缶詰ヒーロー











  

  やや禿げ上がった白頭と、興奮に濡れた顔。サングラスで瞳は見えない。

  その男は、和服に身を包みながら、どこまでも沈みそうなソファーに座っていた。いや、男ではない。
 もう老人と呼ばれるべき年齢である。

  ただ座っているのではない。どこか人を見せ付ける吸引力のようなものを持ちながら、プロジェクターを
 凝視している。しかし、この場合は画面のほうが老人に魅入っているといってもよかった。

  そういう魅力がこの老人にはある。体は、特に鍛えられてはいない。だが、多大な力を内包するかの
 ように引き締まっている。

  高そうなプロジェクターからは衛星でも、CATVでも民放でもない映像が流れている。録画された映像。
 DVDだろう。

  【グラディエイト】。世界中で人気を博す『缶詰ヒーロー』同士を戦わせる競技。DVDから流れる映像
 はもう一ヶ月も前に行われた大会の一回戦のものだ。

  いったい何度見直しているのだろうか、老人は映像に魅入っている。何度も、何度も。

  不思議なカリスマ性を持っているはずの老人が、その戦いに吸い込まれていっているようでもあった。

  映像が再び終り、老人はもう一度チャプターを戻した。

  そこへ、重く染め上げられた扉を開け放つ者がいた。老人はそれとなく見、相手を理解するとその顔を
 綻ばせた。

「ほう…お前から来るなど珍しいこともあったものじゃ」

「別に良いでしょ。私がいつ来たって」

  侵入者は頬を膨らませた。綿飴のようなになびく金髪が、不機嫌さを象徴するかの如く揺れている。

「すまんすまん。ところで、どうしたのじゃ、急に?」

  悪気の欠片もなく老人が微笑むと、相手は腰に手をあてた呆れていた。額を押さえ、はあ、とため息を
 つく。その仕草一つ一つが美しい女性だった。

「明後日、武田重工主催のパーティがあるの忘れてないよね? お父さんたちが海外出張だからおじい
ちゃんに変わりにいってもらうんだよ?」

「もちろんじゃよ。確か武田の息子を祝う誕生日会じゃろう? 忘れてはおらんとも」

  ならいいんだけど、といって女性が振り返り、部屋から出て行こうとする。

  ふと、老人は呼びかけた。

「そうじゃ。お前もヴァルハラの大会に出たといっておったのう。なら、この者たちのことを知っておるので
はないか?」

  扉の敷居を跨いだあたりで動きを止め、金髪の美女はこちらに向き直った。そのまま、老人が指した
 プロジェクターの映像に視線を動かす。

  すると、女性は顔を引きつらせ、目には驚愕の色が浮かんだ。だが、それは瞬きと共に消え去る。

「ううん、わからないけど」

  歯切れの悪い様子を老人は観察していたが、それ以上なにも情報が得ることは出来ないと悟ると、カラ
 カラと笑い出した。

「ならよいわ。じゃあのう」

「うん」

  女性が部屋を出てから、またもや老人はプロジェクターに集中していた。

  自分の権力を使って、この者が誰か調べることはできる。だが―――。

  ため息ではなく、老人は呼吸法に近い方法で息を吸うと、そのままソファーに持たれかかった。

「それではおもしろくないからのう…」

  あらゆる手段を使い、映像に流れている戦いの『ヒーロー』を探し出すことはできる。それだけの力を
 この老人は持っていた。

  しかし、それはなんだかズルをするような気がして、老人の心を踏みとどまらせていた。

  映像は今も流れ続けている。

  巨大な猛獣を相手に一歩も退かず、むしろ、猛禽類を思わせる眼光で敵の隙を狙い続け、遂には猛獣
 を仕留める美しき侍―――。

  老人の中で、忘れていた歓喜が生まれ始めていた。











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