日々、歩き












  夢を見るということは、思ったよりも難しく

  叶えられるかどうかはまた別問題

  夢そのものが自分がやりたいことだと気づける者もまた少ない

  だけど夢見る少年少女は、いつの時代もいるのもので











     第零歩/ 半人前の夢











  少女には昔から得意なものがあった。

  というより自分が心の底から心頭しているもの。好きで好きで堪らない。肩までどっぷりだ。初めてそれ
 に触れたとき、これほどまでに素晴らしいものがあったのかと感激し、涙した。
  
  以来少女はのめり込んでいった。

  それまでは異質な"力"のせいか、類稀な学力を持っていたせいか、やれ神童だ天才だと持ち上げられ
 て歩んできた人生。

  それら全てを放り出して選んだものは知れば知るほどおもしろく、難解かつ美しかった。何度も試行錯誤
 を繰り返し、その度に自分の才能を確認する。たったそれだけのことがなによりも楽しい。

  気づいたときには、少女は好きだったもので成功をしていた。

  ただしそれは条件付の成功。

  成功までは自分の好きなようにやっては楽しんでいた。

  だが、彼女の両親はそれをよしとしなかった。娘の新たな才能に目を付け、アピールし、いつしか少女の
 夢は両親の欲望と同意になってしまっていた。

  両親の期待は、通例どおりに重荷となり少女の才能を上から押し潰していった。

  ―――もっといいモノを、よりよいモノを

  周囲から加算されるプレッシャーは日に日に強く重くなっていく。

  後は、古人が繰り返した道をなぞるように。

  幼い少女に、ある時期が到来した。

  スランプ。



          #        #        #



「浮かばない、なにも、なにも浮かばないよ…」

  ゆったりとした背もたれがある椅子だというのに、病的なまでに痩せ細った少女は背筋を伸ばし、ぶつ
 ぶつと呻いている。体を前後にゆすり、ヒステリーを起こしたように。

  十三歳程度の少女は俯いている。眼の前にある真っ白なキャンパスにはなにも描かれていない。

「…頭の中から……どんどん抜けてく………」

  目は血走り、顔色が悪い。少女はそれでもなにか描きたいのか、筆を取り、そっとキャンパスに手を伸
 ばす、が、触れるか触れないかの距離で腕が止まる。

「うぁ、ああ……」

  つつ、と少女のつぶらな瞳から涙が流れる。筆先が乾いてから、少女は筆を落とした。少し高く、少し
 寂しい反響が少女のアトリエに広がった。

  ―――こんなはずではなかった

  少女は思った。

  自分が欲しかったのは立派な専用のアトリエでもなく、最高の品質を誇る筆や絵の具ではなく、もちろん
 両親や周囲からの賛美ではなかった。

  同年代の娘たちよりは頭がよかったので、少女が両親の考えを知るのは容易かった。両親が、自分の
 才能を有効に『活用』しようとしているということを。

  いつしか周囲から浴びせられる期待と羨望に、たった十代前半の少女が堪えるのはいささか辛すぎた。
 そのせいか、楽しいはずの『絵』がつまらないものになり、気づけば何も描けなくなってしまっていた。

  描けない。だが、周囲は少女に描きつづけることを望んでいる。

  少女は涙を拭うと、ある考えを浮かび上がらせた。

「やるしかない…か……」

  決意を固めて立ち上がり、少女はアトリエを出た。

  遥かに広がる空を見上げる。

  夏が到来している空は清く澄み渡り、少女の安否を気遣うように動いていた。















 

 


一歩進む    振り返る

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