缶詰ヒーロー・番外編≫











  さて、本日はこの偉大にして華麗。月夜の睡蓮が如き絶世の美しさを誇る私ことキリイの私生活を
 ファンの皆様に公開したいと思うのだ。

  とはいうが、さすがに映像化するのは恥ずかしい。赤面ものだ。よって文章だけで勘弁してもらいたい。

  そこのところは何卒よしなに。

  ちょうどよい機会であるというべきか、今この場には邪魔者となりそうな輩はいない。

  丸っこいのはどこにいるかわからぬし、真に不満ながらも私の主である莫迦者は日々アルバイトで
 忙しいらしい。どうせなら内臓でも売って金にすればよかろうに…。

  ともあれ、このままでは心ときめくイベントも、魅力的な男性とのフラグを立てようもないので外出する
 ことにする。

  …ふと思うのだが、どうして私にはこのような無駄な知識が多いのだろうか?

  開発者の『思考』と『嗜好』を疑ってしまう。ふふふ、いま実に上手いことをいった。

  ひとしきり満足したので、部屋の外へ出てみる。

  太陽は中天より少し東側に位置していた。空はまあ青空だが、あと三時間ほどしたら雨が降りそうな
 雲行きだ。

「あら、キリイちゃんじゃない。これからお出かけ?」

  外庭を掃除中だった管理人であるおばちゃんはそういって微笑む。いまではすっかり顔なじみという
 せいもあって、気兼ねなく話せる仲だ。

「うむ。少しばかり遠出しようと思ってな、夕方までには帰ってくるつもりだ」

「でも今日はキリイちゃんが楽しみにしていた時代劇の再放送があるじゃない、大丈夫なの?」

「無論だ。ばっちり録画しておる」

  おばちゃんはやはりニコニコと微笑う。私もブイサインを返してやった。

  もっと便利な機器もあるというのに、現代でも竹箒でゴミを掃くおばちゃんに見送られて公園へ
 の道を行く。

  別にこれといった目的はないのだが、ご近所のお母さん方の井戸端会議を聞くのもおもしろい
 だろう。

  五階の旦那の不倫話や、富豪の若奥様の浮気話や、エリート官僚上司の愛人話や―――。

  子供らに捕まってしまうのは厄介だが、これが実に面白い。耳年増だとはいわないでほしいが。

  と、崇高な物思いに耽っている間に公園を通り過ぎそうになったので慌てて立ち止まる。

  やれやれ、人一倍賢く美麗だというのも考えものだ。

  公園の入り口で立ち止まると、なにやら公園内部が騒がしい。どうしたのだろうか。

  誰の目にも止まらぬように、などと小心者の行動など柄に合わない。正面切って歩を進める、と、

「う、うむ…?」

  自分でもわからぬうちに声が出てしまった。公園に集まった子供らの視線が向かう先、実に奇怪
 な装束を纏った者がいる。

  背丈の低いおっさんであった。

「どけといっいるだろうが、早くこの公園を我輩のチーム<三色の年代記クロニクル・オブ・ザ・トライアド>に譲るのだ!」

  だみ声で宣言するその者は、公園中から白い目で見られているにも関わらずふんぞり返った。近づ
 いてみるとますます不可解な格好をしている。

  ひらひらと羽織った薄い衣を幾重も着込み、赤や金の刺繍で牙を向いて対峙する竜や虎を縫い込
 んであるかと思えば、靴はスニーカーという奇怪極まりない衣装だが、頭は大丈夫であろうか。

