缶詰ヒーロー












  世界大会の開会式が行われる、ちょうど一週間前。

  南米。人類の手が及ばぬ"失われた世界"、秘境ギアナ高地。百を超すテーブルマウンテンよりも
 さらに上空を旋回する衛星からの映像が視界一杯に表示される。
 
  TOYが種子島宇宙センターから独力で打ち上げた人工衛星『KAZAMI-鳥』からの高解像度映像だ。
 地上に置かれた針の穴すら識別する光学スコープが捉えられないモノはない。

『大木は後方から回り込んでッ! ああ、もうっ! 樹木が邪魔で対象が発見できない!』
  
『無茶いわんでください楠葉先輩、回り込めるわけないっスっ! 隊長、あいつ速すぎッスよっ!?』

  雄叫びに近い悲鳴は、一小隊三人一組(スリーマンセル)で行動する彼らの焦りを容易に連想させる。

  半径五キロ四方の密林が映る。世界遺産に登録されている秘地は神聖な景観を混乱の最中であ
 っても保ち続けていた。

  初め、それをはっきりと認識することはできなかった。

  背の高い木々がまるでモーセが渡ろうとした海の如く薙ぎ倒されていく。破壊された樹木は死屍累々
 の道となり、高速で移動する物体の行く手を遮らない。監視衛星の解像度をもってしても、速すぎる
 物体はただの黒点としてしか捉えられなかった。

『文句をいう前に目標をP地点まで誘導しろッ! 俺たちがしっかりやらないと被害は世界遺産だけで終わ
らんぞっ!!!』

  彼らが追跡しているのは、三日前に暴走して所持者の手から離れ、付近の村落や小規模の都市に
 壊滅的な破壊を与えながら突貫する缶詰ヒーロー【テスカトリポカ】。

  機体の人格は失われているにも関わらず、崩壊した人格プログラムだけが戦闘と同じの処理を行うの
 で停止することを知らずに破滅を繰り広げる南米の神。

  唯一の救いは、『ヒーロー概念』がどんな事態に陥っても作用する特性のおかげでテスカトリポカが直接
 人を傷つけることは決してないということである。

  それでも、家を壊されたり内蔵された兵器で誘発された火災などが人的被害を多少なりとも発生させ
 ているのだ。

  しかし焦りが彼らを鈍らせることは奇跡的に起こらなかった。あらかじめブリーフィングで決められた
 P地点への誘導を完了したのである。

  テスカトリポカらしき影は、予め伐採されていた百メートル四方の広場に躍り出た。周囲に障害物は
 なく、視界を遮るものはない。

『誘導を完了、フェイズ1コンプリートッ!』

  歓喜の声が小隊長の口から飛び出す。フェイズ1が終わっただけにも関わらず作戦そのものが終わ
 ったといわんばかりだった。

  三体の缶詰ヒーローは一斉に散開する。

「さてさて、あいつらが頑張ってくれた以上はあたしもやりますか」

  ピクニックにでも行く気軽さが弾む声からは女性だとしか判断できないが、鼻歌でも歌い出しかねない
 陽気を露わに彼女は囁いた。

  直後、衛星映像はテーブルマウンテン上で七メートルを超える砲身を構えた一体の缶詰ヒーローを映
 し出していた。

  遠目には無骨に見える長砲も、実際の近距離で見ると驚くほど精巧で、多層構造をしていることが
 下部ポッドから伺える。

  狙撃姿勢制御を終え、砲身の下部から三つの支脚が回転しながら大地に食い込んでいく。やけに
 長い腕が狙撃砲の反動を支えるために、トリガーを引くためにセットされる。

『≪ブリューナク≫固定完了  雛乃よ  いつでもいけるぞ』

  スピーカーから独特な音声が流れた。聞く者の心に圧倒的な尊厳を喚起させるような、不思議な声。

『よっし、それじゃあコード認証を行なう……』

  素っ気無く返し、雛乃はこの機体に備わる本来の力を発揮する音声入力コードを口元に伸びるマイク
 に向かって囁いた。

『伝承兵装・認証回線接続』

  共鳴するように、超長距離狙撃兵装状態の≪ブリューナク≫が白く青白い燐光を漂わせながら発熱
 する。砲身部に撒きついた十六連の環がゆっくりと、速度を上げて回転し始めた。

