缶詰ヒーロー













  彼には友がいる

  最も信頼し、尊敬し、思慕し、誰よりも心を通い合わせたのだと信じられる友

  彼には友がいる…―――いや、いた

  最も信頼し、尊敬し、思慕し、誰よりも心を通い合わせたのだと信じていた友

  だが

  友は友ではなかった

  友は主であった

  絶対の存在であった

  それでも彼は構わなかった

  大切にしてくれたから

  相棒だといってくれたから

  闘った

  闘った闘った闘ったたたかったタタカッタ……―――

  随分頑張った

  友が誉めてくれるから、戦いに勝つと頭を撫でてくれるから

  駆動機関がおかしくなっても闘い続けた

  友と過す時間が彼にとってなにより至福の時間帯だったから

  だけどそれは、僅か一年で終りを告げた

  負けたからだ

  一度、とても大事な試合で彼は負けてしまった

  壊れかけていた駆動のせいではない

  これでもかというぐらい完敗だった

  二の句も告げない負けだった

  だから、彼は捨てられたのだ

  役立たずだったから

  泣いた

  ともかく泣いた

  自分に感情回路があることが恨めしかった

  死にたいとすら想った。本気で彼は想ったのだ

  実際、何日もふさぎ込んで考えた末の結論だったのだ

  しかし

  それは、なんの因果か叶えられそうも無い

  或いは、壊れたほうが彼のためだったのかどうか

  見る者によって判断しかねるだろう





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「た〜〜す〜〜け〜〜て〜〜っ〜〜〜!!!」

  耳をふさぎたくなるほど悲痛な叫びが、高架下にある緑豊かで広大な川原に反響する。

  まだ朝も早く、太陽も半分しか頭を出していないというのに妙なやる気に満ちている二人組みがいた。

「さて、いったいどこまで飛ぶんだろうな?」

「やはり、向こう岸までは期待しようぞ。とどかず沈んだ時は……うむ、そういえば朝から連ドラの再放送が
あるのであったな」

「ほんとか? 先週も先々週も見逃してたからちょうどいいな」

「そうだのう、恵子がついに自分の気持ちに気づくといういいところで終わっていたのだった」

  仲良くほのぼのとドラマについて語り合う翔太とキリイの前で、タマゴは必死に暴れていた。

  が、ロープでぐるぐる巻きに縛られた挙句に、しっかりと固定されていてはどうしようもない。せいぜいその
 場を転がりまわるだけだ。

  今、タマゴの体には何本ものペットボトルがロープで括り付けられていた。一体何に使うのかといわれた
 ら、聞くに堪えない見当しかつかない。

「い〜〜〜や〜〜〜だ〜〜〜!!!」

  タマゴは体中のペットボトルを凝視した。独特な形に改造されている。そう、それはまるでロケットであっ
 た。

  川原には、先ほどまで翔太とキリイが交互に使用していたエアーポンプがある。

  そう、彼らがいま行なおうとしている儀式は、ペットボトルロケットを使った愚行であった。たくさんのペット
 ボトルを備え付けられたタマゴを見れば、なにがされるかは明白である。

