そして缶詰からは手足が…手足が……

  出てこない。

「なんだ?」

「おかしいね。出てきてもいいはずなんだけど」

  翔太の素朴な問いに、君香が応じる。熊谷もよくわからない様子だった。

  キリイが来た時には、この時点で手足や頭、およその全身像がシルエットとして現われていた。近寄って
 みる。

  新しい体を手に入れたカトブレパスがまだ現われない理由は、翔太が缶詰に歩み寄り、中を覗き込んだ
 ことでもれなく判明した。

「!!!」

  驚き。

「……くくっ…」

  笑い。

  何事かと思った君香と熊谷は例によって近づき中身を見た。満遍なく、容赦なく、隅から隅まで。

「「!!!」」

  驚き、そして笑いへ移行。皆の笑いの的となっている肝心のカトブレパスはというと。

「あう〜動けない〜。誰か〜助け〜て〜」

  じたばたじたばた。

  カトブレパスは缶詰の中で短い手足を懸命に振り回していた。大海原に打ち捨てられた荷物のように、
 その、綺麗な楕円を描くボディを転がしながら。

《名称は「ハンプティ・ダンプティ」…非戦闘系統・成長タイプ「卵」…》

  皆が笑いを堪えている情況で、合成音声は淡々と解説を織り成す。これがまた情況に不釣合いで、
 翔太たちは含み笑いから大笑いになる。

「た、卵ってなんだよ…くくっ…」

「だ、駄目だよ翔太くん…笑ったりしちゃ……あはは!」

「こ、こらこら、くく、みんな笑ったりしたら、カトブレパス…じゃなくて、た、卵に失礼だろう?」

  駄目だ。こみ上げる笑いに耐えられたものは皆無である。翔太なんか「腹いてぇ」といっている始末だ。

  哀れカトブレパス。強引に新しいボディにされた挙句の果て、皆の笑い者になってしまった。同情より
 も可笑しさのほうが強く感じるのは否めないが。

「え〜ん! だれ〜か〜立た〜せて〜よ〜〜〜〜〜!!!」

  じたばたじたばた。

  カトブレパス、もといハンプティ・ダンプティの受難が終わるまで、数分の時を要してしまったのは、ご
 愛嬌である。





  【ハンプティ・ダンプティ】

  ルイス・キャロル原作『鏡の国のアリス』に登場する卵の形をした紳士。

  ヨーロッパに伝承される民謡『マザーグース』の一節にも彼を問題にした謎かけ遊び歌として紹介さ
 れている。詩ならどんなものでも、まだつくられてないものでも答えられるというインテリ紳士である。

  現代の言葉ではずんぐりむっくりした人のことを指す場合に使われることも多々ある。

  ただし、『缶詰ヒーロー』においてこの機体には別名が与えられている。

  其の名も―――――『かa…




「よ、ようタマゴ! くく、あた、あ、あたらしい体のちょ、調子は…くくく…どうだ?」

「さい〜あ〜く〜だ〜よ〜! え〜〜〜ん!!!」





  …o』である。

  聞き取れなかったのなら申し訳ない。
















      SEE YOU NEXT 『Rejoicingy』 or 『We know you』  to Atogaki 『I wish





  目次に戻る




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送