  裁きを下す十字が対象を捕捉、赤十字から緑十字へ変わり、『catch』とディスプレイに表示。だがこの
 距離では百メートル先の蟻を確認するようなものだった。まして狙撃など不可能。

  だが同時、

  雛乃の口元から兵装を発動する認証の詠唱が始まる。

『我、次元に光を造る者……五芒を描く神鎗の射手……一射一殺を契約に……いまこそ願わん……
我レラが御前に立つ者に等しく浄化の陽光を……穿てよ……――――……≫≫タスラム』

  多くを語らず。多くを許さず。多くを廃棄処分さない。

  雛乃が宣告を下すと同時、伝承兵装≪ブリューナク≫から計五つの閃光が軌跡を綴った。

  テスカトリポカは気付かない。

  紅く、薄紫をほんのりと帯びた、荷電粒子の光は、遙か遠くで動き出そうとしていた神話型缶詰ヒーロー
 のボディを寸分の狂いなく正確に撃ち抜いていった。とても、綺麗に。
 
  左腕、左足、右腕、右足、そしてボディの正中線にある動力炉。

  コンマ数秒もしないうちに、暴走していたテスカトリポカの各部から電光が迸り、三歩歩いて停止する。

『流石だな  契約者よ』



             #            #            #



  缶詰ヒーロー。

  世界中で人気を博すそのおもちゃは、「TOY」という会社が開発した史上最高のおもちゃである。

  何が最高かというと、缶詰ヒーローならではの競技【グラディエイト】に尽きる。缶詰ヒーロー同士を
 戦わせるこの競技は抜群に大人気なのだ。

  しかし、戦闘用の兵器を数多く内臓する缶詰ヒーローが万一暴走した場合、周囲への被害もたかが
 玩具がもたらすとは思えないほど甚大だ。下手をすれば街一つ薙ぎ払われるのだから。

  だが、この危険性を孕んでいても人々は缶詰ヒーローを求めることを止めはしない。それだけ魅力的
 だということなのだろうが、明日は我が身という言葉もある。

  よって非常時の抑止力として十年前に缶詰ヒーロー発売以前からTOYによって結成されていたのが
 起因物排除部隊『コンコルディアス』だった。

「やっぱり入谷さんは凄いッスよ。あんな距離から撃ち抜くなんて……いくら缶詰ヒーローのスコープを
使っているっていっても直線距離で五キロッスよね?」
  
  真っ白な部屋に巨大で真っ赤な貝殻があった。一般に知られる『フェイタル・リンクシステム』で缶詰
 ヒーローと感覚を接続するスキーズブラズニルを改良し、遠距離からの操作を可能とした<うつぼ船>
 なる新型装置である。

  微かな圧縮空気の排出音が部屋に波紋して、上部ハッチが開く。

「五キロどころじゃないわよ。相手はミソロジィなんだから、んな近くにいたら相手に感づかれるって。最低
でも十キロは離れてなきゃあね」

  フェイスマウントディスプレイを外した雛乃は、ゆったりとした動作でうつぼ船から降りた。

  年齢は三十前後だろうか。だがそれは目元に若干現れた皺などから判断できるのであって、実年齢
 よりだいぶ若く見える。

  美人の部類に入るだろうが、キツイ眼差しが近寄りがたい雰囲気を造りだしている。メッシュが入った
 長髪は襟元まで伸びたストレートで、背中に天下布武とでも書かれたコートを羽織っていそうな、姉御
 肌。彼女こそ入谷雛乃その人であった。