「やめてよっ、ここはみんなのこうえんなんだぞ!」

  子供が一人、なんとか抗議してみせるが、

「ふはははっ! 関係ないわっ!」

  ふんぞり返りが過ぎて後ろに倒れそうになるが、そっと頭を支える手があった。

  隣で仁王立ちしていた『缶詰ヒーロー』は転びそうな主人をさりげなく補助している。背には<三色の
 年代記>という旗を背負っていた。

  昭和六十年代の特撮ヒーローをありのまま現代に持ってきたような格好だが、この者のスーツには
 赤、ピンク、青の三色がきっちり三等分に配色されていた。

  ああ、道理で…

「さあ、喜びたまぁえ! 最凶チームである我々の戦闘訓練に使われるこの公園の門出ではなぁいか!」

  主人はしっかり支えておきながら、自分も高らかに笑って見せた。さわやかに見せようとしているの
 はわかるが、それだけでは理屈は通らないのを知っているのだろうか。

  これではむしろ『最凶』よりも『最狂』ではないか。

  …ハッ、私はまたうまい事を。この最高の頭脳がやはり小憎らしい。

「ん? おい、そこのお前! なに一人でくすくす笑っている! 気色悪いぞっ!」

  哲学者顔負けの私の思考に割り込む無粋なだみ声は明らかに私に向けられていた。それに気色
 悪いという言葉、これはどうやら目の手術を必要とする。

  だがなに、寛大な私だ。ここは巨大な慈悲をもってして許してやろう。

「サトシくん。おそらぁく彼女はぼくらぁが怖ぁいのだよ。なんといっても我々は最凶チームなぁのだから!」

「ふはは! それもそうか! さすがだなウィーピングマン! やはり我輩たちに勝てるものなどいない
ということかっ!」

  …まあ私は寛大だから、あのような思い上がりを正すような無粋な真似はしない。

  そう、寛大なのだから。

「だがどうだ? なかなか小奇麗な顔立ちをしている、我輩たち<三色の年代記クロニクル・オブ・ザ・トライアド>の会員ナンバー.01
として入団させてやってもよいのではないか?」

「やぁめておきなよ。あんな弱そうで汚らしい気品しか漂わない缶詰ヒーロー如きがぼくらぁに見合う価値
があぁるとおもうのかぁい?」

「ふはは、それもそうか! あんなよわっちそうな者を入れてはチームの質が疑われるというもの!」

「そうだぁとも!」

  ―――ビキ

  握り締めた手から軋んだ音が鳴るが、おそらく気のせいだろう。寛大な私が、これしきのことで怒りか
 けているなどあり得ない。

「見たまぁえサトシくん、あの頭の悪そうなぁ顔を。きっと九九も六の段までしかいえないに決まぁってるよ」

「ふはっはっは! ならば我輩の勝ちではないか! 私は八の段までならすらすらといえるぞ!」

「なんだって!? それはすごいじゃなぁいか! ささ、いってみせて」

「八かける一が六、八かける二が十二、八かける三が十八、八かける四が二十四……」

  …ここは…偉大な慈悲をもって……

「八かける九が五十四っ! どうだ!?」

「さすがぁだよ! あまりに頭が悪すぎて中学で退学してしまったとは思えないぐらぁいだ」

「ふ、いやなに…『脳ある鷹は爪を隠す』というだろう?」

  『脳』? 『能』だろうが。どこの世界に脳みそがなくて生きられる生物がいるというのだ。

  いやだが待て、ここは堪えるのだ。大海原の如き寛大な心を…

「おや、どうやらあの弱そうな女は完敗を認めたようだ。うつむいたまま肩を震わせておるわ!」

  寛大な…

「まあ、いかぁにも頭が弱そうだぁからね。きっと割り算するのにも電卓をつかぁうんだろうさ」

  かん…だいな……

「己の頭の弱さと醜さを鏡で見直しこいというもの」

  か…ん…だいな…

「いやいやぁ、無理だぁよ。よくいうだぁろう? 馬鹿はぁ死んでもなぁおらない」

  ……か…ん…

「なんと、うまい事をいうじゃないかウィーピングマン。あそこの女もそれほどの頭脳さえ持っていれば
多少は救いがあったというのに」

  …だ…いな…

「あははははっははははは!」

「ふはははははははははは!」

  ………

  ……

  …

  無理はよくない。

「貴様らァああああ! 去ね! いや、逃がさんッ!! 生まれいでたことを後悔させてくれるッ!!!」

  そこから先の記録は書かない。

  皆は綺麗なお花畑でも頭に思い浮かべていてくれればこれ幸いである。

  悲鳴や叫喚が混じろうと。



            #           #            #



「なんだか物騒な事件もあったらしいな」

  翌日。私が録画したビデオを見ていると、部屋の主である馬鹿者がいった。

「なんだ、気が散る。話相手がほしい孤独少年を気取りたいなら他所へ行け」

  集中して見たい番組の最中に話しかけられることほど無粋な真似はない、と私は思う。

「は、ならいい。もともとお前に話しても意味ないことぐらいわかってたからな」

  負け犬の捨て台詞を残して馬鹿者は去った。台所とも呼べない台所へ向かいながら囁く疑問が
 こちらにまで届く。

「しかしまあ、『コスプレ男性、自分の缶詰ヒーローと共に雨の中裸で放置』、か。発見されたときは泣き
べそかきながらひたすら謝ってたらしいし、よほど怖い目にでもあったのか?」

  ちょうど、時代劇も話の頂点へと差し掛かった。

  私は一番の見せ場であるにも関わらず、目を馬鹿者のほうへと向けた。

  まったく腹が立つことこのうえないが、先日のあの馬鹿たちよりは随分マシである。

  それにこの暮らし。真っ暗な缶詰の中で十年近く眠らされていた私にとって望んでいたものとは大分
 違うが、そう悪くもないのも確かだ。

  退屈な毎日を送る必要などないのだから。







  ―――Memory will be consumed in order to live.

  ―――But an once oath does not change.








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