缶詰ヒーロー












      1缶詰ナリ *  【Are you a hero?】










「しゃあ! 援助物資の到着だぜ!」
  
  長年の風化激しく、塗装が剥げ落ちたアパートの一室から大音声があがる。壁が薄いせいで隣室
 にも聞こえていたようだ、文句の怒号と共に、木材を叩く低音が耳朶を打つ。

  だが部屋の主である青年にはおよそ関係のないものだった。隣人との友好関係よりも遥かに重要
 なモノが届いたのだ。

「ああ、田舎の母さんありがとう。これで今月も生きれそうです」

  北の方角に向かって、礼拝する。

  六畳一間の狭苦しい部屋の中央に、強烈な威圧感を放つ異物があった。縦横高さ全てが一メートル
 を超えるダンボールには、青年が今月生きていくだけの物資が入っている。

  大学の受講料は奨学金で補い。毎月、雀の涙ほどのバイトで稼ぐ給料と、こうやって届く実家の母
 からの補給が青年のライフラインである。

「さ〜て、今月は何が入っているのかな?」

  ガムテープの癒着が力で剥かれ、豪快に切り裂かれる。内部を隠すように覆うダンボールの一片、
 計四片を慎重に開いていく。張り詰める期待感でおのずと手が震える。

「新鮮な無農薬野菜? 赤い血滴る霜降り肉? それとも…」

  窓から差し込む陽光が、徐々に、ダンボールの暗闇を取り払っていく。

「小切手かな〜?」

  覗く。瞬間、青年は絶句。

「……缶詰?」

  缶詰である。しかも馬鹿でかい。一メートルはあるダンボールをたった一個の缶詰が、全ての空間
 を埋めていた。

  缶詰のラベルには『缶詰ヒーロー』とだけ表記されている。

「ま、まさか、おかん…」

  嫌な予感がよぎった青年は、補給物資と一緒に送られてくる手紙を手に取り、破いて中身を取り出
 した。丁寧に三つ折にされており、文面には息子を思う偉大な母の愛が籠もっていた。

『翔太へ、元気ですか? 母さんは元気です。母さんは、翔太がちゃんとご飯を食べているか心配です。
だから、今回はお店で売っていた一番大きな【缶詰】を送ります。きちんと食べて、体に気をつけてください。

                                                           母より』

  青年、翔太は母の優しさに危うく涙しそうになったが、堪える。だって男の子だもん、と考えたかは
 定かでないが、別の意味で涙は流れていた。

  ―――ああ、天然母さん。なぜあなたはいつも自然なボケで俺を困らせるのですか?

  ともかく、これで今月生き延びられるかあやしくなった翔太は、ダンボールから『缶詰ヒーロー』を取
 り出し、凝っと考えていた。

  『缶詰ヒーロー』、製作会社は「TOY」、老若男女を問わず、十年ほどまえから世界的なブームを巻き
 起こしている新種のおもちゃである。

  その最たる特徴は完全な自我を持ち、独自で行動する≪機械人形≫であることだ。容姿は様々で
 、翔太が知る限り、人型から動物、果ては架空の生物の模倣をしたタイプがある。

  ヒトの身体物理限界をやすやすと超える身体能力をもち、骨格は数トンの衝撃にも難なく耐えうる
 特殊強化フレーム、タンクローリーを一息で持ち上げる人工筋肉をもつ、まるでテレビの特撮『ヒーロー』。

  いや、『ヒーロー』なのだ。製作目的もただ一つ、初代「TOY」の社長である、徳野 秀雄がいった一言
 「子供たちに本物のヒーローを」、であったらしい。

  そして『缶詰ヒーロー』は開発され、市場に出回った。

  『缶詰ヒーロー』ブレイクの要因は、多様性であると専門家はいっていた。トレーディング・カードのよう
 に缶詰にどんなヒーローが入っているか事前に知ることは出来ない。

  なにより、「TOY」は同じヒーローが何体もいていいはずがない、という理念の下に同型機を一つとし
 て作っていない。

  一体一体が人間のように個性をもち、性格も違い、得意なことや不得意なこと、機体の敏捷性や膂力
 の差、と自分の機体は、まさに自分だけの『ヒーロー』となりうるのだ。

  最近では、自分のヒーロー同士を戦わせる【グラディエイト】が大人気らしい。

  単価は一体二十万。性能の割には格安料金である。唯一の欠点といえば、重いことだろうか、一メー
 トルほどの高さの缶詰に入っている『ヒーロー』の総重量は一番軽いもので百キロを超える。

  そこで、翔太の頭をよぎるものがあった。

「待てよ、単価が二十万ってことは、質屋にでも入れちまえば…」

  まして、『缶詰ヒーロー』は入荷と同時に売り切れるほど大人気である。運良く翔太・母は手に入れた
 ようだが、実際はお店などでは手に入らない。高値で闇で取引されるほどなのだ。