「なんだよ、せっかく遊んで有意義な休日をすごそうっていうんだ。少しは我慢しろ」

「うむ、おぬしも気になるだろう? いったい自分はいかほどまで飛ぶことができるのか…」

「気に〜な〜ら〜な〜よ〜〜〜!!!」

  絶叫など聞いていないかのようにポケットからマルボロと百円ライターを取り出し、一服する翔太。隣の
 キリイは剣の鞘に手で擦って昇りゆく太陽を見詰めいてた。

  翔太の口から出た紫煙が小さな雲を形成して天に向かって伸びていく。このままではタマゴも天に向かっ
 て飛んでいきそうだ。

  ペットボトルロケットにそれほど威力はないが、失敗して川に落ちたら精密機器の集合体であるタマゴは
 生命の危機が訪れる―――…まさしく昇天。

  なんて、自分のそう遠くない悲劇を想像したタマゴはガクガクと全身を振るわせ始めた。

「あ、あああ…や〜だ〜っ……ぜ〜ったい〜いや〜〜だっ〜〜!!!」

  いじめ以外のなにものでもない行為を間近に控え、タマゴの恐怖はピークに達し、なにを口走っている
 のか判断しかねる状態になる。

  ちょうどその時、電車が通過して一切の音を轟音で消し飛ばす。

「あ、悪い。もう一回いってくれるか?」

  悪びれもなくいう翔太の笑顔に戦慄を隠せない。タマゴは短い一生の走馬灯が確かに見えた気がした。

  表情には絶望と諦めが張り付いて剥がれない。

  と、キリイが妙に優しい微笑を唇に浮かべながら、そっと近づいてくるとタマゴの肩らしき部分にポンと
 右手を置いていった。

「最近ある書物から得た知識なのだがな、こういうときにいい格言があるのだ…」

「?」

  彼女の顔には自信が満ちていた。

「諦めたら、そこで試合終了だぞ?」

「……」

「……」

「そ〜ん〜な〜名言〜〜〜い〜〜〜や〜〜〜!!!」

  短い手足を楕円形の体から生やして必死にバタつくタマゴ。

「な、何故だっ!? これを聞いたものは泣き崩れて、バスケがしたいです、というはずなのに…」

  本気で狼狽するキリイ。驚きで首を小さく横に振っていた。

「お前、最近やたら俺の本を読み漁ってると思ったら……影響受けすぎだなこの馬鹿は」

  翔太はキリイを見てため息をつきながら煙を吐き出し、残ったフィルターを足で踏んづけた。こちら
 もタマゴに近寄って、

「大丈夫だ、お前なら飛べるさ」

  親指を空に突きたてた。漫画なら歯が白く光っていたかもしれない。

「む〜り〜! い〜や〜!!!」

  それが決死の哀願だろうと、一生に一度のお願いだろうと、翔太は聞く耳を持たない。

「おい、いやだいやだで世の中すまない時もあるんだ。少しは勉強しとけ」

「だって〜とど〜かな〜い〜よ〜! む〜り〜!」

「安心しろ、このペットボトルロケットは水を入れて飛ばすやつとは違う。本物のジェット燃料で飛ぶ限り
なく本物に近いペットボトルロケットだ」

  見ると、翔太たちからニメートルほど離れたところに、ダンボールの残骸が転がっていた。

  煤けている文字はなんとか読み取れ、『一発屋』というなんとも物悲しい商品名が表示されていた。

  翔太がバイト先の『ヴァルハラ』から譲り受けた廃品の類。

  正しい使用方法は広い土地で発射させて上空まで飛ぶ様を見るというおもしろくもなんともない
 商品である。用途は不明。

  が、威力は抜群。いくら缶詰ヒーローの重量であっても、これだけ巻きつけられれば二十メートル
 は垂直に飛び立つことができるのだ。

「届くに決まってんだろ。だから暴れるなって、上手くスイッチが押せない…」

「う、うわあああ〜〜!!!」

  どこか間延びした悲鳴をあげながら、タマゴはいっそう激しくもがいた。生命の危機。

「や〜〜〜〜!!!」

「おい、馬鹿っ!」

  神が手を差し伸べたのか、悪魔が微笑んだのか。偶然にも緩んだロープから、タマゴの楕円ボディ
 が転がりでる。

  転がり出たのはいいのだが、それが悲劇のスイッチをいれた。それは比喩でもなんでもなくそのまま
 の意味である。

  だからきっと、悪魔が微笑んだのだろう。

  飛べ、とかいいながら。

  ―――カチ

「へ?」

  タマゴにしては珍しく語尾が伸びなかった。いや、伸ばせなかったというべきか。

  徐々に浮かび上がる体。爆炎と轟音が高架下に響き。タマゴは取り返しがつかない事態へ移行してし
 まったことを悟り、顔を歪ませた。

  一瞬、タマゴのヒィ、という引きつった声が漏れたかと思うともうその体は川原には見当たらなかった。

  見ると、タマゴは向こう岸に向かって文字通り空を飛んでいた。キリイと翔太の目線もおのずとそちらを
 向く。

  やや下を向いているものの、ほぼ水平に川へ突っ込んでいくタマゴ。彼を追いかけるように真っ赤な
 炎が軌跡を残してゆく。

  川の横幅は約五十メートル。
  
  手前十五メートルの距離でタマゴの体は水没する、かに見えた。

「「おお〜〜」」

  感嘆のため息が翔太とキリイの二人から漏れる。

  タマゴの丸みを帯びた体が功を奏し、着水すると思われた瞬間、もう一度空中へ飛び立った。それは
 緩やかな弧を描き、また水面に接近すると一瞬だけボディが触れてまた跳ねる。

  水切りの要領でタマゴは川の表面を疾走していた。

  声もあげられずに飛んでいくタマゴは順調に川を渡っていく。が、一つ問題があった。

  川の向こう側。足場の部分は水面よりも若干高く作られており、あのままいけばタマゴは衝突すると
 いうことなのだが、キリイと翔太が気づいた時にはもう遅かった。

「まずいな」

「うむ」

  まさしく他人事な会話が終わると同時、ガイン、と大きな金属音が向こう側からはっきり聞こえ、翔太
 たちは眉をひそめた。

  タマゴは衝突のショックで空中高く飛び、くるくると回っている。加えて、まだ噴射を続ける『一発屋』が
 ある。

  それはまるで投げるのを失敗したロケット花火のように地面へ矛先を向けると、残りの命を燃やし尽くす
 勢いで大地へ特攻した。

  ―――グシャ

  と、次に翔太たちが目撃したのは、コロンブスの卵みたいになった哀れタマゴの姿。煙はもくもくと昇り、
 電撃が漏れて空気を焼いている。

  翔太とキリイは互いに目配せすると、

「いい散り様だったな…」

「あっぱれ、としか形容する言葉が見つからぬよ……」

  世の諸行無常を噛みしめていた。

  結局、この後回収されたタマゴだったが、頭の部分に見事な亀裂が入っていたので翔太になんとガム
 テープで補強された。

  とかく、タマゴが散々な目にあっただけの休日だったのはいうまでもない。








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