「十キロって……化け物ッスか? ……人間技じゃッスよ」

  大木という青年は顎が外れるぐらいあんぐり口を開けてうう、と唸る。

「当っったり前でしょ。なんたって入谷さんはたった一年でコンコルディアス統合隊長に選ばれた超実力派
なんだから、天才なのよ天才」

  少し離れた所で新たにスキーズブラズニルのハッチが開く。おそらくこちらが、楠葉と呼ばれた女性。

  事務仕事なら任せとけ、と豪語できそうなほどメガネが似合う女性だが、今その頬は恋する乙女より
 もさらに朱色を帯びていた。

「それは俺だって知ってるッスけど、やっぱこれほどの人だとは思わんかったッスよ……」

  大木が肩を落とすと、楠葉は信じられないと呟いて、人差し指を大木の額に突きつけた。

「何云ってるの。今日だって南米支部じゃ手に負えないからわざわざ召集されたんじゃない? ほんと、
私たちの部隊が追従を許されたこと自体奇跡だわ……」

  うっとり。どうやら、筋金入りのファンらしかった。

「おいおい、それじゃあ俺の立場がないんだがな……」

  たった今報告を終えて戻ってきた鬼瓦権蔵という半ばギャグみたいな本名を持つ中年男性が、頭を
 掻きながら部屋の隅に立って云った。

「詮方ないですよ。入谷さんと比べたら、隊長だって……だって入谷さんは本当に凄いんですよ? もし
グラディエイトに出てればあのアマテラスに勝てるっていわれてるほどなんですから……――」

「そりゃあ、その噂を俺だって聞いたこたぁあるがな、お前。俺にも立場ってもんがだな、」

「こんな弱小部隊が暴走したミソロジィを止められたのだって、入谷さんがいたからですッ」

  まず静寂。

  次に気まずい沈黙がひょうと吹いた。

「……んだとっ! 楠葉! ろくに機体操作もできねえひよっこにいわれたかねえ!」

「し、失礼な! 少なくとも大木よりも上手く操縦できます!」

「先輩! なんでそこから俺に矛先が向けられるッスかっ!? 不当な差別ッスよ!!!」

  聞く耳持たない楠葉の言葉はさすがに隊長のプライドに触れたらしく、険悪なムードが一瞬で部屋に
 伝播する。

  まさに、一触即発。とてもチームとは思えない。

「ちょ、ちょっと、待った待った。そんなことはもういいから、あたしらも手早く仕度をしないといけないだろ?」

  慌てて雛乃が止めに入ると、睨み合った二人とも「しまった、そうだった」という顔をして口を閉じる。

  コンコルディアスという組織は誰一例外なく忙しい。毎年アンケートで子供が憧れる職業NO.2とはいえ、
 その内容は現実社会がそうであるように夢も希望も無い。

  今日のような事態がコンコルディアスの花形仕事なので子供らは安易に夢を持ちがちだが、実際は
 缶詰ヒーローに関する犯罪や諍いを止めたり、クレーム処理といったなんでも屋が本来の仕事いえる。

  だが今年の彼らには、今日の事件すら霞むような大きな仕事が残っているのだ。

「そうっスよ、楠葉も隊長も早く準備しないと。なんたって来週は世界大会の開会式ッスよ? 警備するか
らには会場の下見も必要だし、喧嘩なんかで時間食ってるわけにはいかないっスよ……」

  大木が宥める。黙りこくった二人はまだ互いに云いたそうだったが、コンコルディアスとしての誇りが
 二人の個人単位での誇りを黙らせたらしい。

(やれやれ……相変わらず肩が凝る……)
 
  ふう、と雛乃は肩を下ろした。どうやらこの場は丸く収まるだろう。そうとなれば、一刻も早く日本に帰る
 準備をしたかった。統合隊長をしている雛乃はこの五年間まともに日本に帰っていない。

  雛乃は首に書けてあったペンダントをインナースーツから取り出すと上部スイッチを押した。古ぼけて擦
 り傷が沢山ついていたが、華やかな装飾は健在である。中に映像データを保存させられるように改造して
 ある特別製だった。

  そこに一つの写真が浮かび上がっている。映っているのは四人。彼女の愛する夫と息子。それに年の
 離れた友人の姿。皆幸せそうに笑っている中で、友人だけが恥ずかしそうにそっぽを向いている。

  夫とはよく連絡を取っていたし、息子には去年クリスマスプレゼントとして送ってやった缶詰ヒーローが
 あるはずだから教育面でも心配はしていない。

  問題は、五年前の友人とずっと連絡が取れなかったことだ。連絡先に電話をかけても通じず、どうやら
 引っ越したらしいのだが、そこで足跡がパタリと途絶えてしまい歯痒かったものだ。
  
  しかし先日、世界大会出場者名簿の中で遂に彼の名を見つけた。早々に連絡を取ろうとも思ったが、
 それでは大変おもしろくない。

  息子も夫も会いたがっていたのに音信不通とはいい身分だと常々思っていたことだし、少し驚かせる
 のもいいかもしれない。

  石若という名の少年(今は青年だ)に会えることを期待して、雛乃は郷愁の想いが強く滲んだ視線を
 日本へ向けた。








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