  結果、

「よし、売ろう」

  そうと決まれば話ははやい。翔太は早速質屋に、電話をしようと携帯を捜し、タウンページで番号を
 検索する。

  と、突然、

《システム起動、セットアップ。インストール………スタート》

「うお!」

  急に白煙を立ち上らせ、『缶詰』から炭酸が抜けるように空気が排出される。同時に、缶詰に備え付
 けられているスピーカーから、ノイズ混じりの合成音声が鳴り響いた。

《限定プログラム…コンプリート。ヒーロー概念…コンプリート。第一駆動から十二駆動…コンプリート
修正パッチVer 2.55…コンプリート。言語設定…コンプリート。バージョン情報…コンプリート》

「おい! これどうやって止めるんだよ!」

  叫んで、翔太は『缶詰』の周囲を凝視する。だが、スイッチらしきものはない。何かの弾みで内臓電池
 に切り替わり、そのまま設定を立ち上げてしまったらしい。

《GPSによる現在地の割り当て…御坂市*大湊区*上泉町*47-6*アパート「ディスペアー』…》

  質に入れるものは、保管度が良ければ良いだけ高い金額を渡してくれる。ここで設定が完了してしま
 うとそれだけ価値は下がる。刻一刻と、無情にも時は進む。

  それは、翔太の計画を頓挫させる時間の進みだった。

「あ、嗚呼ああぁぁ……」

《305室*住人…石若 翔太……買い手と判断…セットアップ終了》
 
  そして、全ての設定が終了した。

  絶望に打ちひしがれる翔太を嘲笑うかのように、『缶詰』がぎこちない音をたてて、蓋を開いた。

《これから機体説明に入ります。お客様の『ヒーロー』は型番号「CH-T9S」…》

  スピーカーからは、説明が流れていたが、翔太の耳にはちっとも入ってこなかった。

「俺の、金…俺の…生活費………」

  突如、缶詰の開いた縁に、白磁の手が現れた。

  手から順に、腕、細い。腕の次は肩、女性特有の丸みを帯びている。肩の次は、頭部、顔は見え
 ないが、長い髪。頭部の次、体、ここで着ている服が侍のものであるとわかった。体から、足、これ
 また完璧なバランスで構成されている。

  やがて、全貌があらわになった。

  立ちあがったのは、あまりに、ああ、あまりに美しい人形だった。しっとりと纏まっている。黒髪は
 腰まで伸び、いかにもな[侍]の衣装を着て、腰に日本刀を帯びている。衣服の上から、ふくよかな
 胸のふくらみが見て取れる。

  一見、人形だとは区別がつかない。だが、体の可動関節部にある溝、要所要所に見られる外部
 ネジから、彼女が人間でないとわかる。

《名称は「キリイ」、白兵戦系統・近接戦闘特化・特殊タイプ「侍」…》

  機械人形「キリイ」が、黒髪を翻しながらこちらを向く。背筋に氷を入れられたように、ひやりとする
 氷の美貌だ。つり上がり気味のきつい眼差しが、翔太を射抜く。ただ、凝っと。

