缶詰ヒーロー













  見上げれば、ビルに区切られた空が右から左に流れている。

  見下げれば、アスファルトで区切られた大地が縦横無尽に走っている。

  人はその創られた直線に沿って歩き、決して道を外れない。

  たとえその脇に少女が一人、不必要なフリルのついたゴシック系の服を纏って座っていようとも。

  少女は一人。

  明らかに日本人ではないことを周囲に知らしめるプラチナブロンドと、何故か色違いの双眸。

  右目は深いコバルトブルーだが、左は赤い光を放っていた。

  それは冗談ではなく、文字通り。

  見る者がみれば、それは機械で造られた義眼だとすぐ知れる。

  しかも、真っ黒なスカートから覗く足には、一目でそうとは気づかないほど精密な、歩行補助と思わ
 れる器具が装着されていた。

  高度な人工臓器と医療器具は缶詰ヒーローによってもたらされた恩恵の一つでもある。

  両足と片目の機能を機械で補う少女は、縁石にちょこんと座り色違いの瞳で通りを見詰める。

  通りを埋め尽くすのは、振り返ることがない機械よりさらに無機な人の流れ。

  まだ十をいくつか過ぎただろう少女に眼を配る者はいるにはいる。

  が、それでも声を掛けようとする善人はまだ現れていない。

  少女自身の雰囲気が桁外れに大きく、また話しかけづらい風貌といえばそうなのだ。

  しかし少女は気に留めない。

  地においたお手製らしいバスケットの柄を握り、聞きなれぬ言語で歌を歌い、体を左右に揺らす。

  それは世界中の誰もが知っている歌。そして少女が謳うことで、まるで賛美歌のように。

  ――空より生まれし弐]02にじゅうにの、意味するところは死なる哉

  少女は詠う。

  ――我らは庭を統べるもの、我らは庭を満たすもの

  まるで誰かを待ち構えるように、少女は謡い続けていた。




         #             #              #




  バイト先の缶詰ヒーロー専門店『ヴァルハラ』へと向かう途中の道で、石若翔太は立ち止まった。

  財布を忘れたことに気づいたからでもなく、世紀の大発明を閃いたからでもなく、立ち止まりたかっ
 たから立ち止まったわけでもない。

(なんだアレは? 生まれてこの方、実物は初めてみるが…)

  数メートル先で、鼻歌を歌っているゴスロリ系少女のせいだ。

  本人は随分楽しそうに歌なんか歌っているが、傍目に見れば迷子が一人いるようにしか見えない。

(さて、どうするかな)

  翔太とて先を急ぐ身である。バイトの出勤時間に遅れたら、命綱のお給金が減給されるだろう。

  あそこの店長はそこまで甘くはない。

  最近は泣きたくなるぐらい厄介ごとが重なって、もうどうでもいいやと悟りを開いている翔太といえど、
 どうみてもわけありの迷子に話しかけるべきなのか。

  そうこう悩んでいる内に、件の少女と眼が合ってしまった。

  片方はコバルトブルー、もう片方はクリムゾンの双眸。

  翔太は慌てて目線を逸らす。厄介ごとだ、あの少女から厄介ごとの匂いがぷんぷん漂ってくる。

  ここで小説やマンガの主人公なんかだと、どうしても気になって声をかけ、少女の信頼を勝ち得よう
 というものだ。

  もしかしたら少女と仲良くなれて、世のロリコンたちが羨むような展開が待っているかもしれない。

  一般のエキストラは声もかけずに立ち去り、ほんの一ページだけしか描かれない。

  ここで声をかける事は重要はフラグイベントだろう。

(迷うまでも無いな、俺の役割は決まってる)

  意を決した翔太はスタスタと、毅然に歩き出す。

  向かう先は少女が座っている方向。道に沿って歩いてゆく。

  歩いて歩いて歩いて、少女の傍らまで近寄ると、




  ――翔太はそのまま少女の横を素通りした。




 完璧に、徹底的に、無慈悲に、完全に、容赦なく、シカト。

 それこそゲームや映画ならば主人公の資格ゼロだ。

(俺の役割はエキストラ、それ以外でもそれ以下でもないな。今日も元気に働いて嫌なことを忘れよう)

  じっとこちらを見上げてくる少女の双眸から逃れるように、翔太は振り返りもせずに足早に去っていく。

  だが、厄介ごとや不幸ごとは単体で訪れるなんてことはなく、決まって大勢で訪れる。しかも予約は
 一切ナシで。

  翔太が歩み去った方角をしばらく見ていた少女は、バスケットを掴むとぴょんと立ち上がった。

  ドレスに付着した汚れを手で払い、トコトコと健気に走り出した。歩幅が短いせいであまり速度は無
 かったが、確実に、一歩ずつ。

  翔太は小さな尾行者の存在に気づかないまま、ヴァルハラの店内へ入っていった。

  悩むことは数多くある。疑問に思うことは大量にある。放り出したいことは無数にある。

  【グラディエイト】世界大会開催まで、あと一週間を切っている。










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