《お買い上げ、ありがとうございました。それでは、これからも「TOY」の製品をごひいきください。
サポートセンターへの電話番号は……》

  ようやく説明が終わる。しばし、キリイに見とれていた翔太も気を引き締める。

  キリイは高度なAIを積んだ自動人形なのだ、とはいえ、人間でいうと今生まれたばかり、ここはな
 にか話しかけて安心させよう、と翔太が口を開きかけた折、

「汚い部屋だな、とても人が住むところとは思えぬ。それに狭い」

「なっ!?」

  自然と紅を塗ったような唇から、想像も出来ぬセリフが飛び出した。それとも、彼女の気の強そう
 なところとマッチしているというべきか。

  馬鹿みたいに呆けている翔太を無視して、キリイは部屋の物色を始めていた。

「いや、男のひとり暮らしにしては上出来か。だが、このタバコ臭さは何とかならぬか? 鼻腔部の
センサーにひどく悪影響を与えかねん」

  絹糸の指で、タールが染み付き、黄色く変色している壁を、腫れ物を扱うように撫でた。

「おい! なに勝手に人の部屋観察してんだ!?」

  翔太が悲鳴をあげる。だが、キリイはこちらを一瞥もせず、

「まあそう騒ぐでない。これから寝食をともにする仲ではないか」

「は?」

  なにいってやがるこいつ、といったニュアンスを込めていうと、キリイは可哀想な人をみる目つき
 で、長い黒髪をなびかせながら振り返った。

「は? とかいうでない。私とて嫌なのだ。貴様のような主を佐さえるなど」

「あ、あるじ?」

  そうだ、とキリイがいって、自身が入っていた『缶詰』に近づいていった。『缶詰』側面に装備され
 ている操作端末に承認を求める。

「型番号CH-T9S 登録ユーザーの参照を求む」

《承認…CH-T9S、「キリイ」、ユーザー名『石若 翔太』、御坂市在住、大学二年、…》

  電子音声は淡々と翔太のプロフィールを読み上げる。

「と、いうわけだ」

  キリイが凛としていう。既に、翔太が「キリイ」の所持者として登録されていた。

  そして翔太はいきなり叫んだ。

「納得がいかねぇ!」

  そうだ、ただですら今月の生活が危ぶまれる時に、食べ物は届かず、よりによっておもちゃだ。
 しかも、『缶詰ヒーロー』は起動するために毎日の電力を家庭用コンセントから補給する。

  この場合翔太の部屋ということになるが、これが結構高額である。一般家庭なら問題ないが、
 翔太のように貧乏学生にとって、毎月の電気料金がこれ以上加算されることは死を意味している。

  思いがけず怒鳴られてもキリイは悠然と構えている。すぐ傍の缶詰を撫でながら聞き流していた。

  キリイの態度に腹が立った翔太は、最終手段を使うことにした。

「返品だ! 俺はガキみたいにおもちゃに興味なんかねえ!」

  続けて翔太が、

「それにテメエみたいな可愛げのないヤツを飼う気もねえんだよ! 待ってろ、今すぐ回収してもら
うからな!」

  握り締めていた携帯に、先ほど説明で聞いたサポートセンターへの数字を打ち込む。

  あとは緑の電話マークが見えるボタンを押すだけ、

「させぬ」

  と、

「へ?」

  間の抜けた吐息が、口から抜ける。翔太の驚愕原因は、眼前数メートル先に立っていたキリイ
 にあった。

  掻き消えたのだ。

  視界中央から、姿が揺らぎ、次の瞬間消えていた。

  そして、今、二メートルほど前で、腰を低く、右足をやや曲げて床を踏み込み、刀に手をかけ、鞘を
 やや下に傾けている。

  抜刀。

  人間の反応速度を容易く超えた動き。翔太が気づいた時には、手の中の携帯だけが両断されて
 いた。内部の精密機器がこぼれ出る。

  キリイは刀を、右手で軽く回し、鞘に戻した。体勢を直し、倣岸にいう。

「ふ、つまらぬものを斬ってしまった」

「な、なんてことしやがる!」

  下手をすれば自分も死んでいたという恐怖で、翔太は泣きそうだった。

「いやなに、奇妙なモノをみると、ついつい斬りたくなってしまうのだ」

「ウソつけ! テメエみたいな最新機器の塊が携帯電話を知らないわけねえだろ!?」

「ほう、けいたいでんわ…うむ、なんとも摩訶不思議なものであった」

  遠い目。明らかに確信犯である。不遜にも、知らぬふりを通すつもりらしかった。
 
  だが翔太は、ここまで強硬手段にでることから、キリイが返品されることをかなり嫌がっていると悟
 った。

  自分に向ける言葉のように、しかし、キリイにも聞こえるように、

「まあいいさ、近くの公衆電話でもことは足りるからな」

  巨大な缶詰を避けて、玄関に向かう。

「ま、待てい!」

  遮るように、焦ったキリイが腕を広げ立ち塞がった。

「まあ待て、考えても見ろ? 私のような絶世の美貌を兼ね備えたヒーローがおぬしの同居人になる
のだぞ? 日本人がいうところの『萌える』展開であろうが」

「『萌え』よりも、『金』だ。どけ、産業廃棄物」

  翔太は右へ、合わせてキリイも左へ、

「待て待て、もしかすると私とも恋愛感情が芽生えたりして、世のオタクどもを胸キュンさせる展開に・・・」

「ならん。失せろ鉄くず」

  翔太は左へ、キリイも右へ、

「しばし待たれよ。私の何が気に食わん? あまりにも美しすぎるこの容貌か? それとも溢れんばかり
の才気がおぬしの自尊心を失わせたか?」

「生きる希望。だからどけ、このなんちゃって侍が」

  右右、左左、右、左、右、左、左、右、と繰り返す。

  次第に翔太の息が上がり始める。

「ゼエ、ハア…どけ、この、ぜんまい人形」

「なんだ、もう息が上がったのか? タバコの吸いすぎであろう?」

「うるさい、エセヒーローが…」

「ヒドイのう、私は深く傷ついたぞ? 慰謝料――」

「払わん」

  右右、左左、

  こうして、日曜の朝は過ぎて行った。














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